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Evening Rain  作者: てぇると
夏休み編

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56/105

五十五話 思い出の形

宛もなく、雨降りの街を歩く。

財布とスマホだけで出てきたので、傘は持っていない。

夏だというのに冷たい雨が血が登った頭を少しつづ冷やしていく。


『バカッッッ! 人の気持ちも知らないで! アンタの顔なんて……二度と見たくないッ!』


何処ぞのアホ女に言われたセリフが、靴裏に張り付いたガムのようにこびり付いて離れない。

あの声が言葉が表情が、脳内で反復するたび苛立ちが増していく。


確かに、今回の事は100%……いや、80%俺が悪いのだろう。

だとしてもあそこまで口汚く罵られる筋合いは無い、まぁ俺が悪いんだろうが。


雨乃と俺が喧嘩する時は大抵俺の方が悪い。

些細なことで喧嘩することも最近は少なくなった、こうして本気で喧嘩して俺が家を飛び出すのは一年ぶりぐらいだろう。

だから、お互い溜まっていた鬱憤が堰を切ったように溢れだした。言いたくなかったことも、言わなくてよかったことも口走って喧嘩した。


「何やってんだ俺は……高二にもなって」


全くだ、自分自身が嫌になる。

高二もなって女子……それも好きなやつと本気で喧嘩して泣かせるとか、ガキかっての。

まぁ、泣かしたってか勝手に泣いたんだが。


「あーあ、やってらんねぇ」


行き場を失くしたやるせなさとかイラつきが独り言となって溢れる。

そんな俺のジーンズのポケットに入っていたスマホが振動した、液晶画面が濡れないようにカフェの玄関で雨宿りをしつつ、電話に出る。


『よ、ずぶ濡れ少年』


「なんの様子っすか紅音さん」


聞こえてくるのは紅音さんの声、電話口の向こうからはジャズが流れていた。


『こっち見ろ』


「は? こっちってどっち?」


どこを見れば良いのか分からず、キョロキョロしていた俺の視界の端の方で紅い髪が揺れた。


『店の中だよ。とりあえず入ってこい』


少し呆気に取られつつも、言われるがままに店内に足を踏み入れる。クーラー独特の冷たい空気が、濡れた俺の身体を冷やすが、それが妙に気持ちいい。


「おーい、夕陽。こっちだ」


ガラッガラな店内の中には如何にも職人ですと言わんばかりの60代ぐらいのマスターと買い物袋を幾つか自分の隣に置いた紅音さんだけだった。


「分かってますから、あんましでかい声で呼ばんでください」


ため息混じりに紅音さんの前の席に座るなり、目の前にタオルが差し出された。


「ずぶ濡れじゃんか、とりあえず拭けよ」


「え、いや、見るからに新品のタオルですし」


「いいから、バカが遠慮してんじゃねぇ」


そう言ってカッコよく笑うと俺の頭を凄い力で拭き始める。

痛い痛い痛い痛い!


「すいませーん」


紅音さんは俺の頭を一通り拭き終わるとマスターを呼んでホットコーヒーを頼んだ。


「んで、なんかあったか?」


「……ド直球っすね」


「悪いな、回りくどいのは苦手なんだよ私」


そう言ってニイッと口角を吊り上げて笑う。


「アイツと……雨乃と喧嘩したんすよ」


「何が原因だ? 話してみろって。あ、ありがとうございます」


運ばれたきたホットコーヒーを俺に差し出しながら紅音さんが原因を話すうに急かす。

暖かく、苦いコーヒを啜りながら、俺はゆっくりと事の顛末を話し始めた。


「いつもみたいに課外授業終わって、家に帰って飯食って、俺が皿洗ってたんすよ。そんで、皿吹いてる時に、雨乃が愛用してる古いティーカップみたいなやつを落としちゃって」


「そんで?」


「やばいと思って直ぐに誤ったんすよ。すっげぇ大事にしてたの知ってたし、そしたら雨乃が凄い形相で睨んできて」


その後は大体察しが着くだろう。

キレた雨乃が罵倒を浴びせてきた、いつもならスルーして謝るのだろうが、何故かイラッときて俺が悪いのに言い返した。

そっから、喧嘩がヒートアップした。


雨乃を泣かせた一言は「ボロっちいカップ一つ壊したぐらいで何でそんなに言われなきゃなんねぇんだよ」ってセリフだ。

我ながら何であんなアホなこと口走ったのだろうか。


「うん、お前が悪い」


「ですよねー」


「でも、雨乃も悪い」


「雨乃……は別に悪くないっすよ」


雨乃は悪くない……と思う。

俺のあの余計な一言が逆鱗に触れた、人が大切にしてるもんをボロっちいカップなんて言い切った。


「分かってんなら謝れよ」


「それが出来たら苦労しねえっすよ。勢いに任せて出てきちゃったんで帰りずらいし、どんな面してアイツに謝ればいいが分かんないし」


「あぁ、分かる分かる。喧嘩して言っちゃいけないこと言って飛びたした後に謝んのはキッついよなぁ」


いつものように笑いながら紅音さんが溜息を漏らす。


「私も昔、月夜と喧嘩した時、何度もそんな事あった」


「え? 月夜先輩と紅音さんって喧嘩するんすか!?」


「昔な? 出会ったばっかの頃は超仲悪かった」


えぇ、何それ信じらんない。

うっそだー、今では「私の月夜」とか公言する人だぞ?


「中学の頃のアイツって陰気臭くてな? 中二病とも言えないけど、何だろうなぁ、あの「寄らば斬る」って感じの底が暗い雰囲気醸し出してて、それが気に食わんで喧嘩してた」


「まじっすか」


「でもさ、アイツは謝ったら許してくれたんだ。どんなに酷いこと言っても、どんなに酷いことしても、本気で謝ったら「いいよ、気にしてない」って言ってな」


数年前を懐かしむように、紅音さんが続ける。


「だからさ、お前もちゃんと謝れよ。何が悪いか分かってんならキチンと頭下げて話し合え。お前と雨乃は付き合い長いだろ? それに、雨乃はお前の心が分かるんだぞ?」


トンっと俺の胸に指を押し付けながら笑う。


「お前が心の底から謝れば伝わるよ。それとも、お前が惚れた女は男が本気で頭下げても許さねぇような度量のちっさな女か?」


まだまだガキっぽくて、すぐ怒って、人の飯にブロッコリーテロ起こしてくるような女だが、昔から謝れば許してくれた。

つまりは俺のちっぽけなプライド次第って所か。


「てかさ、お前が壊したコップについてなんか言ってた?」


「えっと『大切な物だった』『私の気持ちも知らないで、そんなこと言うなんて』とか」


「……ちょっと待ってろ」


そう言いながら、テーブルに置いたスマホを操作して耳に当てると誰かと話を始める。


「あ、もしもしー? 私なんたけどさ、今そこでズブ濡れになって歩いてる夕陽見つけたんだけど」


おい待て、誰と話してる!?


「へー、あぁそうか。そりゃ、怒るわな。うんうん、アイツには帰ってくるように連絡しとくから。じゃあな、うん」


電話を切った紅音さんは俺を見つめ露骨に溜息を吐く。


「……雨乃泣いてたぞ」


「うっ」


「さーてと、幾つか今からワードを出すから答えを導き出せ」


そう言って、自分のカフェオレを飲むと第一の言葉を放つ。


「小六、雨乃の誕生日、小遣い、最初の年」


……おっけい分かった。

あぁぁぁぁぁぁぁぁ! クッソ! 何やってんだ俺は。


「すいません、もういいです」


「はぁ、そんじゃ、行け」


「うっす」


立ち上がって店から飛びたそうとしたが、珈琲代を払ってないのを思い出し踏みとどまる。


「紅音さん珈琲いくらですか?」


「いいよ、払っとくから」


「いや、でも」


「いいからとっとと謝ってこい。奢ってやる」


「……」


「私はお前の先輩なんだから、珈琲ぐらい奢ってやるっての。いいからとっとと仲直りしてこい。あと雨乃も例外なく甘いものが好きだ」


「うっす!」


頭を下げて店から飛び出した。

背後からは「ったく、月夜も夕陽も手が掛かる」という、月夜先輩と同列な扱いを受けた。

まったくもって不本意だ。




※※※※※※※※※※※※※※※※※



「やっべ、勢い余って紅音さんのタオル持ってきちまった」


大型ショッピングモールに入り、首に掛けたタオルで髪を拭いている時に気づいた。


「うぅぅぅ、さっむい!」


びしょ濡れな身体に容赦なく冷房が突き刺さるが、今は少しでも時間が惜しい。


雨乃に取り敢えず新しいティーカップを買って帰る、そして甘いものも買って帰る! そして謝る!


「雑貨用品店は二階だな」


エスカレーターを登って二階に降り立った、すれ違う人はびしょ濡れの俺をジロジロと見るが気にしない。

だが、その人混みの中に一際コチラを見つめる人がいた。


「月夜……先輩?」


髪色は灰色ではなく、金髪。

瞳の中は薄暗く、何処か狂気を感じさせる。とても俺の知っている月夜先輩の瞳ではない。


「あっ、おーい夕陽君」


どうやら、マジで月夜先輩らしい。

夏休みだからってハッチャケて髪でも染めたのか?


「月夜先輩……? 髪染めたんすか?」


「あ? 違う違う、僕の趣味だよ」


「……趣味?」


「皆には秘密だぜ? 実は僕ってばコスプレ趣味なんだよ」


ニヤリと笑って一回転。

黒の革ジャンにGパン、いつものカーディガンは見当たらない。


「マジすか」


「びしょ濡れでどうした?」


「まぁ、雨乃と喧嘩して。謝るついでにお詫びの品を」


「ははは! そうだね、女性を怒らせたならお詫びの品は必須だ」


なーんか、雰囲気違うような。


「さっきまで喋り方とかもアニメに沿わなきゃならなかったからね。抜けないんだよねー」


俺の訝しげな視線に気づいたのか、笑いながら頭をかいた。


「そんじゃ、僕は今から仲間と会うから。気をつけて帰りなよ?」


「うっす」


「星川ちゃんに謝るんだぜ?」


「分かってますよ」


そんじゃ、と片手を上げて去ろうとした俺に月夜先輩が念を押すように声をかける。


「ちょっと頼むから誰にも言わないでくれよ? 恥ずかしいから」


「はいはい、分かりましたよ」


「じゃあ、またいつかね」


片手を上げて月夜先輩は人混みの中に消えていった、目立つ金髪だと言うのに直ぐに先輩は見えなくなった。


「やっべ! んなことしてる時間なかった」


心の中に引っかかる違和感を吐き捨てて、雑貨屋目指し走り出した。


それにしても俺は本気で馬鹿な男だ。

自分で雨乃に贈ったプレゼントを忘れ、それを大切にしてくれていた雨乃に向かって「そんなボロっちいもん」なんて言い切った。

そりゃ、怒るわな。


「さーてと、どれにしますかね」


存外にもティーカップは高いようだ、1000円ぐらいだと思っていたんだが。まぁ、お詫びの品なんだからケチるのは良くない。


「……これにすっか」


俺が手に取ったティーカップは二つで一組のやつらしい、値段は俺の心が痛むので伏せておく。


「すいません、プレゼント包装お願いします」


財布から5と書かれたお札を取り出して、数枚の小銭を受け取る。


「高い買い物だわ」


ボヤきつつ、雨乃にどう謝るか考える。

相当怒ってんだろうなぁ、俺ガチでやらかしたなぁ。

土下座か? ジャパニーズ土下座か? やっぱそれか、それしかないか。


ケーキを買って外に出れば土砂降りの雨は激しさを増していた。

どうやって帰るかね、傘買いに戻るか。


「……本当に馬鹿ね、あんたって」


「ぐぇ!」


背後から罵倒と共に蹴りが飛んできた、蹴られた衝撃で口から変な声とも取れない何かをが漏れた。


「どうやって帰るつもり? この雨の中で」


「雨乃……」


少し前まで泣いていたことが分かる、少し腫れた目にでコチラを睨む雨乃が立っていた。


「私のモンブランが食べれなくなっちゃうじゃない」


顎で俺が持っているケーキの箱を不機嫌そうに指を指す。


「……誰もお前にやるとか言ってないんですが」


「あ?」


「冗談ですよー? やだなー、怖い」


ドスの効いた低い声で俺を今までの数倍の目力で睨みつける。


「まぁ、その、なんだ」


ゆっくりと深呼吸をして、雨乃に向かい合う。


「な、なによ」


「ゴメンッッッ!」


ガバッと頭を下げて誠心誠意謝る。人前なので土下座はしないが、心では土下座した。


「ちょ、ちょっと見てるから! 許す! 許すから!」


「よかったぁ」


あぁぁぁぁぁぁぁ怖かった。ぶっ飛ばされるかと思った。


「人前でそんなことしないわよ」


「人前じゃなかったらすんのかよ」


「……私もごめん。言いすぎた、二度と顔見たくないとか……死ねとか……ボケとかその他諸々」


「おう、許す」


「なんで地味に上からなのよアンタ」


「あとこれ、ティーカップ買ってきた」


包装された袋を差し出すと、雨乃は普通にそれを受け取る。


「一つじゃないわよね? これ」


「おう、二つで一組のやつ買ってきたから俺もつかう」


「そう……そうか……うん、そうか」


何かをブツブツと呟きながら何度も頷く。


「あと、なんだ、その「ボロっちい」とか言ってゴメン」


「……あのティーカップ、大切だったから。思い出だったから」


「ゴメン」


「もういいよ。新しいの貰ったしね」


「本当にゴメン」


「いいよ、もう謝んないで」


頭を下げた俺にデコピンしながら雨乃が笑う。


「帰ろ、一緒に」


「あぁ、帰ろう」


土砂降りの雨は少しづつ雨脚を弱めていく。

淀んだ陰惨な空の端では薄らと晴れ間が覗いていた。


「紅音さんに後で電話入れとこ」


「そうね、紅音さんにはお礼言わないと」


紅音さんのお陰で仲直り出来たしな、本当に感謝。


「お前、泣き腫らしてんな」


「言うな……バカ!」


「悪い悪い」


「髪をクシャってすんなバカ!」


何となく、ただ何となく雨乃に触れたくなった。

雨乃が大切にしてくれていたティーカップには思い出が注がれていたのだろうか?

だったら、新しく買ったティーカップには新しい思い出を注いでいこう。思い出の形は人それぞれなのだから。


「帰ったら珈琲いれて、ケーキ食べよっか」


「珈琲、紅音さんに奢ってもらったから紅茶がいい」


「茶葉あったかなぁ?」


「なんなら買って帰るか?」


「そうね。ついでに夜ご飯も買っていきましょ」


「肉食いたい」


「てか、私財布忘れたから出しといて」


「……ティーカップとケーキで消えたんだが」


「あんた一体、ティーカップにいくら使ったのよ」


「ひ☆み☆つ」


「死ね」


「酷い!」


濡れていた服は乾き始め、雑踏の中に踏み出せばアスファルトの匂いが香る。一人で走った街の景色と、二人で帰る街の景色は少しだけ違って見えた。


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