二十九話 last day!
ゴールデンウィーク編の総括のような話になってます。
自然と目が覚めた。
最後の休みだというのに、爆睡はできないようだ。
「あぁぁー! っと!」
変な声で伸びをして、ベッドから起き上がる。時刻を見れば9時40分過ぎという微妙な時間だ。
そして、今の俺はリビングに行きずらいのである。
「昨日……説教しちまったしなぁ」
雨乃の体調がある程度治ってきてからだが、俺は少しばかり雨乃を叱った。雨乃は終始『え、お前がそれ言うんだぁー、ふーん』みたいな顔で聞いていたが、自分の非を認めているためか基本的には何も口出しせずに説教されていた。
だからこそ、だからこそ下に降りずらい。
どんな面して挨拶すればいいのか、と言うかただ単に昨日「アスファルトみたいな胸」という晃陽の発言でツボったことに対する復讐も怖い。まじで、ブロッコリーだけだったら泣くぞ。
「まあ、行くしかねぇか」
ドアを開けて階段を降りる、リビングから少しだけ賑やかな声が聞こえてくる。雨斗さんと琴音さんが帰ってきてんのかな?
リビングのドアに手をかけて、中に入る。
「……」
人の家で完全にくつろいで珈琲と紅茶を啜る夢唯と陸奥、俺が起きてきたからかキッチンからひょこっと可愛くコチラを見る雨乃、そしてその手の中にはブロッコリー。
「ちくしょう! 朝イチで思考が追いつかねぇ!」
「「「おはよー」」」
三人が声を揃えて挨拶をしてくる。
「あぁ、うん、おはよう。つか! なんでお前ら──」
俺が叫ぼうとしたその時、玄関が開く音がしてそのまま誰か入ってくる。いや、もう一人しかいないけども。
「おっす、お前らおはよう」
ニッと爽やかな笑顔を浮かべる日に焼けたスポーツ少年、瑛叶。
「夕陽、お前今起きたのか?」
「……お前ら来るとか知らなかったしぃ?」
雨乃の方にグルッと首を向けながら説明を要求すると、夢唯が俺の服の端っこを揺さぶる。
「夕陽が何時に寝たのかは知らないけどさ、とりあえずはグループトークを見た方がいい」
言われてポケットからスマホを取り出してメッセージアプリを起動させる。画面をスライドさせ五人で撮った写真が目印のグループを覗くと通知が三百を超えていた。
「お前ら、人が居ないのに会話しすぎじゃね?」
俺の言葉を無視して瑛叶が雨乃の方に歩く。
「ほい、雨乃。頼まれてたパン」
瑛叶がリュックからパンの袋を取り出して雨乃に渡す。
それを受け取った雨乃は満足そうに微笑む。、
「いくら?」
「割引大特価で一人頭二百円」
瑛叶は自分の手の中にある二百円を見せる。自分も払うってことね。
「ほら、俺と雨乃の分。釣りは取っとけ」
「まーいど」
リビングに放置していた俺のそこそこ軽い財布から五百円玉を瑛叶に渡して顔を洗うべくリビングを後にした。
よかった、雨乃が怒ってなくて。ブロッコリーは瑛叶にでも食わせりゃ全部解決、やったね!
とか何とか、冷水を顔にぶつけながら考える。タオルで顔を拭いて寝癖もついでに整えておく。
「よっし、着替えも完了」
乱雑に置いていた部屋着に着替え、寝間着がわりのTシャツを洗濯機にダンクシュートしておく。
「おう、夕陽さん完全覚醒だ」
リビングのドアを開けるなりそう言うと、みんながみんな「はいはい」って顔でこちらをみる。相手にされていない。
テーブルには五人分のスープとサラダと瑛叶の店のパンが並んでいる。
「はい、夕陽はここ」
雨乃がニッコリと微笑みながら自分の隣の椅子を叩く。因みに瑛叶と一番離れている席。
「え、えぇ? あのね、雨乃さん。そのサラダってほぼブロッコリーだよね? ブロッコリーまみれだよね?」
ブロッコリーが鬼のように積まれているのである。怒ってるよ、アスファルトの件だよ、絶対!
「文句言うな、言うなら食うな」
「だからJKが出す声じゃねぇんだって、陸奥お手本見せてやれ」
学校での猫被りは何処へやら、だるそうな顔で俺を見上げると一度溜息をつく。
「にゃっはー! 陸奥ちゃんでーす! ……これでいい?」
「流石は化け猫」
「ゆっひーってばウチにシバかれたいの?」
「瑛叶殴っとけ、サンドバッグみたいな色してるし」
適当言いながら、みんな待ってるので椅子に座る。
「「「「「いただきます」」」」」
半端じゃなく賑やかな朝食の時間が始まった。
※※※※※※※※
食後の珈琲を飲む。
いつも飲んでる豆の味じゃない、豆が変わっているのか少しだけ苦味が強い。瑛叶と俺と雨乃と夢唯は珈琲だが、化け猫陸奥は一人だけ紅茶である。ふっ、ガキめ。
「ちよっとゆっひー、今内心バカにしたでしょ?」
付き合いが長くなると、表情だけでとある程度読み取られてしまうらしい。
「「ふっ、ガキめ」って思ってたわよ」
「はっ、珈琲飲めるだけで大人になったと思ったの? ゆっひーてば相も変わらず思考回路が残念ね」
「はっ! 日頃学校で猫被って天然演じてるお前にだけは言われたくねぇよ。思考回路が残念なのはお前の方だ陸奥」
「うるさいなぁ、ボクはゆっくりと珈琲を飲んでいるんだけど?」
珍しくパーカーを外して、両サイドがいい感じにはねている夢唯が面倒くさそうに声を上げる。
「「黙ってろ、中二病ボクっ娘」」
「よし、表出ろ! ボクの何処が中二病だ!」
「瑛叶、説明」
「えぇ? そこで俺に振る? えっと……存在?」
「よし! まとめてかかってこい! ボクが相手になってやる!」
ウガーっと怒りを顕にしながら、瑛叶の髪の毛を引きちぎらんと両手で鷲掴む。
「ちょ! 夢唯!? やめろ! この歳でハゲはシャレにならない!」
「安心してくれ、君の毛根を全滅させたら夕陽も直ぐに同じ目に遭わせてやる!」
「はぁ? 犠牲は瑛叶だけにしろよ、俺が可哀想だろ」
「俺は生贄なのか!? 雨乃、そのバカの髪の毛を引きちぎれ!」
「嫌よ、面倒臭い。夕陽も皆もまだまだガキね」
一人だけ大人ぶってニヤリと笑う雨乃の顔にイラッときたので、爆弾を投下する。
「バストアップ下着、ゴミ箱」
「ブッッッッ!」
雨乃が珈琲を噴き出した。
「ちょ、ゆっひー何その面白いワード! 詳しく!」
「陸奥、ボクと一緒に雨乃を抑えるのを手伝ってくれ!」
「夕陽、俺は知らねぇぞ? お前死んでも知らないよ?」
陸奥と夢唯で雨乃を羽交い締めにしながら、俺に期待の視線を送る。瑛叶は口では止めつつも、ニヤニヤしている。
「言ったら殺す……本気で四人を殺す」
「はい解散、お前ら雨乃を離せー、みんな死ぬぞー」
「「「チッ!」」」
俺が解散の合図を出すと、他の3人は舌打ち混じりに自分の席に戻る。そして、俺の太ももと足には痛みが迸り続けている。
「なにか、面白い話ないわけ?」
陸奥が唇を尖らせて項垂れる。
「あぁ、そういや雨乃」
「ん?」
瑛叶が何かを思い出したように雨乃に耳打ちをし始める。
「あぁ、それね」
ニヤリと笑い雨乃が俺の太ももから手を離した。
「夕陽のフルボッコ事件ね」
「よしやめろ! その話はやめるんだ!」
精一杯カッコつけたのだが、あとから思い出すと顔から火が出そうになる。
「いいじゃない、カッコよかったんだから」
「やめて! やめて!」
「よし、瑛叶! ゆっひーを捕らえろ!」
「がってん承知!」
瑛叶がシュバっと俺の背後を陣取ると床に俺を倒してその上に座る。ついでに何故か夢唯も俺の上に座る。
「ぐぇ、重い。夢唯、重い」
「知らないのかい? ボクの体重は2キロだよ?」
「脳味噌に何も詰まってないからじゃねぇの?」
「死ぬといい」
いつのようにバカをやりながら好き勝手に騒ぐ。
この5人は子供の頃から一緒に居て、ある意味じゃ兄妹みたいなものである。ここでは……コイツらの前では取り繕わなくていい、気に食わないなら喧嘩して、楽しいならば笑って、悲しいのなら泣けばいい。
「お前らってば、本当に変わらないよな」
二人分の体重がかかったまま、地面に寝っ転がった俺が不意にそう言うと、四人が四人とも一瞬キョトンとして溜息を一つ。
「お前が言うな夕陽」
「ゆっひーがそれ言う?」
「夕陽がそれを言うのかい」
「夕陽が一番変わってないわよ」
四人が四人とも、馬鹿を見る目でそういった。
俺ってそんなに昔の頃から変わらないのか?
「そうね、夕陽はずっと変わらないわ。ずっとずっと、バカでカッコつけのままよ」
「「「激しく同意」」」
「馬鹿にしてんのかお前ら!」
ジタバタと騒いでも、上には夢唯と瑛叶が座っているので全くの無意味である。うんともすんとも言わない。
「そして、今から話すのもそんな話よ。いつも通り、馬鹿な夕陽が精一杯カッコつけた話。ねっ? 夕陽」
雨乃が椅子に座ったままで、俺を見下ろしながらそう言った。しょうがないなぁ!
「ったく、話しちゃうかなぁ! 俺の武勇伝」
「ほら! やっぱり馬鹿だ」
俺の上で瑛叶が面白そうにそう言って笑う。
他の3人の反応も似たようなもので、呆れたように笑いながら俺の話に耳を傾ける。折角なので、脚色100パーセントの夕陽フルボッコ事件を語ってやることにした。
※※※※※※※※※※※※
そんなこんなで、俺のゴールデンウィークは面白おかしく過ぎ去っていった。
両親達の昔の話を聞いて、友人達と釣りに行って、久しぶりに兄貴と会って、黒幕と出会い対峙して、後輩と遊びに行って、幼馴染み達と子供のようにはしゃぐ。
実に無意味なのように見えて、凄く充実した俺のゴールデンウィークは幕を閉じた。
次回、番外編




