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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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五十八話 驚愕の夜

「それで、夕陽そのまま不良に「十発殴れ」って言ってー」


雨乃がニコニコと笑いながら四月の暁姉妹事件を両親と姉兄に楽しそうに話す。


「ほんっと夕陽って、夕紀の若い頃に似てるわね」


母さんがグラスに入ったワインを馬鹿みたいに飲みながら、実に楽しそうに笑う。


「無鉄砲な所とかか?」


「そうね。結構高い橋の上から水の中に飛び降りたり、雨斗が乗ったバイクを走って追いかけたり」


母さんが親父の思い出話を繰り広げるが、ぶっちゃけ度を超えた馬鹿だった。こんな親父と同列に扱われるなど侵害他ならない。


雨斗さんも琴音さんも、母さんも「夕陽と夕紀は似てる」と毎回言いやがる、どこが似てるんだ。


「まぁ、そんなことはいい」


「ん、なんかー言った? ゆーひ」


夕璃が柿ピーを柿とピーナツに分けながら気だるげに首をかしげ、夕架は夕璃が分解したピーナツだけをハムスターのように食べている。


「縄を解け」


「「りぴーとあふたーみー」」


「縄を解けぇぇぇぇぇぇ!」


俺は現在1時間ぐらい縄で縛られて床に転がされている、しかも胴体の部分を雨乃に踏まれている。


「お兄ちゃーん、ワイン追加ー」


「ゆーひ、ピーナッツ食べるー?」


「ピーナツは食べる、そして縄を解け」


「「「いやー」」」


姉二人以外にも声が混じっている、声の主は俺の胴体に足を乗せている雨乃だ。姉二人に強めの酒をちょっと飲まされ、軽ーく酔っていらっしゃる。


「トイレ行きたいんですが」


「だーめ」


「いやね、雨乃さん。漏らしていいの? 漏らすよ? すぐ漏らすよ?」


「……漏らせば?」


「鬼かッッッ!」


だめだ、トイレ行きたい。

肛門が死ぬ、膀胱炎になる、漏れる。


「だいたいねー? 夕陽ってば人に迷惑ばっか掛けてるから、そんぐらいの罰はあっていいとおもうの」


柿ピーをポリポリと食べながら、雨乃が俺の胴体をげしげしと蹴る。体が揺れるたびに膀胱が刺激され、不味い感じになった行く。


「漏らせってか!? 漏らせってか!?」


「うん」


「鬼畜女! このアホ女共! いいから縄を解け! なんで家に帰ってきて縛られてんだ俺は!」


家から脱出しようとしたが、姉に捕まり色々いじめられた挙げ句、夜飯を食べながら俺のココ最近のことを雨乃に暴露され、抵抗したら縛られた。


「夕陽、うるせぇぞ。近所迷惑だろうが」


「親父も見てねぇで解け! 自分の娘が弟を縄で縛ってんだぞ!?」


「いや、だって俺、夕璃と夕架に嫌われたくないもん」


「「ぱぱかっこいー」」


「ほら、家の娘マジ天使」


「限りなく棒読みだって気づけこのバカ親父」


「少なくともアホ息子よりは可愛い娘の方がお父さん好き」


このド畜生共めぇ!


「兄貴ぃぃ」


「ほらお前ら、漏らしたら大変だから話してやれ」


「えー、夕帆つまんなーい」


「そーだぁ! そーだぁ!」


バカ姉2人が兄貴に詰め寄るが、兄貴が何かをボソボソと呟いた瞬間、速攻で俺の縄を解いた。


「あー、漏らすかと思った。ナイス兄貴」


「ほら、早く行ってこい」


相変わらず、何故あの兄貴は姉共に言うことを聞かせることが出来るのだろうか。


ボーッとしつつ用をたしていると、壁に貼り付けられた写真に目が吸い寄せられる。母さん達の若い頃の写真とか、雨斗さんと琴音さんと両親が写った年季の入った写真。

俺と雨乃の赤ん坊の頃、俺達四兄妹の写真、その他諸々。


「人に歴史ありってやつか」


昔の親父の顔は、毎朝鏡の向こうにいる何処ぞのアホ面にそっくりだった。


リビングに戻ると、母さんと雨乃と姉二人が大画面でスマブラをしていた、相変わらず母さんはゲーム大好きらしい。

兄貴はみんなが食べた皿の後片付けを一人でやっていた。


「兄貴、手伝おうか?」


「いや、いいよ。お前は折角だから親父と話してこい」


「どこいった、あのアホ親父」


「ベランダでタバコ吸ってる」


ちらりとベランダに目をやると、煙がゆらゆらと漂っている。

まぁ、たまにしか帰ってこないしな。


「んじゃ、そうする」


「おう、こっちは気にしなくていい」


そう言われ、あまり気は進まないもののベランダに足を踏み入れる。


「ん、お前も吸うか?」


「親が未成年の子供に煙草進めてんじゃねぇーよ」


「俺はお前の歳ぐらいから吸ってたなぁ」


「肺がんになるぞ?」


「お生憎様、医者に喫煙者と思えないほど綺麗って言われた」


「それは良かったな」


そう言いながら、親父は吸いかけのまだ長い煙草を地面に落とし足で踏み消した。


「楽しいか」


「何が、学校か?」


「それ含め、全部だよ。雨乃の話聞く限りじゃ、随分と無茶苦茶やってんのな」


「説教なら聞かんぞ」


「俺も輝夜さんも人を怒るの苦手ってしってんだろ」


そう言ってガシガシと無遠慮に人の髪をぐちゃぐちゃにする。


「……ガキ扱いすんな」


「はっはー、親かりゃすれば子供は幾つになってもガキだよ」


「そーですか」


「そんで、楽しいか?」


「まぁってか、めちゃくちゃ楽しいよ」


「そーか、ならいい」


「なに、なんか深いこと言わないの?」


「深いことかぁ、なんかあったかなぁ」


缶ビールのプルタブを開けながら、ケラケラと笑う。


「まぁ、深いことは言えねぇけど安心はしたよ」


「何が」


「ん? そりゃ、何ってお前。自分の息子が楽しくやってんのか心配しない親がどこにいんだよ」


「お、おう」


「まぁ、俺と輝夜さんの息子だからな、バカやってアホやって死ぬほど楽しい人生送るんだろうなぁとは思ってた」


惚気か?


「夕帆は俺と輝夜さんの頭のいい部分とかをそっくりそのまま受け継いでる」


ポツポツと親父がリビングの向こうを見ながら静かに話し始める。


「夕璃は輝夜さんのちょっと抜けてる部分と俺の収集癖とか受け継いでるな、夕架は輝夜さんの狡賢いとことかドSな部分とかを受け継いでる」


その声音は酷く優しく、何故か脆ささえ感じるのだ。親父から、ガキの頃から知っている煙草の匂いが香ってくる。


「お前は……夕陽は、輝夜さんと俺の馬鹿みたいな部分だけ受け継いでる」


「なんだよそれ」


「優しくて、誰かのために行動して、自分のことなんか後回しにしちまって、カッコつけで、バカでアホで我儘で、それで死ぬほど自分に正直で」


指折り数えながら、親父が続ける。


「そんなんだから、時々心配になる」


「……?」


「輝夜さんがよく言うんだよ、「夕陽見てると、アンタの昔を思い出す」ってな、酔うたびに言ってる」


「馬鹿な所か?」


「そうだろうなぁ。俺も無茶苦茶やってたし、お前も無茶苦茶やってるらしいし」


「心配なんてしなくていいって」


「ばーか、ガキのこと心配しねぇ親なんぞいるか。子供のこと心配しない親なんて親じゃねぇ、タダのクソだ」


「めちゃくちゃ言うな」


口の悪さについつい笑みが零れる。

我ながら、口の悪さとかは確実に受け継いでるんだろうなぁと思ってしまう。


「お前は誰かの痛みが分かる子だ」


「は?」


「お前には目には映らないような、外傷のない心の痛みが分かる。雨乃の時もそうだった、誰も気づかない痛みを、心の痛みってやつをお前は誰よりも早く気づいて雨乃を支えてやった」


煙草を懐から取り出して、火をつけようとする。

シュボッとオイルライターに灯りが灯る。


「そんな奴の周りには人が集まる。どんだけ馬鹿野郎でも……いや、違うか馬鹿野郎だからこそ人が集まる。お前に、才能があるとしたらそれなんだろうな」


「それって?」


「優しさってやつだろ、多分だけど」


「なんで自信なさげなんだよ」


「分かんねぇもん。大雑把に話してるだけだし」


「なんだよそれ」


ふっと喉の奥から笑いが込み上げてきた、「優しさ」か。

なんかいいな、そういうの。


「あと、あれだな。馬鹿みたいに一途なのも似てる」


「それは自覚ある」


「俺は輝夜さんに二十四回告ったからな」


「あれ? 二十三じゃないの?」


「どっちだったか忘れたよ」


「告白してんだから覚えとけバカ親父」


「お前は1回で雨乃を落とせよぉー?」


「余計なお世話だ」


リビングでゲームをやってる、雨乃の横顔をじっと見つめる。


「俺はさ、輝夜さんに一番愛されてるか分かんねぇけど。自信もって言えることはある」


「なに?」


「輝夜さんを世界で一番愛してんのは俺だってことだ」


「……惚気か?」


「あぁ、惚気だ。お前はどうだ? 雨乃が好きか?」


「雨乃は好きだよ、死ぬほど好きだ。だけど、最近になってほんの僅かにそこに入ってくる奴もいる」


鮮やかなピンクの髪が脳の奥で揺れる。


「春は短し悩めよ馬鹿野郎」


「全然上手くねぇぞ?」


「ありゃ、個人的には上手いと思ったんだけど」


春は短いか……春ってのは青春ってことか? そうだとすれば、短いな確かに。残された時は刻一刻と過ぎていく。


「ぶっちゃけ、マジで輝夜さんは昔から考えることがよく分からん」


「結婚生活長いのにか」


「長くなれば長くなるほど考えてることが分からない、超不思議」


「ダメダメじゃねぇか」


「うん、ダメダメだなぁ。父親としても旦那としてもダメダメだよオイラは」


ケラケラといつもの軽い調子で自虐を始める。


「俺はさ、親父のことを馬鹿だと思ってる」


「お、おう。どうした、急に」


「言ってること滅茶苦茶で、やってることも滅茶苦茶で、バカでアホだ。クソ親父と思ったこともある、バカ親父ともアホ親父とも数え切れないほど思った、死ね親父とも思った」


「息子辛辣すぎて、父ショック。最後に至っては罵倒だよな」


黙って聞け、そう思いながら言葉を続ける。


「だけどさ、俺はアンタの……親父のことを『ダメ親父』と思ったことは一度もない」


「……そっか、あぁ、なんて言うか嬉しいな。息子にそんなふうに思ってもらってるってのが。ははっ! ちゃんと俺も父親やれてんのか」


「だから小遣いアップしろ」


「こんちくしょう、それが目的か」


自分で言っておいて何だが、照れくさすぎて冗談でも交えないと会話が続けられなかった。


「おっ、なんかいい雰囲気だな」


炊事場の片付けが終わった兄貴がビール片手にベランダにやってきた、俺の分のコーラを持って。


「あぁ、そうそう。母さん達には後で言うんだけどさ」


親父と俺の缶に自分の缶を軽く当てて、豪快にビールを飲みこむと、手で口元を拭い兄貴が笑う。


「俺、来年の四月に結婚する」


「「ごっファ!?」」


け、け、け、結婚!?


「ちょっっっと待て夕帆! お前まじか! まじかお前、まじでかお前!」


「おう、今日言うつもりで黙ってた」


「ちょ、兄貴ガチか!? それガチでか!?」


「だからホントだって。向こうの親御さんには挨拶は済ませてる、親父と母さんにも近々あってもらうから」


「お、おう。なんだ、やばいな、うん」


あまりの衝撃にか親父の語彙力が凄いことになっている。飲んでいるつもりのビールは、手元が震えすぎて全部零れていた。


「という訳だ、夕陽。お前も結婚しこいよ」


「行くけども、行きますけども」


「いやー、良かった。俺の目標が達成できそうだ」


「「目標?」」


俺と親父の声が重なる。

兄貴はニヤリと顔を綻ばせながら口を開いた。


「死ぬまでに母さんと親父の驚愕した顔を見るって目標」


流石に、母さんも驚くだろうなぁ。


「兄貴、おめでと」


「おう! サンキューな、お前も頑張れ」


騒がしくも紅星家の夜は過ぎていく。


数十分後、俺も兄貴も……親父でさえも初めて見る様な母さんの驚愕した顔を見ながら、再びバカ騒ぎが始まるのだ。

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