二十五話 POP STAR
車庫にバイクを停車してメットを外す。
少しだけ熱を灯していた俺の頭はスッと涼やかな夜の風を受けることでクールダウンする。
あの後は先程の恐ろしい体験を忘れるために少し遠回りしてバイクを走らせて帰ってきた。
やはり、あの女はとんでもなく恐ろしい。街中やショッピングモールなんかでバッタリ遭遇なんてことになったら、回れ右して帰ろうと胸に誓いつつ、明らかに家の中でブチ切れているであろう雨乃の機嫌をどう取るか迷う。
「どうすっかなぁ」
適当に言い訳するか?
事故った……これはダメだ、凄く心配される。
先ほどのことを正直に話す……これは論外、あの女と雨乃を合わせたら俺の精神的ダメージがとんでもない事になるし、月夜先輩辺りにガチギレされること請け合い。
─結論。
「誤魔化す!」
結局は残念な頭の俺であった。
そっと、玄関の鍵を開ける。
静かにリビングに言って謝ろう、そうしよう。
「ただいまー」
す
声を抑えて玄関に入り、顔を上げた俺の眼前に広がっていたのは。
「お・か・え・り」
青筋をピキピキと立てて、玄関に仁王立ちする雨乃が居た。
バンッと壊れんばかりの轟音を立てながらドアを締める。
「あ、あかん」
全然関係ない関西弁が出るレベルでまずい。
青筋立ってたよな? あれ、俺の死ぬの?
「夕陽ー、怒るよー?」
ニコやかな声が、玄関の向こう側から聞こえる。
ちくしょう! 俺が何をした!? なんで、さっきからこんなに精神が磨り減ってるんだ!
「じゅーう、きゅーう」
嫌ぁぁぁぁぁぁぁあ!
なんのカウントダウンだよソレ!?
「夕陽の存命時間」
「玄関越しからの死刑宣告どうもありがとうございますッ!」
「はーち」
「今何時だい?」
「……はーち」
「ちくしょう! 時間が伸びねぇ!」
時蕎麦使えねぇ!
「よーん」
「おい待て、7から5はどこに行った」
「にーい」
「そうですか! 反抗したら時間が減るんですか!」
ええぃ! ままよ!
玄関の取っ手に手をかけて、勢いよく開ける。
「た……ただいま」
「……正座」
「はい」
先程までの楽しい……楽しいのか? うん、楽しいってことにしとこう的な雰囲気は何処へやら、ガチギレ雨乃さんの登場である。
「あ、あのね?」
「は? 何勝手に喋ってるの?」
発言権が剥奪された。
「は? 何勝手に黙ってんの?」
「お前は俺をどうしたいんだ!?」
「困らせたい」
ニッコリとそう言った。
あ、あ、悪魔め。
「それでー? 連絡の一つもなしにほっつき歩いてたボケナスはこんな時間まで何をしてたのかなー?」
「公園にて悪魔と決闘、決死の思いで逃げたしてきました。次回、夕陽死す、デュエルスタンバイ」
「後半意味わかんない、前半はもっと意味わかんない」
あー、なんか面倒くさくなってきた。
「あ?」
「おい、今JKが出しちゃいけない声が出たぞ?」
「んで? 説明はよ」
「……言いたくない」
てか、言えない。
なにか? 公園で黒幕女と話した挙句、洗脳されかけましたってか?
「おっと、心を読むのも禁止だ」
「は? なんで?」
「今だけは知られたくねぇもんがあるからだ」
「……夕陽のそうやって、自分の意見だけゴリ押ししようとするところ、ほんとに嫌い」
満面の笑みでそう言った。
あのね? 自覚はあるの、ゴリ押ししてる自覚はあるんだよ? でもね? ココ最近後に引けないと言いいますか、なんと言いますか。
「心底ムカつくけども、今は見ないし聞かないであげる」
「感謝します」
「でもさ、遅れるなら連絡の一本でも寄越してくれないと心配するし、ご飯の用意もできません」
「はい」
足が痺れてきた、崩したい。
「だーめ」
「デスヨネー」
「別に夕陽も高校生だし? 私みたいなのボッチと違って友達いるから夜まで遊びたい気持ちも分かるけどさ……やっぱ私友達いないから分かんない」
お前、相当キレてんだろ? やめろよ、自分の傷口をそれ以上抉るのはやめろォ!
「まぁでもね? 連絡ぐらいしてくださいってこと、分かった?」
「はい、すみません。ほんとにすみません」
「はぁ、まったく世話の焼ける。ほら立って、夜ご飯たべよ」
やだ、雨乃さんマジ天使。
超優しいんだけど、前半の恐怖が嘘のようなんだけど。
差し伸べられる手を取って痺れた足を引きずって立ち上がろうとした時、グイッと雨乃が俺の手を引っ張った。
「うぉ!?」
倒れかけた俺を、用意していたような雨乃の手が抱き抱える。
そして、俺の首筋やらをクンクンと犬のように匂い始める。
「……俺、そんなに匂う?」
瑛叶に相談して匂いが消えるやつ教えてもらうか?
「ごめん、ちょっと黙ってて」
「あ、はい」
そして、数分ほど俺の匂いを嗅いだ雨乃が舌打ちをする。
「なんで夕陽から最近女子の間で人気の香水の匂いが、こんなにベットリと付いてるわけ?」
「は? 香水? そんなもん付けられる機会……な……んて」
あったぁぁぁぁぁぁぁあ!
あの女だよ、晃陽だよ絶対! ちくしょう、ワザとか!? ワザとじゃなくても許さねぇけども!
「……へぇ、あるんだぁ。ふーん、へー」
「いや、あのね? これは、言うに言えぬ事情があると言いますかね? とりあえず俺の横腹に伸びた手をぉぉぉおぉお!」
激痛が横腹を襲う。
いつもの数倍は力を込めた抓りが俺の横腹を襲撃する。
「痛い、ギブ! ギブ!」
「何してたわけ? 真面目な雰囲気出してたから問い詰めるの勘弁してあげたけど、なに? 女と会ってたの?」
「やめろ雨乃! お前今、凄く目が怖い!」
「あれよね、すぐ調子乗るわよね」
痛い痛い痛い!
「わかった! 話すから離せぇぇぇ!」
ムンクの叫び並みに顔面を歪ませていたであろう俺の必死の弁明が雨乃の耳に届いたのか、パッと横腹から手が離れる。
「早く話なさい」
「俺の先輩の知り合いに会って話してただけだ、そん時にこけかけた俺を支えてくれたってだけだよ。匂いは多分その時だと思う」
「……」
「なんだその顔は、嘘は言ってないぞ」
(月夜)先輩の(ことを殺したい程恨んでいるであろう)知り合いと(夜の公園で洗脳されかけながらも)話してただけです。
嘘は言ってません。
「……ぼさっとしてないで上がったら?」
どうやらお許しを頂けたらしい。
未だに横腹は痛むが……まぁ、今に始まった事じゃない。
「ってあれ、お前飯食ってなかったの?」
リビングに入ると、二人分の食事が暖め直されて並んでいた。
「は? なに? 学校でもボッチの私に家でもボッチでいろと?」
「ねぇ、怒ってるならはっきり言ってよ、怖いから」
「怒ってないわよ? ただ「こいつ一回しばき倒してやろう」って思ってるぐらい」
「一々物騒なんだよお前って!」
「もしくは「一回本気でピーして、ピーしたら分かるのかな?」って思ってるぐらい」
「おい待て、今のピーはなんだ? 何するつもりだお前!?」
「ひ・み・つ」
ウィンクしながら雨乃がそう言った。
うわぁー、なんだろう。全然ドキドキしない。恐怖しか感じない。
「そう言えばさっき暁姉妹から連絡があってね?」
「うん」
「明日買い物に行きましょうって、私と暁姉妹と夕陽で」
……男女比おかしくない?
「まぁ、仕方が無いと言えば仕方が無いんじゃない? 私もあの子達も友達すごく少ないし」
「怒ってるのは分かったから自虐ネタに走るのやめて、反応に困る」
「困ればいい、どんどん困ればいい。笑ったら殺す」
「もうやだぁ、この子ほんとに怖い」
「という訳で、明日は出かけるからね?」
「あーい」
適当に返事をしつつ、時計にちらりと視線を送る。
時刻はもう時期二十時三十分。
「そうね、もう8時ね」
「ごめんって、本気で悪かった」
「取り敢えずは許してあげる。さ、食べましょ」
「そうだな」
一応のお許しをいただいて椅子に座る。
目の前には少しだけ唇を尖らせた振りをしている雨乃。その姿に少しだけ心が安らぐ。いつも通りの日常、やはり非日常なんざ禄なもんじゃないってことがよく分かる。
「どうかした?」
「何でもないよ」
「そう、じゃあ」
「「いただきます」」
だから、何が出来るかも分からない俺だけど、雨乃だけはとりあえず本気で守ろうと、外に出ているであろうそこら辺の星に誓っておく。月に誓うのは何か重い気がするし。
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