五十七話 ここおれ
前回までのお話。
扉を開けた向こうにいたのは変態でした。
「雨乃、帰ろう」
「ちょっと待ちなさい、なんで悲しい笑みを浮かべてるの!? 一体扉の向こうに何が居たの!?」
「気になるなら自分で見てみ」
顔を両手で抑えたくなる気持ちをグッと我慢して雨乃に鍵を渡した、雨乃は恐る恐る鍵を開けて中を覗き、そっと扉を閉めた。
「どこ行く?」
中のグロい生物を見た雨乃はニッコリと微笑みながら俺に手を差し伸べる。
「俺の貯金と貰った金があるから、新幹線で大阪まで行って観光してホテル泊まって帰ろうぜ」
「そうね。うん、そうしよう」
ニッコリと雨乃が笑う。
そう、俺は女装した親父なんて見ていない、見ていない。誰なんと言おうと見ていない。
「ちょっとー、お二人さーん? 何で中に入らないの?」
どあの むこうから へんたいが やってきた。
「「その格好で出て来るな! (来ないでください!)」」
雨乃と俺の悲鳴にも似た声が重なる。
頼む、頼むからこれ以上我が家の恥を余所に晒さないでくれ。
「父ショックッ! 久しぶりにあった息子と親友の娘に無下に扱われて父ショック!」
「うるせぇ! セーラー服で出迎えられた息子の気持ちになって考えろクソ親父! ぶっ飛ばすぞ!?」
「ほほう、この俺とやろうってのか軟弱息子よ。合気道と少林寺とボクシングしてる友達を持つ俺に勝てるとでも?」
「親父には全くもって関係ねぇだろうが!?」
「いいぜ来いよ我が息子よ、言葉は拳で語ろうじゃないか!」
「めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
あまりのウザさにキャリーバックでぶん殴ろうとした俺の後頭部にポンっと優しいチョップがあたる。
「夕陽、近所迷惑だぞー? 親父も、久しぶりに二人にあってテンション上がってんのは分かるけど静かにな」
俺の頭を乱雑に撫でるその男は、ジャージ姿でコンビニの袋を持っていた。
「兄貴ぃぃ」
我が家唯一の良心が居た。
※※※※※※※※※※※※※※※
久しぶりに入った我が家は、またもや壁紙やら何やらが変更されていた。兄貴先導の元、俺と雨乃の荷物を空き部屋に置く。
「久しぶりだな2人とも」
そう言ってまたもや俺と雨乃の頭を雑に撫でる。
「夕帆兄も久しぶりね、この前夕陽と会ったんでしょ?」
雨乃が久しぶりの兄貴に少し興奮した様子で話しかける、そんな雨乃を見てクスクス笑いながら兄貴が相槌を打っている。
「弟が迷惑かけるな雨乃」
「昔から、変わってないからいいのよ」
「夕陽は雨乃の尻にすっかり敷かれてんな、親父みたいだ」
「一緒にすんなッ!」
割とガチで心外である。
溜息を付きながら、リビングに向かうと相変わらずセーラー服の親父と高そうな一人用ソファに深く腰掛けワイングラスを傾ける母親がいた。
「おかえり、夕陽。いらっしゃい雨乃」
ニッコリと笑いながら母さんがツマミを口に運ぶ。
「はい、お久しぶりです輝夜さん」
「相変わらず雨乃可愛ぃぃぃ! 琴音にドンドン似てくるわね」
「はい、ありがとうございます」
雨乃は昔から母さんと仲良かったもんなぁ、母さんも琴音さんと雨斗さんの娘だからって無条件に溺愛してるし。
「さーて、おかえりゆーひ?」
「……お邪魔します」
「素直じゃないわね。お仕置きしちゃうぞー?」
「ただいま帰りましたお母様ッッッ!」
やばい、逆らったら殺される。
「てか、母さん! なんで親父はセーラー服を着てんだよ!」
「「だって面白いじゃん」」
親父と母さんの声が重なる。
母さんはまだ分かる、だが親父は全くもって分からん。
「なぁ、変態親父」
「なんだ、変態息子」
「酔ってんの?」
「馬鹿野郎ッッッ! 大事な息子と親友夫婦の大事な娘がこっちに来るんだぞ!? 到着するまで心配で酒は飲まんわ!」
「セーラー服で熱弁されても説得力ねぇー」
頭痛くなってきた。
「……頭痛薬持ってきてるわよ? 飲む?」
「ありがとう雨乃、愛してる」
膝から崩れ落ちそうなのをグッとこらえ、親父を見る。
「なんでセーラー服なんだ?」
「いや、だって楽しいだろ? ねー、輝夜さん」
「私が言うのも何だけど、アンタって変わってるわね」
「そりゃあ、輝夜さんと結婚した男ですから。変わってないわけない」
親父は従者の様に母さんの手を取りながら甘い戯言を囁く、母さんも満更でも無さそうに魔王顔負けの笑顔を浮かべる。
「息子の前で惚気ないでくれませんかねぇ!」
「お? なんだ、夕陽。父さんが取られると思って嫉妬してんのか? 大丈夫だよ、俺は家族を愛してる」
「兄貴、その包丁貸して、捌きたい奴がいる」
「夕陽、私も手伝うわ」
「三枚おろしの仕方教えてくれ」
「ちょっとぉぉ!? 雨乃と夕陽怖いってば! 輝夜さん、息子がグレた!」
逆に今までグレなかったのが不思議なくらいだよ。
「私のおかげね」
「なんでドヤ顔浮かべてんだよ雨乃ぉ」
だめだ精神的不可がやばい。
「はいはい、とりあえず昼飯でも食えよ二人共。どうせまだ食ってないんだろ?」
兄貴は二人分のパスタをテーブルに置いて、椅子に座るように促す。まぁ、しっかりとした物は食べてないな。
「母さんも親父もふざけすぎだ。二人共長旅で疲れてるんだから、弄るのも程々にな」
「「はーい」」
なんで兄貴に説教されてんだよアンタら。
「紅星家は昔からこうだった」
「俺、雨乃の家に住んでて良かったよ。じゃなきゃ、全身にストレスで穴あいてた」
親父と母さんと姉二人とか身が持たん、多分死ぬ。
「「いただきまーす」」
手を合わせ兄貴の作ったパスタを食べる。
なんだこれ! なにこれ!? すっげぇ美味!?
「んー! 夕帆兄、レシピ教えて!」
雨乃も気に入ったのか兄貴にレシピを教えるようにせがむと、こんなこともあろうかと用意していたメモを雨乃に渡した。
兄貴、マジかっけぇ。
「なぁ、母さん」
「なに? 夕陽」
「なんで今回、こんなに唐突に俺達呼んだの?」
「んー、何となく」
「母さんの行動に理由を求めたのが間違いだった」
美味いパスタを啜りながら、久しぶりの(頭の痛い)会話に花を咲かせる。親父も俺の懇願によってセーラー服を脱いだ。
「もってけセーラー服」
「誰も持っていかねぇから」
「貴重ね、夕陽がツッコミに回るって」
「誰か突っ込まなかったらストレスマッハだからなぁ」
それにしてもこのパスタほんと美味いな、下手すりゃ雨乃のパスタより美味い。
「フンッ!」
「蹴るなよ」
「どうせ下手くそですよ」
「下手とは言ってないんですけど」
「うっさいバカ」
「頼むから俺これ以上攻撃しないで、ストレスで死ぬ」
「死ね」
「ふぅー、辛辣ぅ」
いつものような会話をすることで、下がっていたSAN値を上げる。さすが俺、現代の孔明。
「それでさー、二人共」
母さんが何気ない感じでワイングラスを傾けながら口を開いた。お使い行ってきてー、ぐらいの軽いノリで。
「孫っていつ見れるの?」
「「ゴファッッッッ!?」」
「へ? 何その反応」
雨乃と俺が同時に噎せたのが余程気になったのか、母さんが首を傾げる。
「アンタ、もしかしてまだヤッてないの?」
「ゴファッッッッ!」
再び俺が噎せると親父は腹を抱え床を転げ周り、兄貴は困ったように苦笑している。雨乃は顔を真っ赤してそっぽを向いてる。
「え、何あんた。一つ屋根の下とかラノベ主人公みたいな美味しい状況で手出してないの? 据え膳食わぬは男の恥って日本語知ってる?」
「まじ黙れ! すぐ黙れ! 今すぐ黙れクソババアッ!」
「あん? 誰がクソババアだって?」
「……ちょっと黙っください、とても四人の母とは思えない美貌の持ち主のお母様」
「よし許す」
あっぶねぇ、地雷踏み抜く所だった。危うく死ぬところだった。
「じゃなくて。何口走ってんの!?」
「ゆーひてばもしかしてそっち系? まぁ、あんた昔から夕帆大好きだったしねぇ。お母さんゆーひがそっち系でもいいよ?」
「頼む……頼むから黙ってくれ。金払うから、黙ってくれたら金払うから」
「お母さん悲しい! 息子がチキンだなんて」
「殺せ……いっそ殺せぇぇぇぇ」
「私とコイツの息子でチキンとかちょっと信じられない」
「お母様、お願いですから黙ってくださいッッッ!」
雨乃の視線泳いでるから。
どうしたらいいか迷っちゃってるから雨乃。
くそ! こんな状況でも赤面雨乃可愛いなんて思ってしまう。
「なーんだ、琴音には「まだお宅の娘さんの貞操は無事です」ってLINEしよー」
魔王の攻撃の矛先が雨乃に向いた。
「なにしてるんですか!? ちょっと輝夜さん!?」
勢いよく雨乃がツッコミを入れる。
「いやー、だって琴音から聞いといてって言われたし」
「お母さんかよぉぉぉぉ」
頭を抱えて雨乃が蹲る。
お互い、変な親を持つと苦労するなぁ。
「雨乃は夕陽が好きなの?」
ナイス質問、母さんグッジョブ!
「べ、別に好きじゃないです……嫌いです」
……心にヒビが入る音がした。
「夕架と夕璃から聞いた話だと、夕陽と雨乃はイチャイチャベタベタしてたって聞いたんだけどなぁ」
「あのクソ姉貴共ぉぉぉぉぉ! 親父諸共血祭りに上げてやる!」
「ちょっと夕陽!? 俺関係ないだろ!?」
「うるせー! セーラー服のインパクトが抜けいないんだよ! セーラー服見るたびに親父の顔が浮かぶとか拷問だろうが!」
「お前、父さんのこと好きすぎじゃない?」
「もう……家に帰るぅぅぅ!」
だめだ、ここにいたら心が折られる。
しぬ、はっきり言って死ぬ。
一刻も早く脱出して地元に帰ろう、そうしよう。
そう思いながら、玄関の扉を勢いよく開けた俺の眼前に飛び込んできた光景はマンションの向こう側なんてものじゃなく。
「元気いいね、そんなに私達にあいたかった?」
「なーんやかんや言いつつ……ゆーひはお姉ちゃん大好き」
ニヤリと魔王の手先の悪魔神官2人が笑う。
今度は完全に完璧に一切の揺るぎなく。
……心が折れる音がした。




