七十三話 友達
「テメェ瑛叶! 変な所にバナナ置くな!」
「雑魚がッッ! マリカーで俺に勝てると思うなよ!」
「まぁ、俺がぶっちぎりの一位なんだけどなぁ」
叫ぶ俺、ドヤる瑛叶、真顔の南雲。
時刻は日付変更線前、現在位置瑛叶の家、マリカー中。
「つか、なんで俺呼ばれたわけ?」
「そりゃお前、夕陽が喧嘩したからなぁ、気を紛らわす為に呼んだんだよ」
「俺! 今日! 泊まり! 夢唯の家! 泊まり!」
「「ゴムは?」」
「買ってるっっ!」
拳を握りバンっと自分の太股を殴る。
余程悔しいのだろう、ざまぁみろバーか。
「つか、最初に夢唯に追い出されたんだけどなぁ」
しみじみと南雲が遠い目をしてボヤいた。
まぁ、あの女もあの女で自己中みたいな所があるからなぁ。
「なんか……ゲームの最新コンテンツが配信されて徹夜でやりたいって、悪いけど来週にしてって」
「「よくある、よくある」」
夢唯の自由奔放さを知っている俺達は同時に頷いた。
約束の時間に二時間遅刻して「ゲームしてた」なんてのは良くあることだし、最新コンテンツ追加で徹夜したいから南雲を追い出すなんてことは十分にありえる
「つーか、なんで喧嘩したわけ夕陽?」
「理由が分かってたらとっくに対処してるっての。逆にお前らなんか無い?」
「あれじゃね? お前の面がムカつくとかじゃね?」
「あれだろ? お前の顔がムカつくんだろ」
同タイミングでそう言うと、被ったことが嬉しかったのかハイタッチして拳を付き合わせ、意味の分からないテンションで騒ぎ出す。
「めんどくせぇテンションだなぁ、どうしたんだよ」
「「お前の為にやってんだよッッッ!」」
バンっと同時に頭をぶっ叩かれる。
それと同時に頭の中で何かが切れた。
「……ぶっ飛ばしてやる!」
「かかって来いゴラァッ!」
「こちとら泊まり阻止されてイラついてるんだよ!」
ガンっと三人頭を付き合わせ睨み合いながら怒声をあげる、これぐらいしないと収まらなかった。
いつものようなバカ騒ぎ、ただし場所をド忘れしていたのだ。
「うるせぇぇぇぇえ!」
ドカンっと爆発並の音と共に瑛叶父が乱入してきた。
「この馬鹿共! 何時だと思ってんだ」
「「「すいませんッ!」」」
「ったく、騒ぎたいのは分かるけどよぉ。部屋でプロレスはやめろ、マジで」
顔に青筋立てながら、瑛叶父がこめかみを抑えた。
「そういや夕陽、雨斗先輩と夕紀先輩どっちに連絡すりゃいい?」
「あ、雨斗さんでお願いしまーす」
「おう。なんだ、雨乃と喧嘩したのか」
どかっと床に座りながら、ズケズケと人の心に踏み込んでくる。やめて、傷口抉らないで。
「まぁ、そんなところです」
「違うぞ親父、夕陽の面が悪くて雨乃が怒ったんだ」
「夕陽が全面的に悪いんすよ?」
またもや同タイミングで俺の悪口を言い出した。
そして瑛叶、お前どんだけ俺の顔が気に食わねぇんだよ。
「おいこら、慰めてぇのか? 貶してぇのか? ぶっ殺すぞ」
「「口が悪いぞ」」
うるせぇと毒づいて、いつものいがみ合いを繰り返す。
「お前ら、本当に俺らの昔に似てるわ。特に夕陽はアレだな、夕紀先輩の血を色濃く受け継いでるな」
ウンウンと頷きながら昔を懐かしむように微笑む。
「やめてくださいよ、割とまじで」
「懐かしいなぁ、そういや夕紀先輩は輝夜先輩怒らせた時、校舎の屋上爆破したんだっけか」
酔っているのか、ヘラヘラと笑いながらとんでもない事を口走った。
親父が屋上爆破!? これ琴音さんが言ってたやつか!?
「……あっ、やっべ。これ夕紀先輩に口止めされてんだった、忘れてくれ」
あっと本当にド忘れしていたらしい声を上げて、そう言ってボリボリと頭をかいた。
だが、それで忘れられるほど俺達は馬鹿ではない。
瑛叶父の口から放たれた衝撃の発言に、我々三人はかぶりついた。
「ちょっと!? そこで止め無いでくださいよ」
「そこまでいわれると超気になるんすけど!?」
「親父! 教えろよ!」
「うるせぇ! これ言ったら俺、夕紀先輩に何されるか分かんねぇの! あの人超大人気ないからな!」
「それは分かりますけど! めっちゃ分かりますけど! マジで教えてくださいよ!」
「無理だッ! 超言いたいけど言うのはマジで無理! あの事件を知ってる人達はみんな夕紀先輩に「言うな」って釘刺されてんだよ。特に、夕陽には絶対に言うなって」
「なんで俺だけ!?」
「今年の新年会の時に琴音先輩がポロっと漏らして、それネタに馬鹿にしてたら「おい瑛士、テメェこの事夕陽に話したら分かってるよな? な? なぁ?」って言われたんだよ」
あのクソ親父良い歳こいて何高校生の部活の後輩いびりみたいな事やってんだよ。
「という訳で無理! 聞きたきゃ雨斗先輩か夕紀先輩本人に聞け! あと、とっとと寝ろ!」
それだけ言い捨てると、逃げるようにして部屋から出ていった。
「「「凄い気になる」」」
雨斗さんに聞くか? それとも母さんか? 俺には言うなって言ってるって事は兄貴や姉二人も知ってる可能性もあるのか?
「……騒いだら腹減った」
南雲が腹を抑えながら、呟いた。
「そういや俺も」
「同じくー」
一通りのバカ騒ぎのせいで小腹がすいてきた。
何か食うものは? と瑛叶にアイコンタクトを送ると、首を横に振る。
「んじゃ、何か買いに行くか」
「そうっすか」
「だなー」
上着を羽織って部屋から出ようとすると、瑛叶のスマホに着信が入る。
「あ、波崎からだ」
波崎……波崎、確か家のクラスにいたな。
「……ほら、夏の旅行のとき瑛叶が長くLINEしてただろ?」
ふわふわとした俺の波崎というクラスメイトの印象が一発で確立された。
「ちなみに賭けてるだろ? 俺とお前が三百円、私服先輩が五百円」
「あぁ、あの。瑛叶にしては珍しくまだ手は出してないのな」
少し感心しながら呟いた、あの男も一応成長しているのだろう。
「悪い! 買ってきてくんね? 金払うから」
親友としてはいい加減まともな彼女作って欲しい、その手助けぐらいならしてやるか。
「りょーかい。なんか適当に買ってくる」
「肉食いたい肉」
「おーう」
肉ならコンビニでチキンとか買うか。
適当な会話をしながら、瑛叶宅から外に出た。
「寒っみぃー」
薄着の南雲がプルプル震えながら吐息と共に言葉を吐いた。
確かに寒いな……と相槌を打ちながら、雨乃はどうしているのだろうかと考える。どうせ怒ってんだろうなぁ。
「聞いてんのか?」
「いや、全然」
「ったく。波崎って性格悪いらしいって話だよ」
「……アイツはまた貧乏くじか?」
「さぁ? まぁ噂は噂だしな。それにいい噂しか無かったが実は男のことを金ヅル扱いしてた女子校の瑛叶の五人目の元カノの方がエグかった」
「やめろ、笑いそうになる」
あれは酷かった、本当に酷かった。
瑛叶の人生悲惨だなぁ。
「あのままだとアイツ結婚詐欺に引っかかるぞ」
「それ止めんのが俺達の役目じゃね?」
「それもそうだな」
俺がそう言うと南雲は笑いながら同意した。
「つか、お前はどうすんだ」
「あ? 俺?」
「このまま瑛叶の家に泊まり続けんのか?」
「嫌な質問するなぁ、お前」
苦笑が漏れた。
遠回しに仲直りしろって言ってんのかよ。
「なんかありゃ愚痴は聞いてやる、一人じゃ無理なら幾らでも手は貸してやる。俺も瑛叶もな」
「お、おう」
急に真面目な口調になられると、対応にこまる。
「だけどな、この問題だけはテメェで解決するっきゃねぇだろ?」
「……痛ったいとこ突いてくるなぁ」
「テメェは馬鹿なんだから考えねぇぐらいが丁度いいんだよ」
「うるせえ、バカって言うな」
肩に軽くパンチを繰り出して、ジャンバーの襟を寄せる。
秋夜の寒さが骨身に染みた。
「なぁ、南雲」
「ん?」
「俺が明日学校サボりてぇって言ったら、お前と瑛叶は付き合ってくれるか?」
俺が少し照れながらそう問うと、南雲は少し吹き出しながら迷わずに答える。
「そうだな、瑛叶がここにいたら「しゃあねぇな」って言うと思うし。俺の答えは決まってる「勿論だ」だよ。友達だからな」
「さんきゅ」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい、それと同時にありがたいと思った。
「いいってことよ。そんぐらい、言われねぇでも付き合ってやるさ」
「どこ行こうか? 明日」
「そうだなぁ、時間はしこたまあるしな。とりあえず何か食いながら、瑛叶の家で作戦会議すっか」
パーティの前日みたいでワクワクする。
沈んでいた心はいつの間にかいつもの調子を取り戻し始める。
明日は明日の風が吹く、そんなありきたりな逃げ言葉を用意して夜の街を闊歩する。




