六十五話 Intersection
「「「海じゃぁぁぁぁ!!!」」」
砂浜に着くなり叫んで全力ダッシュ、途中瑛叶や南雲と乱闘しつつも人が少ない海に飛び込んだ。
「夕陽ー! ちゃんと準備しないと足つるわよー」
「大丈夫だってぇぇぇぇぇ!?」
遠くで呆れ返る雨乃に手を挙げて、そう告げた瞬間俺の身体が宙に浮いた。
「死ねぇ! 夕陽ぃぃぃ!」
腰の部分をガッシリホールドされ、叫ぶ南雲に頭から投げられた。
「ブボォッ!? はァ……はァ……南雲ォ! てめぇ殺す気か!?」
「はっはー! たーのしいー」
「いいぜ、地獄を見せてやる」
瑛叶の足を持って全力でジャイアントスイングを開始する。
「うぉぉぉぉぉ!? 夕陽!? いや、ちょ、まって! うぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「舌噛むなよー? 死ねぇ南雲! ダメ女スイーパーロケットォォおおお!」
ジャイアントスイングしたまま、南雲に瑛叶を投げつけると鈍い音と共に二人共海中に沈んでいった。
「正義は必ず勝つんだよ」
「「てめぇ! この卑怯者!」」
「かかってこいゴラァ! 相手してやんよ」
雄叫びと共に水に人体を叩きつける音が響き渡った。
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「なーにやってんですかねぇ、あの人達は」
夏華がクーラーボックスの上に腰掛けて呆れ気味に呟いた。
「あの三人は異常だよ、ほぼ寝てないのに」
パラソルを建てながら月夜先輩が化け物を見るような目でバカトリオを見ている。
「まぁ、アドレナリンとかが出てんだろ。月夜、行かなくていいのか?」
「紅音は僕にあの3人の中に突っ込めと言っているのかい!?
殺す気か!?」
「まぁ、彼女としては心配なんだよ。お前貧弱すぎるし」
「酷い!」
はぁ、何だかいいなぁ、あの2人。
ちゃんと恋人してるって言うかなんというか。
「いいなぁ」
私の隣で冬華がそう呟いた。
「冬華も大変ね、あんなバカ好きになって」
「ブーメラン刺さっちゃってますよ雨乃先輩ー」
全くだ、全くだよ。
まぁ、私に脈は無いのだろうけど。
「なーんか、夕陽に好きな人が居るって聞いたら」
「冷めちゃいました?」
「いや、何か少し寂しっていうか」
ずっと一緒に育ってきたのに、置いていかれた気分だ。
「あー、雨乃先輩はそういう感情になるんですね」
ほへーっというフワフワした感じで冬華が答える。
「冬華は? 振られた時どう思ったの」
「俄然やる気が湧いてきました」
「強いわね」
ほんとにこの子は強いんだなぁ。
「えぇ、強いんですよ。私も、雨乃先輩もね」
「……そうかもね」
「そうですよ、きっと」
ニコッと冬華が良い笑顔で微笑んだ。
つい可愛くて、冬華の頭を気がつけば撫でていた。
「さて、私達も遊ぼう! 陸奥、夢唯、夏華、行こう!」
冬華の手を引きながら、駄弁っていた三人に声をかけ馬鹿共の輪に交じるべく動きだした。
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楽しいなぁ、本当に。
そんな、柄にもなくセンチなことを考えながらアイスの最後の一口を口に入れ、溶けて手についたソーダを舐めた。
晴れ渡る空の元、水際で無邪気に遊ぶ雨乃達を見ながら短く多幸感に満ち溢れた息を吐き出した。
充実しているのだろう、想像もつかないほどに。
満喫しているのだろう、自分でも意外なまでに。
アレから、雨乃達も混じって遊んだ後、海の家で少し早めの昼食を食べ、都市伝説とまで思っていた定番のスイカ割りをしたのだ。中々割れなかったスイカは最終的に紅音さんが素手で叩き割った。
「何してるんだい、夕陽」
「ん、夢唯か」
欠伸を噛み殺しながら、背後からかかった気だるそうな声に反応する。やはり背後には、すこぶるやる気のなさそうなパーカーの少女が突っ立っていた。
「疲れたのかい」
「まぁーな」
適当に返答を返しながら、照りつける太陽を一瞥する。
「君が疲れるというのは、存外珍しいのかもしれないね」
俺の隣にドサッと腰を下ろしながら、夢唯は大きく欠伸をした。
「俺だって、疲れるさ。人間だからな」
「そいつは意外だ、ボクはずっと君のことをゴリラの近親者だと思っていたよ」
「ゴリラの近親者は紅音さ──ブベェッ!?」
紅音さんの耳はロバの耳とでも言うのだろうか、もはや魔弾と言っても差し支えないレベルの豪速球が俺の顔面を射抜いた。
「やっぱり馬鹿だよ、君は」
「俺じゃなかったら死んでたぞ……」
ボヤくように呟きながら、デコをさすった。
「それにしても君の症状は使い物にならないね、異能バトルにくら替えしたら一発で死ぬやつじゃん」
「失敬なことを言うな、例え異能バトルになろうとも俺が勝つのは決まってんだよ」
「その自身はどこから来るんだ」
呆れ気味に呟いた夢唯に勝ち誇るように自論を述べる。
「最近はな、使えない能力とか持ってるやつが無双する時代なんだよ。まぁ見てろ、異能バトルになったら俺が勝ちまくって巨乳お姉さん美女やらツンデレロリとかを囲んでハーレム作るから」
「その8割はスパイかアサシンっていう流れでしょ?」
「裏切り者の確率高いなぁ、残り二割は?」
「キチガイかバカ」
「お前マジで見てろよ、異能バトルになった暁には俺が人生の勝者だからな」
「はいはい」
苦笑する夢唯を見て、ついつい俺も変な笑が零れた。
「行かなくていいのかい?」
夢唯が指さす方向に目を向ければ、紅音さんが南雲を海にぶん投げて、続けざまに瑛叶まで投げていた。
その横で、笑顔で俺を招く暁姉妹と雨乃。
「……しゃあーねーな!」
「やっぱり馬鹿だよ、君は」
ニヤリと笑う幼馴染に片手あげて、紅音さんの方に小走りで向かう。
「はーい! 俺ジャイアントスイングがいいでーす!」
「舌噛まないようにしろよ!」
そして、世界が流転する。
ギュンギュンと世界が加速していく、雨乃達の顔は次第に歪んでいき姉妹にはミミズのような細さに見える。
なんだこれ、超気持ち悪い。
「行っくぞぉぉぉぉ!」
その声が聞こえた時には既に俺の体は宙に舞っていた。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
奇妙な浮遊感に思わず世界がゆっくりに見える。
バッシャッァァン! と怒号のような落下音と共に俺は海中に勢いよく沈む。
ぶくぶくと口から息が漏れる、息苦しい筈なのに海中から見る太陽は朧気に輝いていて綺麗だった。
なんとなく、そんなことを考えながらゆっくりと浮上して、しばらくは大の字になってうまくバランスを取りながら海上をビニール袋のようにプカプカ漂っている。
「あぁ、気持ちいーな」
独りごちながら、遥か頭上の天を仰いだ。
「夕陽!?」
「ん、雨乃か」
気がつけば、焦ったような顔色の雨乃が俺の腕を持っていた。
「良かった。気絶したんじゃないのね」
「存外、気持ちよくてな」
耳の中を蠢く波の音が直接脳に伝わるは存外にも気持ちいいものだ。
「浮いてきたのに動かないから気絶したんじゃ無いかって心配したのよ」
「どんぐらい飛んでた?」
「かなり高く。紅音さんが「あ、やっべ」って言ってた」
あの人は適当だなぁ。
全身を包む幸福なる疲労感を噛み締めて、雨乃に支えてもらって状態を起こした。
「うぉ」
以外にも深い所まで流されていたようだ、普通にあぶねぇな。
「お前、危ねぇからこんな深い所まで来るんじゃねぇよ」
「あら、どこぞの馬鹿がさっさと浮いてくればここまで来る必要無かったんだけど」
「それはそれ、これはこれ」
「屁理屈ね」
「屁理屈も屁を抜けば理屈だ」
「ちょっと意味わかんない」
わざとらしく肩をすくめる雨乃の頬を優しく抓る。
「女の子に手を上げるなんて最低ね」
「あら、これぐらいは暴力には入らなくてよ?」
戯けながらビーチを目指し軽く泳ぐ。
「いつの間にか泳げるようになったんだな」
「今更ね、私は基本なんだってできるのよ」
「カエルは苦手なのにな」
「カエルの話はやめなさい」
なぜか胸が少しチクリと傷んだ。
雨乃もいつの間にか変わる、そんな当たり前の事を今思い知らされたように感じだ。
「なぁ、雨乃」
「ん?」
「好きな人っている?」
は?
うぉぉぉぉ!? 何聞いてんだ俺は!?
ダメだ、とっさに言葉が出ちまった! プリーズ! 時間を戻す方法をくれ! 死に戻りでもなんでもいいからぁぁぁ!
「……いるよ」
海水に頭をつけて強制冷却しようとしていた俺の耳に、その一言が伝わった。「好きな人がいる」確かに、彼女はそう言った。
気がつけば、もうすぐそこは砂浜だった。
「夕陽、そろそろ時間だっ……て、お前なんだその面」
とんでもなく変な面をしているのだろう。
ダメだ、脈は無いと思っていたがハッキリと好きな奴が居ると聞かされた時点で心の中の何かが折れた。
「どうしたの? 夕─」
「わりぃ、南雲。俺トイレいってくる」
「お、おう」
俺を心配したのか、声をかけようとした雨乃の言葉に被せるようにして遮りながらトイレに駆け込んだ。
真水で顔を洗い、ぼーっと備え付けの鏡を見る。
最悪の気分だ、これが失恋ってやつか。
吐き出す息は先程の幸福なものとは程遠い苦痛なもの。
告白する機会なんて溢れていたはずだ、なのに関係が壊れるのを怖がって、恐れて逃げの一手を打ち続けていった結果がこのザマだ。
「あーあ、戻りてぇ」
足掻き、踠き、苦しんで、悩んで悩んだ。
遠回りと空回りの長さは半端なものではなかったらしい。
「いつにだ」
「うぉ! 瑛叶か、急に声掛けんなよ」
「何があったか知らんし、何があったかも知りたくないが成功率が下がるから、そんなアホみたいな面すんな」
濡れた手で両頬を挟まれる。
「何しやがる」
「ほら、行くぞ馬鹿野郎。難しいことなんか忘れちまえ」
「……それもそうだな」
あー、なんかどうでも良くなってきた。
そうだ、失恋なんて二の次だ! 深く考えると後悔で死にたくなるから、後でシッカリ考えよう。
「絶対ナンパ成功させぞ!?」
腹の底から絞り出すような声で気合を入れる。
「おっしゃ! さすが親友その意気だ!」
瑛叶と肩を組み、気を紛らわすために空元気を振り絞りながらビーチへと再び繰り出した。
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何だったのだろうか、あの反応は。
唐突に夕陽の雰囲気が変わったというか、なんというのか。
「雨乃ー?」
「ひゃ!」
背後から首筋に冷たい塊を当てられ、変な声が出る。
「な、なんでもない」
差し出してきたソーダを受け取って、パラソルの下に非難する。
脈は無いと思っていた。
だけど、あの反応は何なのだろう?
「〜〜!」
「雨乃先輩!?」
顔を覆ってバタバタしていると、夏華が心配そうな声を上げるがどうでもいい。
あぁぁぁぁぁ! 何なんだあのバカは!
諦めさせるのか、その気にさせるのかハッキリしてほしい。
まぁ、でも、あの反応はアレか。
うん、アレだ、脈はあるんじゃないのだろうか。
だって、見るからに落ち込んでたように見えたのだから。
その後、数分間ひとしきりニヤついたあと、やっとソーダを口に運んで一息ついた。
「雨乃ー、アイス食べに行こう」
紅音さんに呼びかけられ、立ち上がる。
「行きましょう!」
「なんか唐突に元気になったな! まぁ、元気なのはいいことだ」
紅音さんと手を繋ぎ高鳴った心を隠すためにテンションをあげて海の家に足を向けた。
・・・・・・・・・・・・
「美味しいですね! 雨乃先輩」
冬華がストロベリーアイスを食べながら楽しそうに笑う。
「そうね」
バニラのアイスをたべながら私も頷いた。
「一口ちょうだい、雨乃」
「嫌よ、夢唯のひと口はひと口じゃないもの」
「ケチー、陸奥でもいいや」
女子五人でアイスを食べる。
あぁ、楽しい。凄く楽しい、昨日から一変して凄く楽しいのだ。
「ねえ、さっきのさー」
「あぁ、見るからに高校生の3人組でしょ?」
「そそ! 顔は良かったんだけど、なーんかね?」
「まぁ、高校生なんて子供だしねー」
隣の席から、いいスタイルをした社会人風の女の人達の声が聞こえる。大方、ナンパでもされたのだろう。
あれ……? 高校生3人組?
「あと数年たったら良さそうじゃない?」
「私はあの顔に絆創膏貼ってた見るからにやんちゃしてそうな子、かっこよくなると思うんだけど」
その言葉に、夢唯のフードが揺れた。
顔に絆創膏? 見るからに不良? アレ?
「あと、あの腹筋めちゃくちゃ割れてる子いたじゃん?」
「あの、運動部っぽい子?」
「そう!」
「なんかあの子、目が血走ってなかった?」
「彼女か欲しいんじゃない?」
そう言ってケラケラと笑う。
それと同時にピクリと陸奥の動きが止まった。
女に飢えてる? 運動部? アレ?
「でもさー、その後ろにいた子!」
「あの茶髪の子でしょ?」
「あの子が1番雰囲気よかったよね!」
「あー、分かるかも!」
「でもちょっと馬鹿そう」
今度は私と冬華の動きが止まった。
茶髪のバカ?
高校生の3人組、一人は顔に絆創膏を貼った不良、二人は女に飢えてる運動部、最後の一人は茶髪のバカ。
そして面白いことに、あの三人は唐突に消えている。
「冬華」
「はい、分かってます!」
私の言いたいことがわかったのかニッコリと冬華が笑う。
「「あのバカはしばくッ!」」




