五十四話 夏祭り
「なぁ、夕陽」
「あん?」
夏休みに入ったというのに、忌々しい課外授業にうんざりとしていた俺の頭上から声がかかる。
見上げればニヤリとした瑛叶が立っていた。
「今日、夜暇か?」
「オールウェイズ暇人だコノヤロー」
「んじゃ、7時時に公園な」
「公園って……家の近くの?」
「いや、高校と俺らの街の中間辺りの馬鹿でかい公園、知ってんだろ?」
「知ってるけど。なんでよ?」
怪談でもすんのか? それとも丑の刻参り?
「はぁぁ? お前マジでか?」
「あん? 良いから要件を話せ何があるんだ?」
「何があるってそりゃ……」
瑛叶の口が開くのと同じタイミングで、視界の隅の雨乃の肩がビクっと震えた。
「夏祭りだよ」
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見渡す限りの人・人・人。
人の熱気なのか、それとも気温のせいなのか。やけにベタつく気温をそっと肌で感じた声を漏らした。
「あっつい」
上着羽織ってくるべきじゃ無かったな、蒸し焼きになる。
「「あっちー」」
隣では南雲と瑛叶も同じような愚痴を漏らす。
南雲は上着を早々に腰に巻き付け、瑛叶は何故か拳に巻き付けていた。人でも殴るのか?
「んで、肝心の女子陣は?」
女子陣ってか雨乃、雨乃をください。
「浴衣着てくるって言ってんだろうがバカ、記憶力まで悪いのか」
「なんでキレてんだよ、ぶっ飛ばしますわよ」
いつものように軽口を叩きつつ、女子陣の到着を待つ。
「お、紅音さんからLINEきた」
南雲がそう言って液晶画面に写ったトーク履歴を差し出すので、拝借して目を向けると『もうすぐ神社に着くぞ』と入っていた。
因みに紅音さんは月夜先輩と二人っきりで祭りを見て回るらしい、暁姉妹は新しく出来た友達と行くと言っていた、相坂も彼女と回るらしい。
つまりは今回は完全に二年のみ。
「てか、紅音さんも優しいよな」
「だな」
あの人、女子全員に浴衣を貸し出して着付けも手伝ってやるとかいう聖人並みのことしてくれてる。
まぁ、あの人の好きなものは『月夜先輩と可愛い女子』だからなぁ。
「なぁ、あの可愛い集団……」
楽しげな声で指を刺していた瑛叶の声がそこで中断された、不思議に思い俺も南雲もそちらに視線を向ける。
各それぞれ色鮮やかな浴衣に身を包む数人の集団、遠目からでも分かるほどの美人、その中でもずば抜けて可愛い人がいた。
他の二人に比べれば控えめな色合いの浴衣に身を包み、長く艶やかな髪をポニーテールのように纏めている。歩く姿は毅然として凛々しく氷のようで、それでいて何処か少しばかり子供っぽさを残している。
あまりの美しさにジッと見蕩れていた俺と視線が合うなり、ニコリと微笑みを向けてくる。
「夕陽」
パタパタとこちらの方に歩いてくる。
ん? 今俺の名前呼んだ!?
「どう……?」
俺の側まで来た、その美人は雨乃だった。
化粧をして髪を整えて浴衣だったので、本気で誰か分からず一瞬思考が停止した。
そんな俺を不安げに見つめながら首を傾ける雨乃に慌ててフォローを入れる。
「……いや、悪い気づかなかった。まぁ、その、なんだ……似合ってるし可愛いってか綺麗だと思う」
「そう、良かった」
嬉しそうにクスっと笑いながら、その笑みを浴衣の袖でワザとらしく隠す。ちくしょう! あざとい!
「おらー、イチャイチャすんなバカップル。夢唯とウチも浴衣で来てるんだぞー?」
「南雲、夢唯についてどう思う?」
「……やばい、可愛い」
そう言ってGパンのポケットからスマホを取り出して、無言で夢唯を撮り始める。
「ば、ばか! や、やめろ南雲! 勝手にボクを撮るなぁ!」
「……」
「「滅べバカップル」」
瑛叶と俺の声が完璧に一致した。
イチャイチャしやがって、ぶっ殺すぞ南雲ぉ。
「ねぇ、ちょっとウチは? 誰もウチを褒めてくれないの?」
ヨヨヨっとワザとらしく目元を隠しながらチラチラと瑛叶に視線を送るので、俺と南雲もジッと瑛叶を見つめてやる。
「え? え? 俺なのか? 担当俺!?」
その言葉に静かに頷くと瑛叶が諦めたように口を開いた。
「馬子にも衣装だな」
「フンっっ!」
陸奥の拳が瑛叶の鳩尾を抉った。
「「「「今のはお前が悪い」」」」
「えぇー、褒め言葉じゃねぇの?」
流石っすわ、流石現代国語クラスワースト三位。
「そんじゃ、そろそろ回るか?」
腕時計を確認すれば、時刻は七時。
あと一時間もすれば時期に花火が上がるだろう。
「それもそうだな」
何故か瑛叶達がニヤけてるのが気になるんだが。何企んでんだコイツら。
まぁ、いいか。今は祭りを楽しもう!
・・・・・・・・・・・・・・・・
やられた。
あの野郎共ぉぉぉぉぉ!
「……?」
チラリと確認すれば、いつものより格段に美しい雨乃。
周りには誰もいない……そう、瑛叶達が居ない!
「瑛叶達とはぐれちまったな」
はぐれたっていうか置いていかれた。あの野郎共、初めに入った屋台で逃げやがった。
「ちょっと待ってろ、電話するから」
あまりにも人が多いので繋がりにくいかもしれないが、願いを込めて通話ボタンを押すと奇跡的に繋がった。
「おい瑛叶っ!?」
『おーう、感謝しろー』
電話口の向こうからはよく知った笑い声や喋り声が聞こえてくる。
「テメェら……初めから」
『だってよー、こうでもしねぇとお前ら二人っきりになれないだろ? お前忘れてやがるし』
「うっ……! いや、だってそれは」
てか、急にされたから心の準備とか出来てない!
髪とか変じゃねぇよな!? 服とか、鼻毛出てないか!?
「準備があるんだぞ」
『鼻毛は出てなかったぞ』
「まじか」
『てか準備ってなんのだよ? チンポジ?』
「チンポジは今関係ない……いやあるか? まぁ、そこは置いといてだ、心のだよ!」
『はいはい、分かった分かった。花火終わったらさっきの所で合流な? それまで二人っきりで楽しんどけ』
「テメェ! チッ……分かったよ。後でな」
『おう』
まぁいい、今は少しだけ皆んなに感謝しておくか、二人で祭りに行こうなんて誘えなかったかもしれないからな。騙されたとはいえ二人で回れるならいいか。
そして、深呼吸しながら雨乃に向き直った。
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「ちょっと陸奥! どういうつもりよ!?」
夕陽に聞こえないように静かに叫ぶ。
うぅぅぅ! みんな一緒って思ってたのにー!
『えぇー? だって結局雨乃、夕陽のこと誘えなかったじゃん?』
「そ、それは……タイミングが合わなかったというか、なんというか」
『こうでもしないと二人っきりになれないでしょー?』
だからと言っても急にされると困る! 心の準備とかあるじゃん!?
汗かいてないよね? 化粧くずれてないよね!?
『大丈夫だってー、夕陽も雨乃に見蕩れてたでしょ? 大丈夫、大丈夫。安心して誘惑しなさーい』
「ちょ、誘惑とかそんな……」
『大丈夫大丈夫、胸なくても』
「自分がデカいからって!」
『にゃっはー、まぁいいじゃん、夕陽は胸胸言ってるけど気にしてないって』
「うぅ! 後で覚えときなさい」
『はいはい、分かった分かった。文句は後でいっくらでも聞いてあげるから。花火終わったら、さっきの場所に集合ね?』
「はぁ……分かった。ありがと」
『うん、頑張ってね』
そして、電話を切って夕陽に向き直る。
夕陽も瑛叶か南雲と電話していたようだが、今ちょうど終わったらしい。
「なんて?」
「……花火終わったら合流だって、陸奥が」
「……瑛叶も同じこと言ってた」
夕陽はそっぽ向いてポリポリと頬をかく。
少しだけその視線は泳いで、顔は少し引きつっている。
もしかして、緊張してるんじゃ。
「……まぁ、そのなんだ」
バツが悪そうに歯切れの悪い言葉を口にする。
「嫌かもしれんが、折角だからな。二人で回るか?」
「嫌じゃないわよ。一緒に回ろう」
私がそう言うと、ホッと胸を撫で下ろすように深い息を吐いた。何だか犬みたいで可愛い。
「んじゃ、行くか?」
そっぽを向いて歩きだそうとした夕陽の服をそっと掴む。
勇気を出すならここしかない。
「……あのね? その、浴衣って慣れなくて」
「……?」
ここまで言っても分からないのか、この自称敏感男。
「人いっぱいだし。その……歩きにくいから……さ」
私がゆっくりと腕を差し出しても首をかしげている。
この男……私がどんだけ恥ずかしいと思ってるの!?
「あっ、あぁ手な」
そう言って私の手を掴むと、何食わぬ顔で進んでいく。
なんか少し期待外れな態度にムッとしたが、よくよく夕陽の顔を覗いてみると少し頬が紅くなっていた。
「ふふっ」
「どうした急に笑って」
「なんでも。それよりジャガバター食べたい」
「先に、はしまき買わね? 無性に食いたい」
「どっちでもいいよ」
「んじゃ、先に屋台があったほう買うか」
「うん!」
いつの間にか夕陽の手はこんなに大きくなっていたのか、握っていてそれに初めて気づいた。
昔は一緒だったのに、気がつけば背も手の大きさも夕陽の方が大きくなっている。隣で屋台を指さしながら楽しそうに笑う夕陽を少し見上げて、ほんのりと胸に懐かしい気持ちが渦巻いた。
「花火」
「ん? どうしたの夕陽」
「花火……綺麗に見えるところ知ってんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、穴場だ穴場」
「なんでそんなこと知ってるの? こっちて来たことあったけ?」
「瑛叶と暇だからって言って前にここら一体散策した」
「いつまで経ってもガキね」
「男はいつまでもガキなんだよ」
そう言って私に向けて舌を出した。
やっぱり、夕陽は夕陽のままだ。歳をとっても大人になっても、夕陽は夕陽であり続けてくれる。
「さ、行こう」
何故か少し嬉しくなって、歩幅が前に前にと進む。
そんな私を一瞬驚いたように見つめながら、直ぐに優しく微笑んで私のペースに合わせた。
開始時間を勘違いしていたのか、夜空では大輪の花が轟々と音を立て咲き誇っていた。




