三話 Brain work
ニヒルに笑った先輩は珈琲カップをテーブルに置くと、ホワイトボードに『病気の発生の秘密について』と青マジックで記入していく。
「今日は能力…もとい病気のことについてだが、そう睨まないでくれよ夕陽君。言い間違えただけだ」
俺は俺や雨乃の持っているものを指す時に『能力』という言葉を使わないようにしている。代わりに能力では無く『病気』と言っている。
そもそも、俺達はこの『病気』のせいで死にかけている。自分の中にある物が自分に害をなすのなら、それは能力じゃなかて病気だ。
「いいっすよ、それより早く続けてください」
甘い珈琲を飲み、嫌な記憶をかき消すと月夜先輩に続けるように急かした。
先輩は頷くとホワイトボードに丸で囲った病気という文字を大きく書く。
「今回の仮説は今までで一番しっくりくると思う。というのも一番はじめに僕達が出した仮説に補足を加えただけのものだけどね」
病気と書いた部分から矢印を伸ばし雨乃と俺の名前を書いた部分に矢印を繋げる。
線と線で繋いだ部分をコンッとマジックペンで叩きながら、仮説を開始する。
「能力の発生条件は、何かを強く願った事だ。雨乃ちゃんの場合は『誰かの心を見てみたい』だったよね?」
その言葉に頷く。
これは、本人から聞いた事だ。とても寂しそうに笑ってそう言っていたことを良く覚えている。
「そした、望んだ結果が『病気』だ。雨乃ちゃんの病気は『人の心を読む』こと。病気の症状が一番強かったのは発症時の小学二年生、彼女は一気に人の心が頭の中に入ってきて倒れて原因不明の高熱で生死の境をさ迷った……」
赤のマジックで雨乃の上に病気の事などを記入していく。
記述の通り、雨乃は死にかけている。あの時の光景は未だ夢に出てくるほどのトラウマを俺の胸に刻んでいる。
「ここから分かるのは。この『病気』ってのは容赦なく使用者の命を脅かすってことだ。まぁ、ホントに病気って表現は的を得てる」
机の上のクッキーを齧りながらウンウンと月夜先輩が頷く。
呑気なもんだなぁ、クッキー俺も食うか。
「そして、夕陽君……君の病気は『痛覚遮断』だったよね?」
最後の一欠片を口に押し込んだ月夜先輩が珈琲を啜りながら確認をとるが少し違う。
「正確には『痛覚遅延』ですけどね、遮断するんじゃなく他の日に持っていくだけ。痛みは何故か増えてますけど」
俺の病気は痛みを遅らせること。
ナイフで刺されようが、小学校の屋上から落下しようがその瞬間に痛みを感じることは無い。
今は遅延させた痛みは翌日の昼過ぎぐらいからじわりじわりと蝕むように返ってくるのだ、痛みを増して。
「君の能力の発症時は小学五年生。病気により鬱状態だった雨乃ちゃんが飛び降り自殺しようとしたのを庇って落下。その時が症状が発症だね、以後一年間の間全く痛みを感じることが無くなったが、痛みを感じなくなった一年後に昨年の痛みが倍増して押し寄せてきたためにまたもや原因不明の症状で倒れた」
ホワイトボードにつらつらと俺の事を書き込んでいく。
今更ながら自分のことを説明されんのは照れくさいな。
「えっと、夕陽君も同じように生死の境を彷徨って心肺停止も経験した。君が入院した同時期に雨乃ちゃんも酷い吐き気と頭痛を訴え入院しているらしいね。君の黒髪が地毛のように茶髪になったのも入院中に起こったこと……と」
俺のそこそこ壮絶な子供時代を月夜先輩がスラスラと言っていく。
思う所はあるものの口を挟まず聞き役に徹することにした、じゃなきゃ会話が進まない。
「君も薄々気づいているだろうけど、雨乃ちゃんと夕陽君の『病気』は無関係じゃない」
「まぁ、そんな事だろうと」
まぁ、偶然ではないことぐらいわかってはいたけど……やっぱりそうなのか、繋がっているのか。
「話が早くて助かるよ。ここからが補足だが、仮に雨乃ちゃんの『病気』を親とする」
先輩は雨乃の上に親と書くと俺の上に子供と書いた。
「親が一番信頼していた人間が子供として何らかの『病気』を発症すると考えた」
言いながら、ホワイトボードの俺と雨乃を線で繋いでいく
「つまり、雨乃の『病気』が原因で俺の『病気』が発症したと?」
「あくまでも仮説だけどね、理由はどうであれ幼少期からずっと近くにいて、雨乃ちゃんが鬱状態になっても支え続けた君が病気に掛かったのは無関係だとは思えない。それに、紅音にも聞いてきたらやっぱり同じような事だったよ。彼女に一番親しかった少年が同じように『病気』を発症していた」
そうか、「親」に一番近い誰かが「子供」として何らかの特殊な病を発症するようになっているのか。ある意味じゃ感染症みたいなものなのか?
「感染症みたいなものってことですか」
俺がそう言うと、待っていたよと言わんばかりの表情で指を鳴らした。
一々やることがキザな先輩である、そしてまたカッコイイ。
「その通り、感染症みたいなものだ。そして、不思議なことに『子供』のみ身体のある部分に変化が生じる」
「髪……?」
思わず反射的にそう呟くと、またもや待っていたとばかりに指を鳴らす。
「正解だ、紅音にも聞いたけどやっぱりその少年の髪色も変色したそうだ」
そうか、それなら俺の髪色が変わったことも納得できる。あれ…? そう言えば月夜先輩も髪色が。
「あぁ、僕の髪は美容室で染めてもらってるだけだよ。綺麗だろう?」
「紛らわしい限りですよ。あと、自由すぎます」
この人は学校をなんだと思っているのか? 聞いたら聞いたで面白そうな回答が帰ってきそうだから今度聞いてみよう。まぁ、髪色で言えば俺もだけど。
「まぁ、今日の内容を纏めると。一人が発症すれば発症者の親しい誰かが何らかの特殊な病を感染的に発症するという事だ。言わば二人でワンセットだね」
今までの考察や推理や仮説の中で、一番信憑性が高い。それなら解決策の手がかりもあるのではないのだろうか? それさえ分かれば雨乃を助けてやれる。
「……解決策は?」
「まだなーんにも。色々調べては見てるんだけど、解消の手がかりは無いねぇ」
少しだけ抱いた希望はヘラヘラと笑う月夜先輩に砕かれる。
だが、勿体ぶった感じで何かを言いたそうにこちらをチラチラ見てる。言いたいことがあるなら勿体ぶらずに言えよ。
「まぁ、仮説にすらならないものもあるけど?」
「言ってみてくださいよ」
「何かを望んだのならば、その望みが叶えば症状は消えるんじゃないかな? もしくは大人になれば消えるとか? 発症時から歳をとって能力の制御が可能になってるからね」
「望みが叶えば消える……」
望みが叶えば……か。
だったら何故俺の『病気』はここまでカスなの? なんだ、俺は「カスみたいなもの下さい」とでも願ったのか? そして、雨乃は誰の心を見たいと思ったのだろうか、考えると、すっごいモヤモヤする。
「どうしたんだい? 恋にでも落ちたのかい?」
俺の頭の中にこびりつくモヤモヤと格闘していたところ。ニヤニヤ顔で月夜先輩が既に答えを知っているはず質問をしてくる。その質問の答えは決まっている。
「えぇ、落ちてますね。ガキの頃から」
「軽薄な態度や言動とは裏腹に以外に君はロマンチストだねぇ。そう言うの嫌いじゃないよ」
「どうせ好かれるのなら巨乳なお姉さんとかがいいんですけどね。まぁ何にせよ珈琲ご馳走様でした。また明日」
すっかりぬるくなってしまった珈琲を一気に飲み干して、これ以上の追撃が来る前に立ち上がり部屋のドアに手をかける。
「そうやって軽口しか叩かないのは何でだろうね?」
知ってるくせに……とは言わない。意地の悪い質問には適当に返すに限る。
「さぁ? 元がヘリウムより軽い人間なんで」
「嘘つきめ」
「ご愛嬌ですよ」
そう言って下をベーっと出して化学準備室を後にした。