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Evening Rain  作者: てぇると
体育祭編

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三十五話 二人三脚

心地の良い微睡みに包まれる十四時過ぎ、クーラーの乾いた風がそっと頬を撫でると不思議と欠伸がこみ上げてくる。


前を見れば体育会実行委員の瑛叶が体育祭の競技を決めている途中だ。さて、どれにでるかな? 基本的に体育祭ってのはスタンド席で駄弁ってる時が一番楽しいんだよなぁ。ってことで、俺は楽そうなやつに適当に立候補するかな。


「おい夕陽、寝るな。おれが一生懸命働いてる時に」


「お前が選んだ仕事なんだから俺に当たるなよ」


「んで? 何に出る気だ?」


「考え中」


「どうせお前の事だから「スタンド席で話す方が楽しいし、適当に楽そうなのでー」とか考えてんだろうが」


「お前は雨乃か」


なんでそこまで正確に分かったのだろうか、瑛叶は俺の事が好きなのだろうか?


好きで思い出したが、最近とある後輩が俺の事が好きなのではないかと思っているが、どうせ高校生男子特有の痛い勘違いだ。

スキンシップが過剰になれば「あれ? こいつ俺に気があるんじゃね?」と心のどこかで思ってしまうのは世の男の常だろう。


「ったく、決めとけよ?」


「早く決めたいなら楽なの残しといてくれ実行委員様」


「ブロック対抗リレーにでも出るか?」


「やめろ、俺ってば部活対抗でも走らなきゃならんのだ」


「そりゃ、ご苦労さんで。まぁ、俺もだけど」


それだけ言うと瑛叶は元に戻っていった。

さて、少しばかり親友のために考えてやるかと黒板に並んだ競技の数々を見る。うわぁ、どれもだるそうだなぁ。

障害物リレー辺りにでも出るか、アレ毎年楽そうだし。


「なぁなぁ、雨乃さんや」


「なに?」


「お前は一体何に出るつもりだい?」


「……そうね」


雨乃は少し考えるような素振りを取って黒板を見てにやりと笑う。


「決めたわ」


「……なんか悪寒がすんだが」


雨乃は前で指揮を執る瑛叶に声をかけて、競技に立候補した。俺というオマケ付きで。


「二人三脚リレー、私と夕陽で男女混合のやつに出るわ」


……マジですか。


二人三脚リレー、それは200メートルのトラックを先ずは男と男で走り、その次に女と女、そして最後に男女混合で走るという面倒くささ極まる競技である。

男女混合に至ってはクラス内でカップルでもいないと立候補する奴がおらず、最終的に余り物の人達でやらなければならない不人気競技。それに出ると?


「おぉ! ありがとな雨乃、夕陽!」


一番の厄介者が早々に片付いたのが嬉しいのか、純度100%の爽やかスマイルを瑛叶が浮かべる。ちょ、やめ! 目が痛い。


「おい雨乃……」


「あら、私が他の人と二人三脚してもいいの?」


「それなら他の競技に立候補しろよ」


「あんまり目立ちたくないのよ、ただでさえあのクソナルシストの告白断ったせいで居心地悪いのに」


吐き捨てるようにそう呟く雨乃。お前は基本的に何しても注目を集めるってそろそろ気づいた方がいい、割とマジで。


「ドサクサでセクハラしたら抓るから」


「ハッ! セクハラする胸がねぇよアスファルト」


その直後、腹を引きちぎられるような激痛が襲ったのは言うまでもないだろう。








ちょっとした予定外なことも起こった競技決めも終わり、六限目は自習なのでサボってもバレねぇだろうと甘い考えを浮かべながら俺は足早に屋上に向かった。


今日は暑くもなければ寒くもない、つまりは居眠りするにはベストな日ということだ、どうせ屋上には南雲もいるだろうし、誤解を解くついでに話してもいいな。

そう思いながら、素早く屋上の鍵を開けてドアを開ける。


「なんだ、先客か」


扉の先には南雲は居らず、冬華が可愛い寝息を立てていた。どうやら本格的に眠っているらしい、時折寝苦しそうに唸り声を上げている。寝ているのをいい事に頭を少しばかり撫でて、俺も冬華から少し離れたところに寝転がった。

枕替わりのタオルの柔軟剤の甘い匂いが脳をジャックしたと思ったのも束の間、俺の意識は微睡みの底に沈んでいった。







※※※※※※※※※※※※※※※※









「あ……な…で……ぱい……?」


ぼやけた頭に誰かの声が響いている。


「……ん! んぁ、あぁぁぁー」


呻き声を上げながら身体と意識を覚醒させる、ぼやける視界の先にいたのは冬華。


「おはよぉうー」


あくび混じりにそう呟いて、横にしていた体制を起こす。


「あ、おはようございます先輩! って、なんで此処に?」


「ばっかお前、ここ教えてやったの俺だぞ?」


「いや、先輩6限は?」


「サボったぁー」


スマホを見れば六限終了まで残り十分って所らしい、随分寝たものだ。気温もちょうどいいし、睡眠の質も良かった。


「相変わらず堂々としてますね」


「やっちったもんはしゃあないからなぁ、何やるにしても堂々としてねぇとカッコよくないし」


って親父が言ってた。


「お前もサボりか冬華?」


「いや、サボる気は無かったんですけどね。少しだけ休み時間に1人でボーッとしてたら眠っていただけで」


「無防備すぎるぞお前? 俺だから良かったものの、女の子なんだからそこら辺のガードは固くしとけ」


「はーい」


ピョコんっと跳ねる冬華の寝癖を押さえつけてやりながら、欠伸を一つ絞り出す。


「今から戻っても変に問い詰められるだろうから、六限終わるまではここにいた方がいいぞ」


「はい、そうしますね先輩!」


大人しく俺に頭を預けながら、可愛い子犬のような後輩はニコやかに頷いた。


その後は色々な事を話す冬華の話に聞き耳を立てながら、相槌を打つ時間だった。夏華の日頃の態度、体育祭の競技、最近友達が出来たとこと、そして少し変わったと言われたこと。

それらを親に学校での事を報告する小学生のような無邪気さで話していた。心底楽しそうに。


「お前は可愛いなぁ」


「犬みたいでですか?」


「うん、よく分かったな」


ブーっと頬を膨らませたピンク髪が揺れる。


「犬じゃないです」


「はいはい、そうだな」


「あー! もぅー!」


ポカポカと人の太股を優しく叩く後輩に苦笑しつつ、話を続ける。


「雨乃先輩とはどんな感じですか?」


「ん? いつも通り馬鹿やっては怒られての繰り返しだよ」


つまりはいつも通りだ。


「いや、その。こ、こ、恋バナと言うかですね?」


「あぁ、そっち? 全然なんの進歩もないぞ? 考えれば考えるほど疑心暗鬼にハマっていく」


「ははは」


苦笑いを浮かべる冬華の頬をひっぱる。


「笑ってんじゃねぇーよ」


「いひゃれすって」


「はいはい」


引っ張った手を話すと冬華が自分の頬を両手でさする。


「先輩酷ーい! 責任取らせますよ? 一生掛かるレベルの」


「怖い、ガチトーン過ぎて怖い」


目が全く笑っていない後輩の冗談? を聞き流しつつ、現状のチキンな自分に心の中で舌打ちする。


「冬華は好きな人いるんだっけか?」


空を仰ぎなから何気なくそう言うと、隣でビクリと冬華の身体が揺れた。


「は、はい」


沈黙が流れる。

どうやら地雷を踏み抜いたかもしれない。


「私……私の好きな人は」


「……」


「無茶をすぐにします」


黙って冬華の話に耳だけ傾ける。


「ちゃらんぽらんに見えて凄く優しいです」

「口ではアホなことばっかり言うのに以外にチキンです」

「たまに見せる真剣な顔がカッコイイです」

「なんやかんや言いつつ面倒見がいいです」

「勝負事になると子供みたいにやる気になるところが可愛いです」


そして、タイミングを合わせたように六限の終わりを告げる鐘が音を立てる。二人の間に生み出された沈黙をかき消すように。


鐘が鳴り終えた直後、冬華が立ち上がる。その表情にスッキリした印象を覚える。


「行くのか?」


「はい、六限サボっちゃったので」


イタズラのバレた少女のように舌を出して笑う冬華の姿に思わず、頬が綻ぶ。


「そうか」


「はい、それじゃまた明日です先輩」


今日は月夜先輩からの呼び出しもないことだし、明日になるか。


「あぁ、また明日な」


俺の言葉と同時に生優しい風が頬を撫でた。


「ねぇ、先輩」


「ん?」


「いつか……いつか、聞いてくれますか?」


こちらに顔を向けずに、冬華がそう言った。

勿論、答えは決まっている。


「あぁ、可愛い後輩のためなら、時間ぐらい何時でも作ってやる」


「可愛いなんて照れますね」


「事実だよ」


「ふふ、お上手ですね。それじゃ」


「あぁ、それじゃあな」


バタンっと思い音と共に屋上の鉄の扉が閉まった。

屋上には俺一人だけ。


「勘違いじゃなかったらしいなぁ」


不思議な感情が胸の奥で渦をまく。

残念ながら、俺には難聴系スキルも鈍感系スキルも搭載されてないらしい。初期装備は勘違いだったのに。


「どうすっかねぇ」


煙草の一つでもあれば決まるのだろうか。残念ながら喫煙習慣のない俺の懐には何処ぞのヤンキーのように煙草が常備されていない。


もう一度、生暖かい風が頬を撫でると不思議と笑みが込み上がってくる。今の俺の心の中はこの風のように生暖かい、実感がわかない。


「……サボり魔さん、掃除よ?」


ボーッとしていた頭を上に向けると御冠の雨乃が立っていた。


「なに?」


「いんや、お前見てると馬鹿らしくなってくるなぁって」


「どういう意味よ!?」


そのままの意味だよ、鈍感系ヒロインさん。










※※※※※※※※※※※※※









言ってしまった、やってしまった。

顔が暑い、火が出てきそうな勢いで発熱していく。


「あぁぁぁぁぁ」


屋上のドアの前で蹲って悶える。

言っちゃったよ、言っちゃったよ私! 言うつもり無かったのに、言っちゃったよ私!


「あぁぁぁぁぁぁ」


ゴロゴロと誰も居ないのをいいことに転がり回る。

どうして言っちゃったかなぁ、そんなことより先輩の微笑んだ顔カッコよかっなぁ。


「……何してんだろ私」


先輩の目には私なんて写ってない筈なのに。

先輩の目に写ってるのは雨乃先輩だけの筈なのに。

まるでブタでロイヤルストレートフラッシュに挑むような暴挙だ。


力の入らない足でヨロヨロと屋上を下る階段を降りる。


「あら、冬華」


声の方に顔を向ける目の前には優しい優しいラスボスの雨乃先輩。


もうちょっと嫌な人だったら気兼ねなく恨んだり妬んだり出来るのに、優しくて大好きな雨乃先輩だからこそ恨むことも妬むことも出来ない。


「冬華もサボり?」


「えぇ、サボっちゃいました。先輩は上にいますよ」


「そう、ありがとう」


そう言って雨乃先輩が微笑む。

美人で可愛いなぁ、これは先輩が好きになるのも分かる気がする。


「じゃあ、私はあのバカ引っ張ってくるわね」


階段ですれ違う雨乃先輩を不意に呼び止める。


「ん? どうしたの冬華」


「あ、えっと、その」


勢い余って呼び止めてしまった、おかしいぞ今日の私!?


「?」


「あぁもう! 私、負けませんから!」


「へ?」


小さな私の、ちっぽけな宣戦布告。


「……あぁ、そういう事ね」


雨乃先輩は何かを汲み取ったのか、顎に手を当てて少し考えるとニヤリと表情を変える。敵意と優しさを含んだような笑みだ。


「そう、なら良いわ」


雨乃先輩は私の頭を優しく撫でて階段を登る、その途中で一度だけ立ち止まり振り返る。


「私も負けないわよ? 私、負けるのって嫌いなの」


「ふふ、私も負けるのが嫌いみたいです」


そう言って私達の会話は終わった。雨乃先輩が屋上の扉を開ける音を背中で感じながら私は一年生のフロアまで足を伸ばす。


勢いで言ってしまった感は否めないけど、どのみち向かい合うつもりはあったのだから遅いか早いかの問題だ。


「よし、頑張ろう」


とりあえずは体育祭だ、あそこで良い姿を見せなければ。

胸に熱い闘志を燃やしながら、私は小さく拳をあげた。


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