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Evening Rain  作者: てぇると
GW編

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24/105

二十四話 night rider

耳元で蠱惑的な声を聞いた次の瞬間には、晃陽と名乗る黒と白の髪の女を弾き飛ばすようにして距離をとった。


「痛いっすねぇ、なーにするんすか?」


「……何が目的だよお前」


確実に言葉には怒気が含まれていただろうと思う。

何故か身体が不思議と強ばる、動悸が早い、呼吸も荒い。何より先程、耳元で聞こえた声が張り付いて取れない。


「ありゃ、初対面の筈なのに随分な嫌われようっすね。こりゃ、あの糞野郎に何か吹き込まれましたか」


参ったなぁと言いながら被っていたフードを取る。

雨乃や暁姉妹よりも短い長さの黒と白の髪、顔にはお面のような笑みが張り付いている。そして、普通に可愛い。


「まぁ、こんにちは……時間的にはこんばんはっすかね?」


「どっちでもいい、お前何が目的だ」


「その問は何に対しての問っすか? 暁姉妹を襲わせたこと、はたまた貴方と糞野郎を壇上にあげようとしたこと」


「それとも」と言葉を続ける。一際凶悪な笑みを浮かべながら。


「雨乃さんを次のターゲットにしたことっすか?」


身体が自然に動いていた。

嫌な笑みを浮かべる彼女に掴みかかろうと、身体が動く。

こいつは駄目だ、本気でダメな人種だ。


「ははっ、速いっすね。でもッッッ!」


掴みかかった俺の手は、彼女の手に包まれるようにして捉えられる。そして、身体をねじ曲げられるような感覚と共に地面に叩きつけられた。


「ッッッ!?」


「あ、別にこれは『症状』なんかじゃないっすよ? 単純な私の実力でーす。昔から武術とかやってましてね」


そう言って、俺の手首に自分の両手を添えて体重をかけるようにして曲げる。


「ッッ!」


咄嗟に痛みを飛ばして、もがくようにして彼女の脚を払った。

手首が熱い、折れてはいないだろうが痛めているのは間違いない。彼女との距離を転がるようにして取りながら、ゆっくりと立ち上がる。


「ちなみに今のは正当防衛っすよ? 掴みかかってきたのは夕陽さんなんで」


「掴みかかった? おいおい、冗談言うなよ、俺はお前の肩に乗ってたゴキブリを叩き落としてやろうと思っただけだぞ?」


適当言いながら、にじり寄ってくる晃陽から距離を取る。

うん、勝てないな間違いない。俺の一体一の喧嘩じゃ南雲に及ぶか及ばないかレベルだ、しかも相手は武術経験者、普通に考えて勝てない。


「さして手首痛くなさそうっすけど、飛ばしました?」


「ご名答だよワトソンくん」


「私的にはワトソンよりもアイリーンの方がいいんすけどね」


ガシャンと身体が小さい公園のフェンスに衝突した、前方には晃陽と名乗る武術女。


「まぁまぁ、別に夕陽さんをボッコボコにする為に来たわけじゃないんでそこまで警戒しなくても大丈夫っすよ」


両手をヒラヒラとさせて無害アピールをしてくる。


「まぁ、夕陽さんが手を出してこないのならば……という大前提ありきの話っすけどね」


……まぁ、突発的に掴みかかろうとしたのは反省すべきか。いくら黒幕と言えど普通の女の子である訳で。別に雨乃にバレたら後が怖いとかそんなことは考えていないわけで。


「分かった分かった、掴みかかったのは謝ろう。頭に血が上った」


この感覚はアレだ、初対面の時の月夜先輩や本気で誰かを潰そうとする時の姉達に似た雰囲気だ、つまり飲まれれば終わる。主導権を取り返すことは叶わなくなる。


「警戒は厳としてって感じっすね。別に取って食おうなんて事じゃないんすよ」


「……暁姉妹を襲わせたのはテメェだろう? じゃあ警戒も敵対もするよ、あいつらは俺の大切な後輩なんでね」


「ははっ、壇上に上げる程度のカードとして用意した彼女達ですが、意外にも深い所まで入りましたね。そんなに後輩女子は可愛くて?」


「あぁ、可愛いね。テメェみたいな性悪女の1000倍は」


睨み合いが続く。

この前の屋上で月夜先輩と話した時のような感じだ。


「俺が気に食わねぇのはな、俺と月夜先輩を壇上に上げるためだけに、アイツらをあんな危険な目に合わせたってことだ」


「責任転換はよしてくれます? そもそも、あの双子が不良集団に仕掛けて怪我人を生み出したのが事の始まりっすよね? そーれをこの晃陽ちゃんだけのせいにするのは些か極論っすよ?」


「ちげぇだろ? あそこまでアイツら怒りを肥大化させたのはお前じゃねぇのか? 証拠出して唆すだけなら、何回も回数を分けて接触する必要はねぇだろうが」


「……まっ、半分正解っすね。答えは教えませんけど」


ニヤリと笑う、尽く月夜先輩に似てやがるせいでやりにくい。


「もう一度聞くぞ? お前の目的はなんだ、何で俺に接触してきた、なんで俺が標的になってやがる」


「いやぁ、あのクソ野郎を潰すために嗅ぎ回ってたら、随分とまぁ面白そうな男の子が出てきましてね? 興味本意に調べたら、まぁそれが私の琴線に触れったって訳っすよ」


うわぁ、まったく嬉しくねぇ。


「あの糞野郎をぶっ潰す片手間に弄ったら楽しそうだなぁと、玩具にしたら凄く満たされそうだなぁと」


うわぁ、姉貴達と同じ人種だ。回れ右して帰りたい、雨乃の飯食べて和みたい。


「この前の廃墟見ましたよ? 凄い面白かったっすねぇ」


「……そりゃどうも、頭の痛い女の子一人に笑いを提供できたのなら俺は本望だ。ところで凄い帰りたくなって来たんだけど帰っていい?」


「帰ったら雨乃さんに面白い事しちゃいまーす」


自分の目の横でピースを使ってキャピっと笑う。

ハッタリだろうが万が一のことがある、要するには雨乃は俺を縛り付けておける体のいい人質ってことか。


「デメリットは分かったよ。俺がお前の話を聞くメリットはなんだ?」


「うーん、そうっすねぇ。あぁ、雨乃さんには手出ししません、金輪際」


は? えっ? なんでそんなあっさりと?


「あっ、意外って顔してるっすねぇ? ははっ、その顔が見れただけでも結構結構。そんで、話しは何処まで進んでましたっけ?」


……まぁ、雨乃の安全が口約束だけでも保証されたのは、充分すぎるメリットだな。


「廃墟のあの事件……正直言うと、私が今日夕陽さんに接触することに決めたのはあの時っすよ」


「は?」


「狂ってる、あの状況ですよ? 関係ないって暁姉妹を切り捨てることも出来た。土下座して1人だけ身の安全を保証して貰うことだって出来た。何でこんな事にって取り乱すことだって出来た。バカの一つ覚えのようにあの集団に喧嘩を売ることっだって出来た。なのに、あなたはそれしなかった」


俺はあの時、賭けに出た。

月夜先輩の援軍が来ると信じて、南雲達が助けに来ると信じて、『症状』を使う賭けに出た。


「冷静に使えるものを使った、自分の身体も症状も全てを使って、自分以外の被害を出すことなくあの場を切り抜けた」


「それがどうした」


「いやぁ、あなたに対する過小評価を改めたってだけっすよ。こーんなに面白い人間を片手間程度で相手にしようとしていたなんて」


そう言って、ゆっくりと俺の手をとった。


「過大評価の間違いだろう? 俺みたいなカッコつけ、片手間程度どころか相手にする時点で間違ってんだって」


後ろには引き下がれない。

俺の手を取った晃陽は、妖艶な笑みを浮かべる。

そして気づく。


「あ……れ?」


足に力が入らない。

その場に崩れ落ちるようにして晃陽に凭れ掛かる。


「本気で落そうと思ったんすよ。そっちの方が面白い」


声がやけに遠く感じる。

痺れたように身体が動かない、頭の中に(もや)がかかった気分だ。指の一本も動かすことが叶わない。


「あのクソ野郎、月夜はどんな顔しますかね? あなたの大切な雨乃さんは? 他の人達は? ははっ、想像しただけでも面白い」


「おま……え、な……にしやがった」


「いや、『症状』を使っただけっすよ? ほんとに便利ですよね、上手く付き合えばこれは立派な武器っすよ」


頭がボーッとする。

あれ? 俺って何してたんだっけ? どこに行かなきゃ行けないんだっけ?


「さぁ、ゆっくりと息を吐いて。何も考えなくていいんすよ? 夕陽さんは私に身体を預けてればいいんすよ」


耳元で柔らかい声が響く。

頭の中で艶かしい声が響く。

体の芯で暖かい言葉が響く。


「さぁ、安心していいんすよ? 何も考えずに心も身体も私に預けるべきっす」


「俺……は?」


ポケットが震えた。


「っっ!」


靄がかかった頭の中がその振動で少しだけ晴れる。

指先も辛うじて動く、その指先を動かしてスマホの画面をスライドさせた。


『夕陽? どこにいるの?』


あぁ、そうだ。飯の事で怒られる前に、家に帰らなきゃ行けないんだった。雨乃がいる家に帰らなきゃ行けない。


『晩御飯いる?』


次第に頭も晴れていく、体の自由も効くようになる。


「あぁ、直ぐに帰る」


そう言って一方的に電話を切った。


「あーあ、後少しで落ちそうだったのに。ったく、タイミングが良いのか悪いのか」


舌打ちしながら、俺から手を離す。


「どうっすか? 私の物になります?」


「お断りだクソビッチ」


「ははっ、酷いっすね。私は正真正銘の処女っすよ?」


危なかった。

思考の自由と身体の自由が奪われるとは思ってもいなかった。

ここまで強力な『症状』があるなんてこと、考えてもいなかった。


「寄るな、触るな、こっちに来るな。半径十メートル以内に近づくんじゃねぇ」


一気に晃陽の横を駆け抜けて、ある程度の距離をとる。

本気でやばい、次は無い。あんな奇跡は起こらない。


「あーもう! 雨乃さんってば本気で邪魔っすね。ですが約束した手前、手を出すわけにも行きません、まだ夕陽さんに嫌われるのは惜しいっすからね」


「充分死ぬほど嫌いだから安心しろ」


月夜先輩が首を突っ込むなって言った理由が理解できる。

コイツは本気で不味い。純粋に恐怖でしかない。


「まぁ、今回は挨拶程度、運が良かったら戦利品として夕陽さんを持ち帰ってやろう! ぐらいの気持ちで来たんで諦めるっすかね」


イラついた様子で頭をガサガサとかいて、俺を見つめる。


「それでは夕陽さん、今回はここまでっすね」


フードをスッポリと被りながらそう言うと俺に背を向けて歩き出す。


「それじゃ、次に会う日までお元気で居てくれなきゃ困るっすよ? 私の大切な王子様(玩具)。せいぜい、嘘つきの人殺しには気をつけてお過ごしください」


突如現れたヤバイ女……晃陽は一度も振り返らずに、闇夜の中に黒いフードと共に溶けて行った。


彼女が見えなくなったのを確認して、ゆっくりとその場に座る。


「ヤバイ、あの女は本気でやばい」


その認識が時と共に強まっていく。

あの『症状』は何なんだ? 思考と身体の自由を奪うなんて、本格的にとんでも能力だ。

飲まれれば終わる、それ以前に近づかれれば終わる。


「……二度と会いたくねぇ女だ」


姉以上に会いたくないと本気で思った。


立ち上がって砂を叩き落としながら、バイクに跨り家路に着く。

とりあえず今は、雨乃の顔を見て安心したい。なぜだか、身体の震えが止まらないのだ。


「カッコつけてナイトライダー気分で帰る予定が、飛んだブルーな気持ちで帰ることになっちまった」


あの女の顔を思い浮かべながら、毒づく。

そして、俺はバイクにエンジンを灯して逸早く帰るべく、夜の街に駆け出した。



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