十八話 単刀直入
もうすぐ化学準備室という所で、俺のポケットのスマホが震える。
嫌な予感がしつつ、ロック画面を開くと『月夜先輩』という表示でため息が出る。
「はい、もしもし」
『あ、起きてたー?』
「えぇ、そりゃぱっちりと」
『じゃあさ、お願いがあるんだけど』
「チッ……で? 何ですか?」
『今舌打ちした?』
「してないです、舌が勝手にリズムをとりました」
『それ舌打ちだよね!? まぁいいや、お金は後であげるからさ自動販売機で「赤色」の飲み物買ってきてくれないかな?』
赤色の飲み物? 確か学食の上の自販機コーナーにトマトジュースがあったな。でも、なぜ赤色?
『暁姉妹ちゃん達の『症状』に必要不可欠なものだからさ、買ってきてくれないかな?』
「……はぁ、分かりましたよ」
『ごめんねー、んじゃ』
ブチッと電話が切られる。化学準備室は目と鼻の先、トマトジュースが売ってる自販機は……別校舎か、面倒くささが行くか。
「先輩なんて?」
「暁姉妹が『症状』使うのには赤色の飲み物がいるらしい。つーわけで行ってくるから、先に化学準備室入っといて」
「私も行くわ、夕陽の痛みがぶり返さないとも限らないし」
「心配しすぎだろ。まぁいいや、走るぞ」
「ねぇ、話聞いてた? 痛みがまた──」
話を聞かずに走り出す。
階段を数段飛ばしで駆け下りて、華麗にターンしつつ再び階段を駆け下りる。
うん、走ってもやっぱり痛くない。気分は……まぁまぁだな、良くもなけりゃ悪くもないって感じだ。
「とうちゃーくっ!」
自販機の前に大した息切れもなく辿り着く、少しだけ肺は痛むが別にという感じだ。後ろには荒い呼吸でへたり込む雨乃。
──よし勝った。
「はぁ……んっ、勝った! じゃないわよ……はぁ」
んっ、ってエロいと思いました。
「今良からぬこと考えたでしょ?」
「思考読んでなくてその回答に辿りついたのは流石だな」
「胸見てた?」
「いや、まな板にもフライパンにもさして興味は」
「死ねッッッ!」
俺は脚フェチです、胸には興味は……ない……です。
「あれね、ちょっと心配して優しくするとそうやって調子乗るわよね」
「そりゃアレだ、お前に心配をかけねぇようにっていう俺なりの心遣いだよ」
適当ほざきつつ、自販機でトマトジュースをポチッとして購入する。パック入りのトマトジュースが学校で売ってるって珍しい。
もののついでなので水のペットボトルも買っておく、化学準備室にはコーヒーしかないし。
「ほら」
椅子に座り疲れて項垂れる雨乃に水のペットボトルを投げる。
「気が利くわね」
「そりゃね」
雨乃は水のペットボトルをグイッと勢いよく飲み進めていく。走ったから余程喉が乾いてんだな。
「ほい」
半分ほど残ったペットボトルを俺に差し出すと、早く取れと言わんばかりに目に力を込める。
「……なんで?」
「走ったから喉乾いてるでしょ?」
「いいって、俺は別に」
「飲んどきなさい」
「分かったよ」
俺が受け取ると少しだけ機嫌が治る、情緒不安定かお前。
ため息混じりに受け取って口をつけてほぼ全部飲んでから、ある事に気がつく。
……関節キスじゃないっすか、やだー。
「ねぇ、雨乃さん」
机に顔を埋める雨乃の頭を少ししか残ってないペットボトルで叩くと口ごもりながらもボソボソと口を開く。
「……その、思考を読んじゃったから」
「読んじゃったかー」
読んじゃったかー、関節キスのくだり読んじゃったか。
「悪い、マジで気が付かなかった」
「いや、進めたの私だし……気にしないで」
そう言って勢いよく立ち上がり、俺の手からまだ少し入った水をひったくると一気に飲み干して押し込むようにゴミ箱に捨てた。
「よし行こう!!!」
やけに声を張り上げてそう言う。
「あいよ」
帰り道は比較的にゆっくりな歩調で進む。
渡り廊下からグラウンドの方を見れば先輩相手に一歩も負けずボールを競り合ってる瑛叶が見える。かっけぇな、どいつもこいつも。
「うぃーす」
化学準備室の中に入ると、ホワイトボードを消すカーディガンお化けの月夜先輩とクッキーをボリボリかじる暁姉妹が俺達に気がつくとビシッと敬礼してくる。
やだ可愛い、と思いつつ敬礼を返す。
「あぁ、ごめんね夕陽君、雨乃ちゃん」
「いいえー、ほいトマトジュース」
130円の紙パックを月夜先輩に投げ渡して、そこら辺にある椅子に腰掛ける。
「冬華ちゃんと夏華ちゃん、これでいいのかい?」
「「ばっちりです!」」
月夜先輩はコップを一つ取り出すと真っ赤なトマトジュースを片方に注いで冬華に渡し、紙パックの方を夏華に手渡す。
「そんで、なんでトマトジュースなんすか?」
「彼女達が『症状』を使うのに必ずいるものだからだよ。夕陽君みたいに痛みが上乗せされたり、雨乃ちゃんみたいに思考を読みすぎるとパンクしちゃったりと、あとからデメリットが来るタイプではないんだよ彼女達は」
つまり、トマトジュースを飲んだら『症状』が使える?
「違うと思うわよ」
雨乃が俺の思考を読んだのか、横槍を入れる。
「その人は」
「その人って酷くないかい!?」
うるせぇぞ月夜先輩。
「月夜先輩はわざわざ『赤色』を指定したでしょ? って事は、夏華と冬華が『症状』を使うのに必要なのは『赤色』の飲み物。違いますか、月夜先輩?」
雨乃が簡潔にスラスラと答えを言うと、月夜先輩は嬉しそうに指をパチンと鳴らす。
「だっいせいかーい。流石は雨乃ちゃんだね」
先に来るデメリットなのか……これってデメリットなのか?
「微妙な所じゃないかしら? 私達は任意で自由に『症状』が使えるけど身体に来る負荷が大きい。夏華と冬華は用意しなきゃ行けないものがあるけれど、私達みたいに身体に負荷はかからない。まぁでも実際に体験してみないと不便かそう出ないかは判断できないけれど」
「うん、考えるのが面倒臭い!」
「清々しいな君は!」
月夜先輩のツッコミが入る、ナイスツッコミ。
「「準備完了です!」」
息ピッタリ、仲いいなお前ら。
「さて……と、じゃあお願い出来るかい?」
「「はい」」
次の瞬間、テーブルが激しい音と黒煙を放ちながら爆破。
「きゃ!」
「うぉ!?」
「ほほぅ」
そしてすぐさま再生。
三者三様の反応、可愛い雨乃の悲鳴と俺のガチな悲鳴、にやりと笑いながら楽しそうな月夜先輩。
「あ、ごめんなさいあー先輩、ゆー先輩」
「大丈夫よ」
雨乃に同意するように頷く。
あー、こりゃ怖いわ。昨日なんでビビらなかったのか不思議だわ。これを不意にくらった虐めっ子達にも流石に多少の同情は覚えるな。トラウマ物だぞ、これ。
「はっはーん! ははは、すっごいなコレはッ!」
テンション高めな月夜先輩が机の上にiPadを置く、画面をワンタップすると映像が再生される。
「二人の『症状』は映像にも残る」
何度も映像を再生しながら、月夜先輩はまるで遊具に乗る子供のように楽しそうに笑う。
そして─
「おめでとう夕陽君に雨乃ちゃん、彼女達姉妹の『症状』を持って、正式に君達の『症状』も立証された」
「へ?」
俺の間抜けな反応を見てニヤリと笑うと、カーディガンを翻し月夜先輩はホワイトボードに手早く何かを書き込んでいく。
「夕陽君や雨乃ちゃんに紅音を含め、今まで僕達が知っている『症状』と言うのは『自分にしか作用』しない症状だった」
俺達三人の名前を『体内作用者』と書いた枠の中に当てはめていく。
「コレは言わば、目に見えないし触れることも出来ない。つまりは『君達の症状が本当にこの世に存在している裏付けにはなり得なかった』んだ」
そして、俺達の名前のある枠の隣、『体外作用者』と書いた枠の中に暁姉妹の名前を書き込んでいく。
「だが、暁姉妹の『症状』は僕達の目にも見えるし、こうしてiPadにも映像という目に見える形で証拠として残っている」
俺達の枠と暁姉妹の枠を線で繋げる。
「今ここで、不確定だった君達の『症状』は、確定した『症状』に変わったのさ」
目に見える形で確かに作用する『症状』のお陰で、目に見えない形で作用する俺達の『症状』が立証されたのか。思い込みなんかではなく、確かにあるものとして存在を得た。
「まぁでも、暁姉妹の『症状』は正直言って謎が多すぎる。今日はもう時間だけど、これからゆっくりと『症状』について解き明かしていこう。夏華ちゃんと冬華ちゃん、これから週に一回は放課後ここに来てもらっていいかな?」
「私はいいですよー」
夏華が若干興奮気味の月夜先輩に圧倒されながらも答える。
「あの、私は雨乃先輩と先輩が来るなら」
「よし! ありがとう!」
そうですか、俺たち二人の意見はガン無視ですか、そうですか。
その後も細々とした質問のような事実確認のようなものが続く。
「あー先輩!」
ある程度終わったあとにガバッと夏華が雨乃に抱きつく。それに続くように冬華も雨乃に近づく。
困ったような顔を浮かべる雨乃。
だが、心の底から湧き出る嬉しさが隠せないのだろう、とても優しい笑顔で二人とスキンシップを取る。良かったな、可愛い後輩が出来て、少しだけ安心したよ。
安心した所で、今日中に片付けておかなきゃ行けないことをしよう。……さてと、抜け出すならこのタイミングだな
「月夜先輩」
「ん?」
「ちょっと話が」
「……あぁ、屋上に行こうか」
※※※※※※※※※※※※※※※※
夕暮れが始まる。
太陽は半分程見えなくなり、空の色は二分割されている。下の方は綺麗な茜色、上の方は藍色。鳥の鳴き声とサッカー部か野球部のランニングの掛け声が聞こえる。
「それで? 話って何かな?」
手摺の方に歩きながら月夜先輩が口を開く。
「俺の『症状』の事と、暁姉妹を襲うように不良グループにちょっかい掛けたバカのことについて」
「その情報源は南雲君かい?」
「えぇ」
「参ったなぁ、彼には君だけには言わないようにと釘を指しておいたんだけど」
「あいつは隠し事とか苦手ですよ、友達に対しては特にね」
屋上の手摺に体重を預けながら月夜先輩が空を仰ぐ、俺は2本の足でしっかりとコンクリートの地面を踏みしめて気合を入れる。
「ははっ、夕陽君、いつになく怖いよ?」
カーディガンを風になびかせながら月夜先輩が嗤う。おどけるように誤魔化すように。
「月夜先輩、黒と白のストライプ野郎について知ってますね?」
「いや知らないよ」
「嘘ついてんじゃねぇぞ、月夜」
「ははっ、君が呼び捨てなんて珍しいね。それにしても困ったなぁ」
月夜先輩の雰囲気が少しだけ変わる。
「もう一度聞きます、月夜先輩。『黒と白のストライプ』について知ってること全て吐いてもらっていいっすかね?」
今回だけは絶対に逃がさねぇぞ、月夜先輩。