五十三話 野郎会議
「彼女欲しい、ヤリたい」
「「どうしたお前」」
冷房がガンガン聞いた夜のファミレスで、瑛叶が唐突に意味の分からない発言をした。
「こう……アレじゃん? 夏じゃん?」
「「夏だな」」
たまたま南雲と俺の発言が重なる。
夏だな、確かに夏だ。夜だというのに外は暑すぎる。
終業式が丁度終わった、夏の後半の今日この頃。いつものように色気もクソもない男達だけで夜飯を食べに来ている。
「夏ってさ恋の季節じゃん? こう……もっと甘酸っぱくていいと思うのよ」
南雲は途中で話を聞くのをやめてポテトを齧り、俺はスマホでゲームキャラの再臨素材の回収を行う。
くっそどうでもいい。
「おい! 話聞け! なんで終業式に野郎だけで集まってんだ!」
「えぇ、まさかの逆切れ」
南雲が失笑しながら声を漏らす、全面的に賛成。
「あれだよ! なんで俺の所には可愛い女子が来ねぇんだ!? 」
──知らねぇよ。
「おいこら夕陽! お前はいいよな! 自分の好きな人と一緒に住んでんだから! 飯も一緒、休みの日も一緒! 寝る時も風呂入る時も一緒!」
「そこまで一緒じゃねぇよ!?」
「くそぉぉぉぉ! 羨ましーい! うーらーやーまーしーい!」
なんだこいつ、クソめんどくせぇ。
「そこぉぉ! 自分は関係ねぇみたいな面すんなヤンキー!」
「えぇ? 俺?」
ポテトを齧っていた南雲が思わず聞き返す。
てか、瑛叶は何でこんなに荒れてんだ。
「お前、なんか夢唯といい感じらしいじゃねぇか!」
「……言ったやつ挙手」
はーい、僕でーす。
心の中でそう宣言しつつ、無言で手を上げる。
「夕陽……お前ぇぇ」
「ぶっちゃけバレてたぞ。なぁ、瑛叶」
「分りやすいな、ヤンキー君」
弄りながら南雲のポテトを瑛叶と齧っていると、手を叩かれる。
「俺のポテト!」
「「ケチケチすんなよ」」
「なんでお前らそんな時だけ息ピッタリなんだよ……」
……ファミレスのポテトって、言うほど美味くねぇのに食べてしまうんだよなぁ。
「てか瑛叶」
「なんだむっつりスケベ」
「黙ってろ、俺はドスケベだ」
そんなむっつりとか言うな、俺はガッツリだ。
まぁ、それは置いておいて。
「お前は共同生活の辛さを分かってない」
「「辛さ?」」
コイツら多分メリットばっかだと思ってやがる……。
「まずあれだ、ラブコメ漫画とかラノベとかで巻き起こってる『ラッキースケベ』なるものは実在しない」
「1回も?」
「yes! だいたいな? 風呂でばったり遭遇とかねぇからな? 細心の注意を払って行動してんのよ俺は」
「「うっそだー」」
「てかさ? 考えてみ? ラッキースケベとかやってる主人公は思いやりとか足りねぇのよ! やっちまったらその後気まずいだろうが! バカか! 考えろ!」
「何でこいつこんなに力説してんだ」
「どうでもいいけど俺のポテト食うなよ瑛叶……」
「風呂場で遭遇とかねぇから! 風呂入る時は雨乃は「入るからねー」って言って中から鍵をかけるんだぞ? そんな状況でどうラッキースケベを巻き起こせと? リトさんじゃねぇんだぞ!?」
「何でこいつこんなにキレてんだ」
「だから俺のポテト! 食いすぎだろうが!」
くそぉぉぉぉぉ! 俺が巻き込まれるトラブルは喧嘩とかしかないじゃん!? 一回ぐらいラッキースケベあってもいいと思うの!
「他のデメリットは?」
「……飯に嫌いなもの混ぜられる」
「「子供か!」」
ピーマンとブロッコリー無理。
ピーマンはギリギリ食べれるけど、ブロッコリーはキツい。
「雨乃ってば食べるまでニコニコこっち見てんの、無言の圧力だよアレ。てか、無言の暴力だよ」
一時期、毎日食卓にブロッコリー出てきた時は家出しようかと思いました。てか、ほぼ最近の出来事だ、主に体育祭後あたり。
「他には?」
「……特にねぇな。利点はあるけど」
「言ってみそ」
自分の分のポテトを瑛叶から死守しながら南雲が続きを促す。俺もポテト食べたい……てか、料理来るの遅い。
「先ずはアレだな、目覚ましがいらない」
「でもお前目覚ましかけてるって言ってなかった?」
「いや、軽く意識覚醒させて隠さないと行けないものってあるじゃん? 男には」
「そこら辺も細心の注意ってか、大変だな」
朝には意識より先に立つものがあるから困るんだよなぁ。だから未だにタオルケットは手放せない。
「あとは飯の心配がない。雨乃が作ってくれるから」
「「ラブコメ特有の「あの人にお弁当」イベントが常時発動と?」」
「……お前ら、事前に打ち合わせでもしてんの?」
どんだけ息ピッタリなんだよ。
「まぁ、そんぐらいだ」
「なんかムカつくなお前。その幸せそうな面が」
「親友の幸せを容認できねぇから女運悪いんじゃないの? リセマラしたら? 」
「人生のリセマラした所で、瑛叶の女運の悪さは変わらねぇと思う」
そう言って二人で吹き出していると、みるみる瑛叶の顔が沈んでいく。あー、なんかあったな。
「んで、何があった瑛叶」
「話してみろって」
二人して優しい言葉をかけてあげる。あとは暖かいスープと暖かい家庭と優しい女がいれば瑛叶は復活する。
「……振られた」
「「やっぱりな」」
「なんだよその反応ぉぉ! 分かってたみたいに言ってんじゃねぇよぉぉお!」
うっわ、めんどくさいめんどくさい。
だいたい、こいつが自発的に呼び出して恋愛の話に持ってく時点でお察しだ。
「ほら、特進科に水上っているじゃん?」
「誰それ?」
俺は知らん。
てか、雨乃以外の女子に基本興味はない。
「あー、アレか。野球部の副部長と付き合ってるやつか」
南雲の方には心当たりあるそうで、ポンっと手を打って納得している。野球部の副部長って女癖悪いやつか、知ってるよ俺? 雨乃にやたら話しかけてた害虫の一人だ。
「なんかさ、その関係の事で相談受けて「別れようと思う」的なこと相談されたんだわ」
その後も瑛叶の独白は続く。
南雲と俺は下唇を噛み締めて笑うのを我慢する。
だめだ……今……今笑ったらしばかれる。
「嫌われたくなくて、その子の相談に真剣に乗ってたら「ごめーん、より戻った! ありがとー」って来て」
「ブッッッッ─」
吹き出した南雲の口にポテトをぶち込んで爆笑を回避する、まだだ、まだ笑うべきじゃない。
「でも、まぁしょうがないなって思ってたんだわ。そしたら……そしたら、友達の女子がLINEでスクショ送ってきて『ぶっちゃけ瑛叶って無理。てか、下心丸見えでwww』ってTwitterの裏垢で呟かれてたって」
「「クッ……ブッッッ! 」」
駄目だ、お腹痛い。
しぬ、笑い死ぬぅぅぅ。
「笑ってんじゃねぇぇえ!」
「瑛叶先輩流石っすわ、ブレねぇ」
「やばい……夕陽。クッ……フフ……無理……お前あんま笑ってやるな夕陽……お腹痛い」
「何なんだよお前らぁぁあ! 自分達だけ上手く行ってるからって人の不幸で笑いやがって」
いや、それは違う。
自分が上手くいってなくても、お前の恋愛絡みの話はいつも面白い。腹が割れるほどに。
てか、相変わらず意味わからん女に引っかかるなぁ。
「あぁぁ、涙出てきた。南雲、そのティッシュ的なの取って」
「俺も出てきた涙。ほら、夕陽」
南雲からティッシュ的な物を受け取って涙を脱ぐう。
それにしても……フフッ……駄目だ、馬鹿だコイツ。
「という訳で!」
「「どういう訳だ?」」
瑛叶は自分のリュックから一枚の紙を取り出して机に置いた。
「「サマーワンナイト計画」」
ネーミングセンスの無さがヤバいな。
なんだよ、サマーワンナイト計画って売れないバンドの曲みたいだ。
「今度さ、化学部総出で海行くじゃん?」
そうなのだ、今年は紅音さんの家が所有する沖縄の別荘に泊めて頂けることになったのだ。一泊二日か二泊三日のどちらかで。
「それでどうした?」
聞いてくれと言わんばかりの表情で南雲と俺を交互に見る瑛叶に恐る恐る聞いてやると、月夜先輩のモノマネなのか指を鳴らして不出来なウィンクを繰り出す。
「どうせ、行っても俺達三人に明るい未来はやって来ない! なんせ女運が無いからッッッ!」
拳を握りしめて力説する。
「「お前と一緒にすんなクソ童貞」」
「ノンノン! そんなこと言ってもいいのか? 文句を言うのは、このサッカー部で司令塔と言われる俺の完璧な作戦を聞いてからにしてもらおうか!」
おぉ、いつに無く自信満々だ。
「どうせアレだ、行ったとしても夕陽はチキって雨乃に何もしない」
「ウッッッ!」
「南雲も南雲で夢唯とはぎこちない!」
「クッッッ!」
「という訳で、俺の作戦だ!」
もう1枚、リュックからルーズリーフを取り出して俺達に渡す。
「作戦名、N・N・K・T作戦!」
「「N・N・K・T作戦?」」
「N・N・K・T作戦だ!」
やっぱりか……やっぱりナンパか。
だいたい、好きなやつ相手に何も出来ないチキンの俺にナンパァ? 無理無理、不可能だ。
「おいそこのチキン伯爵!」
「おいこら、誰が伯爵だ」
「いいのか? このままで?」
「何がだよ」
ぐいっと俺に迫るように顔を近ずける。近い近い、目力が凄い!
「このままチキンでいいのか? このままお前はチキン伯爵の称号を甘んじて受け入れるのか? 一皮向けようぜ童貞くん」
「いや、童貞ってお前に言われたくない」
「ナンパだけだから? な? な? こう、予行演習だと思え?」
「えぇぇー?」
「……夏だから巨乳&黒髪クール系な美脚美女いるぞ」
「……乗った」
生足魅惑のマーメイドだ。
チキン伯爵の称号を脱ぎ捨て、俺はビーフになる。
「おいそこのヤリチンヤンキー!」
「……いや、別に最近ヤッてないけど」
「お前が一番女ウケ良さそうな顔してんのよ。なぁ、頼むよ。バカとイケメンともう一人やさぐれ枠が欲しいんだよ」
「おい瑛叶。一応聞いとくけどイケメンが俺でバカがお前だよな?」
「黙ってろ馬鹿野郎。自分の面を鏡で見てから発言しろ」
えぇー、俺の方がカッコイイと思うんだけど(黙っていれば)
「……もしかしたら海に来てまでゲームしてる不健康そうで庇護欲をそそられる巨乳のボクっ娘がいるかもな」
「……ナンパだけだぞ」
結局お前も釣られんのかよ、ここにはバカしかいねぇのか。
「よっし! 今年の夏は楽しくなりそうだ!」
「なぁ、私服先輩は?」
「あ? なに南雲、お前紅音さんに殺されたいの?」
「……無かったことにしてくれ」
月夜先輩誘ったのがバレたら、俺達三人は肉片になりそうだ。
だが、問題は紅音さんだけではない。
「女子陣はどうする訳?」
多分、見つかったら殺されるぞ。
俺とか冬華辺りに後ろから首締められると思う、あの娘最近ヤンデレの片鱗を見せてる気がする。
「男だけで洞窟探検してくると言えば行かせてくれるだろ? どうせアイツらの事だから「馬鹿共はいつもの事だから放っておけ」って言うだろ」
「そういうもん?」
「そういもんだ。大丈夫だって、俺の作戦に穴はない」
いや、割とガバガバだと思うんだけど?
「俺を信じろ、必ず上手くいく」
「まぁ、せっかくの夏だしな。なぁ、夕陽」
南雲がにやりと笑う。
なんだ、結局お前も乗り気なのか。
「あぁ、折角だからな。……成功させるぞ」
「おう」
「ああ」
瑛叶が差し出した手に手を重ねる。
「今年の夏を俺達は謳歌するぞ?」
瑛叶に促され、適当なセリフを吐くと、他のふたりがニヤリと笑う。
無言で重ねていた手を離し、そして爆笑する。
何もおかしくないけれど、ただただ腹の底から笑いが零れる。
今年の夏は……今年の夏こそはチキンの名を返上して雨乃との関係を前に進めよう。
「お、飯来たぞ」
瑛叶の言葉で振り返ると店員が俺らの頼んでいた料理を運んできていた。
──俺の今日のメニューはチキンステーキ。




