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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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五十六話 じゃーにー

新幹線の独特の音が耳に馴染む。

隣を見れば小説を読み耽る雨乃、窓の外を見れば高速で移動していく風景。

軽く溜息を吐きつつ、一昨日……雨乃と喧嘩して仲直りした夜に送られてきた母親からのLINEの文面を確認する。


『明後日、二人で家まで気なさーい。雨斗と琴音には許可とってるよん♪ もしどうしても外せない予定がある場合はそっち優先でもOK! でも、嘘ついて来なかったら許さないからね♪』


家の母親にかかればあら不思議、♪マークも殺害予告に見えてくる。てか、いい歳した子持ちが何でこんな文面送ってきてんだ。


まぁ、特に予定もなかった俺達二人は旅行費やら小遣いやらが貰えるらしいのでOKした。

そして、今に至る。


「ねぇ、夕陽」


「ん? なんだ」


「何でさっきから私のことチラチラ見てんの? なにか付いてる?」


何故だろうか? 雨乃が凄くアレだ……アレだ。

今日の雨乃は髪を三つ編みにしている。だが、別にそれがダサい訳じゃない、普通に似合っているし可愛い。

服装も普段よりもオシャレで煽情的、伊達メガネなんかしちゃってる。


「……何でそんなに気合い入ってんの?」


「べ、別に気合い入れてる訳じゃないし」


恥ずかしいのか本で口元を隠すようにして、ジトっとした目でコチラを睨む……が何故かいつものように怖くはない。


「そういうアンタこそ、何でそんなにカッコつけてんのよ」


「馬鹿言え、カッコつけてるんじゃなくて俺は元々カッコいいんだよ」


俺が口角を吊り上げながら笑うと雨乃はグッと自分の右拳を見つめながらボソリと呟く。


「本気でぶん殴れば、私でも夕陽の幻想を殺せる……?」


「おいバカやめろ、お前の右手には幻想殺し(イマジンブレイカー)は宿ってない!」


「じゃあ理想送り(ワールドリジェクター)?」


「俺みたいな芯がブレっブレの人間には効果絶大だからやめて」


一通りコントのような、いつもの軽快なやり取りを交わす。

……ぶっちゃけ、自分の服装に気合を入れてないといえば嘘になります。


「髪なんてセットしちゃって」


「うるへー。あとお腹減ったんですけど」


「はい、そういうと思っておにぎり」


「具は?」


「梅干し」


「俺が一番好きなの昆布なんだが」


「知ってるけど、梅干し入れとけば日持ちするのよ。文句があるなら食うな」


「いや、腹減ってるんで食べますけども」


仕舞われる前に雨乃の手からおにぎりを奪い取って、包を開けてパクついた。くぅぅぅ、梅干しの酸味が強い。


「はぁ」


「美味しくなかった?」


「いや、大変うまいでございますよ? 俺の溜息は家に帰ることだよ」


はぁ、嫌だ。

勇者が魔王城に乗り込む時ってこんな気持ちなのか……?


「そんなに憂鬱? 私は少し楽しみだけど」


「……お前は身内じゃないからそんなにお気楽なんだ。姉二人と会うだけでも憂鬱なのに、それプラス母さんと親父だぞ? 唯一の救いは兄貴ぐらいだ」


「楽しそうだけどね、夕陽の家って」


「微塵も楽しくねぇよ。喋ってて疲れるよ」


家に帰ると自覚すると、この楽しい二人旅が死刑執行前の最後の晩餐的ななにかに思えてくる。


「……このまま、向こうに着いたら二人でビジネスホテルでも取って鼠の国やら空の木やらに足伸ばして帰らない?」


「だーめ」


「かーえーりーたーくーなーい!」


駄々をこねる俺を蔑んだような、嘲笑うかのような目で見下しながら雨乃が俺のスマホを指さした。


「みんなお土産何がいいって?」


そう言われ、先程科学部のグループラインに投下した『お土産なにがいい?』という俺達の発言に対する皆の返しを読み上げる。


「まず瑛叶が「スカイツリー」って」


「道端のいしころでいいわよね」


「次に南雲が「東京タワー」って」


「そこら辺の草でいいわね」


「夏華と陸奥と夢唯が「なんかオシャレなお菓子」って」


「じゃあ、向こう行って夕架と夕璃に教えてもらいましょ」


「月夜先輩と相坂が「ふたりに任せる」って」


「なんかギャググッズ買っていきましょう」


「大いに賛成だ」


まぁ、南雲と瑛叶にも適当に見繕って買ってくか。このままじゃ、本当に石ころと草になりそうだし。


「冬華が……」


そこで俺の読み上げる声が止まった。

その瞬間、雨乃が俺の手からスマホを奪い取って読み上げる。


「へぇ、「先輩の思い出♡、ついでにお菓子」ねぇ」


「……冬華にも陸奥達と同じ所で買って行ってやればいいだろ。ほら、俺のスマホ返せ」


「……Googleの検索服歴見ていい?」


「ちょ、お前! それはやめろ! ガチでやめろ!?」


べーっと舌を出しながら人のスマホを返さない雨乃の手から何とかスマホを奪い返し電源を切った。

男子の検索服歴見るとかマジやめろ、あとキーボードの予測変換もアウトだ。


「なんかエロいので見てるの?」


「……お前酔ってんのか?」


「どっちかと言えば電車に酔ってるのよ。だから夕陽を弄って気を紛らわそうと……気分悪い」


「下向いて本読むからそうなるんだろうが。ほら、水飲んで着くまで寝てろ、着いたらちゃんと起こしてやっから」


「うん、そうする」


何とも前途多難な感じの雰囲気は漂っているが、とりあえず今だけの二人旅だから楽しもう。

そう思いながら、窓の外の景色に思いを馳せた。







※※※※※※※※※※※



降り立ちました大都会、人多すぎ。


「き、気分悪い」


「お前大丈夫か? 割とマジで」


只でさえ人が多いのに、フラフラとトランク共に歩く雨乃に視線を送るも気づかないらしい。


「ほら、トランク持ってやるからしっかり歩け」


「出来ればトランクよりも私をおぶって」


「こんな人が多いところでおぶられるの?」


「いいのよ、どうせここにいる有象無象なんて私の人生で関わりがないのだし」


「お前、気分悪すぎて正常な思考回路が奪われてんじゃねぇのか?」


俺は嫌だ、恥ずかしいから。


「はぁ……ったく、どっかで休憩するか?」


「アンタに心配されると、こう、なんかイラッとくるわね」


「じゃあな雨乃、コンクリートジャングルで立派に暮らせ」


「ごめんなさい、嘘です! 嘘ってば! 置いてかないで、今の私を置いていかないでー」


気分が悪いせいか、慣れない土地に来たからなのか、いつもより心なしかテンションが高い雨乃を引き連れて駅を後にした。


駅を出た後は、覚えている道順を辿り俺の家に向かうだけ。

少しづつ回復しつつある雨乃と会話しながら、見知らぬ土地を歩く。なーんか、これぞ旅って感じだなぁ、実際は只の帰省なのだろうが。


「ねぇ、夕陽。あのアイス美味しそうね」


「ん、今日は暑いからな。食ってくか?」


「うん!」


旅費やら何やらは雨乃さん管理なので、雨乃財布からアイス代が支払われた。

……なんだかヒモみたいだなぁと思いました。


「んー!! チョコ超美味しい!」


先程までの体調不良は何処へやら、すっかり機嫌も調子も取り戻したお姫様は美味しそうにアイスに舌鼓を打っている。


「やっぱイチゴにハズレはねぇな」


冒険はせず、一番人気と書いてあったイチゴのアイスを頼んだ。

イチゴって本当にハズレがないから良いんだよなぁ。


「一口交換しない?」


「ほら、食え」


別段、今更間接キスぐらいで騒ぐ間柄でもない。

前の間接キスの件は抜きにしてだ、人は日々成長するのだよ。


「……雨乃さーん? 一口大きくないですかね?」


「イチゴも美味しいわね。はい、チョコ」


差し出されたチョコアイスを食べると、先程まで口に広がっていたイチゴの甘さがチョコに上書きされる。うん、やっぱりチョコも美味い。


「なんだか楽しいわね♪」


「一時はどうなる事かと思ったけどな」


「帰りは酔わないようにしないと」


「本読むからだろ」


俺は酔わない体質っぽいのでセーフなのだ。


「さ、食べ終わったしそろそろ行くか」


「うん、そうね。暑いし」


頭上にはいつもより元気に煌めいている太陽、夏なんだから少しぐらい夏休みとって隠れてくれてもいいのよ? 暑すぎて敵わん。

一刻も早くクーラーが効いているであろう家に行こう。


そう思いながら、再び歩き出した。

電車でもバスでも行けるが、折角なのでと歩いて行くことにしたのは失敗だったかな?


「えっと、次の道を」


「右じゃない?」


「あぁ、そうだな」


Googleマップで現在地と家までのルートを歩くが、更新が遅れると迷いそうになる。


普段よりも多い人混みに困惑とワクワクを感じながら二人で歩き続ける。夏休みに相応しい、好きな女子と二人で二人旅をするなんて結構な青春というやつだろう。


あ、ちなみに雨乃さんは現在症状を完全オフにしているので内心で何を思ってもバレることは無い。


「えっと、ここ通った方が早いらしい」


次から次に曲がったり、少し人通りの少ない道に入ったりしているうちに汗ばんでくる。


「あぁ、着いたー」


雨乃が疲労と嬉しさが混じった可愛らしい声を上げるのに俺も頷く。駅に降り立った時よりも格段に人は少ない。


「あいっかわらずデカいなこのマンション」


ザ・都会の金持ちマンションと言わんばかりのオートロック完全装備のマンションに、渡されている鍵でロビーの扉を開けて中に入る。


「すげぇ、ここにもクーラー効いてんのか」


ここ家賃いくらすんのかな? 相当高いだろうに。

そんなことを考えながら、エレベータに乗り込み七回のボタンを押す。シューっっと言う静かな駆動音がしたと思ったら、すぐに到着を知らせる軽快な音が鳴った。


「早いわね」


「それに静かだったな」


そんな会話をしつつ、少し緊張しながらも我が家の扉の前にやっと到着する。


「鳴らさなくていいの?」


「鍵で入っていいって言ってたし」


はぁ、嫌だなぁ。

まぁでも、なんやかんや言いつつも両親だ顔は見せとかないとな。


「ただい……」


ガチャりと重い玄関の扉を開け放った俺の目に飛び込んできた光景は想像を絶していた。

少し長めの廊下の向こう、開け放たれたリビングの扉のさらに向こうに化物がいた。


「……」


無言でバタンッ! と扉を閉める。

だめだ、あれはダメだ。本当にダメなやつだ。


ええぇぇぇぇぇ? マジで!? あれマジなやつ!? 幻覚とか幻想とか妄想とか想像とかじゃないの!?


「ど、どうしたの夕陽!?」


頭を抱えて蹲る俺に雨乃が不安げな視線を送る。


「悪い……少し離れてくれ」


雨乃にあんな物を見せるわけには行かない、不思議そうな雨乃を引き剥がして俺は確認の意を込めて再びドアを開いた。


「おう、おかえり夕陽!」


「さようならッッッ! 未来永劫永遠にッッッ!」


先程より素早い動作で扉を閉めて鍵をかける。

帰ろう、雨乃の家に。


だって認めたくないもの、絶対に。

高校生の息子と、その幼馴染が来るという日に。








──セーラー服を来て笑顔で出迎える超弩級の変態が親父なんて。

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