三十二話 部活対抗
「テスト、どうだった?」
昼下がり、テストが終わって即放課後という幸せな時間を現在進行形で俺は化学準備室で潰しているのだった。
「雨乃と勉強した甲斐あってかそこそこ取れてると思います」
「へー、夕陽君ってバカっぽいのにね」
「アンタ喧嘩売ってのか!?」
全く失礼な先輩である。氷をぶち込んだアイスコーヒーを啜りながらそう思う。
てか、いつの間にか小さい冷蔵庫が設置されてる。
「……どんどんふざけた部屋になってますね」
「この時期にホットコーヒーってのもねぇ? 氷も入れれるし、暁姉妹はトマトジュース入れてるし」
「自由だなぁ」
学校をなんだと思っているのか? 割と本気で問いただしたい。
「ふぁー、眠いねぇ」
「クーラーって不思議な眠気を誘いますよねぇ」
今年は五月から気温が高いためか、例年より早くクーラーが導入されている。そして、このプライベートルームも例外ではなくクーラーが使える。
「月夜先輩はテストどうでした?」
「うん、適当に自己採点したけど全教科90ぐらいじゃないかな?」
「死ねばいいのに」
この人いつ勉強してるんだろ?
「雨乃ちゃんは?」
「先生に呼び出されてます」
「そう、夕陽君なら怒られる系だろうけど雨乃ちゃんなら違うねぇ」
「心底ムカつきますけど事実なんで何も言いません」
まぁ、委員会やら何やらだろう。ここで時間潰せばいいだけだし。
「月夜先輩何してんでるんですか?」
月夜先輩は面白そうに手元のタブレットを見ている、時々指を動かしているから電子書籍の類でも読んでるのだろう。
「ネットの記事を読んでるんだよ」
「記事?」
「もしかしたらこの世界が仮想現実かもしれないってやつ」
仮想現実……? リンクスタート?
「夕陽君はどう思う?」
「なにがっすか?」
「もしこの世界が、もし僕達がキャラの一人に過ぎないとしたら」
ふむ、俺達がゲームのCPUだったらって事か?
「べっつにー? だから何って話っすよ」
「?」
「考えた所で分かんないから、とりあえず今を生きますよ俺は」
まぁ、それに。
「ログインした記憶もなけりゃ、ログアウトもできず、セーブポイントもない。こんなクソゲー作ったやつはクソですね」
「ははっ、紅音も似たような事言ってたよ」
いやマジで、クソゲーもいいところだ。パラメータも見えないし好感度も見えな。せめて好感度ぐらい見せてくれ。
「まぁ、それを嬉々としてプレイしている僕達も立派なクソゲーマーだねぇ」
「そっすね」
ケラケラと笑う。
まったく、ご最もだ。冷たいのに生易しいクーラーの風が頬を撫でる。アイスコーヒーの氷が溶けてガラスのコップの中で音を立てた。
「あっつぃー」
ガラガラと化学準備室の扉をだるそうに開ける、立っていた来訪者は夏華、なかなか大胆に制服を着崩している。
「うわぁ、夏華さんエロいー」
「きゃー、先輩のえっちー」
棒読みで適当ほざきつつ、夏華はヒンヤリとした化学準備室の机に顔をスリスリしている。
「冬華は?」
「あー、なんか体育祭の事で先生に呼ばれてるみたいで。あぁ、そう言えば」
「ん?」
「一学年の男子に雨乃先輩が連れていかれてましたよ?」
ニマニマとしながら夏華が月夜先輩に差し出された冷たいアセロラジュースを一息にあおる。
「ふーん、まぁ興味はねぇよ」
「へぇー」
「おいこのバカ後輩、てめぇ何ニマニマしてやがる」
「「ホントかなぁ」」
しれっとバカが一匹混じってた。
「べっつにー? ろくな関係性も築いてない奴が雨乃を落とせるとでも? バッカじゃねぇの? 無理無理、アレは攻略対象外ヒロインだよ? 落とせるわけねぇよ、長い付き合いの俺でも好感度ゲージ見えねぇのに」
「月夜先輩」
「なにかな夏華ちゃん」
「ゆー先輩が開き直り始めました」
「まぁ、彼にも色々あるんだよ」
うるせぇ、ほっとけ。
「あっつぃー。月夜先輩ぃ、私の文のアセロラジュースくださーい」
これまた服を着崩している冬華が汗をかきながら化学準備室に入ってきた。大変だなぁ、体育委員って。
「ほら、冬華」
「ふぇ? あぁ、ありがとうございます先輩!」
バッグの中に入れてきたタオルで汗だくの顔を拭ってやる。
「後は自分でしますから大丈夫です!」
「おう、ほら」
「冬華、何してたの?」
「体育委員の中の決起集会? 的な何か、どいつもこいつも話が長い」
ブツブツと冬華が毒づく。この姉妹ってば基本的に自分たちの領域外の奴には容赦ねぇんだよなぁ。
「お疲れさん、冬華」
「お疲れですよぉ、先輩ー」
ぐでぇっと暁姉妹が最近人気のやる気のないマスコットの如く項垂れる。
「あぁ、やっぱりアセロラジュースは神ですよねぇ。あ、先輩飲みます?」
冬華がアセロラジュースをグイッと差し出してくる。有り難くいただくことにしよう。
「あ、これ炭酸なのね」
「そうなんですよ、暑い時にいいんですよねぇ! ここ冷蔵庫ありますし」
「月夜先輩、俺アイス置きたいんですけど」
「アイスは流石にねぇ」
もう冷蔵庫置いてんだから別にいいだろ? アイス置けよ、ハーゲンでダッツなやつ。
「バカね、ガリガリ君が最強なのよ? お財布にも優しいし」
いつの間にか手で自分の顔を扇ぐ雨乃がドアの前に立っていた。
「「あ! あー先輩!」」
ガバッと暁姉妹が雨乃に抱きつく。いや、暑いだろ流石に。
「後輩男子からの呼び出しらしいな?」
「あら? なんで知っているのかしら? ストーカー?」
「一緒に住んでいるのがストーキングだと言うのならば俺はストーカーかもな」
「ばーか。まぁ、呼び出しはいつものアレよ」
「きゃー! あー先輩もってるぅ!」
はやし立てるように夏華が雨乃の腹に顔をうずめながら陸奥のような反応を示す。え、てか夏華地味に羨ましいんだけど。
「クソ暑い炎天下の中、私の事を呼び出しておいてウジウジするとか、イラッとくるわね。月夜先輩、アイスコーヒー」
「もうなんかカフェのマスターになった気分だよ」
「あんまりここに来たくないですけど、アイスコーヒー無料で飲めて涼しいとか、来るしかないですよね月夜先輩」
「雨乃ちゃん、僕って君になにかしたかな? 謝るからその冷たい態度やめてくれない? 僕風邪ひいちゃうよ?」
「「「「あ、ここの鍵は置いといて風邪ひいてください」」」」
四人の呼吸が揃った瞬間だった。
「みんな酷い!!」
実際、このオアシスは手放すには惜しい。夏は涼しく、冷たい飲み物が飲めて、冬は暖かく、温かい飲み物が飲める。そして、何よりも無料。神かよ、マジ神かよ。
「あ、そうそうそう言えば。これは他のメンバーも集まってから言おうと思ってたんだけど」
他のメンバー? 南雲とか紅音さんか?
「我々、科学部は今回の体育祭の部活動対抗リレーで1位を狙いに行きます!」
「「「「おいこら、ちょっと待て」」」」
再び、俺達四人の声が重なる。
はぃ!? 科学部!? 俺達が!?
「え、君達は科学部だよ?」
「いやいやいや、何アンタ「なんで知らないの?」みたいな面して言ってんの!? 俺達がいつ入った!? そしてなんて言った!? 部活動対抗リレーで優勝!?」
「そそ、喧嘩売られちゃってねぇ」
コーヒーグラスを傾けながら、月夜先輩が不敵に笑う。
「同学年のまぁいけ好かない運動部の奴がいてね? なんかいちゃもん付けられちゃって、適当に流してたら横から来た紅音が言っちゃったんだよね「部活動対抗リレーで勝負だ」って」
結局あのバカか、何してくれてんの?
「まぁ、あれだよね。楽しそうじゃない? 運動部連中がこぞって吠え面かくんだよ?」
……まぁ、楽しそうではあるが。
俺達みたいな髪の毛だけ奇抜な連中の寄せ集めで勝てるとで……あれ? 紅音さんは身体能力か高い上に症状使えば五倍になる。南雲は煙草吸ってるけど足速い。雨乃も俺も帰宅部の癖して偶にランニングしたりするから運動は不得手ではない。
「なぁ、暁姉妹」
「「?」」
「お前ら運動得意?」
「「私たちは運動大好きっ子ですよ?」」
あれ? 勝てんじゃねぇの?
「勝てる勝てない以前に、私達がそこまでする理由が無いです」
雨乃が嫌そうに月夜先輩にそう言うと、月夜先輩は一枚の紙を雨乃に渡した。
「君達二人が今までここで飲んだコーヒーとか諸々の雑費を計算してみたんだけど……払える?」
「夕陽、勝つわよ?」
うわぁ、金で動かされやがったこの女。
「まぁ、別に報酬を用意しないわけじゃないさ」
月夜先輩は机の下から幾つか物を取り出して机の上に並べる。
「もし一位を取れば、ここにあるものを君達にプレゼントしよう」
それぞれの名前が書かれた袋を手に取って、開けた。皆一様に息を呑む。
「な、な、な!? このゲームソフトって今人気で何処探しても無いやつじゃないっすか!」
えぇ! これくれんの!? てかいいの!? 買収とかじゃないの!?
「勿論、勝てばの話だよ? これは全て紅音から君達へのプレゼントだ」
流石紅音さん、あの人やっぱ神だわ。さすが御令嬢。
皆一様に欲しいものを受け取っているようだ、そしてみんな目が燃えている。松岡修造ばりに。
「どうする? 今から外で部活動対抗リレーの予選があるんだけど? 君達は科学部では無いのかい?」
「「「「科学部であります!」」」」
「勝ちたい?」
「「「「全力でぶっ潰しに行きます!」」」」
「さぁ行こう、下克上の時間だ」
顔に青筋を立てながら月夜先輩がそう言った、一体そのいけ好かない運動部に何を言われたのだろうか? あの温厚な月夜先輩がここまでキレるのって珍しいな。
とりあえず、流れで対抗リレーに出ることが決定した俺達だが。本気で勝てるのだろうか? 言っても向こうはストイックに身体を鍛えてる連中だぞ? 俺達みたいな自堕落な連中で勝てるのか?
「夕陽」
「ん?」
「部活動対抗リレーで勝ったら」
雨乃は冬華や夏華や月夜先輩に聞かれないようにか、俺の耳を引っ張って自分の方に引き寄せながらボソボソと耳元で呟く。
「御褒美をあげる」
………。
……………。
…………………。
「おっしゃオラァ! 行くぞゴラァぁぁぁ!」
見てろ運動部! ぶっ潰してやる、絶対にだぁぁぁあ!
かくして、俺の例年より少しだけ熱い体育祭は戦いの狼煙を上げたのであった。




