三十三話 喧嘩上等
グラウンドに出ると各それぞれの部活が集合していた、空手部には陸奥がサッカー部には瑛叶とが……と特に仲のいい連中もちらほら見える。
月夜先輩は本部の方にいる紅音さんと南雲に合流すると言って何処かに消え、残ったのは暁姉妹と雨乃と俺。
「「「「あっつぃ」」」」
貧弱な現代っ子四人にはこの直射日光は些かキツイものがある。雨乃の白い肌も焼けそうだ。
褐色の雨乃ってのも、それはそれで……
「私は嫌よ、だって皮膚が剥けるもの」
「日焼け止め塗った?」
「塗ったわよ、じゃなきゃこんな所に出るわけないわ。クソ暑いのに」
「口悪ぃなこの子」
雨乃の長い髪を片手でにぎにぎしながら空いた手で自分の顔を扇ぐ。
「ソイ!」
「うぉ!?」
ベタッと頬に何かクリームのような物を塗りつけられる。
「夏華か」
呆れ気味にそう言うと、頬を撫でるようにクリームを塗り広げられる。
「残念でしたね、冬華ちゃんです」
「冬華ちゃんですか。んで? 何塗ってんの?」
「日焼け止めです。先輩も肌白いんですから、焼けちゃいますよ?」
「男は焼いてなんぼな気がしないでもない」
「まぁまぁ、とりあえず頬には満遍なく塗っときますね」
「おぅー」
ベタベタとしていたクリームは冬華が広げる事に少しづつベタつきが消えていく。
「両手に花だな」
声をかけられボーッとしていた意識を覚醒させると前には瑛叶。
「花は花でも食中植物ッッ!?」
頬と足に痛みが走る。冬華と雨乃だ、見なくてもわかる。
「今のはお前が悪い」
「知ってるよ」
「つか、お前らいつから科学部になった?」
「気づいたらなってた」
「相変わらずお前は楽しそうだなぁ」
「おう、羨ましいだろ?」
「全然」
何なら変わってやってもいいぞ?
「サッカー部も走んの?」
「当たり前だ、これで予選落ちしたら監督が走りのメニューを増やすって脅してきやがった」
「うわぁ、だる」
「マジでだるいよな。それに、1位じゃなけりゃ次の日に練習入れるんだって」
「あー、じゃあ頑張れ」
「は? 」
「本番の1位は俺達が貰うから」
「……紅音さん出す気か?」
「あぁ、勿論」
「きったねぇ! コイツらきたねぇ!」
「ハハハ! 勝てばよかろうなのだぁぁ!」
「なんで無駄にテンション高いのよアンタら」
雨乃がバカを見てる目でこちらを見てるが気にしない、なんたって今に始まった事じゃないから!
「んじゃ、監督呼んでるし行くわ。負けねぇぞ?」
「ほざいてろよ。あ、俺らが勝ったら新作ゲーム貰えるんだけど、やりに来る?」
「行くに決まってんだろ」
そう言って瑛叶がアホのように人数の多いサッカー部の塊にまじって行った。
その塊の中から視線を感じる。あの顔、どっかで?
「あら、もう忘れたの?」
「誰? 知ってんのお前?」
「夕陽フルボッコ事件の前に私が告白されたでしょ?」
あぁ、思い出した。
サッカー部の三年の性獣ナルシスト野郎か、暁姉妹の件のインパストがデカすぎて完全に忘れてた。
「ほんと夕陽って興味ない人とかの顔を覚えるのが苦手よね」
「そうだなぁ、苦手だなぁ。つか、それ以前になんでアイツこっち睨んでんの」
あれか、また逆恨みか? やだぁー、夕陽さんモテるぅ!
「絶対負けねぇとか思ってるのよ」
「ふーん。そっか」
振られたのは同情するし、明日は我が身感あるから、そこに対しては何も思わんが、睨まれるのはイラッとくるな。
などと考えていると、その先輩の身体が大きく震えて腰を抜かして尻餅をついた。
「……夏華、冬華」
俺が二人の名前を呼ぶと、ビクッと身体が震えた。
「ゆー先輩してないですよ? 別に先輩達睨んでるのがイラついたから爆弾見せたりなんかしてないです」
「先輩、私達は何もしてないですよ!? 先輩睨んでるあの糞野郎がイラついたからって爆弾見せた夏華に合わせて爆音なんて響かせてないです!」
そうか、爆弾見せて爆音響かせたのか、そりゃビビるわ。
未だにサッカー部の先輩はビビった様子で辺りを見回している。
「心臓止まったらどうする」
「「はい、ごめんなさい」」
「まぁ、でもグッジョブ」
これで前回調子乗るなと言われたのはチャラにしてやろう。
そして、この双子は基本属性はドSでしたね、小悪魔系双子後輩。
「何してるのよアンタら」
ため息混じりに雨乃が俺の頭を三回叩いた、意外に優しく。
「暁姉妹と夕陽の分ね」
「やだ、叩く力が優しいとか雨乃さんマジ天使」
「調子に乗るな」
「おーっす」
いくつかの部活が動き出した。そろそろ、始まるのだろう。
こちらに向かって月夜先輩と紅音さんと南雲が歩いてきている。
「やあ、良かった良かった」
「なにがっすか?」
「運動部は運動部で文化部は文化部で予選をやるんだって」
「へぇ、本戦で運動部と文化部の数を合わせるためっすか?」
「いや、公平では無いらしいね。運動部からは三部活、文化部からは二部活でやるらしい、あんまり今年は時間取れないらしくてね」
へぇ、ってことは順当に行けば運動部からはバスケ部とサッカー部と野球部が本戦、文化部からは俺らと吹奏楽とかだろうか?
「なんで私達が勝つって分かるのよ」
呆れたように言う雨乃の妄言を鼻で笑い飛ばす。勝てないわけないだろ?
「何たってゴリラ紅音さんがぁぁぁぁ! やめて! 痛い! 頭がぁぁぁぁ」
紅音さんのヘッドロックで頭蓋骨がミシミシと音を立ててる気がする。
「お前、あれほどゴリラって言うなって言ったよなぁ?」
「ごめん、紅音さんマジでごめん! 痛いからやめて、俺死んじゃぅぅぅぅ!」
「ほらほら紅音、いくら夕陽君でも死んじゃうから」
月夜先輩の一声で紅音さんがパッと手を離す。
「痛い、痛い」
「ほんとにバカね、アンタが悪いわよ夕陽」
地面に倒れて痛がる俺を指で突っつきながら雨乃がバカにするような声でそう言った。暁姉妹も残念な人を見る目でこちらを見てる。
「まぁ、でも紅音さんがいるなら勝てますよね」
雨乃がそう言うと紅音さんは満面の笑みで雨乃の頭を撫でる。相変わらず可愛い子には弱い人だ。
「まぁ、安心しろ。私の月夜に喧嘩吹っ掛けたアイツは大衆の前でぶっ潰すからなぁ」
地獄の悪鬼のような声と顔で恐ろしいことを口走る。
てか、私の月夜って。
「んで、誰なんすか月夜先輩……てか、紅音さんに喧嘩売ったバカは」
心底同情するわ、いや割とマジで。
「あいつだよ、あの」
紅音さんが指差す方向に俺達も顔を向ける。月夜先輩に喧嘩を売ったバカは。
「あの、サッカー部の何故かキョロキョロしてるやつ。名前は犬塚 凉雅」
ソイツは暁姉妹の爆撃を喰らい、雨乃に告白して、俺に逆恨みと敵意を向ける名前からして噛ませ犬感が否めない男だった。
「「あいつかよ」」
雨乃と俺の声がシンクロした。
ほんとに、馬鹿だろ? 月夜先輩に喧嘩を売ればもれなく紅音さんが付いてくるのに。さてはアレか自殺志願者か。
「バカは何してもバカってことね」
君は相変わらず口が悪いですね雨乃さん。
※※※※※※※※※※※
「あー、疲れた」
帰りの電車の中でそう呟く。
「そうね、疲れたわね」
あの後、すぐに予選が始まった。
先頭は紅音さん、その後に月夜先輩が走り、それに続き南雲、雨乃が走り、アンカー前が冬華、そしてアンカーが俺と言う順番でリレーを走ったのだ。人数の都合上夏華が喜んで辞退して、本戦も六人で走るらしい、人数が多い気がするが。
「まぁ、紅音さんが酷かったな」
「そうね、紅音さんぶっちぎってたわね」
ピッと軽快な音を立てる改札を抜けて、すっかり暗くなった夜道を二人で歩く。
紅音さんは酷かった、笑い声を上げながら第一走者の癖して異常な差をつけて月夜先輩にバトンをパスした。
「てか、月夜先輩が遅い」
「いや、普通ぐらいじゃないかしら?」
その後の月夜先輩はいつも通りの飄々とした笑のまま多少危なくもあったが南雲にパス。南雲は持ち前の運動神経で差を広げて雨乃にパスした。
「雨乃、お前手を抜いただろ?」
「あら、抜いても早いもの私」
「だな、早いな」
しかも息切れ起こしてなかったし。
それに続く冬華も運動大好きっ子というだけあって速かった。
「可愛かったよな冬華」
「……そうね」
俺にバトンを渡す時の息切れ感が何とも可愛かった、実に素晴らしい。
「つか、なんでアンカー俺なの」
「さぁ? 月夜先輩が走順決めたし、なんか考えがあっての事じゃないかしら」
それか、完全に面白がってるか。
「つか、紅音さんいるから勝てるけどな」
「そうね、紅音さん凄いもの」
流石ゴリラ、やっぱゴリラ。
「本人に言ったら殺されるわよ?」
「だから裏で言ってる俺なのであった」
てか、大体狡すぎない? なんだよ身体能力五倍って、俺のと交換しろよ。俺の症状なんざ痛みを飛ばすだけだぞ? しかも明日の自分に倍で帰ってくるという。
「それを悪用して色々と無茶してるんだから文句は言えないわよね?」
「いやいや、どうせなら全部痛みを消すぐらいしやがれ」
神様は不平等がすぎるだろ、頭おかしいんじゃねぇの?
「まぁ、紅音さんだってその後に皺寄せが来るんだから」
「確か筋肉痛が凄いんだっけか?」
「そうらしいわね」
まぁ、でもあの人筋肉痛を根性で捩じ伏せるとか頭逝ってる事してるからなぁ。割とマジでそんなんだからゴリラって呼びたくなる。
「明日チクってやろうかしら」
「お前、それでなくても友達いないのにチクリ魔になったら友達もっといなくなるぞ。このボッチ娘」
「よし、その宣戦布告受け取ったわよ? 戦争ね!」
「おい、お前絶対兵糧攻めする気だろ? まじやめて、ブロッコリーだけはマジやめて」
「カリフラワー?」
「ノーセンキュー!!」
似たようなもんだ、ポケモンで言う色違いだ。
「大丈夫よ、今日の夜ご飯は鯖だ─」
家の鍵を開けようたした雨乃の身体がグラりと揺れドアの横合いに引っ張られる。
「おいどうした!? 雨─」
何が起こったか訳もわからず、そう叫んだ俺も雨乃と同様に身体を何者かに引き摺られる。
何が起こってる!?
「ひゃ! ちょ! やめて」
「ほうほう、おっぱい全然成長してないわねぇ」
暗くてよく見えないが、何者かに雨乃がセクハラされているようだ。そして、その声を俺は知っている。
──あぁ、終わった。
「帰ってくるの、おそーい」
耳元で抑揚の薄い声がした。
「それな! 二人共帰ってくるの遅いわよ?」
ムクリと雨乃にセクハラしていた人影が立ち上がる。俺の首に手を巻いてた奴も手を離し立ち上がる
そして、二人の姿が月明かりに照らされる。
「……何しにきやがった、クソ姉貴共」
「いやぁーん、弟が反抗期で夕架お姉ちゃん悲しいー」
長い黒髪を下の方で二つに結び両肩から垂らし、一見優しそうな印象を残す女。我が姉、紅星 夕架
「ついでに夕璃お姉さんも、かなしーい」
黒い髪を下の方で一つに結び、右肩からそれを垂らし、やる気のない顔と抑揚の低い声で話す女。我が二人目の姉、紅音 夕璃
「「来ちゃった」」
人間の皮を被る魔王、絶望の権化、紅星双子がそこに居た。
いや、本当にマジで何しにきやがった。




