三十話 番外編 love&virgin
雨乃さん、ヒロイン回
私、星川雨乃は最近少しおかしい。
身体になにかある訳じゃない、ただ頭の方がおかしくなってしまったみたいだ。
「おう、雨乃」
夕陽に名前を呼ばれると少しだけドキッと心臓が跳ねる。
気がつけば夕陽のことを目で追っていたりする。
私が作ったものを食べて美味しいって言う夕陽を見て少しだけ顔が暑くなる。
夕陽の事を考えるとこれまた顔が暑くなる。
夕陽が全く知らない女(白と黒の髪をした、心底気に食わないない洗脳女は特に)と喋ったり笑ったりするのを見てしまうと、少しだけムッとする。
夕陽を虐めていると凄く楽しいし背中の辺りがゾクゾクする。
夕陽が怪我をするとイラッとするし、胸が苦しい。
夕陽の寝顔を見ると何故か撫でたくなる。
夕陽が……etc
っと、こんな具合に挙げるとキリがない。頭の中があの馬鹿で占領されつつある。
ともかく、夕陽のせいで私は最近少しおかしいのだ。
※※※※※※※※※
「ありゃ、それは恋だね」
夕陽も起きてこないし、瑛叶もまだ来てないのでリビングには私と夢唯と陸奥しかいない。
「……やっぱり?」
夕陽の名前は伏せてだが、さっきの内容を陸奥と夢唯に伝えると陸奥がニヤリと笑いながらそう言った。
薄々自覚はあった。
これが俗に言う恋なのでは無かろうかとは思っていた。だけど、今まで一度も恋に落ちてない私からしたら、この感情の正体が正確に掴めずにいた。
「雨乃が恋かぁ。うん、良かった」
(機械何じゃないかと思ってた)
夢唯が頷きながらそう言う、内心とても失礼なことを考えていたが、敢えてスルーする。
「それで? お相手は?」
陸奥がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら問い詰める。私は言わなきゃいけないのでしょうか?
「いや、そんな相手なんて夕─」
言いかけた夢唯の口を陸奥が高速で塞ぐ。
「しー! それは言っちゃダメ! 本人の口から言わせないと意味無いの!」
陸奥め、確信犯か。
うぅ、恥ずかしい。これが恋話なの? 私、友達少ないから良く知らないけど。
「言わなきゃだめかしら?」
「うん、言わなきゃダメ! 雨乃みたいなタイプの自分の感情と向き合うのが下手な子は最終的に素直になれずに横から現れたぽっと出のキャラやらにカッ攫われるのよ」
後輩キャラという単語で冬華と夏華の顔が頭をよぎる。
むぅ、まぁ確かに二人共可愛いし、夕陽も満更じゃない様子ではあるし?
「「はいどーぞ!」」
少しだけ面白がっている夢唯と完全に面白がっている陸奥の声が重なる。
「ゆ、ゆ、ゆ」
息が詰まる。
顔から火が出そうだ、もう実は火事なんじゃないの?
「ゆ、夕陽」
「はい、よく言えましたー」
陸奥が片手にスマホを握りしめ、そう言った。
まさか─
(録画してるよん!)
「今すぐ消しなさい陸奥ッッ!」
「いやだよ! 雨乃の大事なデレシーンだよ!? 消しちゃったらウチは死ぬよ!?」
そこまでの覚悟で私の事を弄りたいのか、この化け猫。
あぁ、死にたい。恥ずかしくて死にそうだ、恥ずか死ぬ。
「やだぁ、雨乃キャワイイー!」
ゲラゲラ笑いながら陸奥が私の紅潮しているであろう顔を連射する。もう好き勝手にして、今の私には止める気力もない。
「それにしても雨乃が夕陽に恋か。と言うか、それ以前に昔の雨乃から比べたらだいぶ変わったね」
夢唯が珈琲を啜りながら思い出に耽るような声を出す。
私は、確かに昔に比べたらとても変わった。
「そそ、昔の雨乃は夕陽の後ろにベッタ─」
「その話はやめなさい!」
私の黒歴史だ!
嫌だぁぁぁぁ、顔が再び燃える。
「ゆっひーの背後に背後霊のようについてまわって、何かある度に「夕陽、夕陽」って言って」
「分かった……いくら払えば許してくれるかしら?」
割と本気で。
「陸奥、そろそろストップ。雨乃がそろそろ怒る」
「んにゃ、りょーかーい」
夢唯は良い判断をした、後少しでも弄ってたらキレてるところだった。その結果、何もしてない夕陽に皺寄せが……
「そういや、雨乃と夕陽の関係性が変わったのはいつごろからだったっけ?」
夢唯が何気ない感じで、そう言った。
うーん、夕陽と私の関係が変わったのは……まぁ、間違いなく夕陽がいつもより無茶をし始めてからだろう。
「……私が軽く病んで飛び降りようとした時、夕陽が私を庇って代わりに飛び降りた時あったじゃん?」
そう、境目はあの日なのだ。
夕陽にとっても私にとっても、境目はあの日。
「私が泣きながら夕陽の御見舞に行ったらさ、すんごい興奮した感じで私を揺さぶりながら「ありがとう雨乃! 雨乃のお陰でこの世で一番綺麗なものが見えたんだ!」って言ったの。腕骨折してるくせに」
「あぁ、ゆっひー昔から何か言ってたねぇ。「世界で一番綺麗なものを見たんだ」って」
「夕陽のバカはその頃からだったのかな? それで、なんで関係性が変わるの?」
私はあの時、なんというか─
「イラッときた」
「「へ?」」
「私に対して怒ってもよかった、私の顔を見て泣き出してもよかった。なのに、夕陽は満面の笑みで笑ってた、もしかしたら自分が死ぬかもしれなかったのに」
それがどうしようもなく、イラッときた。
まぁ、元を正せば馬鹿な事をしようとした私が原因なのだから怒るのも筋違いなのだろうが。
「その後から始まった一年間を通しての夕陽の愚行。痛みを感じないからってアホみたいに無茶しまくって、毎日毎日擦り傷作って痣を作って」
あぁ、思い出しただけでイラッとくる、あのバカ。
「だから、思ったの。「あぁ、このバカ。誰かが止めないといつか死ぬ」って」
それからだろうか? 関係性が変わったのは、いや違う。私が変わったのは。
「うん、まぁ今も昔も変わらず、ゆっひーはとんでもないバカだって事だね」
「まったくだ」
ため息混じりに、二人がそう言った。
ほんとにね。全く変わらないわね、夕陽ってば。
「何してたっけ? 昔の夕陽って」
……天然の飛び降り台から川にダイブ。木から木へ乗り移ろうとしたり、自転車で空を飛ぼうとしたり、体育館の屋上をよじのぼろうとしたりと思い出せば限りがない。
「だめだ、頭痛くなってきた」
「雨乃の苦労は想像を絶するね」
夢唯が関心したような声を上げる。
まったくだ、中学に上がってからはバカをやる頻度は減ったが、一回の怪我が大きい。この前の廃墟だって、保健室でぶっ倒れる程の痛みを抱えてた。
なのにあのバカは私にそれを隠して、私に心配を掛けないようにと無駄な努力を繰り広げてた。
だいたい、隠される方が心配するってことが分からないのだろうか? いい加減付き合いが長いのだから、私の事ぐらい理解しろと思う。てか、アイツは理解してやってるから手のつけようがない。
「てかさぁー、大前提としてさ」
「?」
「雨乃の気持ちが分かっても、ゆっひーが雨乃のことをどう思ってるのかが問題だよねぇ」
ニヤニヤと人の心臓を抉ることを言いやがった、この化け猫。
そうだ、問題はそこだ。あのバカは間違いなく私のことを─
「姉だと思ってる気がする」
「「……」」
え、なんでそんなに残念な娘を見る目で私を見るの? その視線を向けられるのは夕陽の役のはずだ!
「陸奥、夕陽のバカが雨乃に移った」
「いや違う、これは雨乃に元から備わってる馬鹿な部分だと思う」
「やめなさい! 私のことを馬鹿を見る目で見るのはやめなさい!」
「ていうか、雨乃は夕陽の心の中は無制限で覗けるはずだろ? なのに何でそんな事が……」
違うのよ、夢唯。
私の症状は夕陽に対して無制限だし、無遠慮に見れるんだけど。
「いくつか見えないものもあるのよ。ずっと覗いても靄みたいな光みたいな物が覆いかぶさってて感情や心情が読めない」
だから、夕陽が私をどんな風に思っているかが読めない。
夕陽が私に対してどんな感情を色濃く抱いているのかが分からない。
「それで……ぶっちゃけ、脈ってあると思う?」
今は客観的な意見が欲しい。
「「……」」
だから何でそんな残念な子を見る目で私を見るのよ二人共!
「まぁ、とりあえずは雨乃はゆっひーに対して行動を起こすべきだと思う」
「行動?」
「そう、行動。例えば、髪型を変えたり、少し優しく接してみたり、少しばかり誘惑してみたりだとか」
……それはなんと言うか、私にとってはハードルが高いと言うか。キツすぎる、私の心が死ぬ。
「まぁ、でも髪型を変えるぐらいなら……やっても良いかなぁ」
髪型か、髪型ね。夕陽はどんな髪型が好きなのだろうか?
自分の長い前髪を指で弄りながら考える、今の私の長さなら大体の髪型は出来るはずだ、ショートが好きなら切ればいい。
「あーあ、恋する乙女だね雨乃」
「まぁ、とりあえずは横からカッ攫われないようにね?」
「そそ、アレは以外にフラフラしているからね。気づいたらほかのヒロインがー、なーんてことも」
陸奥と夢唯が口を揃えて、恐ろしい事を言った。
頭をよぎるのは、あの無駄乳洗脳女だ。奪われるのは普通に嫌だけど、あの女は特に嫌だ。あんな脳味噌の底まで真っ黒な女に私の夕陽を奪われてたまるか。
「よし、頑張ろう私」
「そのいきだー、頑張れ!」
「まぁ、とりあえずは応援してるよ」
陸奥と夢唯からしてもらった激励で少しだけ、やる気が上がる。
まぁ、とりあえず今やるべき事は。
「人の胸をアスファルトと言ったあのバカの朝食をブロッコリーまみれにしてやることから始めるわよ」
そこまで平じゃない、ちゃんと少しだが膨らんでいる。
「「……」」
「まぁ、とりあえずは夕陽が起きる前に朝ごはん作る」
「「よろしくー!」」
椅子から立ち上がり、幼馴染み五人分の朝食の準備を始める。
取り敢えずは胃袋から掴むことにしよう。よし、頑張ろう私! 他の誰にも取られないために。




