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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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75/105

七十四話 開幕

「ゆっひーも瑛叶も休みね」


「……そうね」


「何かあった?」


「何にもないわよ」


「嘘だ」


「……喧嘩したのよ」


どうにも調子が狂う。

朝ご飯も作る気がせずコンビニで紅茶とパンを買った、弁当も作る気が起こらず、陸奥と夢唯と学食に行くことにした。


「ふーん、それであのお人好しが家出ねぇ。何言ったわけ?」


「言いたくない、てか思い出したくないからやめて」


朝のHRは終わり、もう二限目の休み時間。

チャイムと共に先生が入室してきて、陸奥の煩い追撃は終わりを迎えた。


文化祭で浮ついた雰囲気、今にも踊りだしそうなクラスメイト。

私の心はそれに反比例するように沈んでいた、この青空が曇天にすら見える。


「はぁ……」


鉛のような溜息が零れ落ちる。

今頃あの馬鹿は何をしているのだろうか?

どうせ瑛叶と遊んでいるのだろう、喧嘩した時はいつもそうやって目を逸らして自然解決を狙うのがあの男のやり方だ。

だが、その前提も「夕陽が悪い時」に限られる。今回のような、驚くべきほどに私に非がある場合の対処法は分からない、素直に謝ればいいのだろうか?


思考の底なし沼に腰までずっぽりハマってしまった。

昨日は柄にも無く嫌になって泣いてしまったり、後悔してイライラしたり、変な妄想で頭を一杯にしたりと忙しなく脳が回転していたために一睡も出来てない。

気がつけば、思考だけでなく意識さえも底なし沼に片足突っ込んでいる、だめだっと首を振っても眠気は絡みついて離れない。

私は、溜息と共に仕方なく意識を手放した。




※※※※※※※※※※※※※※※※





「ホームランっっっ!」


カッキーンと120キロの球速で射出された球が金属バットに当たり軽快な音を響かせる。


「俺、実は小学校のころ野球してたんだよ」


にやっと意地の悪い笑みを浮かべ、南雲が笑う。


「ほい、という訳で最下位の夕陽はジュース買って来い」


「お前、事前に情報伏せるのはズルくない?」


「賭けポーカーでイカサマしまくったやつが何言ってんだ馬鹿」


コツンっと金属バットで軽く頭を小突かれ、仕方なく屋上に設置された自販機でコーラを3本買いに歩いた。


「おら」


ポーンっとコーラを南雲と瑛叶に放ると、二人とも落とすことなくキャッチしてプルタブを開けた。

馬鹿め。


「「うぉっ!?」」


開けた瞬間、缶の内側に溜まった炭酸が弾けるように噴出した。

南雲はギリギリで躱すが、瑛叶の服にはコーラの茶色がべっとりと付着する。


「「テメェ……」」


「素直に買ってくると思ったかヴァァァカッッ!」


バッ! と襲いかかってくる二人と格闘すること数分、ぜェぜェと息を切らし全員ベンチに崩れるように座った。


「さっすが、平日だけあって人すくねぇのな」


「そりゃそうだろ。てか、初めてサボるからちょっとドキドキしている優等生瑛叶君なのだ」


「授業バックれることはあるけど、学校をバックれることは何気に初めてかも」


三人でコーラ(内二人は炭酸抜けてる)を呑みながら、日差しの緩い暖かさを感じて欠伸を繰り出した。

学校をサボって遊びに来たのは総合アミューズメント施設、ビリヤードにダーツ、バッティングマシーンにローラースケート、ボーリングにカラオケと高校生の好きそうなものは何でもある。


「今から何する?」


煙草の煙を吐き出しながら、南雲が声を上げた。


「ビリヤード」


瑛叶が答える


「え、マジで? ダーツしたい俺」


南雲はダーツ。

俺はカラオケの気分。


「カラオケがいい」


「カラオケいいなぁ」


「んじゃ、カラオケで」


荒れると思ったが、皆一様に俺の意見に賛同してくれた。

一応、コイツらなりに気を使ってくれているのだろうか。


「夕陽、お前なんかアイドルの曲歌えよ」


「強制なー?」


「最悪だなお前ら」


笑みを噛み殺して悪態をつく、やっぱりコイツらは性格が悪い。





※※※※※※※※※※※※



何が起こっている……?

目が覚めた私は愕然とする。

恨めしげな視線を化け猫陸奥に向けると、物凄く申し訳なさそうに目を伏せた。

まずい、とにかく不味い。


「ミスコン……ってなに……」


ボソッと独りごちる。

そこで嫌な視線を感じて、その方向に視線を向ける。

そこに居たのは、えっと……確か……誰だったかな。


「波野……違うな。波木……でもないな。えっと、確か波崎だ」


思い出した、やっと思い出した。

瑛叶が今狙っている女子だった、そして前に波崎が狙っていた先輩の犬……犬……何だったけ?

まぁ、とりあえず負け犬先輩の事が好きだったのに、その先輩が私に告白したのを逆恨みしてイチャモンつけてきた女だ。


「……?」


ピロンっと場に似つかわしくない着信音がなったので、バレないように確認すると陸奥からのLINEだった。


『ごめん……波崎ちゃんに嵌められちゃったみたい』


やっぱりか、やっぱりミスコン出場は波崎のせいなのか。


『これって辞退できるの?』


速攻で打って、直ぐにLINEする。


『無理かも、雨乃がでるって聴いた先生が凄い乗り気になっちゃってる。しかも、クラスの波崎ちゃんグループ全員敵だよ?』


……こういう厄介事は夕陽の特権のはずだ。私に白羽の矢が立つのはおかしいと思う!


『雨乃は女子に恨みを買いやすいからね。波崎ちゃんはミスコンで雨乃に勝ちたいんじゃない? しかも、裏工作ありで』


最悪だ、状況は最悪だ。

これ人数的にも状況的にも逃げ道がない。

ここで尻尾巻いて逃げても笑いもの、受けてたって惨敗しても笑いもの。

あぁ、クソ、調子が狂ってしかたない。夕陽に嫌がらせとかしたせいだ、いつもな速攻で夕陽に相談するのに肝心の夕陽は私自ら追い出してしまっている。

このまま引くのは凄くムカつく、だけどどうすればいいのだろうか。腐った脳味噌では、なにもわからない。





※※※※※※※※※※※※※※※※※



「疲れた」


溜息に似た何かを吐き出した。

朝から午後十六時前まで遊びっぱなし、流石に疲労感で死んでしまいそうになる。

隣の二人もグロッキー、カラオケボックスで屍になっている。


「流石にバカ騒ぎしすぎた……」


ガンガンする頭を抑えながら、コーラを一気に流し込んだ。

ほぼ徹夜した後にこの馬鹿騒ぎ、ボーリングとバッティングで腕が限界、屋上でサッカーしたせいで太腿も臨界点を突破した。


「うるせぇ、マイク使って言うな夕陽。みてみろ、瑛叶なんて寝てんじゃねぇか」


「この環境でよく寝れるな」


呆れつつも、まぁ仕方がないと独りごちると、瑛叶のスマホが不意に震えた。


「おーい、瑛叶。スマホ鳴ってんぞ」


「……ん。あれ……非通知? 誰だろ」


非通知設定の着信に答える瑛叶の顔が少し歪む。


「夕陽……お前にだって」


「誰?」


「分からん」


不穏な空気を察しつつも、スマホに耳を当てると機械音が響いた。


『どーも、学校サボって遊んでるとかいいご身分すね』


キーンっと耳元で響く不快な機械音が疲れ果てた脳味噌の奥の奥までほじくられているように錯覚する。


「お前、誰だ……?」


『さぁ? 誰でしょうね? まぁ、いいです。とりあえず、今すぐ電車を降りたあとの通学路に行ってください』


「は? 何でだよ」


『雨乃さん、()()()()()()()()()


その一言が脳内でひたすら反復される。

何を言っている? いったいこいつは、何を言っているのだろうか。

全く違う言語で話されているように感じる、言葉は理解出来るけどその意味が理解できない。


『あぁ、別に命を失うわけじゃないです。失うのは記憶だけ』


「記憶……?」


『あんまり深くは言えないんですよねぇ、まぁ一つ言えるのが』


電話口の奥で嘲笑うかのような声が響く。


『症状によって色んなものを繋いできた彼女が、記憶を失って廃人にならないとも限りませんが』


スマホの通話を切って、壁にかけて合る瑛叶に借りた服をひったくるように掴んでカラオケボックスを飛び出した。

後ろでは瑛叶と南雲が「何があった!?」と叫ぶが、説明している暇はない。


腕時計が指している時間は丁度四時、雨乃が電車からあの駅について家に帰るまで、余裕は微塵もない。

こっから全力疾走で間に合うか……? いや、違う、間に合わせるしか選択肢はない。


電話口の相手にはある程度だが、誰かは分かっている。

その相手が分かっているからこそ、信じる理由は無いはずだ、だけど行かないと死ぬほど後悔しそうだった。

何も無いならそれでいい、気まずくはなるがアイツを失うよりは千倍マシだ。

気がつけば、口の中から灼熱のような息が漏れていた。



※※※※※※※※※※※※※※



一人っきりで駅に降り立つと、不思議と何故か身震いがした。

どうしようか、ミスコンは。

考えても考えても、ろくな解決法一つ浮かばない。担任に直談判しに行ったが熱血教師は聞く耳を持たなかった。

くそ、頭の中青春ドラマの熱血教師め! 心の中で毒づけど、胸のモヤモヤは全く晴れない。


「あーあ」


やることが多すぎて頭の中パンクしそうだ。

夕陽は今日は帰ってくるのだろうか? ミスコンなんかより、そっちの方が重要だ。

瑛叶に言って夕陽との仲を取り持ってもらうしかない、とりあえず家に帰って充電の切れたスマホを充電しなければ。


いつもは通行人のいる住宅街も、今日はなぜが人一人通らない、肌寒いから皆んな家に引きこもっているのだろうか。

そんなことを考えていると、不意に背筋がビクッと震えた。


「……!」


勢いよく振り返ると、そこに立っていたのはピエロ。

洋画のサイコホラーに出てくるような、ピエロのお面を被った男か女か判断のつかない誰かが、そこに立っていた。


「ヒッ……ッッ!?」


あまりの禍々しさに声をあげようとした、その時。

少し離れていた筈のピエロは私の眼前まで迫っていた、そしてピエロの腕が私の首に伸びた。


「ッ……!?」


首を掴んで、そのまま壁に叩きつけられる。

肺の中から溢れた空気が呼吸音となって口から零れ落ちた。


「やぁ、対面早々手荒で悪いが勘弁してくれ」


謳うようにそう言うと、ピエロの手からスっと力が抜けた。

だが、何故か身体は動かない。


「さぁ、その力を頂こう」


脳味噌が揺れる。

目眩と吐き気が止まらない、足は疼き、体は不意に震え出す。


「な……に?」


呂律も回らず、その一言を絞り出すので精一杯。

唯一分かることは、私の中から何か大切なものが抜け落ちる感覚がするということだけだった。


「大丈夫、次に目が覚める頃にはすべて終わっている。君の憂いも悩みも全て無かったことになる」


ピエロのお面の奥からでも分かるような邪悪な笑みが零れる。


「まぁ、大切な彼の名も思い出せないだろうがね」


大切な彼……?

いったいそれは、誰だっただろうか?

誰のだか分からない茶色の髪が視界の端で揺れた。

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