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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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六十四話 Knight diver

男四人で散歩に来た、ぬるい夜風が頬を撫でる。

冷えきった缶コーヒーをあおると、脳内に蔓延るカビのような悩みが少しだけ剥がれた気がした。


分からない、全くもってわからない。

雨乃という人間が……いや、女という生き物が全くもって分からない。分かりにくすぎるだろ、ギャルゲーみたいにコマンド選択で好感度とか上げろよ、エンディングを見せろ。


「どうしたんだい夕陽君、折角の旅行だというのに浮かないか顔して」


「折角の旅行だからって攻めに出たらドギツイカウンターくらいました」


「どこに?」


「心に」


痛い、心が痛い。

これがホントのハートブレイク、なんつって。


「僕もね分からなくなるんだよ」


「紅音さんが?」


「あぁ、可愛すぎて」


「テメェ、良くもまぁこの状況で惚気られるな」


紅音さんはド直球しか投げないからな、楽だろう。

雨乃は変化球しか投げない、ナックルとかパームとか。


「君は冬華ちゃんのこと好きなのかい?」


この人もそこそこド直球だった、カップル揃ってよく似てやがる。


「さぁ、どうなんすかね。自分自身が最近分かんねぇっす」


「でた、自分自身が分からない。切れると怖いぜ? と自分自身が嫌いに並ぶ厨二風味のワード」


「まじで馬鹿にしてんだろアンタ!? いいぜ! やってやんよ、歯を食いしばれクソもやし!」


俺の蹴りと拳を月夜先輩はのらりくらりと躱しながら笑う。


「はっはー! 何だか調子が良くてね、避けるだけなら一級品だよ」


「死ぬほどうぜぇ!」


この人、水族館終わってからやけにニヤニヤしているのだ、きっと紅音さんと何かあった。

それに比べて俺は「雨乃が俺のことを異性として見ていない」という衝撃の事実をモロに食らった。


「はぁ……瑛叶の言う通りなんすかね」


「あー、えっと何だっけな」


「「幼馴染を恋愛対象には見れない」的な」


「まぁ、幼馴染ヒロイン=負けヒロインみたいな風潮はあるよね」


幼馴染主人公も負け主人公ですかそうですか。

てか、主人公なのに負けるってなんだよ、それタダの噛ませ犬じゃねぇか。


「はぁぁぁぁ」


「そんなに大きい溜息ついてると幸せが逃げるぜ?」


「もうとっくに逃げ出してますよ、夜逃げですよ夜逃げ」


幼馴染だからこそ、距離感が近いからこそ恋愛対象としては見られないのだろうか。となると、なんで俺は雨乃の事を恋愛対象として見ているのだ?

もしかして、俺は雨乃のことが好きじゃないのか?


思考の泥沼にずっぷりとハマっていく。

どれだけ足掻こうとポンコツな頭脳は変な解答しか叩き出さない。


「まぁ、あんまし深く考えない方がいいよ? 人間なんて単純な生き物だ寝て起きたら思考回路はリセットされるさ」


「そんなもんすかねー」


「そんなもんさ」


結構な距離、歩いたらしい。

遠く向こうに紅音さんの別荘がぼんやりと見える。


「テトラポッドの上になんて登ってどうしたんだい?」


「てっぺん先睨んで宇宙にでも靴飛ばそうかなと思いましてね」


「頬ずりすると時間が止まりそうだね」


下らない会話をしながら、テトラポッドの上で一息ついた。

まぁ、深くは考えない。夕陽さんは優秀な人間なのだ、鈍感系にも勘違い系にもなるつもりは毛頭ない、チキンにもなりたくない。


「あー、腹痛かった」


「やっと来たか南雲」


別荘でLINEに興じている瑛叶はともかくとして、このバカは一歩外に出た瞬間「やべぇ、ゲリだ」と言い残しトイレに駆け込んだ。


「……っふー、あぁ、なんか染みるなぁ」


暗い世界にゆらゆら揺れる、オイルライターの火が灯った。


「煙草の味なんて変わらないだろう」


肩を竦めながら月夜先輩が笑うと「チッチッチッ」とムカつく態度で指を振りながら南雲が答える。


「感覚の問題っすよ。景色が綺麗なとこに行くと「空気が美味い」とか言うでしょ? それと一緒ですよ」


「お前、煙草やめるんじゃなかったのか」


確かつい先日「夢唯にやめろって言われた」って言ってた気が。


「あー、うん、そうね。うん、やめるよ、そのうち」


「「絶対やめないやつだ」」


「タバコの値段が1箱千円になったらやめる」


「やめねぇ奴はみんなそう言うんだよ、夕陽さん知ってる」


親父がよく言ってた「あー、うん、値上げしたらやめる」値上げした今でも未だに吸ってるけどな。


「そういや、リビングで女子陣が盛り上がってたぞ。特に雨乃と冬華が、間違いなくお前だな」


南雲はタバコの煙で輪っかを創りながらそう言って笑った。


「別に俺の事とは限らんだろ」


「『バカ』って単語が聞こえたから間違いないだろ」


「あ、うん夕陽君の話題だね」


「馬鹿=俺ってすんのやめてもらっていいですかね!?」


実に心外である、俺のどこが馬鹿なのか。

そう問い詰めると、二人は肩を竦めながら声を合わせた。


「「強いていうなら全て?」」


多分、もう『馬鹿=夕陽』という式を否定しても理解してもらえないことが分かった瞬間だった。


「それにしても瑛叶のやつは何してんだ?」


煙草を咥えた南雲が訝しむような表情で、現在絶賛LINE中の瑛叶が何をしているのかを問いただした。


「ほら、うちのクラスに居るだろ? 何だったけな、波崎とか言う女子。アイツとLINEしてる」


一瞬、クラスメイトの女子の名前が行方不明になってしまった。


「あー、はいはい。分かる分かる、あれだろ? ちょっと色抜きしてる」


「そそ、そいつ」


「え、なに? 瑛叶ってアイツ狙ってんの?」


「知らねーけども、向こうからLINEしてきたらしい」


「それで、二人はどっちだと思う?」


簡単灰皿ですっかり短くなった煙草の火を消しながら、南雲がにやりと笑う。


「俺は「付き合ったけども結局はダメ女だった……」に300円」


灰皿をジーンズのポケットにしまいながら南雲は瑛叶が聞けば助走つけて殴りそうな発言をした。


「んじゃ、俺は「今回こそは普通の人」に300円」


まぁ、そろそろSSR(まともな人)を引いてもいい頃合だろうしなぁ。


「僕ははねぇ、「いい所まで行くものの空回りして付き合わない」に500円」


「大きく出ましたね私服先輩」


あー、その手があったか。一番可能性が高いな、それは。


「んで、夕陽さんや」


「なんだい、南雲さんや」


「雨乃と何かあった?」


「……お前さぁ、忘れかけた時にそういうこと言うのやめろよぉ」


「OK、だいたい察した」


苦笑を浮かべつつ、新しい煙草に火をつけて煙をくゆらせる。


「お待たせー」


南雲に軽い蹴りを繰り出していたら、後方より聞きなれた不幸者の声が聞こえた。


「おっせーぞ」


「いやぁ、わりィわりィ。LINEが続いて」


「俺の前でニヤつくんじゃねぇ、シバキ倒すぞ」


「いつも以上に荒んでんな夕陽」


やめろ、そんな哀れみを込めた目で俺を見るなぁぁぁ!


「まぁいい、女に与えられた痛みは女で癒そう」


「うわぁ、瑛叶君のセリフってそこだけ聞けば糞野郎だね」


「そこ! 陰湿カーディガンうるさい!」


ビシッと月夜先輩を指さしながら瑛叶が叫ぶ。


「いよいよ明日に迫った、我々のナンパ大作戦! 決行は午後からとするッッ!」


「なぁ、南雲。何でこいつこんなに気合い入ってんの」


「悪いんだろ、頭が」


「そうだね、発言からして頭が悪いよね」


三人で瑛叶を軽くなじると、途端に真顔になった瑛叶がスマホの画像を見せる。


「このレベルの美女が来るんだぞ」


瑛叶の端末に写って居たのは眼前に広がる海岸で自撮りしたと思われる美女がTwitterに上げてる写真だった。

え、やだ、可愛い。


「「……」」


「僕は参加したのバレたら紅音に殺されるかもしれないんでパスするけどね」


「夕陽ィ! 南雲ォ!」


「「ハイッ!」」


「やる気はあるか!?」


「「満ち溢れていますッッ!」」


「いい返事だァ! 明日に備えて今日は解散とする! 寝るぞォォ! 」


「「了解しましたッッ!」」


三人で肩を組んで別荘を目指す。

そうだ、いいじゃないか。夢を見たっていいじゃないか。


「うわぁ、馬鹿ばっかりだ」


「「「うるせぇぞ陰湿カーディガンッ!」」」


明日は明日の風が吹く、きっと追い風が。





※※※※※※※※※※※※※※※※※



昨夜とは打って変わって、外に出れば照りつけるような陽射しが太陽から放出されていた。


「ここって海に近いから水着に着替えて行けるんだよなぁ」


ボソリと呟きながら、クーラーボックスを持ち上げる。

瑛叶や南雲もパラソルやら何やらを持って、女子陣を待っている状態だ。


「朝から夕暮れまで遊ぶとか君たち正気かい? 結局、あの後もロクに眠らせてくれなかったのに」


昨日は帰ってから男四人で脱衣UNOをしていたのだ、地獄絵図だった。そのせいで本日の睡眠時間は二時間。


「鍛え方がなってねぇんすよ」


南雲がケラケラと笑いながら目元をこする月夜先輩の肩をバンっと叩いた。


「君達のようなバカと繊細な僕を一緒にしないでくれ、風が吹けば死ぬレベルの貧弱さだぞ僕は」


何とも情けないことをいいながら月夜先輩が溜息をついた。


「おっしゃぁ! 野郎共!」


轟音と共に扉が開き、真っ赤水着を来たナイスバディな紅音さんが豪快に笑う。


「行くぞぉ!」


その後から女子陣が登場した。


「せんぱーい! どうですか?」


「グッジョブ、まじグッジョブ」


あぁ、海に来てよかった。


パタパタと駆け出してきた冬華の水着は見覚えあるな、前に雨乃が見てた雑誌に載ってたパンツタイプのビキニってやつだ。

やばい、超可愛い。小悪魔感三割増しって感じの白色水着は破壊力抜群。


「鼻の下伸びてるわよバカ」


ため息混じりに長い髪を一つにまとめ、右肩から垂らした水着の雨乃が登場した。

冬華とは対照的に雨乃の水着は黒、しかもパレオ。

黒のパレオと雰囲気が相まって大人っぽさと色っぽさがが全面に押し出されている、やばい。


「な、なによ」


「……グッジョブ」


「ちょ、どうしたの!? なんで両手で顔覆ってしゃがむの!?」


ちょっとだけそっとしといて下さい、僕は今幸せを噛み締めています。


「その、南雲……」


「おぉ、海に来てもパーカーなのか」


「パーカーじゃなくてラッシュガードだ!」


「え、まじで? パーカーじゃねぇの?」


「何かボクに言うことはないのか!?」


「あ、おう。似合ってんな、可愛いぞ」


「〜ッッ! ばか!」


くたばれリア充、嫌がらせか? 目が腐る。


「くたばれ南雲!」


「夕陽、お前喜ぶか嘆くかどっちかにしろよ」


うるさい、心の中がカオスなんだよ!

自分でも今どんな感情なのか良くわかってねぇんだよ!


「さてさて、そろそろ行くかい?」


月夜先輩のその一言と共に、色んな感情と思惑渦巻く二日目が開始された。



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