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Evening Rain  作者: てぇると
日常編

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12/105

十二話 重見天日

Tシャツに手をかけながら、雨乃の表情を見る。潤った大きな瞳が俺を捉える、心做しか震えているようにも見える。


「雨乃……?」


自然と口からその名前がこぼれ落ちる。


「夕陽」


艶やかな声で、俺の名を呼ぶ。

金縛りにあったように体がピクリとも動かず、ただ一心に彼女の顔を見つめ続ける。

そして、彼女の柔らかい指が俺の肩に触れる。


「はいバンザーイ!」


立ち上がり、彼女の首筋に手を当てようとした次の瞬間、何故か俺は上半身裸にされていた。そして、自分の間抜けさに気づく。

やっちまった……


「やっぱりね……」


見られたのだ、痣のせいでドス黒く変色している皮膚を。

雨乃は露骨に不機嫌になりながらも、何処か顔に不安があるようにも取れる。


「雨乃、お前もしかして」


「まぁね、夕陽はハニートラップに対する警戒心が足りないんじゃないかしら? それとも女だったら見境なく襲ってしまおうと考えるような野獣?」


「……違います」


名誉のためにそう言っておく……ホントだからね!? あわよくばなんて思ってないんだからね!


腹部が妙にこそばゆい、目を向けると雨乃が俺の腹に指を這わせる。

怪我を見つめるその表示は悲しげで儚げで、どこか懐かしさを感じさせる表情だった。この目を俺は知っている、だからこそ彼女に見られるわけにはいかなかったというのに。


「まぁ、想像はしていたけれど、思ったよりひどいわね」


「……チッ、俺の期待を返せ」


いつものように軽口を叩いておくことにする、シリアスシーン突入なんてガラじゃないしな。


「ばーか」


湿布を取り出しながら、クスクスと雨乃が笑った。あーちくしょう、なんだこの恥ずかしさ。

立ち上がった身体を力なくベッドに倒しながら、紅く染まった顔を見られぬように両腕で顔を隠した。


「だいたい夕陽が私に隠し事が出来るわけないでしょ」


「………全く考えないようにしてたんですけど」


「「雨乃にはバレてはいけない」って無意識のうちに考えてたのよ、バレバレ」


「ひょうものー」


傷跡にヒヤッとした感覚が伝わる。


「……怒ってます?」


何となく、恐る恐るそう質問をすると。ほっぺたを全力でつままれた。顔を見れば、何とも言えない表情だ。


「怒ってないと思った?」


「ですよね」


「あんな無茶しないで」


「俺的には勝算があったし、大体南雲達が来るまで時間を繋ぐ方法はアレぐらいしかなかった」


頬を抓る力が弱まる、弱まった雨乃の手は優しく俺の頬を撫でる。


「それでも。下手したら内蔵破裂なんてことになってたかもしれない」


「あー、それ俺も殴られ始めてから気づいた」


極めて明るくケラケラと笑う俺の頬にパチンっと頭に痛みが走った、強めに雨乃に叩かれた。


「痛てぇよ。撫でてから引っぱたくとか随分なアメとムチだな」


言いながら、寝転がっていた身体を起こす。

大体、あれしか方法はなかった。あそこでの判断ミスは許されない、四人居るうちの一人が傷ついて場が繋げるならそれが最善だ。


「終わりよければ全てよし」


「……それで夕陽が傷つくのは私としては良くない」


ギリッと歯を食い縛る音が聞こえる。


「悪かったよ、心配かけて。でも、双子も無事に何とかなったんだから良いだろ?」


「良かったわね可愛い双子に懐かれて」


「まぁなー」


またもやほっぺたを捻じきれんばかりの強さで抓られる。

もうそこまで怒っていないようだ、安心。


「ばーか」


いつものようにそう言われ、暫く重い沈黙が場を包み込む。

あー、ガラにもないことするとこのザマだ。結局のところ雨乃に余計な気と心配をかけた。


「ねぇ」


そんな事を考えている俺に雨乃が声をかける。


「ん?」


「あんまりさ……私の前で傷つくのはやめてね」


珍しく、優しい表情でそう呟く。本気で心配しているその表情に胸がギュッと鷲掴みにされるような錯覚に陥る。

ほんと……驚く程に情けないしカッコ悪い、自己嫌悪で死にたくなる。


「約束は出来かねるな」


こんな事があったのに、嘘一つ付くことが出来ない事も。


「しなさいよ」


「いざとなったら破る自信しかないからしない。出来ないことは言わない主義だ」


きっと俺は雨乃の代わりになるならば今日と同じようなことをする、だから約束は絶対にしない。


「ばーか」


そう言って俺の肩に体を預ける。一人分増えた身体の重さが妙におかしくて暖かくて、ついつい笑みがこぼれた。


「夕陽、じゃあ一つだけ」


「守れる範囲ならな」


「女の子との約束は守れなくても約束するものよ」


「んじゃ、早く言え」


上目遣いで俺の目をジッとみる、目を逸らそうとしても何故か逸らせない。不思議と吸い寄せられる。


「無茶ばっかしないでね? 夕陽は分かってると思うけど」


昔の彼女のように、柔らかく優しく微笑みながらそう呟く。

まぁ、これぐらいなら。

そっぽを向きながら我ながらぶっきらぼうに約束を立てる。


「……仰せのとおりに」


「うん。さーて、明日も早いから寝るわよ」


そうだなー、と相槌を打ちながら一つ重要な事に気がついた。


雨乃さんってマジでここで寝るのか……?


「寝るわよ」


唐突に心を読まれたようだ。

えぇぇぇ、なんかさー、この空気から一緒のベッドで寝るとかは無理なんですよねぇ。

とんだチキン野郎だ、コンビニのフライドチキン食べたら共食いになるレベルのチキンだ。


「……俺、下で寝るわ」


はい、無理です!


「別に何の問題もないでしょ、昔は一緒にお風呂に入ったりしてたんだし」


「いつの話だッッ!?」


「別にいいでしょ、早く寝るわよ」


「えぇー」


あっさりと俺のベットに横になる。こう、なんかさぁ? 恥じらいとか躊躇いとか無いわけ? 俺に対するサービスは無いわけ?

あぁ……なんか、意識すんのが馬鹿らしくなってきた。はぁ、もういいや寝よ寝よ、明日学校だし。


考えることすら馬鹿に思えて、ベッドに潜った。

そして、一つの事実が発覚する。やけに、雨乃の位置が近い。アレか? 変に意識してるから近く感じるのか?


「……近くない? 雨乃」


「近くないわよ」


と言うつつも先程から足が接触している、風呂上がりの雨乃の髪のいい香りが鼻腔をくすぐる。一人分増えた温もりが近くにある事が妙にいじらしい。

あぁぁぁぁ、煩悩退散ッッ! 霧散しろぉぉぉぉお!


「おやすみ夕陽」


わざとなのか俺の方に寝返りをうちながら、いつもより柔らかい声でそう呟いた。

この女……人の気も知らないでぇぇ! こっちににじり寄って来るんじゃない!


「なぁ、雨乃」


煩悩を消し去る為に、情けない話を一つ。

割と本気で気になっていた事でもある、女々しいとも思うが煩脳を消し去る為には丁度いいだろう。


「ん?」


心の中に残り、蔓延る違和感を口から漏らす。


「俺さ、あの二人に比べてカッコ悪いよな」


「……南雲や紅音さんのこと?」


二人が来てヒシヒシと思ったことだ「あぁ、俺って情けねぇ」と。立ち向かうこともせず、始めから諦めた。南雲が来る時間を稼ぐために『症状』を使った。

人のことなんて言えやしない、説教なんてできる身分じゃない。


「俺は戦おうともしなかった。散々夏華や冬華に説教垂れといて、結局は俺も『能力』に頼った」


本当に笑える、どの面下げて俺はあんな事を言えるのだろうか? 冬華や夏華に吐いたあの言葉は俺にも当てはまる。


「一から十まで他人だよりだ。そんでもって双子に懐かれて悪い気はしてない自分がほんとに」


──殺したいほど憎らしい。


「バカね、カッコ悪いなんていうわけないじゃん」


黒く靄がかかった俺の心を吹き飛ばすように、彼女はこちらを向いてそう言った。


「……え?」


「だって、カッコ悪いなんて言うわけないじゃん。夕陽は戦ったでしょ? 全くもって認めたくはないけども、夕陽は夕陽なりに考えてあの方法で戦った。それが分かってるから、夏華も冬華も夕陽にあんなに懐いてるんでしょ? そんぐらい考えなさい」


そして、俺の額を指で弾く。


「強いて言うとするなら、最初から分かっていることを私に一々聞き直す所が本当にカッコ悪いわよ」


胸にグサッと来ました。

まぁ、そうだよな。結局のところ俺は。


「そっか……はは、俺やっぱカッコ悪ぃな」


「それが夕陽でしょ? なんやかんや言いつつ絶対に夕陽は私を守ろうとしてる、屋上から飛んだ時も今日も。そうやってずっと頑張ってきた。そんな夕陽をカッコ悪いって言うと思う?」


そして、露骨に溜息をつきながら呆れた顔をする。


「だいたい、とっくの昔にカッコ悪い所もカッコイイ所も全部知ってるわよ」


「なにそれ? 口説いてる?」


「殺すわよ?」


軽口を叩きあって。何故か上がる体温と、恐らくは赤くなっているであろう顔を隠すため反対側に寝返りを打つ。


あぁぁぁぁ、ダメだ。これダメだ、反則だろこんなの。惚れ直すだろうこんなの。ほんとにコイツは……


「じゃあ、おやすみ夕陽」


「おやすみ」


恥ずかしさは残るものの、疲れていたのか目を瞑ると次第に意識が薄れていく、そして俺は深い深い眠りに……










………つけるわけがなかった。隣では可愛らしい寝顔で小さい寝息をする雨乃。くそ、イビキぐらいかいてくれたら俺の心も少しは冷静さを保てるのに! なんなんだよチクショウ、寝る前の雨乃のセリフが忘れられないし、思い出す度に顔が紅潮していく。


「無理だ……」


雨乃を起こさないようにベッドから這い出て、ドアに手をかけて重い足取りとともにリビングに向かう。


「……この、ヘタレ」


後ろから何か聞こえたが、知ったことではない。


※※※※※※※※※※※※※


リビングに薄い灯がついている、琴音(ことね)さんか雨斗(あまと)さんのどちらかだ。


「おかえりなさい」


ドアを開けながらそう言うと、雨乃の父親であり俺の面倒を見てくるている星川 雨斗さんが片手をあげた。


「夜ふかしは感心しないね夕陽」


起こる風でもなく、軽口程度にそんな言葉を掛けてくる。

そんなことよりだ。


「おたくの娘さん、心が鋼でできてますよ」


「まぁ、アイツの娘だしね」


グラスを傾けながら、コロコロと笑う。


「夕陽も飲むかい? 眠れないんだろ?」


「眠れないのは娘さんの……雨乃のせいですよ」


ほんとに……心拍数あげて殺す気か。


「どうやら、今日は後輩が二人泊まりに来てるようだね?」


「えぇ、暁夏華と暁冬華って言う桜色の後輩ですよ。その二人が雨乃の部屋で寝てるんで、雨乃が俺の部屋に」


俺がそう言うと、一瞬固まって飲んでいた酒を吹き出してゲラゲラ笑い続ける。お? そんなにおもしろいか? 人の気持ちも知らねぇで笑ってんじゃねぇぞ?


「それで逃げてきたと? ははっ、度胸がないねぇ」


「ぶん殴りますよ? 」


「冗談だよ……僕が夕陽でも逃げると思う」


「デスヨネー」


ケラケラと笑いながら雨斗さんの摘みの砂ずりを口に入れていると、目の前にカタリとグラスが置かれた。


「ワタシー、ミセイネンヨー」


「大丈夫大丈夫、これは普通にサイダーだから」


「うっす」


適当なことを言いながら、目の前のグラスを口に運ぶ。サイダーのシュワシュワが口の中の嫌な感じを吹き飛ばす。アンバランスではあるものの、摘みとして皿に置いてあるササミを口に入れた。


「美味いっすねぇ。てか、保護者代わりが夜更かし助長していいんすか?」


「たまには男だけで話したい夜もあるのさ」


雨斗さんはそう言うとグラスを掲げた、苦笑しつつ自分のグラスをコツンとぶつけると軽い音が響いた。


「早乙女から一応形式上の報告は聞いたよ。お疲れさま、今も昔も迷惑かけるね」


「上手くやり過ごしたって感じですよ。大体俺も一枚噛んでますし」


「そうかい、ありがとう」


「いつもの事ですし、好きでやってます」


枝豆の豆をつまみ出して口の中に放り投げながら、ぶっきらぼうにそう呟く。


「それで? どうだい」


「なにがっすか?」


「家の娘、つまりは雨乃とは」


「……ノーコメントで」


何が悲しくて雨乃の親にまっったく進展のないことを話さにゃならんのだ。自分で言ってて悲しくなる。


「まぁ、進んでないだろうねぇ」


「分かってるなら聞かないでくれます?」


ニヤニヤとしながら俺を見つめる。


「まぁ、アレの娘だからね。そりゃ手強いよ」


てか、なんで想い人の親にこんな相談してんだ俺は。


「というか、良くもまぁ夕陽も目移りしないね」


「……俺の勝手でしょ」


「あぁ、その顔。夕紀(ゆうき)にそっくりだ」


「親父に?」


「そっくりだよ。アイツも自分が追い詰められるとそんなバツの悪そうな顔してたよ」


空になったグラスにお酒を継ぎ足しながら、懐かしそうに雨斗さんが笑う。


「てゆうか、大体が無理なんですよ。雨乃って多分俺のこと弟ぐらいに思ってますって」


「……まぁ、そこら辺は雨乃も夕陽もよーーーく考えた方がいいと思うよ?」


「考えてますよ、そりゃもうアホみたいに」


「ははっ、雨乃も夕陽も聡明だけどポンコツだね」


「ぶん殴っていいですか?」


イラッときたので無言で拳を握る。


「まぁまぁ、落ち着いて。さーて、酒の肴に」


グラスの酒を飲み干した雨斗さんが、口の端をニヤリと吊り上げる。


「久しぶりに夕陽に人生について質問しようか」


子供のような笑顔を浮かべて、雨斗さんが話を切り出した。

どうやら、まだ今宵は眠れそうにないらしい。



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