四話 Daily Life-1
思わぬ収穫と共に、スキップ混じりに教室に戻る。
残り二十五分程で朝のHRが始まる。二年のフロアに降り立つと、部活終わりの友人連中と会い、軽い会話を交わして、教室のドアに手をかけた。
「おぉ、夕陽おはよー」
目の前には部活の朝練終わりで汗をかいている、暑苦しいゴキブリが居た。
「朝からむさくるしいなぁ、お前」
「朝から顔面腐ってんのな」
次の瞬間には拳が出ていた。
力など少ししか込めていなかった為に拳を難なく交わされて、逆に手加減された拳が頭にあたる。
「ふふ、雑魚め!」
「お前、調子乗ってっとガゼルパンチかますぞ?」
「デンプシーロールで応戦するから安心してくれ」
「まぁいいや、おはよう瑛叶」
アホな応戦を一時中断し、目の前の佐倉 瑛叶に遅い挨拶をする。
「やだ、お前コーヒー臭い」
「ぶち殺すぞ」
いつものように軽口を叩きあいながら自分の席に腰掛ける、隣には俺のカバンから取ったであろう音楽プレイヤーとイヤホンで片耳に音楽を流して読書にふける雨乃。
「遅かったわね」
こちらに顔を向けず、ポツリと漏らす。
どうやら、微妙に不機嫌らしい。
「あーりゃ、雨乃ちゃんご機嫌斜め? なに、そんなに俺が居ないのが寂しかったー?」
「チッ……アンタの夜ご飯、ドッグフードね」
「勘弁してください」
すぐさま謝罪の体制にはいる、人間引き際が大事だ。
ドックフードとか、本当に出しかねん。
「朝からいちゃついてんなカップルさん」
「そう見えるのはお前の心がピュアだからだよ。これが恋人関係に見える? 立派な主従関係でしょ」
「そうよ、コレは私の」
イヤホンを外して本から目線をこちらに向ける。
瑛叶は苦笑しつつ、カバンの中からビニール袋を取り出す。
「ほれ、パン」
いつものようにビニール袋から取り出されたパンを投げつけられ、それを受け取る。
瑛叶の家はパン屋なので余ったパンを学校に持ってきては齧っている、運動部はよく食うなぁと感心しつつも、俺もその恩恵を受けているので文句は言えない。
「ねぇ、夕陽。ガッツリ朝ご飯食べたよね?」
貰ったパンを食していると、雨乃が心底不思議そうな顔をしてそう言った。
「育ち盛りだから食べるんだよ。なに瑛叶、これなにパン?」
「塩パン。雨乃も食べる? 甘いヤツあるけど」
見るからに甘ったるそうなパンの包を雨乃に差し出しながらそう言うと、雨乃は苦々しげにそれを断る。
「……カロリーが」
「女子は大変だな。俺は愛しの彼女にパンを献上してくる」
「おう、そのままその甘ったるそうなパンで彼女をぶくぶく太らせてこい。リア充滅ぶべし、慈悲はない!」
「お前が滅べ。じゃあまた後で」
英国紳士のような身振り手振りを交えた挨拶をしながら隣のクラスにいるという、最近出来た彼女の元に足を伸ばす瑛叶を忌々しげに見送る。
まぁ、どうせいつものようにすぐ別れる。
「瑛叶って人が出来てるわよね、なんで夕陽みたいなのと仲がいいのかしら」
「まて、その言い方じゃまるで俺が人としておかしいみたいじゃないか」
「おかしくないと思ってたの?」
「やだ、普通に酷い。 まぁ、なんやかんや言いつつ小学生時代からの親友ですしね」
「そんなこと言ってるとアレが来るわよ」
雨乃がうげぇっという表情で後ろを指しながら言うと、背後に気配を感じて振り返る。立っていたのは
「おはっよう! 相も変わらず景気の悪い顔してるなぁ、ゆっひー!」
「でたよ、でたよ人型のゴキブリが。雨乃、ゴキジェットプリーズ」
「持ち合わせてないわ。ソレなら頭部を鈍器で二・三発ぶん殴ったら死ぬわよ。多分」
「あーちゃんとゆっひー酷い!」
「あーちゃんて呼ばないで」
「ゆっひーって呼ぶな」
ほぼ同時に何処ぞのゆるキャラのような渾名を否定する。
なんだゆっひーって、語呂悪すぎだろ。
「なになにー? 今日はそうやってウチの事虐める日なの!?」
「黙ってろ。朝から煩い、ちょっと本格的にマジうるさい。それにお前を虐げてるのは今日だけじゃねぇよ、オールウェイズお断りだ」
塩パンを齧りながら寄りかかってくるアホ女を払う。てゆうか離れてもらってよろしいですかね? 色々な所が当たってます。
その時、殺気のようなものをヒシヒシと感じ、雨乃を見るとコチラを睨みつけていた。
「……」
無言で睨まないでください、まじ怖いです。その一人二人殺してそうな目を向けないで。
「ゆっひー、あーちゃんが超怖い」
「その恐怖の原因はお前にある。いいから離れろ化け猫女」
「ぶーぶー! 横暴だ!」
「はいはい、分かったから。お前の愛しの雨乃の元に行ってこい」
「ちょっと! こっちに押し付けないでよ夕陽!」
珍しく声を荒らげながら、拒絶する。
でもね、なんやかんや言いつつ君、顔に出てるよ?
「あーちゃんッッ!」
ガバッと勢いよく化け猫女こと倉花 陸奥 が雨乃に抱きつく。
「んじゃ、俺ブラブラしてくるから」
言い残し、こちらに被害が来る前に教室から戦略的撤退を果たす。
後ろで雨乃の呪詛が聞こえた気がしたが、気にすると怖いので無視しようと思う。
「屋上行くか」
屋上を目指して廊下をふらふらと歩き目的地の特別棟の最上階まで辿り着いた。
我が校の……というか、どこの高校の基本的には立ち入り禁止だ。だが何にせよ抜け穴やら裏道はあるものだ。慣れた手つきで封鎖されてる屋上のドアを開けると先客がいた。
「おっす」
「ん? おぉ、夕陽か」
屋上の雨が当たらないギリギリの所に座りタバコの煙を燻らす友人、南雲 龍太の隣に腰掛ける。
「なに? お前、やめたんじゃなかったの?」
煙草を指しながらそう言うと、ニヤリと笑う。
「やめることをやめた」
「ダメだな、お前」
ケラケラと笑いながら俺が来たからか、吸いかけの煙草を消してポケットから出した簡易灰皿に捨てた。
「お前、不良の癖してポイ捨てとかしないよなぁ」
「不良じゃないってーの。ただ単に馴染めないだけ」
「授業は出てるのになぁ」
「まぁ、一応通ってるし。てか、男子で俺に話しかける奴なんて、お前と瑛叶と私服先輩ぐらいだぞ」
「おまえ、月夜先輩のこと私服先輩って呼んでんの?」
「あの人毎回私服じゃん、学校をなんだと思ってんのかね」
「それ多分、お前にだけは言われたくないと思うぞ」
「うるせー」
「ばーか。で? どうだった」
「あー、別段収穫は無かったなぁ。聞いてはみてるけど」
俺は南雲に頼んでいることがある。
南雲は学校内にこそ友達は少ないものの、学校外には友達が多い。そして行動範囲が広い、そんなヤンキー南雲に頼んでいるのは『病気持ち』を見つけてもらうことだ。
一人でも多く病気持ちが見つかれば、雨乃の病気を治す手掛かりに繋がる。
「引き続き頼んでいいか?」
「もっちもっち、お前の頼みだからな」
「助かる。んじゃ、そろそろ行くわ」
「あ、最近隣街の連中が調子乗ってるから行く時は絡まれねぇように気をつけろよ。近々潰す予定だが」
「おう、行かねぇけど気をつけるわ」
南雲に別れを告げ屋上を後にした。腕時計を見ると残り一分で鐘が鳴る。
まずい、遅れる。
「はぁ、めんどくさい。走るか」
だるい身体にスイッチを入れて、走り出す。
下に誰もいないのを確認して階段を上から下まで飛び降りるとダンっと重い衝撃が全身に走る。だが気にする程じゃないのでそのまま教室まで走ることにした。
「あっぶねぇ!」
残り十数秒って所でギリギリ教室に滑り込むことに成功する。
「遅いわよ」
睨みながらそう言う雨乃を適当にあしらいつつ、深い溜息を一つ。
「間に合ったからいいじゃねぇか」
机に座り、そのままHRをこなす。
授業が始まっても全身を襲う疲労感と虚脱感、ビリビリと未だに痺れ続けている両足。
気づけば二限目、微睡みと共に授業を受け続ける。
うとうとしながらも授業を受け続け気づけば既に四限が終わろうとしている時刻だ。
そして、チャイムと共に万を辞して午前の授業を終えた。授業が終わると眠気が吹き飛ぶのは何故だろう?
「終わったぁー」
全身をグーッと伸ばしながら眠たい思考を吹き飛ばす、さて昼飯だ。腹減った。瑛叶が彼女と飯を食う日は大体暇になるので雨乃と飯を食っている。
「飯食おうぜ雨乃」
「うん」
椅子を雨乃の机の方に移動させる。
「夕陽、今日の授業上の空だったわね」
「ん? ノートは取ってたぞ」
「ノートは……ねぇ。理解してるの?」
「微妙じゃね?」
「テスト近くなったら勉強教えるの私なんだけど」
弁当を広げながら、勉強に関する頭の痛い会話が始まる。テスト近くなると雨乃に勉強を見てもらうのはいつもの事だ、ついでを言えば瑛叶に陸奥に夢唯という幼なじみ5人組でも。
「まったく」
「とか言いつつ、教えてくれる雨乃さんマジ天使」
適当ほざきつつ、五限目の授業が何だったか思い出す。そうだ、五限目サボろう。
「俺五限目サボるから」
「……」
「その顔やめて、怖いからやめて」
「……私としてはあんまりサボるのは容認できないんだけど」
「夢唯のところ行ってくる」
「はぁ」
弁当をつつきながら雨乃の小言をスルーする。雨乃はなんやかんや言いつつ陸奥か俺か紅音先輩としか飯を食べない。いや……食べる相手がいない。
「……失礼なこと言わないで」
「事実でしょー?」
「別に私は……」
「はいはい。あっ、お前! ピーマン入れやがって!」
「子供みたいなこと言わないの」
俺の弁当箱の中にはピーマンが入っている。最悪だ……最悪すぎる。ピーマンは無理です、胃が受け付けません。あと、ブロッコリーも。
そんな事を言いつつ、作ってくれた雨乃に申し訳ないので嫌々ながらもピーマンを口に運んだ。弁当箱の中身はもう食べ終わり、食後のコーヒーでも飲みたい気分だ。
買いに……いや、タダで飲めるところに行くか。
「んじゃ、コーヒー飲んでくる」
「夕陽って月夜先輩の部屋のことドリンクバー扱いしてる気がしてる」
「化学準備室と書いてコーヒーサーバーと読むんだよ。じゃあ、六限目には帰ってくるよ」
弁当箱をカバンに直し、雨乃にそう告げて俺は教室を後にした。
向かうは化学準備室。
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