六十二話 aquarium
ジリジリとした太陽が俺達の頭上で燦々と照りつける。
ほんのりと香る潮風、揺れる木々。
「なのに……」
なのになんで。
「大汗かきながら片付けしてんだ!」
「うるせぇぞ夕陽! 働け」
「くぅぅ」
瑛叶にケツを蹴られ苛立ちながらも、生えまくった雑草を処理していく。
「まぁ、紅音の家の別荘を使わせてもらう条件が綺麗に片付けることだから仕方ないさ」
「そうだぞ、いいじゃねぇか健康的で」
「黙ってろ喧嘩バカ!」
つーか、別荘って言うから大きいのは分かってたけどもね? これはちょっとデカすぎじゃない? 片付けんのきついぞ。
「まぁ、女子陣はクーラー効いた部屋での片付けで俺達は外の掃除ってのは確かにアレだな」
瑛叶が額に浮かべた玉のような汗を拭いながら、呟くと俺含めその場の全員が頷いた。
「……夕陽君、はい」
月夜先輩が俺に何かを投げつけてきたので、それをキャッチする。
「何投げたんすか」
掴んだ手に不思議な感触が伝わる。
……動いてねぇか?
恐る恐る手を開くと、そこに鎮座していたのは。
「え、ミミズ」
「何してんだ陰湿カーディガンッッ!」
「うぉ! 投げるなよ!」
「投げてきたのはアンタだろうが! お? やんのか! 喧嘩すんのかゴラァ!」
首にかけていたタオルを投げ捨てて陰湿野郎を本気で睨んでいると楽しそうな声を南雲があげる。
「いいなぁ! 四人いるしタッグマッチできるな! 全員敵のサバイバルでも!」
「えー、喧嘩のメンバーに俺も含まれてんのか? 足は狙うなよ、俺のアイデンティティのサッカーが出来なくなる」
瑛叶は頭に巻いていたタオルをキツく結び、南雲はパキパキと拳を鳴らす。
「クソがァ! 暑くてイライラしてんだ、全員まとめてぶん殴ってやるぅ!」
「あんまり得意じゃないんだが、僕も丁度イライラしててね夕陽君を殴ろう」
「いいなぁ! みんなで喧嘩しよう」
「バカしかいねぇのかよ? ったく、脚だけは狙うなよ!」
暑さで多少やられたのか、いつもは参加しないような瑛叶と月夜先輩まで参加する。
「一番最初にギブったやつはアイス奢りな」
「「「異議なし!」」」
今にも落ちていた砂利を月夜先輩に投げつけようとした瞬間だった、俺の腰を誰かが固定する。
「へ?」
「何してんだァ?」
「紅音さん!?」
がっしりと腰をホールドされ無動きが取れない。
そして。
「この馬鹿どもぉぉぉぉぉッッ!」
「なんで俺だ──ごぶぁ!?」
ジャーマンスープレックスの要領で土草を貯めていた場所に全力で投げられた。
「夕陽が死んだ!」
「「この人でなし!」」
「死んでねぇよ!?」
顔についた雑草やらを叩き落としながら、俺を見捨てた人でなし共をにらむ。
「なんで俺だけなんすか紅音さん」
「お前が一番丈夫そうだから」
「うわぁ、ひでぇ」
「昼飯の時間だ馬鹿共、掃除はもう終わっていいからシャワー浴びてこい」
「「「「はーい」」」」
辺り一面既に片付けが終わっていたようだ、無心でイライラしながらやっていたので、どれくらい終わったのか気がついてなかった。
「夕陽、大丈夫か?」
「心配すんならぶん投げないでください」
「はっはー、それは無理だな」
バンっと俺の背中を叩きながら豪快に紅音さんが笑う。
まぁ、いいか。加減してたようで大した痛みもなかったし。
「うぉー、涼しい」
部屋に足を踏み入れると控えめに言って天国だった。
綺麗に片付けられた部屋、ガンガン効いたクーラー、お洒落をした女子陣。
「あぁ、俺死んだのか」
「何馬鹿なこと言ってんですか先輩、暑さで頭やられちゃいました?」
にひひっと笑いながら、いつもとは少しだけ印象の違う冬華が笑う。
「元々やられてるのよ」
「でしたね。それにしても顔が土まみれじゃないですか」
冬華はテテテっとタオルを濡らしてきてくれる。
「ほら、先輩。動かないで」
「いや、自分でできるから」
「いいですから、動かないで」
「はい」
ガシッと顔を拘束され、優しく顔を濡れタオルで拭かれる。
うぉ、冷たい。
「はい、取れました。ついでに汗も拭いてあげるできた後輩冬華ちゃんです。好きになっちゃいました?」
「残念、先輩はそんなにチョロくないのです」
そうです……これぐらいきゅんと来てしまうほど、俺は俺はチョロくない!
※※※※※※※※※※※※
「いいのかにゃー? 雨乃ちゃーん」
ぷにぷにと人の頬を指で突っつきながら、楽しそうに陸奥が笑う。余計なお世話だ。
「冬華ちゃん可愛いねー? 夕陽も満更でもない様子だし」
「別に良いんじゃない。付き合ってないんだから、私が夕陽の行動にあれこれ口出すのはおかしい」
とは言ったものの、内心は大荒れだ。
なにあのバカ、デレデレデレしてんだ!
「雨乃、分かったからボクのスマホを握るのはやめてくれ!」
「あ、ごめんね夢唯」
「怖いよ雨乃、嫌なら嫌って本人に直接いえば?」
「だから付き合ってもないのに、そんなこと言ったら夕陽に嫌われるかもしんないじゃん!」
後輩というアドバンテージは意外とでかいのだろうか……?
それにしても一度振られたのに冬華は変わらず夕陽にアタックしている、はっきり言って脅威だ。
「どったの雨乃さん、怒っちゃって」
「ふぇ!? あ、な、何でもないやよ!?」
「やよって、噛んでんじゃねぇか。どうした、何かあったのか?」
「いや、別に何も無いって。それより、海楽しみね!」
コイツはほんとにタイミングの悪いところで私の前に現れるなぁ、しかも何かムカつく顔で。
「あ、別に気にすんなよ」
「え? 何が?」
「胸なんて小さいのは知って─」
「死ねッッ!」
「ぐっっふ……なぜ腹を」
なんだろうなぁ、この虚しい気持ちは。
バカはどこまで行っても馬鹿なのか……乙女心ぐらい学習しろクソ野郎。
「今のは、先輩が悪い」
「ジョークに対して本気パンチ、雨乃さんマジパネェ」
後ろでは膝をつきながら夕陽がボヤいていた。
くそぉ、海なんだから優しくしようと思っていたのに、なぜ拳が出るのか。
「雨乃せーんぱい」
「……冬華?」
溜息をつきながら、廊下を歩いていると後から冬華が抱きついてきた。
「拗ねちゃってー」
「夕陽が悪いし」
「先輩が悪いのは確かですねぇ」
でもっとそう言って冬華がニヤリと笑う。
「あんまり意固地になってると私が先輩カッ攫いますよ?」
「な、な!」
「夏って季節は人を浮き足立たせますからねぇ、もしかしたら先輩だってコロッと行っちゃうかも?」
ヤバい、この娘本気だ。口は笑ってるのに目が笑ってない。
「雨乃先輩、私本気ですよ?」
「……」
「雨乃先輩も好きですけど、夕陽先輩は大好きなんです。だから、負けません」
「私だって……私だって負けない」
「それじゃ、お互い楽しみましょうね」
そう言って冬華は戻って行った。
ヤバい……このままじゃ、本当に夕陽を取られかねない。
まぁ、元々私のものではないんだけれど。
「あーもう! どうすりゃいいのよ」
脳裏によぎる馬鹿面を思い浮かべては溜息が零れ出た。
※※※※※※※※※※※※※※※
「水族館?」
「そう、水族館」
昼飯を食べ終わった俺達に月夜先輩がそう言った。
「二日目に行く予定だった水族館を今日にずらそうと思ってね、今から天候が大荒れするらしいし」
月夜先輩はそう言うと、タブレットでここら一帯の天気情報をみんなに見せる。ホントだ、雨雲レーダーでは降るってなってる。
まぁ、別に今日だろうが明日だろうがいいか。
俺がそう伝えると、他のみんなも特に異論なく月夜先輩に同意した。
「それじゃあ行こうか、水族館に」
着替えを済ませ、近くのバス停からバスに乗り水族館に足を伸ばす。道中特に問題はなかった、強いていうなら南雲がアロハシャツだったことぐらい。
「それじゃ、これからは別行動で行くかい?」
水族館前に着くなり月夜先輩がそう言った。
この人は何荒れそうな事を……
「な、南雲。ボクと……」
「あ、うん。いいぞ」
「陸奥、〜〜? 〜〜でいいか?」
「同意見。楽しくなってきたわね瑛叶」
「夏華、一緒に回ろー!」
「え、冬華いいの? 先輩とは─」
「いいから♪ いいから♪」
「紅音、一緒に回ろう」
「月夜ぉ」
アレ? アレ? 超スムーズじゃね?
「夕陽!」
「うぉ! ビックリした、どうしたデカい声出して」
「わ、わ、私と一緒に回ろう?」
上目遣い+首傾げで破壊力抜群。
「てか、みんなペア決まってんだからお前と回るしかねぇって」
「……はぁ、なんか私が馬鹿みたい」
「おい、人を残念な子を見る目で見るな!」
「いやね、もうね。なんで頑張ったんだ私とか、コイツ本気で殺してやろうかなとかね」
「サイコパス雨乃ちゃんですね分かります」
「うっさいバカ!」
「はいはい、ほら行くぞ」
チケットは事前に受け取っていたので、先に入った皆のあとを追うように、喚く雨乃の手を引いて水族館に足を踏み入れた。
「うぉぉ」
「まだ入場口じゃない」
「いやー、水族館とかいつぶりだ?」
「最後に来たのが小学三年の頃かしらね?」
「よっし! 回るぞ雨乃!」
「へ? いや、ちょっと手!」
手を繋ぐ大義名分ができたので、雨乃を引っ張りながら別世界へと進んでいく。
いいなぁ、こういうのデートみたいだ。




