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Evening Rain  作者: てぇると
日常編
2/104

二話 good morning

「どうしたの? ボーッとして」


気づけば学校への出発前だった。

朝飯が美味かったことだけは記憶しているが、その後がすっぽりと抜け落ちたみたいだ。


「ほら、お弁当」


ぐいっと俺の前に差し出された包みをありがたく受け取り、ぺちゃんこの通学バッグの中にしまう。

ご覧の通りの有様だ、三食きっちり彼女の手料理を食べている、そしてこれが本当に美味い。


「そろそろ行こうか」


早く出ないと電車の時間なので、靴を履いている雨乃に声をかける。

俺はローファーを履いて爪先を地面に叩きつけるだけなので楽だ。


雨乃が靴を履いたのを確認してドアを開けると、まぁ何とも俺好みの天気であった。どんよりと濁った今にも降り出しそうな空模様、少しだけ肌寒さが残る春先独特の空気。


「うげぇ、曇りだ」


露骨に顔をしかめながら、雨乃がボヤく。


「曇り時々……ってか雨だけどな」


「何でそんなに嬉しそうなの?」


「晴れよりは好きだから。あと、カップルの気持ちも沈むだろ?」


「カップルって言うのは雨が降れば相合傘してキャッキャッ言うと思うんけど?」


「竜巻がピンポイントでカップルの真下から吹き荒れないかなぁ」


物騒な事を言いつつ雨乃が玄関の扉を閉めるまで待っていると、ポツポツと少しだけ雨が降り出した。気にするほどではない小雨だ、この程度なら傘を持っていく必要も無いな、すぐに降やむ。


「行くわよ」


横を通り過ぎる雨乃の声で我に返る。てか、俺は一応鍵を閉めている雨乃を待ってたん出すけどね。


「誰も待ってなんて頼んでないし」


「待たないでくれとも頼まれてないんだなぁコレが」


壁に寄りかかって笑う俺を軽く睨みながら……いや違う、こいつはただ、目つきが悪いだけか。


「じゃあ待たなくていいじゃん」


「ん? あぁ、俺なりの愛ってやつですよ」


「そんな汚いものいら無いわよ」


このやり取りに少しだけ、お互いの頬が緩む。


「この会話が成立するってことはお気に召していただいたってこと?」


「……面白かったわよ、スラスラ読めた」


「今度同じ作者の本貸してやるよ」


「ありがとう」


いつも通りの道を歩きながら会話を交わす。心地の良い一定の感覚で、下らないことを言い合う。


「あ、雨」


雨乃が手を広げると次々に水滴が雨乃の手に落ちていく。


どうやら、俺の予想は外れたようだ。面白いほど雲が急激にドス黒く色を変えていく。

「あぁ、これ強くなるやつだ」と道行く人に思わせるような雨が少しずつ俺の身体を少しづつ濡らし始めた。

既に雨乃は折りたたみ傘を広げている。


「急ごうか夕陽」


「だな、俺傘持ってきてないし。あっ、相合傘してくれても良いのよ?」


ニヤニヤとしながら雨乃に言うと、目の前に一本の棒が差し出された。


「は? 折り畳み傘もう一本持ってきてあげたけど?」


「……ありがたく頂戴します」


受け取って傘をさそうとするが、傘が開かない。

格闘すること約数分、傘はやっと開いた。

だが、もう既に遅い。傘をさしていた雨乃は濡れなかったが、傘を指すのが遅れた俺は急に勢いを増した雨に打たれて少し濡れた。


「……走ろうか雨乃」


「渡すの遅れてごめん」


申し訳なさそうな表情で雨乃が謝る。

駅は少し先にあったため、傘をさしながら全力で走る。車通りは多いが人は少ないため、他人に気を遣わず走り続けることが出来た。走ること六分弱、やっとの思いで駅たどり着いた。


「はぁ…はぁ」


「あぁー、疲れたぁ」


何故か息切れが俺の方が激しい、雨乃は疲れているようだが俺ほどではない。

何故だ…何故なのだ、男の方が体力多いはずでしょ? てか、雨乃より俺の方が運動神経高いのに。


「夕陽は走り方に無駄が多いから疲れるのよ」


息切れを起こしている俺をニヤニヤとドヤ顔で見下しながら雨乃が別に聞いてないのにアドバイスをしてくる。


「そういうお前の走り方は綺麗だったな」


電車が来るまで、残り五分と言ったところか。

走ったことで、いつもより早く駅に到着してしまった。

空いているベンチに腰掛けてボーッとしていると、頭にタオルがかかり視界が塞がれた……と思ったら濡れた髪を雨乃が拭いてくれているようだ。ゴシゴシと拭かれているとまるで、猫になった気分だ。


「ちょっと撫でる力が強くない?」


雨乃の力が少し強い気がしてそう言うと、どうやら自覚がないようで子首を傾げる。


「そう?」


と言いながらもニヤニヤと頭を拭く力が次第に強くなる。


「痛い、痛いー」


「我慢して。あ、でもなんか楽しくなってきたかも」


「なんで?」


「夕陽の頭をがっちり持ってるから、夕陽の命は私が握っている感じがする」


「なにそれ、超怖いんだけど」


割と真面目に戦慄しつつ、頭を拭いてくれた礼を言う。

空を見上げると、どんよりとした天気がより一層ドス黒くなっていく、それに連なるように雨の勢いも増していく。


「こりゃ土砂降りになりそうだな」


「桜、散っちゃうかもね」


「まぁ、しょうがないだろ」


桜か……花見って、今年はしてなかったなぁ。などと考えていると、薄暗い駅のホームを電車のライトが照らした。

カンカンっと言う子気味のいい踏切の音が聞こえたと思ったら、もうすぐ側まで電車が到着していた。


「来たよ」


「あぁ」


軽く会話を交わし、電車の中に乗り込む。雨ということもあってかいつもより人は多い。偶然にも二人がけの椅子がちょうど空いたので素早く座るって一息ついた。


どうやら雨は強く振り続けるようで、電車内からでも雨が車両を叩く音が聞こえる。ガシューッと重苦しい音と共に扉が閉まると電車が一定の振動を立て走り出した。


「……雨自体は嫌いだけどさ、電車の中から見える雨の景色は好き」


窓の外の景色を見ながら、雨乃がボソリと呟いた。


「俺は雨自体が好きだから基本的に全部好きだな。でも、雨の日の電車は異常に人が増えるから嫌いだ、あとカップル」


「内情はどうであれ傍から見たら私達もそう見えてると思うんだけど」


「なにそれ? 口説いてんの?」


ニヤッとしながらそう言うと、横から氷のような視線が突き刺さる。

痛い、超痛い。視線だけで人が殺せるのではなかろうか?


「折り畳み傘で人間って殺せるのかね?」


バッグから折りたたみ傘をチラつかせながら怖いことを言い始める、やベーよ超怖い。


「怖い怖いよ、超怖い」


お互い目線すら合わさず軽口を叩き合う。

通勤通学ラッシュから少しばかり時間は避けていると言えど人はアホみたいに多い、駅を追うごとに多種多様な学生服が増えていのも一種の楽しみでもある。


「そろそろ」


「あぁ」


そう言って、この県の中でも有数の大きさの駅に到着する。

ここからは乗り換えて学校に向かわなければならない。階段を登ったところでくたびれたサラリーマンと擦れ違う、心の中でエールを送りつつ俺達は高校に向かう電車に乗りこんだ。


乗り換えた電車に揺られること十五分前後、四駅ゆられやっと高校付近の駅に辿り着く。


「雨…強くなってる」


「雷落ちるぞこりゃ」


「え……?」


やだ、何その顔かわいい。

雨乃は物凄く雷が苦手だ、落ちれば小刻みに震えるし顔も青くなっていく。下手すれば焦りすぎて雨乃の思考が俺に逆流することもある。


「……早く行こう、出来るだけ早く」


産まれたての小鹿のようにプルプル震えながら、俺の袖をグイグイと引っ張る。


「早く雷落ちないかしらん」


いつものお返しと言わんばかりに意地の悪い軽口を叩いてやると、キッと鋭い視線がコチラに向いた。


「最っ低!」


本気の罵倒頂きました! マジで睨まれると怖いんでやめてください。

だが、冗談抜きで雷が落ちそうである。


「行くか……割とマジで落ちそうだ」


「うん」


折りたたみ傘をさして走り出す。学校までの距離はそこまで無いが怖がっているので走るに越したことはないだろう、今日は猿の何度目だ。

走っているとぼんやりと学校の校門が見えた、その前には傘をさして談笑している先生達が立ってる。


「おい、夕陽。いつ黒に染めてくるんだ?」


校門を通り過ぎようとした時に苦笑混じりに担任に頭を掴まれる。


「地毛ですって!」


「知ってるての、大体俺と早乙女先生が他の先生に説明してやったんだからな」


「はいはい、聞き飽きました聞き飽きました! 雨に濡れるんでもう行きます」


やけにしつこい先生の手を振りきって雨乃に追いつく、お世話になっておいて何だが非常に絡みがしつこい。てか、朝からあの乗りはしんどいんでやめてほしい。


「茶髪って大変ね」


「まったくだ」


自分の髪色に文句をたれながら、玄関で靴を脱ぎ中履きに履き替える。


「じゃ、俺いつもの所に行かなきゃだから。これよろしくー」


バッグから財布とスマホだけ取り出してそれ以外をいつも通りに雨乃に預けると、不満100パーセントの表情で俺を睨む。


「また行くの? 毎日毎日、飽きないわね」


「飽きる飽きないじゃなくて、あの人の話は俺やお前の病気を治すにあたって必要なんだよ。そんじゃ」


財布とスマホをポケットに入れ、一気に階段を駆け上がる。

目指すは最上階の一番端っこにある化学準備室と銘打った、とある人のプライベートルームである。適当にノックして返事を待たずにドアを開けた。


「おはよーございます」


やる気のない挨拶と共に中に入ると、GパンにTシャツとカーディガンという校則ガン無視のスタイルをかます先輩がコーヒーの袋を手に立っていた。


「やぁ、おはよう夕陽君」


「おはようございます、月夜(つきや)先輩」


伸びきった黒髪に華奢な体格が相まってパッと見女に見えるがれっきとした男である。一個上の先輩、早乙女 月夜(さおとめ つきよ)、とことん自由な先輩である。

髪色は灰色で制服を来ているところを一度も見たことがない。


「なにか飲むかい?」


「いつも通り珈琲で。ミルクは一つ、角砂糖は三つ」


「はいよ」


慣れた手つきで俺のカップに珈琲を入れてくれる。


「ほんとに、いつ来てもプライベートルームですね」


「早乙女先生…もとい僕の姉が化学教師だしね」


「関係なくないですか? まぁでも、大池先生にはお世話になりっぱなしです、はい」


俺の茶髪…その他諸々も早乙女先生、つまりは月夜先輩の姉である早乙女月陽(つきよ)さんが面倒を見てくれているのである。雨乃の父とも面識があるようで時たま家にも来ることがある。


だが、未だにこの部屋が月夜先輩のプライベートルームなのは謎に包まれている、何度聞いても「当ててごらん」しか言わないのでもう諦めてしまった。

おおかた、実は月夜先輩はこの学校の理事長とかいうオチだろう。


「はいどうぞ」


ボケっと下らないことを考えていると目の前に珈琲が置かれる。

一口だけ含むと甘さが口の中を包み込む。まだ熱い塊をゴクリと飲み干した。さーて、頭をフル回転させてる時間である。


「よし、じゃあ始めようか」


月夜先輩はホワイトボードを片手でコンっと叩きながら、カップ片手にニヒルに笑った。

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