六話 Disturbing
鳴り響くスマホを横にスライドさせ耳に当てると、電話越しの人物……月夜先輩の声が聞こえた。
『あー、もしもし? 夕陽君かい?』
「えー、俺ですよ。それで? 放課後に掛けてくるってことは?」
『君は話が早くて助かるねぇー。雨乃ちゃんと合流して僕の部屋に来てくれるかい?』
ため息が自然と口から漏れる。ったく、その雨乃がいないんですよ。
「雨乃はどっか行きましたよ」
『だろうね、知ってるよ。彼女は今、特別棟の裏に男に連れられて歩いていったよ。あー、アレは三年のサッカー部の現キャプテン君だねぇ』
楽しくてたまらないって雰囲気が電話越しの声からヒシヒシと伝わってくる。この野郎……楽しんでやがる。
月夜先輩への途方もないイラつきと、あー、またか。という既視感満載の感情が渦巻く。
俺の脳裏では雨乃+関わりのない男=の方程式が出来上がっていた。
「……分かりましたよ、雨乃連れて特別棟に向かいますよ。まぁ、もしぃ? 雨乃がOK出してたら俺だけですが」
嫌味たっぷりに月夜先輩にそう言うと、電話の向こうの月夜先輩は鼻で笑う。まったく、イラッとくる。
『そんなことは無いって知ってるくせに』
「切りますよ」
それだけ言って、電話を切った。思わず通学バックを持つ手に力が籠る。あーもう、本当にどいつもこいつも面倒臭い。
「おい、瑛叶」
教室で部活のユニフォームに着替えていた瑛叶に声をかける。
「どうした?」
「サッカー部のキャプテンってどんな奴だ」
「は? 急にどうした」
「いいから」
そう急かすと、すぐに口を開いた。
「自分は偉くてカッコイイと思ってるようなやつ、一言で言えばKY……って感じか? 夕陽や雨乃が嫌いなタイプの人だと思う、勿論俺も苦手だけどな」
ニヤリと笑いながらそう言う瑛叶にこちらも笑顔で返す。
「サンキュー親友」
「いいってことよ親友」
夜に思い出せば赤面すること請け合いの痛いセリフを吐きつつ、片手をあげて瑛叶に別れを告げて特別棟に向かった。
ろくな奴じゃないとするなら雨乃がまーた体調崩すなぁ、逆上して何かするかもしれないし、どの道急ぐしかなさそうだ。
そうやって焦る心を落ち着けながら自販機で買った水を手に特別棟の裏に足を運ぶ、遠目から雨乃とサッカー部のキャプテンらしきスポーツ刈りの男が確認できた為、様子見としてスパイよろしく観察することにした。向こうからは声が聞こえる、やっぱり思った通り告白であった。
「やっぱりか……」
そうやってボヤきつつ、モヤモヤする気持ちを抑え込むように思い出す。雨乃の『病気』以外乃厄介事を。
雨乃は女子の友達が極端に少ない。理由は一つ、女子からのやっかみが激しいのだ、意味の分からない逆恨みで雨乃の悪口を言う連中も多い。「調子に乗ってる」「可愛いと思ってる」など数えれば限りがない。
雨乃は贔屓目無しに美人である、端正な顔立ちに美しい黒髪、黙って座って本でも読んでいれば絵になるような容姿をしている。だから、言い寄ってくる男も少なくは無い。そのせいで雨乃は女子から虐げられている。
「私の好きな人を奪った」などと雨乃に直接文句を言いに来る勘違い女もいる程だ、間違いなく雨乃が居なくとも相手にされてないだろうが。
そうやって、意図せず彼女は周りに敵を作る。集団に大切なのは共通の敵だと月夜先輩が言っていたが、まさにその通りだ。
すると、どうやら終わったようで、こちらに例の先輩が歩いてくる姿が見えた。表情は芳しくない、やはりフラれたのであろう。
短く安堵しつつ、雨乃元に駆け寄る途中でその先輩とすれ違った。見れば俺をキッと睨みつけながら「調子にのんなよ」と捨て台詞、は? 俺が何した。
「おい、雨乃」
意味の分からない先輩にワザと足をかけた後、雨乃に近寄る。
声をかけると、露骨にゲッソリとした雨乃が振り返る。飲みかけの水のペットボトルを投げると、それをキャッチして水を半分ほど一気に飲み干した。
「……遅い」
「なんだ、割り込めばよかったか?」
茶化しながら日陰に座る。
「……最悪だ」
「なに? そんなに酷かった?」
「最悪の一言に尽きる」
言いながら雨乃は俺の隣に座る。
どうやらあの先輩の思考回路は酷かったようだ。雨乃は告白される度に告白してきた相手の思考回路を読むため、そして大概ゲッソリしている。
「もうさ、アホかと。性獣だよアレ、内心エロいことしか考えてなかったし「俺は顔がカッコイイ」「運動神経もいい」とかナルシストみたいな事が前面にバンッ! って押し出されてたし「あんな茶髪野郎より俺の方が」とかアホな事考えてたし」
あー、茶髪って俺の事か。だから「調子に乗ってんじゃねぇぞ」って事ね……なにそれ? 逆恨みじゃねぇか。だいたい俺悪くねぇし。
「なに? そんなこと言われたの?」
「あぁ、さっきな」
「最悪じゃん。あー、本当に気持ち悪かった」
「そこまで言うのはヒデェな」
ケラケラと笑いながら、雨乃の隣に腰掛ける。内心、すごく安堵している俺がいる。
いったい何に対しての安堵なのだろうか。
「なに、心配してくれてたの?」
「ん、まぁ一応な。てかさ、エロいこと考えてたらアウトならさ、ちょくちょくお前にワザとセクハラしてる俺はどうな訳よ」
「今更でしょ。夕陽の汚い部分なんて全部知ってるわよ……てゆうかワザとだったんだ」
「え、なにそれキュンッてきたんだけど。口説いてんの?」
「ばーか。で? 探しに来たのには理由があるんでしょ?」
「月夜先輩からのお呼び出しだ。十中八九『病気』絡みのな」
「はー、めんどくさいなぁ。行こうか、夕陽」
雨乃は先に立ち上がると、俺に笑いながら手を差し出す。その姿が妙に懐かしい気がして少しだけ見つめていると不思議そうな顔でこちらを見るのでそろそろ行くか。
出された手を掴んで、引っ張られるように立ち上がる。そして、安堵の正体が何なのか少しだけ分かった。
「明日から、また小煩い女子達になんか言われるわよ私」
はは、馬鹿みてぇ。
俺は雨乃が取られんのが嫌なのか、だから適当な理由つけて見に来たんだ。我ながらガキっぽいと言うかなんと言うか。
あぁ、恥ずかしい。
「? どうしたの?」
「読んでみれば?」
「セクハラしそうだから止めておく。さ、行こう」
「そうだな」
先に歩いた彼女の隣に並んで歩く。
グラウンドを横切った時に瑛叶がこちらに親指をグッと立ててきた「任せとけ」って事だろう。何を任せとけなのかは分からんが。
その足で階段をのぼり、教室棟の奥、化学準備室のドアを叩いた。
「やぁ、待ちかねたよ。夕陽君、雨乃ちゃん」
夕日の落ちる教室棟の最上階の最奥、開けた窓から降りやんだ雨の香りを漂わせる風が入ってくる。月夜先輩のカーディガンが風に揺れる、窓枠に体を預け微笑んでいる先輩ははっきり言ってカッコイイ。
「……カッコつけてるつもりでしょうけど、カッコよくないですよ?」
「「え!?」」
めちゃくちゃカッコいいでしょ!?
えー、かっこよくない? 見る目ねぇな。
「男と女のカッコイイのラインは違うのよ。それで? 要件を手短にお願いしたいんですが」
「ははは、相変わらず僕に対して当たりがキツイね」
「で? 用件は?」
相変わらずの敵意剥き出しで先輩を急かす。お前、そんな態度だから同性の友達が極小数なんじゃ……はい、ごめんなさい睨まないで。
「まぁ、とりあえず珈琲でも飲みながら話そうじゃないか」
もう既に、俺たちの分の珈琲は用意していたようで、座った時には俺達の前には珈琲が出されていた。
「二人共ブラックで良かったかな?」
「「ミルク二つ、角砂糖四つ」」
「仲がいいねぇ」
これは雨乃の母親が珈琲を飲む時に必ず入れる個数だ。本人曰く「黄金比率」らしい、そしてこれが確かにうまい。
「はい、どうぞ」
お礼を言って珈琲を啜る。うん美味い、やはりこれだ。
「それで、私達を呼んだって事は『病気』絡みですよね」
「うんうん、君達二人は話が早くて助かるよ」
自分用に入れたのであろう珈琲を啜りながら。先輩は「さて」と前置きをしてから話を始めた。
「先週の金曜日に一年九組である事件が起こったらしい」
「事件?」
そんな話、聞いたか?
「一年九組の教室で、黒板が激しい音をたてて木っ端微塵に爆発した」
「「は!?」」
思わず、俺と雨乃の驚愕が重なった。
まてまて、そんな事は微塵も知らなかったぞ!? 俺って交友関係は広いんだ、そんな大事件が起こってるなら何かしら話が入ってくるはずだ。
「待ってください先輩。そんな事が起こっているのなら先生方から何かしらの話があってもおかしくないと思うんですが」
ご最もである。そんな妙な事があるなら即刻全校集会があってもおかしくはないだろう。てか、警察沙汰だろうに。
「この話には続きがある。爆発した黒板は即刻修復したんだ。所で二人共ジョジョの奇妙な冒険って知ってるかい?」
「まぁ、聞いたことなら」
「あー、この前までアニメやってたんで見てました」
「なら話は早い。夕陽君、ジョジョ四部の主人公の東方仗助のスタンド能力は?」
「クレイジー・ダイヤモンドですよね? 確か…壊れた物や怪我した人を治すでしたよね?」
先輩は指を鳴らすと、ニヤリと笑った。
「その現象が一年九組で起こった。激しい音を立てて爆発した黒板は直ぐに修復したそうだ。破片も全てビデオの逆再生のように同じ軌道を描いて治ったらしい」
んな、馬鹿な。てか、なに? これは俺もスタンド能力発動しちゃう流れなのかな? なんだよ痛みを遅らせる能力ってカスすぎる。
「……信じられません」
雨乃が鋭い声を上げた。
「信じられない? こう言っては何だけど、君達二人と紅音も普通の人間からしたら充分に信じられないと思うけど?」
「……それは私達が異常だと?」
月夜先輩と雨乃の間に火花が散る。なんなの? なんでこの二人こんなに仲悪いの?
「冗談だよ。まぁ、冗談にしてもタチが悪かったね。失言だったと素直に謝るよ」
と言いながらも、頭は下げない。
先輩はGパンのポケットから二枚の写真を取り出し、テーブルの上に投げた。
「この娘たちは?」
雨乃が俺にも見えるように写真を見せながら先輩に質問した。
えー、なにこの娘超可愛い。ピンク色の髪をしている、ピンクと言うよりは桜色なのかな? どちらにせよ可愛い。
ジトっと粘着質の視線を俺に浴びせながら雨乃が重なったもう一枚の写真を見せる。次の写真に写っていた娘も先程の娘と同じ髪の色でめちゃくちゃ可愛い。語彙力が無いのは勘弁していただきたいが、ほんとに可愛かった。
先程から足に激痛が走っているののは、雨乃さんがガンガン踏んでいるからである。
「んで? この姉妹がどうかしたんですか?」
「姉妹じゃなくて双子だけどね」
「ゲッ…双子」
双子にはいい思い出がない。それが女なら尚更だ。
チッ……嫌なこと思い出した。
「……? 双子に何か嫌な思い出でも?」
「トラウマに近いのが腐るほど。で? この双子が」
「今朝話しただろ? 髪色」
今朝…髪色…桜色の派手な髪…双子…木っ端微塵の後に再生、もしかして。
「この二人が」
先輩がいつもより大きい音で指を鳴らした。どうでもいいが音量調整とか出来たんですね。
「この双子の名前は暁 夏香と暁 冬華、君達二人には大至急この二人を保護してもらいたい」
いつになく真面目な雰囲気で喋る月夜先輩に俺たち二人は頷くことしか出来なかった。