四十二話 rain
「んで、どこで食べますー?」
ぽけーっと可愛いさとアホさが両立したような顔を浮かべながら、冬華が先行しながら言う。
昼飯…昼飯かぁ。女子と外で食う経験はほぼ幼馴染連中やら雨乃で構築されてるからな、当てにならん。
雨乃さんとか平気でラーメン屋やら餃子やらを食べ行こうとか言う、一部から見たら女子力()皆無の方だからなぁ、こんな女子力の塊みたいな冬華に何を提案するか。
「先輩?」
あれでしょ? ここで下手なこと言おうものなら俺は黒服のエージェントに抹殺されるのでしょう? 俺は詳しいから知ってるんだ! などと馬鹿なことを考えつつも、頭の片隅でこのショッピングモールの食事できる場所を探す。
「なぁ、冬華」
答えは出た、ならば問わねばなるまいよ。
首をかしげる冬華に俺は三つの選択肢を提示した。
「パスタかパンケーキかアボカドどれがいい」
「アボカドってなんですか? 食料品売り場で買って食べるんですか?」
この子って基本属性がドSだよなぁ、小馬鹿にしたような顔を浮かべながら冬華が鼻で笑う。
「あんまり気にしなくていいですよ? パンケーキとか食べたくないでしょ?」
「まぁ、ぶっちゃけ」
やだ、この子優しい! そして黒服のエージェントもでてこなかった! まだ死なずにすむぜ!
「まーた馬鹿なこと考えてるでしょ? 先輩」
「基本的に馬鹿なんだよ俺は」
冬華も大分俺の事が分かってきたな、夕陽検定三級ぐらいならとれるぞ! ちなみに雨乃さんは一級です、俺より俺の事を理解してるまである。
「そうですね、馬鹿ですね。見ず知らずの後輩庇うために殴られ続けるぐらいには馬鹿です」
「……あ? あんなヘナチョコパンチ効かんわ、微塵も痛くなかったね」
痛くなかったね! 保健室で悶えるぐらいしか痛くなかった!
「はぁ、あんまり無茶しないでくださいよ先輩?」
「雨乃かお前は」
「先輩が傷ついちゃうと、それで心を痛める人がいるんですよ。雨乃先輩と私とか」
「それは世話かけるなぁ」
「絶対反省してないよこの人」
呆れ気味+ジト目でこちらを見る冬華を片手であしらいながら、視界の隅に収まる店の並びを確認して行く。
さーて、気を遣わなくてもいいと言われたが、曲がりなりにもデートなのでそこそこオシャンティーなお店に入らなければならない。
気も遣う、飯も選ぶ、どちらもやらなきゃならないのが俺の辛いところだ。覚悟はいいか? 俺はできてる。
「あそこでいいか?」
指を指して選んだのは、なんか女子ウケが良さそうなカフェ的なお店。あそこならパンケーキとかもあるだろ?
「はーい!」
決まるや否やクイッと俺の袖を引っ張って店に向かっていく。どうでもいいですけど君ってオイラの袖掴む回数多いですね。なんだこの可愛い生物は。
店に入り、席に案内される。
案内されたのは窓際の席で、そこから土砂降りの外の景色が見えた。苛烈に振り続ける雨粒と雨音は不思議と心地よい。
「ふーんふふーん」
鼻歌交じりに冬華がメニュー表を広げる、なんかカロリーがメニューの下についてる当たり女子力高いメニュー表である。なんだよ、女子力高いメニュー表って、ついに無機物にまで女子力が付与される時代なのか?
「あ、これ美味しそう……って、カロリー高いし値段も」
ボソボソと冬華が顎に手を当ててメニュー表と睨めっこしている、女子ってカロリーと戦ってんのか? って思うぐらい気にするよね、親でも殺されたのか?
「冬華さんや」
「なんですかー?」
「値段は気にしなくても良いぞよ、奢っちゃる」
「へ? いやいや、そんなに奢ってもらうのはダメですって!」
おぉ、この子ほんと偉いなぁ。
瑛叶の三人目の元カノなんか男が奢るのが当たり前みたいな発言をTwitterの裏垢でしてたなぁ。陸奥が見つけてきて気まずそうに瑛叶に見せたのを覚えてる。
それにしても奴は女運が無さすぎる、もう二次元に逃げればいいのに。
「いいから奢られとけってば、店決めたの俺なんだし。てか、基本的に家大好きっ子だから、それなりに貯金あんだよ」
長期休みはちょいちょい瑛叶のパン屋も手伝ってバイト代貰ってるしなぁ。口座だけでいえば、それなりにリッチである。
「うぅ、なんか申し訳ないです」
下を向いて唸る冬華に苦笑を浮かべつつ、俺もメニュー表を開いた。へぇ、デートスポットになることも視野に入れてカップルメニューやら男が食べるようのガッツリメニューまであるのか。
「ほんとにいいんですか?」
「そう言ってんでろ? 遠慮せず、好きなもん頼めよ? 折角食うんだから」
俺がそう言うと冬華は頭を下げてありがとうございますと言ってメニュー表と再び格闘を始めた。
些細な態度や会話の節々から彼女の人間性が伺える、本当にいい子なんだろうなぁ。
「私決まりました、先輩は?」
「ん、決まった」
俺がそう言うと冬華が「すみませーん」と近くの店員さんに声をかける。
「えっと、私はこの、季節の野菜サラダとパスタスープセットで……先輩は?」
「あ、俺は……この、カツサンドとミニパスタのセットを」
店員さんは俺達の注文を繰り返し、頭を下げて店の奥に引っ込んでいった。その後ろ姿を見送りながら、お冷を口に流し込む。
「先輩ってあざといですね」
「男のあざとさなんて需要なくない? 男のツンデレと同じくらい需要ないと思うよ?」
男のツンデレとか残飯よりも価値が低いと思います。誰得だよマジで、ツンデレってのは黒髪で貧にゅ……雨乃さんだこれ。
あいつはツンデレってよりはクーデレの方が近い気がするなぁ、あんまりツンってしないし、見方によってはデレデレの可能性も高い。
「せんぱーい、聞いてますー?」
「すまん、ボーッとしてた」
「まだあの映画のホラー引きずってんですか?」
「おいバカやめろ、思い出させるんじゃねぇ」
てかね、ホラー映画見てるのに観客が俺達だけってのが、また怖さを引き立ててた。お陰で気にせず叫べたが。
「先輩ヤバイぐらい可愛かったですね」
「お前絶対この話他所でするなよ? 特に月夜先輩と紅音さんの前ではするな!」
あの二人のことだ、強制的にホラー映画鑑賞会とかし始めてもおかしくない。
「はい、先輩と私だけの秘密です」
綺麗にウィンクを決めてあざとく冬華が微笑む。あざといってそう言うことを言うんだよ冬華ちゃん。今のは需要ある。
「なぁ、冬華」
「どしました?」
「足大丈夫か?」
昨日の大健闘の末の怪我を思い出して声をかけた、痛むのならば再び……。
「あぁ、大丈夫ですよ? なんか自分でもビビるくらいに治りが早くて早くて!」
「なら良かった」
「へ?」
取り留めない会話を楽しみながら窓の外に視線をやると雨は一層激しさを増す。ポケットに入っていたスマホを開くとここら一体に大雨注意報まで出ていた。
「雨……随分ヤバイみたいだな」
「そうですね。人が少ないのも納得です」
まぁ、ここまで雨が酷いと外に出るのも億劫だよなぁ。
などと思っていると店員さんが視界の隅に映った、どうやら俺達の昼飯が来たらしい。
「んじゃ、食うか?」
「そうですね」
「「いただきます」」
手を合わせて少し遅めの昼食を開始した。
・・・・・・・・・・・・・・
「ふぅ、美味かったな」
「はい、大満足です。先輩、ご馳走になります」
「おう、なっとけ」
言いながら、メニュー表を再び広げる。先ほど見た時にチラッと紅茶やらデザートやらのページがあったはずだ。
「デザート食べるけどなんか食うか?」
「あ、お腹いっぱいなんでミニジェラートにします」
「俺もそれで。俺は紅茶も頼むけどなんか頼む?」
「ええっとそれじゃ私も紅茶で」
再び店員さんを呼んで注文を伝える。
「ありがとうございます、デザートまで」
「気にすんなって、奢りたいから奢ってるだけだ」
冬華だからこそ奢ったと言うべきかもなぁ、奢ってもらうのが当たり前のような奴には絶対奢らん。
「先輩ってほんっっっとに優しいですね」
言葉とは裏腹に何故か嫌そうに呟いた、なんだ俺が悪いのか?
「あーあ、もうちょっと嫌な人だったら良かったのに。先輩も雨乃先輩も」
「なんだよそれ」
分かっているのに、知っているのに、気づいているのに、ワザとらしくそう返す。今はその時じゃないと自分に言い聞かせるように。
「お待たせしました」
冬華の発言から生まれた奇妙な沈黙は店長的な人が運んできたデザートと共に打ち消された。ナイスだイケメン。
「んん! 美味いなコレ」
葡萄のジェラートはスッと喉の奥を抜けるような清涼感を覚える、それでいて味もしっかりしていた。
「先輩、先輩」
「どした……ッッ!?」
顔を上げた瞬間口の中に暴力的なまでに冷たくて甘い棒が突っ込まれた、口の中には葡萄ではなくオレンジの柑橘系の甘さが広がってくる。
「どうです?」
いたずらっ子のように笑う冬華に苦笑を浮かべつつ、ジェラートを飲み込んだ。
「オレンジも美味いな、そして甘い」
くっそ、味わかんねぇ。
「先輩のも一口ください」
可愛く口を開けてねだる冬華の口の中に葡萄のジェラートを掬って入れてやると、餌に食いつた魚のようにバクりと食いついて離さない。
「あのなぁ、冬華」
それ俺のスプーンなんだけどなぁ。
「葡萄も美味しいですね……凄く甘いです」
「……あぁ、本当に甘いな」
ジェラートの冷たさが、嫌に上がった体温を抑えるようだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
カフェ的なお店を後にした俺達の行動は、一貫して遊びだった。
ゲーセンでぬいぐるみと格闘して結果取れなかったり、カーレースゲームで大人気なく冬華をボコボコにしたりした。
「ふふふーん」
鼻歌交じり冬華がニコッと俺にスマホの画面を見せる。
そこに写っていたのはグイッと胸元を引っ張られて冬華の方にくっつきそうな程密着する俺と冬華のプリクラ。最近のプリクラはスマホに画像が落とせるらしい。
てか、不意打ちはやめていただきたい! 顔が紅くなってないのが唯一の救いだコノヤロウ! この後輩は犬っぽかったり小悪魔っぽかったりと掴みどころが微妙だ。まぁ、可愛いんだが。
「服も買ったし」
「本も買ったし」
お互い大満足だ。
気をあまり遣わなくてもいい関係と言うのは、心地いいものだ。
「外出ましょうか?」
「ん? 何しに行くんだ?」
突然振り向いた冬華は俺の唇に手を当てて、小悪魔めいた笑顔を浮かべる。
「ここじゃ、できない話です」
「まぁ、良いけど。たしか、天井のある庭みたいな所があったろ?」
冬華は本当に本当に楽しそうに俺の袖を掴んで再び歩き出す。
だが、俺には少し感じ取れる事があった。彼女の楽しげな瞳の裏側に確かに存在する強固な意思のようなものを。
その瞳を俺は知っている。
俺を止める時の雨乃も、病院の近くで殴りあった時の南雲も、閉じられた教室で笑っていた月夜先輩も……皆一様にこんな瞳をしていた。
そして、冬華と夏華を庇おうとしていた俺もこんな瞳をしていたに違いない。
少しばかり肌寒さを感じる開けたスペースには、ありがたい事に人は居なかった。聞こえるのは先程から少し弱まった静かな雨音だけがエンドレスリピートで聞こえるだけだ。
「ねぇ、先輩」
俺の袖からパッと手を離し、悲しさと優しさが混ざったような複雑な表情で冬華が俺から距離をとった。
雨を防ぐ天井ギリギリの所で立ち止まって、冬華は俺にクルリと向き直る。
「先輩、聞いてくれますか?」
詰まるような言葉と、潤んだ瞳に引き寄せられる。
「あの日、出来なかった話の続きを。あの日、伝えられなかった気持ちの続きを」
「言ったろ? 可愛い後輩のためなら、いくらでも時間をつくってやるって」
以外にも早く、その時が来た。
向き合わねばなるまい、想いに答えてやることは出来ずとも気持ちに答えを出してやることはできる。
停滞を切りやめて、次に進む時が来た。
「先輩、私は先輩が──」
雨粒よりも透き通った静かな声で、彼女が言の葉を紡いだ。
答えはもう、決まっている。




