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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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70/105

六十九話 Drama tick

熱っぽい吐息と甘ったるい視線が交差する。

数えること十秒未満、体感時間十分以上。


刻々と迫る宵、静けさが恐ろしいほどに体を包む。

押し付けられた熱の塊を引き剥がすようにして、桃色に揺れる髪の少女を引き離した。


「おま、なにしてんだ!?」


「何って……キスですけど?」


軽い調子でウィンクを一つ。

どうやら、する側とされる側では覚悟も気持ちも違うらしい。


「いや、お前、キスですけど? って」


「あ、もちろん今のはファーストキスですよ? 私、誰にでもこんなことするビッチじゃないんで」


「……お前、マジで」


語彙力が著しく失われた。

目元を抑え天を仰ぐ、だめだ多分俺、顔が赤くなってる。

鼓動は轟音を響かせて鳴り響く、耳元で聞こえる不快な「ドクドク」という心血の音が心底うざったい。


「つか、ファーストキスで舌入れてくるってお前」


「やだー、チュッてするようなキスなんて御伽噺じゃないんですから。高校生なんだからこれぐらい普通ですよ」


「生々しい、お前ほんと生々しい」


カァーっと耳朶まで熱を灯す。

ほんとダメだ、リアルでやられると反応に困る。


「あ、もしかして先輩もファーストキスですか?」


「幼少期をノーカンとするのならばファーストキス」


「幼少期って誰としたんですか?」


「写真には姉二人と雨乃と母と何故か父親と兄貴」


「やだ、先輩ビッチ」


「まて、その言い方はおかしい」


本当にその言い方はおかしい。

性別からして言い方がおかしい。


「まぁ、話を戻しますけども。高校生なんだから、軽い気持ちで付き合ってもいいんじゃないですか?」


「まて、俺の知ってる世界線の話に戻せ! 少なくとも俺はそんな会話をした覚えはない!」


「先輩恥ずかしいからって勢いよく喋りますね」


「NOoooooo! そう言うこと言わないでぇぇぇ!」


「やだー、先輩ってば口ではエロいことばっか言ってんのに、キスされたぐらいで真っ赤になっちゃって可愛いー」


口元に手を当ててワザとらしく嘲笑し始める後輩のせいで、思考回路が成立しない。


「やめろ! マジでやめろ! 俺の中の何かが音を立てて崩れてる! これあれだ、アイデンティティクライシスってやつだ!」


「まぁ、とりあえずです」


口元に当てていた手で俺の胸倉を掴むと、またもやグイッと引き寄せる。


「な、なんだ、またキスでもするつもりか?」


「先輩が臨むならしてもいいですよ? じゃなくて、付き合いませんか? 私と」


「へ……?」


極至近距離から出てきたのはそんなセリフだった、以前よりも軽い調子なのだが、どこか圧迫感のある笑顔。


「先輩は失恋したと思い込んでる、私は先輩が好き。それなら私で妥協して付き合って下さいよ」


「いや、お前何言って……」


「例え今先輩が私の事を相手にしてなくても、私は必ず先輩を落としてみせます」


ゴンッと俺に頭突きをしながら言い放った。


「もう1回言いましょう! 私は! 先輩の事が! 好きです!」


大声で、凄く凄く大声で。

海の向こうに届くくらい大声で何の迷いもなく言い切った。


「だから、私と付き合ってください。私のものになって下さい、先輩」


喉元を押さえながら、冬華はそう言って笑う。

一瞬、思いが揺らぎかけた。振られたのだ、告白する前から雨乃に、ならば冬華と付き合えばいい。

彼女は俺のことを好きだと言ってくれた、ならば別に問題は無いだろう。


「……」


「先輩?」


「フンッッ!」


コンクリートの壁に軽く頭を叩きつけた、思い衝撃が脳を駆け巡り、重苦しい思考が1発でクリアになる。


「ちょ、馬鹿なんですか!? 先輩、ほんと馬鹿じゃないですか!?」


「大丈夫だ、問題ない」


「大ありですよ!」


フッーと息を吐き出して冬華の肩を掴んだ。


「ひゃ!」


「ごめん、お前とはつきあえない」


彼女に本当の二度目の失恋を味合わせる結論に至った。

だが、存外にも冬華はあっけらかんと笑う。


「えぇ、どうせ振られふと思ってましたよ? まぁ、そんだけ悩んでるのをみると冬華っていう存在も着々と先輩の心の中で根を張ってるんでしょうね!」


「えっ!? えぇ……?」


「なんですかその反応は! また泣くとでも思いました?」


「うん」


「そんな振られたぐらいで何度も泣きませんよーだ」


べーっと舌を出して馬鹿なことを考えたことをからかうと、俺の鼻を指先で摘む。


「どーせ先輩の事ですから「失恋した寂しさを埋めるために冬華と付き合うのは……」とか思ったんでしょうが、こっちからしたら全部お見通しな訳ですよ。先輩はエロくて馬鹿なくせに、変なとこで律儀で真面目ですからね」


俺の鼻から手を離すと、無い胸を張るように腰に手を当ててフン!っと息を吐き出した。


「いいですか先輩、これは布石です」


「布石?」


「えぇ、最終的には先輩の隣っていう居場所を私がかっさらうための布石です!」


「なにそれウケる」


「ウケるってなんですか! ウケるって!」


「もうなんかどうでも良くなってきた」


凄く凄くおかしくて、馬鹿らしくて笑いが溢れ出た。


「な、なんで笑うんですか!」


「いやぁ、別に。ははっ、何でもないよ」


「だーかーら!」


「ありがとな」


なんだか、凄く元気を貰えた気がした。

どうなるか、どうするか、どうしたいか、まだ未確定だけれども。

きっと、見て見ぬ振りは、知っているのに知らぬふりはできないから。今の現状が壊れても、少しでも前に進もうと思った。


「……それで、いいですよ。今は、それで勘弁したげます」


「いい女だな、お前」


「でしょ? だから、いつでも落ちてくれて構いませんよ?」


「ほんっと、なんで俺なんか好きになったんだよ」


飽きれなのか、照れ隠しなのか、苦し紛れにそんな言葉を捻り出した。


「そんな先輩だからじゃないですかね?」


立ち上がって背を向けながら、静かにそう言った。


「あ、今キュンってしましたね?」


振り返って一度ウィンク。

誰のマネなのか唇に指を添えてニコリと笑う。


「ばーか、俺はそんなにチョロくねぇよ」


「そうですかね? それじゃあ、あんまり夜更かしはしないように、明日きつくなりますから」


「おう」


「おやすみなさい、先輩」


片手をヒラヒラと振って、冬華は家を目指しゆっくりと歩いていった。

俺はそんな背中が見えなくなるまで、ただただ見送った。


浜辺に静寂が戻る。

世界を静寂が支配する。


「……」


ゆっくりと立ち上がって、ポケットに入った小銭を自販機に入れ、冷たい缶コーヒーを一本買った。

プルタブを開けると共に聞こえる軽快な音と、独特の匂い。

自販機の薄い明かりに背を預け、カッコつけながらグイッと缶コーヒーを呷った。


「甘めぇ……」


コーヒーの冷たさが火照った身体の熱を冷ます中、唇を指で拭い、笑うように呟いた。




※※※※※※※※※※※※※


あぁ、くそ。


「………」


なぜだか、目から涙が止まらない。


「……ッ」


泣いちゃダメだ、私はそんなに弱くない。


「──」


だけども、これだけはどうしようもない。



※※※※※※※※※※※※※※


「みんなー、忘れ物は無いかい?」


「「「「「はーい」」」」」


「じゃあ、帰ろうか」


その声と共に、飛行機に乗り込んだ。


「雨乃先輩」


「ッ!? な、なに?」


「少し、一緒の席でお話しませんか?」


「……分かった」


なんだか重苦しい雰囲気を放つあの2人とは色々な意味で顔を合わせずらいので、近寄らないが吉。


「ゆーひーくぅぅぅん?」


ガシッと右肩に死神の手が乗った。


「な、な、なんですか?」


「てめぇ、何があった?」


「何にもないです、いやマジで。はははー! ははははっ! 瑛叶君は怖いなぁ」


「ちょっち向こうでオイラとお話しようかぁ?」


「嫌だ、お前目が怖い! まじ怖い!」


ガシッと肩を掴まれ座席に強制的に座らされる。


「お前、昨日夜中、冬華とキスしてたな?」


恐ろしいほど声を押し殺して瑛叶が唸るように吐き捨てた。


「なに……? シンプルに怖い」


「昨日見たんだよ、何故か嫌な気配を感じ取って、コーラでも買いに行くついでに外でたら、バッチリ貴様が冬華とキスしていたシーンをなァ!」


「ひぃぃぃ!? 嫉妬が一周まわって魔王を生み出してるぅぅう!」


「おいこら、てめぇコラ。何だ雨乃一筋とか言っておいて、その実あれか? お? お? お前の股間から生えてるうまい棒中間地点からへし折るぞ?」


「何でそんなに怒り狂ってんだよ!」


目が完全に常軌を逸してる親友に戦慄しつつ、逃げ場を探して視線を泳がせる。


「あ? 決まってんだろ?」


あ、あれか? 親友が不貞をしたのが許せないとか……?


「あんな上玉とキスしてるお前が死ぬほど許せん」


「驚くべきほどクッソみたいな理由だな」


「俺はなぁ、上手くいってもキスまで辿り着けないんだよ? 知ってるだろ? なのになんだ? お? オメェ前世でどんだけ徳を積んだんだ? 前前前世から徳を積んでたのか?」


「目が、目がほんとに怖い。なに……お前ついに人やめたの?」


「おい教えてくれよ、俺にもキスさせてくれよ」


「まて! その言い方は俺とキスしたい見たいになってる」


「殺すぞお前」


「火の玉ストレート!?」


胸倉を捕まれ、ゴンッゴンッと頭突きを繰り返される。


「クソぉぉぉぉ、他のやつはどうでもいいが、お前はクソムカつく」


「親友だろうが!?」


「お前の幸せゴミの味」


「クソ野郎!」


このままだと間違いなく頭を割られる。

助けを求めるように視線のあった雨乃に助けを求める。


「あれ?」


「どうした?」


確かに今、目が合ったよな?


「おい、夕陽?」


なんで俺、あんなに敵意向けられてんだ?

あれ、確かに俺に向けた視線だったよな?


「フンッッ!」


「いってぇ!」


「貴様が助かる道は俺に可愛い女子を紹介するか、俺と可愛い子をキスさせるか、俺と可愛い子をヤらせるかの三つだ」


「その選択肢ほんとクソだな。ヤり目かよ」


「処女がいいです☆」


「お前と親友であることを恥じるレベルでクソだな。今日日南雲でもそんなに手は早くねぇぞ」


「ばっかお前、出会って3秒で……が南雲さんだぞ」


「なんで俺がAVのタイトルみたいな不名誉な称号なんだよ、ぶち殺すぞお前ら二人」


ガシッと後部座席の南雲さんに二人して頭を掴まれた。


「俺は今、色々と落ち着いてるんですよ?」


狂気100%の笑みを浮かべて南雲が笑う。


「「やーい、お前の彼女中二病」」


「着陸したら殺す!」


「「やーい、南雲は短小包〇」」


「違うからな!? マジで違うからな!?」


いい感じにバカ騒ぎしつつ、さっきの視線を忘れようとした。

だが、忘れられない。


色々あった旅も終わりを告げる。

楽しくも、悲しくも、驚きも全てを詰め込んだ旅行が終わりを告げる。


それぞれの胸の中に何かを残しながら。

確実に俺の胸に不安を芽生えさせながら。

二泊三日の化学部の旅行は幕を閉じた。






















※※※※※※※※※※※※



シンデレラ。

その童話を静かに閉じて、男は息を吐き出した。


「どうしたの? 兄さん」


「いや、何でもないよ」


痛む頭を抑えながら、男は替えのコーヒーを入れるためにリビングに立ち入った。


「そうか……そろそろ彼等の高校の文化祭か」


誰にでもなくそう呟きながら、男は口角を吊り上げた。


「狙うのならば、未来観測か虚像か虚音かな?」


トンっと自分のこめかみを軽く突いて冷蔵庫を開ける。


「兄さん……?」


不安げな視線を送る少女の声で振り向いて、何でもないよっと静かに笑う。


「ピエロ被り物を買っておいてくれ、それと身体を覆うコートを。そうだね、赤か青がいい」


「いいけど、なんに使うの?」


その問いかけに、男はまたもや笑う。


「遊びに行くんだよ。いや、宣戦布告かな?」


「……」


「今回は一人でやろう、君は来なくていい」


替えのコーヒを注ぎ終わると、男は内に秘められた狂気を全面に押し出すように破顔する。


「あぁ、楽しみだ。実に楽しみだ」


少しづつ、少しづつ、運命の歯車は回り出す。

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