三十六話 全力疾走
「ふむふむ、話は分かったよ弟よ」
そっと夕架が俺の頭を撫でる。
「よく相談してくれたね、お姉ちゃん嬉しい」
分かった、分かったから─
「この縄解きやがれぇぇぇぇぇ!」
ここ1週間で何度目かの高校生男子の絶叫が響いた。近隣住民の方ごめんなさい、家の壁は薄くないと思いますが聞こえてたらごめんなさい。
「いやー」
俺を縄で縛ってその上に座る夕架、その近くでカレーパンと一心不乱に格闘する夕璃。現在地は俺の自室である。
「うま、うま」
「おいクソ姉貴共! カレーパン食べたいって言ったから回り道して買ってきてやった弟に対してこの仕打ちはなんだ!?」
「クソ言うな」
「ぐふっ」
俺の上に座る夕架が俺の頭を遠慮容赦なく踏んずける。
「てかさ、食べたいとは言ったけどシンプルにパシられたね夕陽」
「分かった、クソって言ったことは謝るから足どけて! 地面とキスしちゃってるから!」
「あ、なんかゾクゾクしてきたかも。夕璃もやる?」
「んー? やるー」
「やめろッッッ!」
ほぼ無意識に姉達の欲望の的であるカレーパンを回り道して買ってきて献上した心優しい弟に姉達がした行為とは、カレーパンと俺と雨乃を何度も見返して、双子で顔を合わせ頷いた瞬間、何処から取り出したのか分からない縄で両手足と胴体を縛って俺の自室に連れ込んだ。
「「さぁ、尋問を始めましょうか」」
その合図と共に今日の俺の甘酸っぱい青春の一ページはあれよあれよという間に強制的に喋らされる運びとなった。
そして、今に至る。
「そんでさ、どうする訳よ主人公くん」
「主人公なら難聴とか鈍感みたいな付与スキルが欲しかったですお姉様」
「……やっぱ、お姉たまで」
「おいコラ、百歩譲ってお姉様呼びしてんだから、それ以上の無茶振りすんなよ」
「まぁ、無理な話よね。母親は輝夜姫、父親はド変態のド変人」
親に対して何たる暴言だ! まぁ、あってるから突っ込まないけど。
「そんな二人の遺伝子が合わさって生まれた子供が鈍感やら難聴やら搭載できる訳が無いのよ。駆逐艦に41cm連装砲積めないのと一緒」
その喩えは些か通じる人を選ぶネタだぞ?
「夕陽の初期搭載装備は勘違い・空回り・真っ直ぐ・敏感なの。無い物ねだりも大概にしなさい、この愚弟」
「なんで弟に対して常識から逸脱した行為をしてる姉に常識的な説教されてんだ俺は」
まぁ、でも言ってることはあってる気がする。
「どう思うかね、夕璃」
夕架が夕璃に話を振ると、自分の手についたカレーを艶かしい手つきで舐め取っていた夕璃が口を開いた。
「ゆーひの好きなようにすりゃあいいんじゃないのー? ゆーひは何だかんだでシッカリしてるからお姉ちゃん達が口出さなくても分かってると思うなー。ねー、ゆーひ?」
「夕璃ねぇ!」
思わぬ発言に少しだけ見直してしまった。
「あー、昔の呼び方に戻ったー」
「……間違えただけだ」
普通に昔の呼び方で呼んでしまった、少し恥ずかしい。
「そうね、夕璃の言うことも一理あるわ。だから、一つだけヒントをあげる」
「ヒント……?」
「想いに応えることは出来なくとも、気持ちに答えを出してやることは出来るのよ、夕陽?」
「……」
「さ、常識的タイムは終わり。あー、蕁麻疹でそう」
「お前は正しいことをすると体が拒否反応でも起こすのかよ」
「そうよ」
「平然と嘘ついてんじゃねぇよ。ったく」
まぁ、でも頭は少しだけ落ち着いた気がする。
人に……というより異性に好意を寄せられるのは何気に初めてなので少しばかり浮ついた気持ちもある。まぁ、俺の勘違いじゃなければの話だが。
紆余曲折はあったものの、相談に乗ってくれた二人には礼を言うのが筋だろう。
「ありがとな夕架ねぇ、夕璃ねぇ」
「「いいよ」」
そう言ってぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でる。
普通にしてりゃ、いい姉なんだけどなぁ、この二人。
まぁ、とりあえずやるべき事は見えている、まず最初にやらなければならない事は。
「縄……解いてください」
「「いやー!」」
再び1対2の喧嘩が始まったのは言うまでもないだろう、そして俺がえげつない負け方をしたのも、言うまでもないだろう。
そんなこんなで体育祭まで後──
※※※※※※※※※※※※※
さぁ、ぶっ飛びまして体育祭!
ここ2、3日は昔の友達の家に泊まると言って姉達は居らず、基本的には語る事など無いような平和な日々を送って今日に至る。
『えー、これより本年度の体育祭を開催したいと思います』
校長の長ったらしい挨拶がその言葉と共に終わり、体育祭の開催が宣言された。
「おい瑛叶」
「なんだ」
「何故あんなに話が長いんだ」
校長の話の長さは本気で殺意を覚える程である。
「はいはい、俺らは一発目のブロック対抗リレーだから行くぞー」
「あぁ、嫌だ」
ドナドナでも歌いたいような湿っぽい気分の中俺は瑛叶に運ばれていく。勿論、精肉される訳じゃないのだが。
「なんで風邪引くかなぁ」
我がクラスにいた野球部の足が速い奴が急遽高熱を出した為に何故か俺が走らなければ行けない事態になっているのだ。
ちくしょう! ふざけんな! 楽させろ!
「ボヤいたって仕方ねぇよ、これが人生だ」
「死ねよ、お前まじ死ね」
「先生にいじめられましたって言ってやろうか?」
「よし決めた、お前のTwitterにクソリプ送り付けてやる」
無駄に面倒臭い復讐を誓いながら、放送部のアナウンスに従って入場準備を始める。トラック内には我が赤ブロック応援団団長、真っ赤な髪の──
「行くぞテメェら! 気合入れろぉぉぉ!」
紅音さん。
「なんでテンション高いんすか紅音さん」
「燃えるだろ? 最後の体育祭だからなぁ」
ニマァっと獰猛な笑みを浮かべる紅音さんに苦笑しつつ号令道理にその場に座る。第一走者達四人が横並びになり、クラウチングスタートの姿勢をとる。
「赤ブロック、声上げろぉぉぉ!」
「「「「おっす!」」」」
紅音さんの怒号で応援団の屈強な男達が声を上げる。それにしても何なんだあの紅音さんのカリスマぶりは? カリスマA+ぐらいは付いてそうだ、攻撃力が上がるな。
赤ブロック以外の三ブロックの応援団も声を張り上げる。その応援合戦的な物がある程度続いた後に放送部の競技紹介アナウンスがはいる。
「いよいよだな、夕陽」
「死ぬ程だるい、俺は貧弱無知な地球の引きこもりだぞ? 走らせんじゃねぇよ」
「まぁ確かにお前を推薦したのは俺だけども」
おっと? お前、俺を売ったのか?
「……殺す」
「目が怖い、目が怖いって夕陽。まぁ紅音さんが後押ししたのもあるけどな」
何してくれてんの? 何してくれてんの紅音さん!?
『位置について』
胸に燃え盛る殺意を抱いていると、スピーカーから先生のブロック対抗リレーのスタートを告げる放送が入る。
『よーい』
そして、銃の形をして撃鉄を振り下ろすことで爆竹を爆破させる、名前の分からない物から衝撃音が響いたのと同時に地面を抉り抜くように第一走者達が走り出した。
「おぉ、速い速い」
赤ブロックは現在2位、1位は青ブロックである。
因みにブロック対抗リレー二年の部では俺が第5走者、瑛叶がアンカーである。正直アンカー前とかプレッシャーしんどいっす。
適当に喋りながら眺めていると、どうやら第3走者が走り出すようだ。一人あたり200メートルトラックの半分なので100メートル走らなければならない。
「さてと、そろそろ行くか瑛叶?」
「だな、俺はあっちだから。バトン落とすなよぉ?」
「大丈夫、可愛い子が見てる限り夕陽さん基本的にカッコつけるからさ」
「んじゃ、走れ」
「あいよ」
それだけ言って、二手に分かれる。第3走者が走った後のトラックに足を踏み入れてバトンが来るまでの準備運動を軽くしておく。
一緒に走る連中は……やっぱ運動部かよ。さすがポイントの多いブロック対抗リレーだ、勝てんのかこれ。
「夕陽」
「ん? なんすか紅音さん」
「勝てそうか?」
「さぁ? 第4走者次第っすよ、おっと一位に躍り出ましたね我がブロック」
第3走者がごぼう抜きをした、さすが野球部だ体のつくりが違う。
「まぁ、お前と瑛叶固めときゃ勝てるだろ」
「うわぁ、すげぇ信頼」
「スタンド席見てみろよ、お前の応援団がいるぞ」
紅音さんに言われ、ちらりとスタンド席に顔を向ければ雨乃に暁姉妹、陸奥に夢唯。ついでに南雲と月夜先輩、ブロック席から離れたところには姉2人がいた。
「いやーん、俺ってモテモテ」
全力で駆けてくる音がどんどん大きくなっていく。第4走者がもう時期来る。
「さーてと」
「珍しくやる気だな」
「あんだけ応援されりゃ、誰だってやる気出ますよ」
片手を小さくあげて紅音さんに別れを告げて走る準備を整える。
「紅星!」
第4走者が名前を呼びながらバトンを俺の手にトスする。ちらりと後ろを向けばどうやら余裕はあまり無いらしい。
「おっけ」
第4走者に適当に言葉を告げて、地面を蹴り抜く感覚で走り出す。要するに予行演習だ、部活対抗リレーの。
「くっそ」
思わず声が漏れる。
さすがアンカー前、運動部固めてきてやがる!
全身で風を切りながらインコースを全力で駆ける、気分は軽くウサイン・ボルトだ。
後ろから聞こえる音は確かに近いが、まだ追いつかれていない。だが、余裕はない。
瑛叶まで、あと──
「負けたら殺す!」
「珍しく暑くなってやがるな? でも上等!」
いつものようなやり取りと共に一位で瑛叶にバトンを渡すことに成功する。ちくしょう、肺が痛い! 肺の痛みって俺の症状で飛ばせるのか!?
「よぉぉぉぉくやったぁぁ!」
「うぉ!?」
崩れ落ちるように座った俺の背中をバンバン叩きながら紅音さんが男らしく笑う。
「さっすがは私が手塩にかけている後輩!」
「手塩にかけられてたんすか俺は」
そんなことよりだ、瑛叶が独走してやがる。昔から無駄に足が早いんだよなアイツ、勝てんのか部活対抗リレー。
「よっし、初っ端二年が一位とったからポイントでかいぞ」
「後はお任せしますよ、紅音さん?」
「おう、二人三脚頼んだぞ?」
「最後ですからね紅音さん達は、折角なんで紅音応援団長には優勝してもらいますよ」
言いながら退場の列に流されて退場門を目指す。
そのまま流れに従ってスタンド席まで戻った俺を出迎えたのは雨乃。
「はい」
「おう、さんきゅ」
雨乃が差し出す水筒を受け取り零れるのも気にせずに水を流し込む。暴力的なまでに冷たい塊が喉から体に染み渡るように流れ込んだ。
「あー、疲れた」
「おつかれ夕陽」
「おう、カッコよかったろ?」
「そうねぇ。いつもよりは」
「いつもよりは……ね」
まぁ、今はそれでいいか。
「あぁ、疲れた」
もう一度、短くボヤいて次の競技の入場風景を眺める。
さてと、後である二人三脚頑張りますか!
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