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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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六十八話 Mermaid dreams and beach nights

ザザーンと寄せては返す波の音が聞こえる。

潮の香りを運ぶとても滑らかとは言い難い、ベタついた風が身を包むと溜息がこぼれ出た。


ふと空に目をやれば、遮るものが何一つない美しい夜空だった、別段俺の街も都市という訳では無いが、上を見上げればマンションやらなんやらで遮られてしまう。なので、遮蔽物のない夜空に少しだけ興奮を覚えた。


「……はぁ」


何か独りごちろうとしても、出てくるのは重っ苦しいため息ばかり、そのうち肺の酸素全てを溜息に使ってしまいかねない。


雨乃の表情が頭から離れない。

焼き付いて、灼きついて、離れない、離れてくれない。

深い海の青よりも沈んだテンションのまま、何気なく水平線の向こう側に目を向けた。


てか、結局あれはなんだったんだ?

流れから行くと告白……?


「……マジか」


うぇぇぇお!?

これは実は「好き人は夕陽だった」パターンか!?

来たァァァ! 勝った!


「……まぁ、それはないか」


ない、ないない。

億に一つもないね、間違いないね。

だいたい、あの流れで俺に告白とかありえねぇだろ、そもそも恋愛対象にすら見られてねぇぞ。


淡い希望を勝手に抱き、淡い希望を勝手に打ち滅ぼされ、なぜか意気消沈気味でまたもや溜息を吐き出した。


「貝になりたい……いっそワカメになりたい」


ミネラルたっぷりな味噌汁にぶち込んでも、かませ犬役にしても美味しいワカメになりたい。


「なーに頭抱えてるんですか?」


「ん? 冬華……?」


冬華の小悪魔ボイスが聞こえ、キョロキョロと辺りを見回し、顔を上げるとニッコリと笑う冬華がいた。


「夜に女の子一人で出歩くのは不用心じゃね?」


「夜に馬鹿一人で歩くのは不用心じゃないですかね?」


「うわぁー、辛辣」


バカって言われた、後輩にバカって言われた。

あれ……? 全然ショックじゃないぞ? 言われ慣れてるからか。


「それで? 海なんて見つめて何してたんですか?」


ゆっくりと俺の隣に腰掛けながら、冬華が顔を覗き込むように笑った。


「人魚探してた」


「マーメイドですか」


「なんでも岩の上に乗って胸部を露出する痴女らしい」


「とんでもねぇこと言ってますね」


人魚いいよね、俺昔結構好きだった。


「それで見つかりました?」


「影も形も見つからねぇよ。まぁでも、居たらいいよな」


「えぇ、居たらいいですね人魚」


居たらいいなぁ、幻想的でも夢物語でも、浪漫があるのはいい事だ。浪漫も夢も生きる上では大切だって兄貴が言ってた。


ボーッと海の向こうを眺めていると、不思議と心が落ち着く。波の音や揺れる木々の音、全身を包み込む生ぬいる空気。


「なーんか、落ち着きますね」


「あぁ、落ち着くな」


特に何も語るわけでもない、二人で海を眺めるだけ。


「ねぇ、先輩」


「ん?」


少しだけ眠くなった時に丁度よく、静かな声が耳を伝った。


「なんかありました?」


「ナンパを阻止された」


「それは自業自得です」


「モテねぇな、俺」


「あら、隣に先輩の事を思ってる後輩がいるのに?」


「モテねぇなぁ」


「無視した! 酷い無視した!」


一人にモテても、モテてるとは言わねぇんだよなぁ。


「それで? 本当は?」


「……知っててボケに付き合うとか酔狂だな」


「まぁ、馬鹿な人を好きになるような馬鹿女ですし?」


「違いないな、もっと見る目は磨いた方がいいぞ?」


なんか自分で言ってて惨めになってきた、馬鹿は駄目だとしみじみ思う今日この頃。


「そうやって話をすぐに脱線させるのは先輩の悪い癖ですよ?」


「わざとやってんだよなぁ」


「うわぁ、最悪だー」


話したくないこともあるんだよ、大人になればね。

まぁ、高校生だけど。


「関係ないって言えねぇんだよな、お前には」


この娘を振った理由は彼女にあった、だから一概に無関係とは言いづらい。

それに、誰かに聞いて欲しかった。

なんというか、実に情けない話ではあるが心中に溜まったやるせなさとか、行き場のないモヤモヤのようなものを吐き出して、聞いて欲しかった。


そうして俺は、ゆっくりと事の顛末を話始めた。






※※※※※※※※※※※※※※※


くわぁっと欠伸を噛み締めながら、静かに自分のベットで枕を抱き込んでぐだぐだしていた。


「なーにやってんだろ、私」


なにするつもりだったのか、あまつさえ逆壁ドンをした挙句、抱きかかえられ「いい匂いだなー」とか「意外に筋肉あるんだなー」とか思ってたはずなのに。

なぜ、なぜ、なぜ。


「うがァァァァァァ」


「雨乃うるさーい」


下では化猫が何か言うが、聞こえないふりをしてジタバタする。

しようとしていた、夢唯と南雲の熱にほだされて。

こ、こ、告白しようとしていた。


振られてたらどうしよう、目も当てられない。

この楽しくて幸せな雰囲気の旅行をぶち壊す所だった。


夕陽に告白するのは、確実に奴が私に気があると分かってからだ、じゃなきゃ怖い。


「雨乃ー?」


「夢唯?」


壁と睨めっこしながらボーッとしていた私に夢唯の少し心配そうな声が掛かった。


「ちょっといいかい?」


「うん、いいよ? いつでもいいよ?」


「どうしたんだい? テンションおかしくない?」


「大丈夫、私はいつもこんな感じ」


おかしなテンションとゴチャゴチャな思考を投げ捨てて、いつもの私に戻そうと必死にキャラを作る。


「あの、南雲がね? 雨乃が夕陽に逆壁ドンしながら、抱き寄せられてて、神妙な面持ちで話そうとしていた所を絶妙なタイミングで邪魔したって嘆いててね? それで、一応ボクの方からも謝っとこうと」


そう言って申し訳なさそうに頭を下げた。

いや、本当は助かっているのだ、あそこで口走ってたら振られてたかもしれない。


「いや、逆に助けてもらったの。良かったぁ、南雲があそこで来なかったら終わってた」


「……今ので大体わかった」


「流石、付き合い長いわね」


そして、夢唯が安堵の溜息を吐き出した。

だが、もう一度神妙な面持ちになりながら、私の手を取った。


「ちょっとよく聞いてほしい」


「ん?」


「雨乃はボクの症状を知っているね?」


「まぁ、それは」


なぜか、その言葉だけで良くないことを見たのだと理解出来た。

彼女の症状、未来観測はいったい何を見たのだろうか?


「ボクの症状は大変不安定だ、そのせいで偶に意図しない時にノイズのように未来が流れ込んでくる時がある。今日のようにどんちゃん騒ぎをした後は特に」


ゴクリと生唾を飲み込み、彼女の言葉を待った。


「……ボクが見た、断片的な未来では。君は「夕陽」の事で深く傷つき、涙してここに帰ってくる」


「……え?」


その発言は、想像していたものとは少し違った。

もしかして、まだ何かあるのだろうか? これ以上、私達の関係は捻れるのだろうか。


「だけど、ボクの未来観測は絶対じゃない。現に、ボクの症状が見た『最悪』の未来を何度だって捻じ曲げた馬鹿もいる」


十中八九、夕陽の事だろう。

アイツは凄いやつだ、バカのふりしているだけの、普通にヤバいやつ。


「まぁ、なんにせよ。友人として君に傷ついて欲しくはない、行くなら今だとボクは思うよ」


そう言って手元のキャンディーを私の口元に遠慮なくぶち込んで、意地悪く笑った。


「夕陽と冬華ちゃんだったら20分ぐらい前くらいから浜辺にいるよ」


ポツリと投げかけられた陸奥の言葉に、反応しながら静かにベッドを降りた。


「行ってくる」


後悔したくないから、私は行く。

馬鹿にできたことが私にできない筈が無いのだから。







※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「まぁ、先輩らしいと言えば先輩らしいですよね」


「あん?」


「いや、分からないならいいですよ? 面倒臭いので」


本当に酷い、この後輩本当に酷い。

遠慮なく傷心中の先輩の心を抉って、塩を塗って、心の両面を焼きやがる。


「アレですよね、まじ、先輩ってかんじ」


「もうやめて、マジやめて」


「本当にデリカシーとかプライバシーとかリテラシーとか」


「関係ないよね!? それ三つ全部関係ないよね!?」


叫びながら頭を抱えた。

痛い、胸が痛い。


「まぁ、先輩らしいっちゃ先輩らしいですよね」


頭に優しい感覚が伝う。

たぶん、撫でられているのだろう。


「恥ずかしいんだけど、凄く」


「いやー、先輩って甘やかされるの慣れてなさそうなんで上手くそこを付けば落とせるかなぁと」


「なに!? お前俺のこと好きなの!?」


「だいぶ前から数回に渡って好きって言ってます」


「そうでしたね」


恥ずかしすぎて顔を上げることも出来ずに、ひたすらに後頭部辺りを撫でられ続けた。

だが、流石に我慢の限界である。


「冬華、もうや……」


顔を上げて、彼女を止めようと言葉をはこうとした瞬間だった。まじまじと彼女の顔を見つめてしまう。


妖艶なまでに潤んだ瞳、滑らかな唇。

艶やかな髪と鼻腔をくすぐる柑橘系のシャンプーの香り。


月明かりに照らされたその姿に息を飲んだ、この娘はまるで。

まるで、人魚姫のようだった。


「ねぇ、先輩」


闇夜に美しく光る宝石のような彼女の、冷たくも暖かい指先が頬に触れた。


「……」


呆気に取られてか、金縛りにあったのか。

どちらか分からないが身体が動かないのだ、不自然にこわばって、どうしても動かない。


頬に伸ばされた彼女の手はゆっくりと撫でるように俺の後頭部辺りに移動した、そしてもう片方の手でゆっくりと胸倉を掴んで抱き寄せた。


鼻先が触れるほど密着する、呼吸音が重なる。

歯は磨いただろうか? どんな顔をしているのだろうか? 不思議とそんな事を思っていた。


「好きですよ、誰よりも貴方のことが」


その告白と共に、艶やかで柔らかい唇が俺の唇と重なった。

口内を侵食してくる甘ったるい匂い、水っぽい何か。

拒むでもなく、受け入れるでもなく、俺はただ動けずにいた。


場違いにも、何となく昔のことを思い出した、雨乃の事を思い出した。そうだった、人魚姫が好きなのは雨乃だったのだ。



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