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Evening Rain  作者: てぇると
日常編
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十三話 熟思黙想

「夕陽、人生について質問をしようか」


雨斗さんの声音が変わる。こんな感じの雰囲気を醸し出す時は決まって彼は質問を投げかける、一筋縄では行かないような。


「いいっすね、眠くなるまで付き合いますよ」


俺は、この問答が嫌いではない。むしろ好きと言えるだろう、口煩くお説教はしないが、雨斗さんが投げかける質問は考えさせられる所がある、そして正解のヒントもくれる。

言わば、彼なりの教育だ。


「そうかい、そうかい。と言っても、今回のはそんなに思い話しじゃ無いよ、いつもよりは軽めだ」


ニッコリと微笑む。


「さて、夕陽は進路について決めたかい?」


「……どこの大学に行きたいって訳じゃないんですけど、インテリア関係やデザイン関係の道に進んでみたいとは思ってます」


俺は、部屋の内装や家具のデザイン、チラシや看板、もっと言えばCMなんかにも昔から興味を惹かれていた。いつしか、それは仕事にしたいと思えるほどに。


「そうかい、ちゃんと将来を見ていて安心したよ。まぁ、でも本題はそこじゃない」


「と言いますと?」


君はどんな(・・・・・)大人になりたい(・・・・・・・)? もっと言えば、どんな人になりたい?」


思考に大きな静寂と沈黙が訪れた。

どんな人間? 俺はどんな大人に……人間になりたいのだろうか。


誰にでも優しい人? なれた良いとは思うが、どうにも俺には不向きに思えて仕方が無い。

困っている人がいたら自らを顧みずに手を差し出せる人? これも先程の答えと一緒だ、俺にはそこまでの度量はない。自分の身の回りで手一杯、今日だって三人逃がすのに死ぬ思いをした。


ならば、俺は──


「……」


「考えるといい、ゆっくりとね」


嫌に冴えきった脳味噌に雨斗さんの言葉がハウリングする。

『どんな人間になりたいか』という答えを導き出すのには式がいる、数学だろうと何だろうと、答えを出そうとするのならば式を考えなければいけないのが世の常だ。


「どうしたものか」


独り言のように呟く。

『どんな人間になりたいか』この問は『今の自分がどんな人間なのか』を切り詰めていかなければならない。

良いところは引き継いで、悪いところは省いて新たに付け足す。


赤星 夕陽が、今現在どんな人間であるか? これは俺より雨乃の方がスラスラと答えられるだろうなぁ。

強いて言うとするなら『カッコつけ』か? なんだ、答えはもう出ているじゃないか。


「俺は……」


一瞬の躊躇いはあったものの、息継ぎなしで言葉を紡ぐ。


「俺は、好きなヤツの目の前でぐらいカッコつけることが出来るような男になりたいです……いや、そんな男でありたいです」


しばしの沈黙、そして破顔。


「え、なんか不味かったですか?」


「いやいや、予想していた回答よりも大分斜め上超えてたからね。ついつい笑ってしまった。他意は無いよ」


「ならいいっすけど」


よかった、あまりの珍回答ぶりに笑われているものかと思った。まぁ、でもこの答えは自分の中にあったものだ。

カッコつけられるぐらいの余裕を常に持っていたいって事だ、なんとも俺らしい。この個性は消す必要の無いものだ。


「個人的にはすっごくいい答えだと思うよ? 君らしくて、すっごくいい答えだ」


「ありがとうございます」


「ほんとに二人の面白い部分を引き継いで生まれてきたね、君は」


「……嫌だなぁ、あの二人の面白い部分って禄なイメージが」


「ははっ、そう思うのも分かるけどね。個人的には君達兄妹の中で一番行く末が楽しみなのが君だよ」


……兄貴は旅人、姉二人は魔王、それより面白いとなると何があるのだろうか?


「夕陽の兄の夕帆(ゆうほ)はまんま昔の君の父親、夕璃(ゆうり)夕架ゆうかは言わなくてもわかると思うけど母親似。そして君は二人を凝縮したような子だからね」


「俺そんなに濃ゆいですかね? うちの家族の中で一番マシだと思ってたんですけど」


「まぁ、そこは自分で気づいて言った方が夕陽のためになるだろうね。それにしても二人共、面白い回答だったね」


二人共……? てことは、雨乃もこの質問に答えたのか。


「雨乃も答えたんですか?」


「うん、答えたよ。君とは違った答えだったけど、それはそれは面白かった。まぁ、教えないけどもね」


唇に指を当てていたずらっ子のように笑う。


「それじゃあ、僕は寝るよ。夕陽も早く寝なさい」


「うっす」


雨斗さんはそう言うと食器やグラスを炊事場に持っていき、足早に部屋から出ようとする。

俺も俺で、自分の寝床を確保するようにソファの枕やらを並べていた。


「あぁ、それと夕陽」


思い出したように、ドアに手をかけながら雨斗さんが振り返る。


「時間は少ないよ」


「へ?」


時間ってなんの?


「今が高校二年生の春だから、ざっと数えて約二年」


「それがどうしたんすか?」


「あー、そうか。当たり前になりつつあるのか」


雨斗さんは苦笑しつつも、幼子に告げるような優しい声音で言葉を紡ぐ。


「夕陽と雨乃が一緒に生活できる時間だよ」


……思考に空白が生じる。


「大学がバラバラになるとしたら、少なくとも二人共離れ離れになるだろうね」


あぁ、そうか。当たり前のように続いてた日常にも終わりが近づきつつあるのか。そりゃそうだ、いつまでも一緒に居られるわけがない。この心地いい空間に縋れる時間もあと僅か。


「僕が言いたいのは、今まで通りじゃダメだってことだ。悩んで悩んで行動しなさい夕陽。それじゃ、おやすみ」


ドアが音を立てて閉まる。

何故だろう、死ぬわけじゃないのに首筋に死神の鎌が掛かっている気分だ、もしくは頭に銃を突きつけらているような感覚。


「ははっ、当たり前すぎて気づかなかった」


独り言のように呟く。ベット変わりのソファに横になって、嫌に冴えた頭の中を整理する。


「ずっと続くわけねぇよな、そりゃ……」


どの道、燻っているのもこれまでという訳だ。

ずっと一緒に居たいなら、雨乃側に居たいなら、そろそろ本格的に行動に移す時が来たのだろう。

それが例えどんな結末を迎えようと、俺は行動しなきゃいけないのだ、目を開いて現実を見なきゃいけないのだ。


「ほんっっと人生って甘くないのな」


関係が崩れるなんて気にしてる場合じゃなくなった。


そう結論づけてゆっくりと目を閉じる、考えるのは後でもできる。最優先は明日に備えて眠ることだ。明日のことは明日の俺が何とかしやがれ。

そう吐き捨てるように呟いて、深海のような暗闇に身体を沈ませて行った。



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