四十八話 ENEMY
暑い……。
くっそうるせぇセミが鳴き続け、拷問に近い気温の元で俺は突っ立っていた。
「南雲の野郎ぉ」
殺意にも似た声が口から漏れた。
六限すっぽかして雨乃に睨まれつつLHRを終わらせた直後の俺に南雲からのLINEが届いた。
『特別校舎棟裏で待て』と。
「あの野郎ぉ、絶対許さねぇ。くっそ暑い中に放置しやがって」
残り僅か、ペットボトルに入ったヨーグルト風味の水を喉に全部流し込んだその時、俺を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
「おっせぇぇぇぇぇぇ!」
こちらに走ってきた南雲に大きめの石を野球部顔負けの剛速球で放つと、南雲はそれを難なく交わす。
「いやぁ、悪い悪い! 遅れちまった」
「テメぇ……熱中症でくたばったらどうしてくれる」
「ほら、冷たいコーラ買ってきてやったから飲め。勿論俺の奢りだ」
な、何だこいつ。
優しいぞ……なんか裏があるんじゃねぇのか?
そう思いつつも、俺自身が内側から燃えている錯覚に陥るほど熱いので、南雲の手に握られた冷えた缶コーラをひったくり一息に飲み干した。
くぅぅぅぅ、美味ぇ! キンキンに冷えてやがるッッ!
「そんで、要件は? こんな所に呼び出してんだから、それ相応の事なんだろ?」
特別校舎棟裏とは喧嘩や告白のスポットとして、俺達の高校に根付いている場所だ。ちなみに、入学して初めて南雲と喧嘩した時も、ここでやった。
「いやね? あのさ、症状持ちのことなんだけどぉ」
「なんだお前、妙に歯切れが悪いな」
「見つかった」
「マジで!?」
おいおいマジか、結構症状持ちって存在してんのかね?
「んで、そいつはココの学校の生徒で尚且つ俺のグループの新入りでもあるんだけど……」
「へぇ、そんなら直ぐにでも月夜先輩の所に連れていけよ」
「いや、あのな? 私服先輩の所に連れていくのも、症状について説明するのもOKしてくれたんだ」
オールオッケイじゃねぇか、俺がこんな炎天下の中呼ばれる理由が検討つかない。
「だけど、そいつが出した条件が」
その時だった、俺の背中にズドンッと思い衝撃が走り視界が揺らいだ。
「ぐぇっ!」
カエルを潰したような声が自分の口から漏れる、目を開ければ真上には照りつける太陽。
「ばっか、お前! 今説明してんだろうが!」
「南雲さんはまどろっこしいんですよ……」
蹴られた。
咄嗟にそう感じて、イラつき混じりで立ち上がる。
「こいつを潰したら、認めてくれるんですよね? 俺の事」
藍色の髪をした、目付きの悪いチビが南雲の隣に立っていた。
「……」
「あぁ、こいつが症状持ちの相坂 空。そして、こいつが出した条件が」
南雲はバツが悪そうに頬をポリポリかきながら、唸り声に近い声を出した。
「お前と喧嘩したいって……」
ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
叫びが口から溢れ出た。
「おいこら南雲ぉ! お前どういうつもりだ!? こんな所に呼び出して、またせた挙句ドロップキックかまされて「こいつと喧嘩しろ」だぁ? お前、喧嘩してることがバレたら雨乃にドヤされんだぞ俺は! タダでさえ機嫌が悪い雨乃にだぞ!」
「分かった、分かってる! 星川は私服先輩達が何とかしてくれる!」
南雲の胸ぐらを掴んで揺らしながらまくし立てる。
「月夜先輩もグルか!?」
「い、いえす」
「くたばれクソやろぉぉぉぉぉ!」
あのカーディガン野郎許さねぇ! ビリビリにカーディガン引き裂いてやる。
「いいからとっととやろうぜ、先輩さん」
炎天下の中で溜まったイライラと雨乃の周りを飛び回る害虫共に対するイライラが合わせて弾けた。
挑発を含んだ声音を出す相坂を睨む。
「なんで俺とお前が喧嘩しなくちゃなんねぇんだよ」
「はぁ? 失望したからっすよ」
「失望?」
こいつとの接点なんて皆無だぞ俺は。
「南雲さんが前々から「夕陽って奴は凄い」って話してて、そんだけ南雲さんが褒めるんだから相当かっけぇ奴だろうと思ってたら」
鼻で笑いながら相坂は続ける。
「あんな雑魚共に囲まれて殴られっぱなしのやられっぱなしで反撃もしねぇ腰抜けチキンだとは」
その時、タダでさえ切れている俺の堪忍袋の緒がズタズタに引き裂かれた。
「ははっ、クソ野郎。お前さては馬鹿だろ?」
「あん?」
「馬鹿かお前は! 後ろの3人庇いながら数十人と喧嘩しろと? 無理に決まってんだろうがバゥァァァカッッ! こちとらチート持ちでも異世界転生でも強くてニューゲームでもねぇんだよ!」
溢れ出る溢れ出る。
日頃の不満が、いらいらが、堰を切ったように溢れ出す。
「お前らみたいな不良共の価値観と一緒にすんじゃねぇぇぇ! 勝てるわけねぇだろうが! あの人数に勝てるのはゴリラとか紅音さんとかしか居ねぇよ!? 紅音さんもゴリラだから実質ゴリラしか勝てねぇよ!?」
「おいバカ、分かったから落ち着け夕陽」
「南雲ぉ、こいつ片付けたらお前だからなぁ。結局、お前の過大評価が招いた結果だろうが!」
「いや、それはごめん。今度なんか奢るから」
「あぁ、くっそ! イライラするぅぅぅ」
座っていた体制から体を起こして、相坂を睨む。
「いいぜ、やってやるよ。日頃の俺の不満を全てぶつけてやんよ」
真夏の熱気が俺を狂わせるのか? そもそも狂っているのだろうか? よく分からんが、とりあえずはコイツを倒せばいいんだな。
「こいよ、夕陽先輩ぃ」
挑発気味に笑う相坂の顔面に、立ち上がる時に掴んでいた砂を容赦なく投げつける。
「んな! 口に入った、ペッ! ペッ! アンタ汚……」
言いかけていた相坂の水月という急所を抉るように蹴りあげる。
「ッッ!」
ノーガードの腹にモロに決まった蹴りで、相坂はよろめくものの、どうやら少しずれたらしく致命打にはなっていない。
なので、間髪入れずに顎の部分を狙ったパンチを繰り出した。
「以外に重いの打ってくんなぁ、先輩!」
俺の素人パンチを易易と受け止めた相坂は、取った腕を自分の方に引っ張って俺の体制を崩しながら、頭突きをかました。
「ははっ!」
ついつい口から笑が漏れる。
「何笑ってんだ先輩。アンタ……ドMか?」
「違ぇよバカ! 効かねぇって言ってんだよ!」
少し下を向いている相坂の頭をつかみ顔面に膝蹴りを喰らわせるべく蹴りを繰り出すも、どうやらYouTubeで齧った程度の知識では、実践経験豊富な不良君にはお見通しらしい。
どうやったのか、グラりと俺の軸がブラされて尻餅をつく。
「甘いぜ、先輩!」
満面の笑みで笑いながら、俺の顔めがけて蹴りを放ってくる。
速い、対応がまじ速い!
飛んできた蹴りを片手で上手くいなして、無防備なもう片方の足に飛びついて地面に転がす。
「にゃろ! 小賢しい!」
「こちとら南雲に1回勝ってんだよ、バカ!」
素早く立ち上がって、起き上がりつつあった相坂の腹に回し蹴りを食らわせる。今度はモロに入ったらしく、相坂は嗚咽を漏らした。
「舐めんなっっ!」
流石は喧嘩慣れ、痛み慣れしている不良だ。
相坂は直ぐに体制を立て直して、俺に蹴りを繰り出そうと足を動かした。
狙うなら、ココッ!
「オラァッッ!」
蹴りを繰り出そうと動き出した相坂の足に狙いを定め、ちょうど太ももの部分に足の裏で押し出す感じの蹴りを放つ。決して威力は高くない、だが効果は絶大。
兄貴直伝、キックガード。
「マジか……!」
蹴り出そうとした相手の太もも部分を自分の足で抑えることで相手の蹴りを事前に止め、軸足のバランスを崩すことが出来る。
この技は、南雲にも使った。
後ろでは南雲が「うわぁー、俺もやられたなアレー」と呑気な声を零していた。
「くたばれ!」
バランスの崩れた相坂の腹部は必然的にノーガード状態、打ち込んでくれと言わんばかりに開いていた。
拳を握り締めながら腰を捻るようにして体重をかけた一撃を相坂の鳩尾部分に打ち込んだ。
「えぇい! 舐めんな、バカが!」
頭から流れる血を片手で拭いながら、吐き捨てるように呟いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
あれから、何十分経っただろうか?
調子乗って捨て台詞を吐いた直後、起き上がった相坂に思いグーを思いっきり喰らい。そこからは泥仕合だった。
炎天下の中で殴り合い続ける。
「効かねぇって言ってんだろ!」
何度目かのセリフが相坂の口から放たれるのと同時に、俺の腹部に綺麗な足刀蹴が決まる。
だが、痛みはない。
「そりゃこっちのセリフだって言ってんだろうが!」
腹部に刺さった足を掴んで投げる。
「ゾンビかアンタ」
「いや、ただの馬鹿だ」
「黙ってろ南雲ッ!」
元はお前のせいだろうが!
イラつき混じりに、鉄の味が色濃く残る唾を吐き出した。
「いや、やっぱり強いな夕陽先輩」
「うるせぇ! 今の俺はお前を地面にぶっ倒さねぇと気がすまん!」
駆け出そうとした瞬間、俺の両肩を誰かが掴んだ。
「おいこら離せ南雲! 勝たねぇと気がすまん!」
「……何でそんなにイラついてるの?」
「決まってんだろうが! 炎天下の中で放置された事と背後からドロップキックかまされたことと!」
「……他には?」
やけに高い南雲の声に少し疑問感を憶えたが、耳か頭かどっちかがやられてるのだろうと勝手に納得してイライラの原因をぶちまける。
「後はあれだ! 雨乃のせいだ! あのバカ、人の夕飯にブロッコリー責めだとか意地の悪い真似しやがる! あと当たりがキツい! 貧乳だからってツンデレキャラになる必要は……」
肩にかかった南雲の手を振り払おうと、奴の手を握った瞬間に冷や汗が流れる。
あ……れ? 南雲ってばこんなにスベスベして柔らかい手をしていただろうか? 否だ、やつの手はゴツい。
じゃあ、俺の肩に手を置いているのは……?
「へぇ……貧乳ツンデレ……意地の悪い女」
耳元で背筋の凍るような声が聞こえた。
カチカチと歯が鳴る、膝がガクガクと震える。
ははっ、終わった。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ブベッッ!?」
怒号と共に綺麗な背負投げが決まる。
俺の口からは変な声が漏れる、見上げれば雨乃。
あ、パンツ見えそう。
「死ねッッ!」
「あっぶねぇぇぇ!」
この女、容赦なく人の顔面を踏み潰そうとしてきやがった!
「何してんの!? ねぇ、アンタ本当に何してんの!?」
「い、いや、違うんですってば! 別に貧乳をバカにしてるわけじゃなくてですね!? 雨乃も雨乃で頑張ってるとは思うんですよ? この前のゴミの日に又バストアップ下着が……」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ! バカぁぁぁ!」
「おま! ちょ、マジで!? 寝転がってる俺にそんなことする!?」
「死ね! 本当に死ね! 永遠に死ね! 死ななきゃ殺す!」
「何回死ねばいいんだ俺は!? ちょっと待ってプリーズ! お願い待ってくれプリーズ!」
「馬鹿じゃないの!? アンタほんとバカじゃないの!? 喧嘩するし、怪我しまくってるし! 人のゴミ箱漁ってるし! 貧乳じゃないしぃぃ!」
「おい待て! ゴミ箱は漁ってないし、貧乳は紛れもない事実だし!?」
「死ねぇぇぇぇ!」
雨乃の怒号と俺の悲鳴、呆れた顔の相坂と南雲。
もうすぐ終業式の七月中旬に、一体俺は何をやっているのだろう? そう思いながら、南雲達が止めるまで雨乃にしばかれていた。




