三十四話 魔王襲来
テーブルに俺達四人が座っている。
この状況を見れば、まぁ普通の光景である。
「……」
ここに、ある文章を付け加えてみようと思う。
『席に隣並びで座る二人の男女、その手には手錠が掛けられている』
この一文だけで、異常なことが分かってもらえるだろう。
「……何をしに来た、魔王共」
「おぉ、ゆーしゃ。手錠をかけられてしまうとは情けなーい」
「うるせぇ! 夕璃」
手錠かけたのはお前らだろうが!?
「ひっさしぶりにあったお姉ちゃん達にその言い草はないんじゃないの? ゆーひ?」
「謝りなさい夕陽、私まだ死にたくないわ」
「……すまん夕璃、言いすぎた」
「ん、いーよ」
沈黙が訪れる。
あぁ、胃が痛い。後で買ってきた胃薬飲もう。
「それ私にもくれるかしら?」
「あぁ、もちろんだ」
その時まで命があればの話だが。
「それで? 何しに来たんだよ姉貴達は」
そういった時、俺の眉間にフォークが突き出される。
「その「姉貴」って呼び方、可愛くないから嫌だ。昔みたいに「ねーね」か「お姉たま」って呼んで?」
夕架が不満そうに言葉を漏らす、分かったからフォークを下げろ。
「おい待て、勝手に記憶を捏造するな! 俺はお姉たまなんて呼んだことは一度もねぇぞ!? しかもねーねに至っては三歳とかの時だろうが!」
ちなみに俺がねーねなんて呼んでたことを知ったのはホームビデオ的な物を見た時である。いやだ、ゾッとする。
「じゃあねー、おねーさまがいいなぁー」
足をブラブラさせながら夕璃がそう言った。
「嫌だ、割とマジで俺はお前達を姉だとは思いたくない」
「うわぁ、弟が非情よ夕璃」
「そうだねー、むかーしの私達は仲良しさんだったのにね」
「いやちげぇから、逆らう余裕も自由もなかっただけだから」
何が仲良しさんだ、自分達の胸に手を当てて考えてみろ。
つか、マジで帰ってくんねぇかな? ほんとに。
「それで、夕璃と夕架は何しにきたの?」
雨乃が恐る恐るという様子で問いかける。
「あぁ、ゆーひお母さんに聞いてみてー」
……母さんかよ! 黒幕は母さんかよ!
「分かった、魔王には人類の言葉が通じないみたいだから、まだ話し合いができそうな覇王に聞くわ」
スマホのロックを開き、電話帳のカ行にある母さんの項目をタッチして電話をかける。ワンコールでガチャりと音が鳴る。
『はいはい、四児の母とは思われない美貌の輝夜お母さんに何か用かい我が息子よ。それにしても珍しいな電話なんて』
「おい母さん、何考えてやがる?」
『何が? 心当たりないんだけどぉ?』
あれ、母さんじゃねぇのか?
『私はお前の所に姉二人を送り込んだぐらいしか心当たりは無いわよ?』
「おいこら、心当たりしかねぇじゃねぇか!」
『その反応良いわね! 昔の父さん思い出すから、夕帆は本当に私達の息子か疑いたくなるぐらいに出来てるからねぇ、夕陽ぐらいしかいじりがいが無いのよ』
「自分の息子を玩具にすんな、この覇王。んで? 何が目的なわけよ?」
『いや、一番可愛い末っ子の息子を人様の家に預けているわけだから気になるのは親心じゃない? 私的には締切に追われてあんまし様子見とか行けないから、娘達に行かせたのよ』
おぉ、この母親にも一応気遣いは出来るぐらいの親心はあったのか!
「まぁ、ぶっちゃけ言うと夕璃と夕架を送り込んだらそこそこ面白い展開になりそうだなぁってのが本当の所なんだけど。後は取材のために高校生の体育祭の様子とかJKの制服とかブルマとか撮ってきて貰おうかなぁと」
「一応言っとくぞ? 現在の高校生はブルマで体育なんかしねぇから」
いや、まぁ、見てみたいけども。雨乃のブルマ。
『んまぁ、楽しんでね? あと夏休みには一回こっちに来なさいよぉ? お前連絡くれないし』
「いや、母さんと話すと疲れるから」
『酷い! 昔はママって言って五歳までは四六時中抱き着いてたのに』
「だから、記憶捏造してんじゃねぇって! 何なんだ、我が家の女性陣は記憶改変しなきゃ気が済まないのか!?」
俺はシスコンでもマザコンじゃねえっての!
「んじゃ、切るからな」
『ん、病気とかしないようにね』
「あぁ、分かってるよ母さん」
『あと避妊はしなさいよ? この年でお婆ちゃんなんて輝夜お母さん嫌よ? 』
「そもそもソレが必要になる事なんてしてねぇし、する機会もねぇよッッッッッ!」
勢いに任せて電話を切った。
実の息子に避妊とか生々しいこと言うなや、割とマジで。
あー、胃が痛い。
「もう嫌だ、家の家族って何でこう頭おかしいのが多いんだ」
「夕陽もその一人よ?」
「おいやめろ雨乃、俺をこんな連中と同類にするな」
「酷いなぁ、夕陽はお姉ちゃんのおっぱいで育ったんだよ」
「おい、夕架! 二秒でバレる嘘ついてんじゃねぇ! 突っ込むのダルイんだぞ!?」
「ゆーひ、お腹減った」
「相変わらずマイペースすぎるだろ夕璃!」
あぁ、頭も胃も痛い。
誰か夕帆兄を連れてきてくれ、俺がストレスで死ぬ前に。
「それで、本題はここからだ」
雨乃は下を向いて顔を青くしている、幼馴染みの女性陣は皆この双子に唯ならぬトラウマを持っているからなぁ。
「帰ってくれない?」
「「いやー」」
「俺がコツコツ貯めた金が口座に入ってる、割とマジで十万近くは入ってる。全部やるから帰ってくれ。割とマジで」
十万で帰ってくれるなら喜んで払う。
「「いやー」」
「じゃあ、これの鍵だけでもくれよ」
雨乃の手と繋がれている手錠を掲げてコレを外す事を要求するも、双子はゆっくりと首を横に振る。
「……帰れよ!」
「「いやー!」」
その時、玄関のチャイムがなった。
「あぁ、お姉ちゃん達が頼んでたのよピザ。はい、お金」
一万円札をポンッと俺の手に握らせる夕架。ど、ど、ど、どんな風の吹き回しだ!? 最後の晩餐的な!?
「取ってきてお金払ってきなさい、勿論二人共手錠はしたままで。そしたらぁ?」
「かーぎをかーえしまーす!」
「「ねー!」」
ねー! じゃねぇよッッッッッ!
「もういいわよ夕陽、私疲れた」
「俺も疲れた」
「どうせ知り合いじゃないんだし、とっととアブノーマル扱いされてピザ食べて寝ましょう」
「……それが懸命か」
諦めつつ、にこやかに手を振る双子に心の中で中指を立て玄関に向かった。もういいや、手錠外れるなら多少の社会的地位を落とすのは仕方ない。
「すみませーん、ピザのお届けにまいりました」
「今出ます」
どうせ知り合いじゃないのだ、別にいいだろう?
ガチャりとドアを開けて、ドン引くピザ屋の店員を眺めようと顔を上げると。
「お、お、おう。夕陽と雨乃」
「「……」」
視線を右下にそらす、ピザ屋の制服に身を包んだ南雲だった。
「「よし、死のう」」
二人一緒に謎の涙を流しながら、そう呟いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
必死に南雲に説明したら「いや、わかってる! 誰にも言わねぇから!」って言ってたけど、絶対何も分かってない。
そう思いながら、胃薬を水で飲み込んだ。
あぁ、胃が痛い。
隣の雨乃の部屋からは、男子高校生からしたら刺激的な声が響いている。ったく、あのバカ双子は……
けしからん、いいぞ、もっとやれ。
「もっとやれじゃないわよ」
俺の部屋に息を切らして駆け込んできたのは雨乃。
「おう、お疲れ」
「まったく! 良いわね、セクハラされなくて」
「姉二人が弟にセクハラとか、それなんてエロゲ?」
姉萌とか、世の中には存在するべきじゃない。
「とりあえずは土曜までの辛抱だ。それに、今日久々にあったからテンション上がってるだけだって、明日には少しウザイぐらいだから」
「そうなると……良いわね」
ごめんね? あんな姉でごめんね?
「私、今日はこの部屋で寝ようかしら」
ブーっと頬を膨らませ、ベッドに寝転がる。
おいやめろよ、軽はずみな行動は世の男子を勘違いのスパイラルにぶち込んだぞ?
「いや、無理。自分の部屋で寝ろ」
「私がどうなってもいいわけ?」
「死にゃしねぇから大丈夫だよ」
拗ねなから寝転がる雨乃の頭を乱雑に撫でていると、隣の部屋から二人が出ていく音がした。
次に俺の部屋のドアが開き、二人がひょこっと顔を出す。
「私達もう寝るわね!」
「おねーちゃん達はつーかれました!」
その割には元気だな、夕璃と夕架。
「じゃあ、私も寝るわね? おやすみ」
雨乃は足早に自分の部屋に戻って行った。
「俺もそろそろ寝るか」
電気を消してベッドに潜り込もうとした俺の部屋に再びの来訪者が現れる。少しばかり俺よりも小柄な夕璃がヒョイっと顔を出す。
「やぁ」
「どうした? 夕璃」
この姉達は二人で居ない時は基本的に無害な場合が多い、まぁ夕璃は基本的に無害っちゃ無害だが。
「ゆーひにプレゼント渡さなきゃー! とおもって」
テクテクとこちらに歩いてきた夕璃はゴソゴソと寝巻きのズボンのポケットから何かを取り出すと俺の手に握らせた。
金とかくれんのか?
握った手を開けば、そこにあったのはゴムだった。
「は?」
「ひにんはしなきゃ、メ!」
胸の前でバッテンを作る夕璃。
「おい待て、使う機会はねぇって言ってんだろうが!?」
「え、雨乃とそーゆー関係じゃないのー?」
「ねぇよ! てか、聞こえるだろ!?」
「私達はてっきりもう手を出してるのかと思ってーた」
「人のことを性獣みたいに言うなよバカ姉貴」
「むむ、馬鹿じゃないもーん」
「20歳前の奴がもーんとか言うなよ、痛てぇから」
「ぶー! じゃあ、お姉ちゃん寝るねー?」
「おう、おやすみ」
「ん! おやすーみ」
手に握らされたゴムをゴミ箱に捨てるか迷ったが、雨乃がゴミの日にゴミ箱の整理する可能性も考慮して、本当に嫌だが財布に入れておく事にした。
なんでも、財布にゴムを入れると金運が上がるらしい。あくまでも迷信ではあるが。
薄暗い部屋で独り窓の外に輝く月を眺める。
本当にココ最近の日常は騒がしいなぁ、まぁ嫌いではない。むしろ好ましい。明日も予定はギッシリだ、明日は体育祭の競技決めがあるしな。
それにしても中々家以外で雨乃と二人きりになる時間が無いのも考えものだ。いい加減アプローチをしないと、横からカッ攫われる。
今日のサッカー部の先輩や、一年の男子だってそうだ。雨乃を好きなのは俺だけじゃない。
「頑張るかなぁ」
今はとりあえず、一刻も早く姉達にお帰り願いたい俺なのであった。




