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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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六十話 異変


煌めくクソ暑い太陽に照らされて、灼熱のアスファルトの上をサンダルで歩く。

隣にはフードを被ってスマホゲーに生じる彼女なのか彼女じゃないのかよく分からない女を引き連れてクーラーを求めさ迷う。


「そういや、今日帰ってくんのかアイツら」


「……夕陽と雨乃かい?」


「あぁ、そうだな。んでもって、明日がいよいよ旅行か」


そして成功しないであろうナンパ計画の実行日である。

こういうイベントは大概失敗すると夕陽が口元をへの時に曲げて言っていたが「巨乳ってロマンだよなぁ」と呟いていたので、多分雨乃にしばかれるのだろう。


「あの二人は何なんだろうね」


「なにが?」


「いや、どっからどう見てもお互い好き同士なのに変に警戒して空回りして遠回りしてる感じがだよ」


一通りゲームが終わったのか、スマホをバッグに直して俺の目を見て呆れたように呟いた。


「まぁ、アレだろ? 距離が近いと見えるもんも見えないんだよ、灯台下暗しって言うだろ」


俺がそう言って哀れな友人のフォローをすると「お前も同類だ」みたいな目で睨んできた。


「喧嘩大好きの南雲に大馬鹿野郎の夕陽、女運ZEROの瑛叶に秘密主義の月夜先輩。男サイドはロクデナシばっかだね」


この場にアイツらがいたら全力で否定しそうな発言をしながら、夢唯が笑う。


「まぁ、何にせよ楽しみだね」


「あぁ、そうだな。楽しもう」


何となく、ナンパ計画とか辞めていい気がしてきた。

夢唯と過したい、可愛すぎ。


「ボーッとしてどうしたんだい? やめてくれよ? 明日風邪ひいたりするの」


「大丈夫だって、俺ってば体超強いから」


「フーン♪ フーフッフーン♪」


鼻歌交じりに先行する夢唯の後を苦笑しつつ追いながら、楽しいなぁと独り言ちる。

馬鹿やれる友達がいて、後ろをついてまわる後輩がいて、ちょっと不思議な先輩達がいて、そして中途半端な距離感の彼女らしき存在がいる。

中学の頃の「虚無感」みたいなものは気づけば無くなっていた。


俺の人生の分かれ道はきっと、あの馬鹿だ。

入学式で殴りあって、次の日にケラケラ笑いながら屋上に来て話しかけてきたあの馬鹿のおかげだ。


「どうしたんだい? 南雲」


「ちょっとセンチになっただけだよ」


「へー、君らしくないじゃないか南……」


言いかけた夢唯の表示が強ばる。

そして、張り裂けそうな程の声で叫ぶ。


「南雲! 十五秒後、来る」


「何が来るんだ?」


驚くほど焦りながらそう叫ぶ夢唯に聞き返すが、返答が帰ってくる前に十五秒後が過ぎようとしていた。

背後からは足音が複数聞こえてくる、何となくだが日頃喧嘩する時に聞くような敵意を持った感じの足音だ。


「後ろ!」


「そういう事ね!」


要するに、襲撃だ。

振り向くと同時に握っていた拳を振り抜いた。

手に伝わるいつもの感触、その筈なのに手応えがない。


「おーおー、団体様でいらっしゃいましたか。夢唯、隠れてな」


ひょろっちいのが計6人、まだ余裕だ。

首の骨を軽く鳴らして、にやりと笑う。


「さぁ、ぶん殴られたい奴から前に出ろ! 今の俺は機嫌がいい!」


そう言って一番近くにいた無精髭の男の顔面にハイキックをくり出した、ぐらりと身体が揺れて無精髭が倒れる。


「ぶん殴ってないぞ、南雲」


呆れ気味にぼやく夢唯は無視して、違和感を口に出す。


「おかしい……手応えがない」


「う……うぁ!」


先ほど、振り返りざまに殴った筈の男が呻き声を上げながら起き上がったのに呼応して、周りの男達も奇声を上げ出す。


「な……なんだこいつら。夕陽よりヤバいっぽいぞ」


俺の中でのヤバいやつの基準は殴られても蹴られても、起き上がってきて勝利してしまう夕陽なので、それを超えられる気持ち悪さだと流石にビビる。

というか、コイツらの動きは襲撃者にしては総じて鈍すぎる。


繰り出す攻撃は体当たりと弱パンチのみ、目は虚ろに半開き、口元はやる気なく開きっぱなしだ。


「ふむ、まぁよく分からんが殴れば直るか?」


「そんな昔のテレビみたいに!」


後方から夢唯のツッコミが聞こえて来るが、まぁしょうがない。


「……南雲、一回ボクの方に来て!」


「おう、良くわかんねぇけど了解」


夢唯に呼ばれ、仕方なく取り囲んでくる変な奴らを地面に叩き伏せて向かう。


「アイツら見覚えがある」


「え、なに? お前狙ってんの?」


「いや、ゲームに出てくるんだよ、あんな感じのやつ。ゾンビ? って言うのが一番近いのかな」


「おいこらゲーム脳、リアルにまで持ち出すな」


「いや、ボクは本気だ。君だって殴ってて思っただろう? 「手応えがない」「あまりにも弱すぎる」って」


「ま、まぁ」


「アイツら、誰かに操られてるんじゃないか?」


いや、それよりやばい薬キメてる説の方がまだ分かる。

先輩達の知り合いで薬キメてたやつが居たが、あんな感じのヤバい目をしていた。


「まぁ、ボッコボコにした後に聞けばいいだけだ。人様の休日にカチコミ掛けてくるような不届き者にはそんぐらいしちまってもいいだろ」


そう言って迫り来る六人組に再び相対する。

その時だった、ポケットのスマホが振動した。


「ったく、喧嘩中に掛けてくるとかマナーがねぇッッな!」


飛び蹴りを無精髭にかまして、眼鏡の男の鳩尾を殴る。

スマホの通話ボタンを押して耳に当てながら、空いた片足でタンクトップの男の脛を蹴る。


「はい、もしもし! 只今絶賛喧嘩中の南雲さんですがァッッ!」


ポニーテールの男に頭突きを食らわせて、突進してくる学生服の男の顔を蹴りあげる。


『よかった、番号間違ってなかったっすねー』


間違い電話か、迷惑な奴だと思いながら最後の一人の鳩尾に中段蹴りを食らわせて通話を切ろうとする。

あれ? 今、間違ってなかったって言った?


「あ? 誰だお前、聴いたことない声だな」


起き上がろうとした無精髭の顔をアスファルトに足でキスさせながら会話を再開する。

後ろでは夢唯が「やりすぎ!」と騒いでいた。


『あー、今から言うことは口外はしないでくださいよ?』


「は? 何言って……」


言いかけた俺の言葉を遮るように、電話口の女は言葉を続ける。


『今すぐそこから離れて屋内に避難してください、家が近いなら家に逃げ込んでください。そんな木偶の坊の操り人形とは比べ物にならないヤバいのが来ます』


「……狙いは俺か?」


『いや違います。兄さんの狙いは夢唯さんです』


夢唯……だと?


『正確には夢唯さんの症状が目的です、命には別状はありませんが捕まって症状が奪われてしまえば取り返しが付かなくなるっす』


「おい、どういう事だ!? 私服先輩が言ってた黒幕ってやつか!?」


『まぁ、それに一番近い人間ではあるっすよ。いいから、夢唯さんを守りたいのならば逃げてください。私はこんな所で王子様()に本気で恨まれるのは御免なんすよ。それに、最近の兄さんのやり方は狂ってますし』


電話口の向こうではボヤくような声が聞こえる。


『狙われる1回だけです、逆に言えば乗り切ってしまえば再び狙われる可能性は完全ではないですがゼロに近づきます』


「……お前は信用できんのか」


『言ったでしょ? 恨まれるわけには行かないんすよ、近い部分に踏み入ったら多分本気で彼はキレますし』


「チッ……分かった、どこの誰かも知らんが感謝する」


『くれぐれも夕陽君や月夜達には言わなでくださいよ?』


「それが条件なら分かったよ」


『それでは、頑張ってくださいっす。喧嘩大好き南雲君♪』


そう言って一方的に通話は切られた。

何にせよ、多対一の喧嘩で尚且つ、誰かを庇いながらだと流石に無理がある。空でもいてくれたら楽なんだが。


「夢唯! 何かまだ来るらしい、逃げるぞ!」


「どこ情報なんだい、それは? 信憑性にかけると思うぞ」


「お前って本気出せば何分先まで見えるんだった?」


俺がそういうと、心底面倒臭いと言わんばかりの表情で吐き捨てるように呟いた。


「夕陽達には短く伝えてるけど。本気出して、ぶっ倒れていいなら十五分……ギリギリ意識保っていられるのが十分」


「んじゃ、十分先まで見てくれ」


「そんな軽々しく!? ボクだって使うの嫌なんだぞ! 大体逃げるのなら走れなくなるじゃないか!」


「こうすりゃいいだけの話だ」


間髪入れずに夢唯を抱きかかえる、お姫様抱っこの形で。


「軽いなぁお前、ちゃんと食ってんのか? キャベツだけじゃ栄養偏るぞ」


俺がそう言うと、次第に夢唯の顔が紅く染まっていく。

口はパクパクと落ち着きなく震え、足は力なくバタバタと揺れている。


「な、な、南雲……? な、なんでお姫様抱っこなんか」


「いや、動けなくなるんだろ? だったらこうやって運べばいい」


「そ、そんな問題じゃにゃい! ッッ〜! 舌噛んだぁ!」


何だこの可愛い生き物。


「ほら、時間無いからはよ見ろ」


「覚えてろぉ!」


涙目でそう言うと、一度大きく深呼吸して虚空を見つめる。

それを合図にか、夢唯の瞳は次第に色を失っていく。


「三分後、車がここに来て六人ほど新手が来る。ボク達は先に逃げてて無事だが、その七分後ボクの家付近でゾンビみたいなんだけど強そうな男が二人追ってくる……」


掠れた声で、夢唯がそう呟く。

どうやら、電話口の女が言っていた事は事実らしい。


「さーて、んじゃ六分以内にお前の家に行けばいいのか」


ポケットのスマホと財布を夢唯のバッグに入れて静かに体内のエンジンをかける。サンダルだが、まぁ大丈夫。


「しっかり掴まってろよ!」


そう言って、全力で地面を蹴って走り出した。






※※※※※※※※※※※※




「はァ……キッつい……吐きそ」


夢唯の住むマンション(オートロック)に五分強で辿り着くことに成功した。

だが、外にはヤバイのが二人俺達を探すように徘徊している。

どっちも、喧嘩するには骨が折れそうな体格のやつだ、多分普通に強い。


「なぁ、時間的に考えてアイツら来るの早くね?」


「未来は……観測した瞬間から……少しだけ……ZZ」


「おい、最後まで説明しろ」


しばしばと目を擦りながら夢唯が説明を再開する。


「簡潔にいうと、観測した……すーZZ……っと、危ない寝てた。観測した瞬間から少しだけ形を変えるんだよ……だからボクが観測した未来よりも少しだけ襲撃が……早かった」


「症状持ちってのは何か不思議だなぁ」


「君ってやつは……いつも人事だぁ」


夢唯から受け取った鍵でドアを開けて、クーラの効いた部屋に避難する。


「汗かいたから……お風呂入りたい」


ソファに座らせてやると、実に眠そうな表情で目元を擦りながらちっこいのが呟く。


「風呂は俺が帰ってからにしろ。お前の家しばらく親いねぇんだよな?」


「旅行から……帰ってくるのは確か……」


そう言って前後に頭を揺らし始める。

だから説明途中で寝るなって。


「四日後……だよ」


「んじゃ、俺今日泊まるから」


今日を乗り切れば安全だというのなら、今日一日は危険ということだ。ぶっちゃけ、家に押し入ってこないとも限らない。


「へ?……うん……わか……」


言葉を言い終える前に夢唯の体は大きく揺れて、ソファに横たわる。


ぶっちゃけ、眠すぎて判断力が低くなってたのが幸いだ、いつもの夢唯なら顔真っ赤にして拒否るだろうからなぁ。

それでも結局、最後は泊めてくれるからチョロすぎて変な男に引っかからないか南雲さん心配です。


「さーてと、やりますか」


拳を握ったり開いたりしながら動くか確かめる、体力も戻りつつある。多少キツくはなるだろうが、勝てない相手じゃない。


出る前に夢唯の身体にタオルケットを掛けて、家の鍵を閉めてマンションのロビーに降り立った。

そこから、あの男達を探すため少し歩いていると小さい公園をゆったりと徘徊していた。


「おい、どこの誰の差し金か知らんが、夢唯に手を出すんなら相手になるぞ」


エモノを持っていたら厄介なので、ある程度の位置で立ち止まって声をかける。


「あぁ……う……」


スキンヘッドの男が呻き声を上げる、その声は先程の連中の意味の無い呻き声とは違い何かを伝えようとしているようだった。


「「未来……カン測のショウ状……持ちィ、空野……夢……?? 唯を? ! わた、わた、ワタせ」」


所々カタコトでノイズの入ったようなが気味の悪い声が二人の口から寸分違わぬ速度で伝えられる。


「あ? 渡さねぇよ」


すると気持ち悪い程に身体を震わせながら、言葉を紡ぐ。


「「月夜……のフキンの症状持ち……を、一人うば……う? 奪う、そうスレばァァァ……夕……陽と月夜がウごく」」


「何か良くわかんねぇけど、夢唯だけじゃなくアイツらにも手を出そうってんなら話は別だ」


拳を固く握り、本気で宣言する。

気に食わねぇ、一から十まで気に食わねぇ。

テメェで拳握って挑んで来るなら話は別だ、だが黒幕気取りで自ら手を下さず仕掛けてくるやつは一番気に食わねぇ。


「おい、どっかで聞いてんだろ?この木偶の坊共の裏にいる奴、必ず潰すからな。首洗って待っとけ」


そう吐き捨てるように言い放って、間髪入れずに殴りかかった。








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