六十一話 Summer vacation
朝、目が覚めてリビングに起きるとソワソワと髪を整える雨乃が居た。
「遅いわよー、早く準備しなさいったら」
鼻歌交じりにドライヤーで濡れた髪を乾かしながら雨乃が笑う、それはそれはいい笑顔で。
「楽しそうっすね」
腹の底から湧き出るような欠伸を噛み殺しながら冷蔵庫に入れられたミネラルウォーターを空っぽの胃に流し込んだ。、
「楽しみね!」
お前の笑顔が見れただけで、だいぶ夕陽さんは満足ですよ。
内心そう思いながら時計に目をやると集合時間までそんなに余裕は無い。空港までは琴音さんが送ってくれるので安心だが。
「夕陽、荷造りした?」
「うん、終わってるよ」
「水着忘れちゃだめよ?」
「分かってるよ」
余程楽しみなんだろうなぁ、雨乃に犬耳と尻尾が見えそうだ。
階段をのそのそと登り、荷物を一通り確認して服を着替えた。
なんでも向こうは灼熱のように暑いらしいので、基本的に薄着で行こうと思う。
楽しみだなー、まだ見ぬ巨乳美女。
まぁね? 仕方なくですよ? モテない可哀想な瑛叶の為にだよ? あくまでも、あくまでも付き添いであるからして。
内心ゴチャゴチャと言い訳しつつ、ワックスで髪を整える。
バレたら多分冬華ちゃんに殺されるのではないだろうか、下手すれば雨乃にもやられる可能性が高い。
だが、リスクなしではリターンは得られない、今の俺には彼女は居ないのだ、ナンパぐらいしてもいいと思うのよ!?
「夕陽、出るよー」
「おっしゃぁ!」
「……?」
気合を入れて、荷物片手に自分の部屋を飛び出した。
待っていろ! まだ見ぬクール系巨乳美女!
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空港につくと、傷だらけの阿呆がそこに居た。
「南雲、どうしたその怪我」
「……やりあった」
「アホか、アホなのか!? なんで怪我してんだよ!」
顔! 特に顔!
「大丈夫、大丈夫! なんか行けそうな気がするから」
「ねぇ、その自信はどこから来るの? 謎なんだけど、割と本気で謎なんだけど!?」
顔に結構イカつい傷を作った南雲がにひひっと笑うものの、不安しかない、成功率大幅ダウン。
「「なんの話?」」
夢唯と雨乃がほぼ同時に訪ねてくるが、適当にはぐらかした。
「おい、夕陽」
「どうした阿呆野郎」
南雲は俺の胸倉を掴むと自分の方に引き寄せながら、真剣な口調で言葉を放った。
「雨乃の周りに気をつけろ、後暁姉妹達もだ」
「あん? それってどういう……?」
「俺も気をつけるが、アイツら守ってやれんのはお前だ夕陽」
いつに無く真面目な表情と声に気圧されながらも、頷く。
コイツはむやみやたらにこんな顔をする奴ではない、多分今回の怪我も今の言葉に答えがあるのだろう。
口調から察するに、多くは語れないらしい。言うのが嫌なのか、それとも誰かに口止めされているのか。
「なんか分からんが了解、全力で守る」
「それでこそお前だよ。さーて、真面目な雰囲気は終わりだ」
南雲がそう言って夢唯の方に歩いていった。
中々あいつも厄介体質の主人公体質なんだろうなぁ、ハーレムとか築いたら……しばき倒そう、瑛叶と共に。
「おっす! 元気かぁ!」
バカでかい声と共に月夜&紅音先輩ペアが到着する。
「おはよう、みんな」
「おはよーさんです」
適当に挨拶を交わしていると、背中にドンッと重い衝撃が加わりグェッと変な声が肺から漏れた。
「せーんぱい、おはようございます」
背中にへばりついたまま、人の脇腹の部分からひょっこり顔を出した冬華がニコニコと笑う。
「朝から体当たりとか元気だなぁ」
「うわぁ、自分が振った女の子とイチャイチャしてる鬼畜先輩がいるぅー」
「夏華ちゃーん? シバキ倒すぞぅ?」
相変わらず人のことを舐めくさった、されど何処か憎めない夏華も到着したようだ。
「お前ら、いつにも無くオシャレだな」
「「だって旅行ですしー!」」
相変わらず息ぴったりだこと。
「あと誰が来てない?」
「瑛叶だけよ」
気がつけば陸奥も到着しており、俺の方に片手をあげた。俺も同じ仕草で挨拶を返して、馬鹿にLINEを送ろうとスマホを開く。
「おっくれましたぁぁあ!」
全力疾走で瑛叶が空港に飛び込んできた。
髪は風で乱れ、呼吸は荒く、心なしか目が血走っている。
「はぁ……くっそ、楽しみすぎて寝坊した」
「子供ね」
「ガキね」
「キミは馬鹿なのかい」
「ゆー先輩と同レベル」
「先輩の方が若干下」
などと、関係ない俺まで女子陣にdisられるという何とも理不尽な結果になった。そして、女子達は勘違いしているが、彼が楽しみにしているのは『海』ではなく、そこにいるであろう『女子』。
「さーてと、全員来たかな?」
月夜先輩が引率の先生よろしく皆を見渡しながら問いかける、各々返事をすると満足そうに頷いた。
「これより、化学部合宿(建前)を開始しようか!」
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「楽しみですね、先輩!」
「お、おう。そうだな」
若干、高所恐怖症を発動しつつ、隣の冬華に強がってみせる。
飛行機の座席は厳正なるクジ引きの結果によって決定された、別に月夜先輩の隣を引いて紅音さんに脅されたなんて事実はない。
俺と冬華、南雲と瑛叶、月夜先輩と紅音さん、夏華と陸奥、夢唯と雨乃という感じの席順に落ち着いた。
「先輩、なんで小刻みに震えてるんですか?」
「い、いやぁ? ふ、震えてなんてないけども」
「いや、先輩。足、足すごい震えてます」
「ば、馬鹿野郎。武者震いだぁ」
「先輩、声裏返ってます」
いやー、ぶっちゃけ怖い。
何を隠そう、高所恐怖症というか、なんというか。
小学生の時に雨乃を庇って飛び降りたあの日から、無意識のうちに無理になっていたようなのだ。基準は小学校の屋上、それ以上上に行けば足が震える。
「夕陽は高所恐怖症なのよ」
座席の間から雨乃が勝ち誇ったような声で補足する。
あのね? この件には君が大いに関わってるってことを忘れてはダメだよ?
「……分かってるわよ、ばーか」
それっきり、何も言わずに雨乃は夢唯と何かを談笑し始めた。
「そんなに怖いんですか……?」
「ダサいよなぁ、飛ぶって分かった時点でこのザマだよ」
自嘲気味に笑いながら胸の前で十字を切る。
「そんな怖いなら手、握ってあげましょうか」
「……やめとく」
「それは残念、また降られちゃいましたね」
ペロっと舌をだして小悪魔がほくそ笑む。
「楽しみですなぁ、海」
「おう、無事につくといいな」
「私、向こうに着いたら先輩と式を挙げるんです」
「俺にそんなに予定は無い。あと、死亡フラグを立てるな」
このまま不時着して無人島編開幕とかごめん被る。
「あっれー? 私は夕陽先輩とは言ってないですよー? なんですか、先輩は私と結婚したいんですか?」
ニヤニヤと人の頬を突っつきながら、鬼の首を取ったような表情で俺を弄り始める。
なんだこの後輩、ムカツクカワイイ。
「悪魔め」
「小悪魔からランクアップですね! まぁ、私も私で色々と覚悟を決めて来てますからねぇ」
フンスッ! と息を吐きながら冬華が俺の唇に指を当てる。
「私の水着をみて惚れないでくださいね?」
「精々気をつけとくよ」
「なんですかー、その反応。面白くないなー」
ブーっと文句を吐き出す冬華の反応を見て苦笑していると、機内アナウンスによって離陸が知らされる。
「……帰りたくなってきた」
無様な男の悲鳴にも似た泣き言が、機内に響き渡った。




