二十二話 golden week 2
「釣れねぇな」
そう言って瑛叶が欠伸をする。
「釣れない時に、心を落ち着かせて釣り糸を垂らし続けるのが醍醐味なんだよ? 瑛叶君」
そう言ってニヒルに月夜先輩が笑う。
勿論のこと、月夜先輩も釣れていない。
そして、その隣で。
「うぉ! すっごいな! 釣りってこんなに楽しいんだな!」
目を輝かせて次々と釣り続ける南雲。
「くたばれ南雲ォ!」
悪態をつく俺。
我々は、電車を終点近くまで乗って少し歩いたところの漁港で四人並んで釣りをしている。
南雲に瑛叶に月夜先輩に俺、現在時刻は昼の十三時。
俺五匹、月夜先輩三匹、瑛叶一匹、そして南雲が十二匹。
「ほんっっと、ビギナーズラックもいい所だろ」
「いいよぁ、南雲と夕陽は釣れて! 釣れないもんなぁ俺達は、ねぇ月夜先輩?」
「ホントだよ、不公平だぁ」
「「誘ったのはお前だろうが瑛叶」」
事は昨日まで遡る。
雨乃とドラクエをやりつつ、何人目か分からない彼女と別れて傷心中の瑛叶が自ら『男同士で傷を舐めあおうZE☆』などとテロ予告並に面倒臭い文章を送り付けて来たと思えば、あれよあれよ本日の釣りが決定したのである。
「それで? 女運も釣り運も皆無な瑛叶」
「お前喧嘩売ってんのか」
「事実だろ? 実際これで中学の頃から数えて何人目だよ。二桁行くんじゃねぇのか? ダメ女スイーパー」
「ははは! 吸引力の変わらない唯一つのダメ女掃除機だね」
月夜先輩がゲラゲラ笑う。それを聞いた(瑛叶)以外は弾かれたように吹き出した。
「ちょ、お腹痛い! 月夜先輩ギャグセン高すぎ!」
「私服先輩やばいって、それ。瑛叶見てみろよ、死人みたいな面……ブッ! その顔反則だろうが!」
「ダイソンだ! ダイソン瑛叶君だ!」
俺達以外に誰もいないことをいいことに、好き放題笑い続ける。
……ダイソン瑛叶。だめだ、お腹痛い。
「んで? なんで別れた今回は?」
「その毎回恒例みたいに言うのやめてくれる!?」
「毎回恒例じゃん。ねぇ? 南雲と月夜先輩」
「「うんうん」」
「ちくしょう! 味方がいない!?」
「んで? なんで?」
別れたとは聞いていたが、なんで別れたのかはまだ聞いていない。
どうせあれだよ、金銭的なトラブルだろ? もしくは完全に瑛叶を踏み台に他の男と付き合おうとしたとか……まぁ、全部お馴染みだが。
「……二股されてた」
「はいクソ女でしたねありがとうございます」
「夕陽テメェ! つか、南雲も月夜先輩も笑うな!」
「ほんとにダイソンだった、ダイソン瑛叶君だった」
「吸引力変わらないな」
「吸引とか言うなぁぁぁぁぁ!」
相も変わらずなダメ女キャッチャーもといダイソン瑛叶に軽く同情しつつ、魚の口から釣り針をとってバケツの中に入れる。このサイズなら食えるだろう。
「そういや今回は何ヶ月だ瑛叶」
南雲が炭酸飲料を口に含みながら半泣きな瑛叶に聞く。
「……3ヶ月」
「チッ……! ほら夕陽、五百円」
「まいどー」
「おい待て、そこのバカ二人!」
「「あ? 誰が馬鹿だ」」
南雲から五百円を受け取りながら、中々不名誉な渾名をくれた瑛叶を睨む。
「なぁ、もしかして……」
そうです、お前の想像の通りです瑛叶君。
「「何ヶ月持つか掛けてた」」
「野郎! ぶっ殺してやるッッッ!」
竿を置いて掴みかかる瑛叶を南雲と2人がかりでしばく。
「暴れないでよ、3人共。魚が逃げるじゃん」
月夜先輩は欠伸しながら竿をビュンビュンしならせる。いや、釣れないのはアホみたいに竿をしならせてるからじゃ……?
「瑛叶、竿引いてる」
「やっと来たか!」
「嘘に決まってんだろバカ」
「夕陽、テメェ……! 大概にしろォ!」
バンッと尻を蹴られる。
痛みは明日に飛ばしたから痛くはないが、サッカー部が利き足で人を蹴るのは如何なものか?
「ったくよぉ、慰めてもらおうと思ったのにぃ」
ボヤきながら瑛叶が所定の位置に戻る。
あれだよね、そんなに阿呆みたいにダメ女に引っかかると慰める気が失せるよね。
「まぁ、気を落とすなって」
まぁ、そうは言っても昔からの親友だ。励ましてやるのが友達だ。
「ここは一つお前の暗い気持ちを吹き飛ばす面白い話をしてやろう」
「お、いい所あるな夕陽!」
目をキラキラと輝かせ、俺の話に聞き耳を立てる。
これは、俺の知ってる話の中でも相当面白い部類に入るからなぁ。
「俺の友達にある日彼女が出来たんだ。ソイツは運動部に入っていて運動神経も良い」
友人Aの顔を思い浮かべながら話を続ける。
「まぁ、普通にしてりゃモテるんだよ。ソイツが中学三年の時に三人目の彼女が出来たんだ、前回と前々回の彼女はそこそこ酷くてな、まぁ可哀想だった」
「瑛叶君みたいな人だね」
「だな」
月夜先輩達が相槌を打つ。
そうですね、瑛叶みたいな人ですね(棒)
「んで、今度こそはと出来た彼女に対して凄い惚れててな? 付き合って二日目が丁度その彼女の誕生日で、親の店手伝って貯めてた金で中学生にとっちゃ高いプレゼントを買ったんだ」
「ん……? おい、夕陽それって─」
「そして、プレゼントを渡した二日後ソイツは振られた。そして、ソイツが彼女にやったプレゼントは棒フリマアプリに出品されてたって話」
「それって俺じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ! 俺だよな!? 中学三年の時の俺だろうが夕陽ぃぃぃ!」
瑛叶以外、爆笑。
あの時は酷かった、あの俺の姉達でさえも瑛叶に優しくしてた。陸奥も夢唯も雨乃も慰めてたし、流石の俺でもイジれなかった。
今思い出せば、本気で笑えるが。
一万五千円のプレゼントがフリマアプリで五千六百円。
「なにそれ、そんな事があったんだ」
「中学三年の頃から瑛叶は瑛叶だなぁ」
ゲラゲラと南雲と月夜先輩が笑う。その近くで魚臭い手で瑛叶が俺に掴みかかって来たので、蹴りを交えての反撃に出る。
ん? 瑛叶の竿、当たってね?
「おい瑛叶」
「なんだ、この薄情者!」
「竿あたってる」
「もう騙されねぇぞ! この嘘つき!」
「いやまじで、命賭けてもいい」
「嘘だったら海に落とすかんな!」
そう言って振り向く、確かに竿は引いている。俺の見間違いでは無かったようだ。
「当たってんじゃん! なんで早く言わねぇんだよ夕陽ィィィィ!」
「言ったろうがこのカス! 人のこと信じねぇからそうなんだよバァーカッ!」
全力で自分の竿の所まで戻って、竿を引くも遅い。餌だけ食われて空中に何もついてない釣り針だけが漂っていた。
「……」
微妙な空気が漂う。
主に瑛叶の方から不幸なオーラが流れ出してくる。
ちょっと弄りすぎたかな?
「……餌だけ食われるってなんだよ」
「まるでプレゼントだけ毟り取られたお前みたいだな瑛叶」
「うるせぇ!」
だが、弄るのは止めない!
なんたって楽しいから!
「おい、夕陽。エサ分けて」
「なんだ南雲、全部使ったのか?」
「いや、さっき足が餌箱に当たって海の中に全部ぶちまけた」
「アホだろお前。まぁいいや、使え」
「夕陽君、僕も」
右隣の南雲に餌を分けつつ、月夜先輩の方に振り向く。
「月夜先輩も海に?」
「うん、いっぱい投げたらいっぱい来るかなぁって」
「アンタ馬鹿だろ」
そして再び、静寂が訪れる。
先程まで釣れていた南雲さえ釣れなくなった、雲行きが怪しい。ついでに言えば瑛叶の不幸オーラも全開。
「釣れないねぇ」
「釣れねぇな」
「釣れんな」
「釣れないっすね」
四人並んで溜息を吐く。
なんでさっきはあんなに馬鹿みたいに笑ってたんだろ? その場の空気で笑った後に、こうして急に素に戻るのは良くあることだが、あんまり慣れないなぁ。
「そう言えばさ夕陽君」
「ふぁー……っと、何すか?」
欠伸しながら月夜先輩に名前を呼ばれたので、顔を向けずに声だけで答える。
「夕陽君のお姉さん達ってヤバイ感じなの?」
俺と瑛叶の動きが止まった。
姉達の声と顔が頭をよぎり、身震いする。瑛叶を見ればサーっと血の気が引いている。
「どったの二人共」
「瑛叶と俺は……ってか雨乃も陸奥も夢唯も姉達にはトラウマしかないんすよ」
色んな事が頭よぎる。
タバスコ、川、落とし穴、爆竹、ロケット花火。
「どんなやつなんだ?」
面白半分といった感じで南雲が聞いてくるが、思い出したくもない。
「「魔王、もしくは化物」」
これは幼馴染み5人共、同じ見解だと思う。
「何されたの? なんでそんなに怯えてるの」
「瑛叶、されたこと言ってやれ」
俺が頷くと瑛叶はポツリポツリと語り出す。
「水風船の中にたらふくタバスコ仕込んで、それを顔面にスパーキングしてきたり」
痛かったなぁ、アレ。
「雪合戦しようぜって言って来たと思ったら、どこから取ってきたのか砂利を込めた雪玉を投げたり」
痛かったなぁ、アレも。
「夕陽の家に泊まってた時に、耳元で爆竹鳴らされたり」
怖かったなぁ、アレ。
「ロケット花火乱射したり」
人に向けては行けないって知らないのかなぁ。
「みんなで川行った時に、高い所からドロップキックで飛び込まされたり」
お陰で俺と瑛叶は軽い高所恐怖症です。
「女子連中は会う度にセクハラされてます」
……あれは、まぁ、うん。グッジョブ。
「俺はそれがほぼ毎日でした」
毎日、毎日、毎日。
家に救いは無かった、そして嫌がれば嫌がるほど愉しそうに笑う。
真性のサディスト双子だ、兄貴の聖人っぷりを少しばかりは見習って欲しい。
「……なんて言うか、壮絶だね」
「想像を絶する酷さですよ。あの双子」
謎の抑揚を付けながら喋る夕璃ねぇ、ニコニコと常に腹黒い笑みを浮かべる夕架ねぇ。
あの二人は駄目だ、人間の手に負える相手じゃない。勇者ぐらいじゃないと太刀打ちできない。
「はぁ、なんか気分が悪くなってきた」
青い顔で瑛叶がそう言った。
「胃が痛い……」
キリキリと胃が痛む。
そんな俺達の様子を見ていた南雲と月夜先輩がウワァという顔をする。
「「絶対に関わらないようにしよう」」
姉貴達が帰ってきた際には是非とも君達にも会わせてやるから覚悟しとけ、震えて眠れ。
「お、当たりが来た」
ビビッと竿が震える。
この感覚は楽しいものだ、どうやら他の3人も当たったらしい。
群れでも来たのか?
「ははっ! 面白いぐらい釣れるな!」
先ほどとは打って変わって、馬鹿みたいに釣れる。
入れたら釣れるまである。
「ははは! 大量じゃぁぁぁ!」
すっかり元気になった瑛叶が叫ぶ。
そして、次第に俺達の笑い声が辺りに響く。何が可笑しいのかも、何が面白いのかも分からないが。
今が楽しいから、とりあえずは馬鹿みたいに笑っておこう。




