11話 陰徳陽報
the・カニ鍋である。
カニは素晴らしい、余す所なく堪能出来る、無駄なところが一つもない。鍋にすればカニの芳醇な香りと、甲羅から滲み出たダシがこれでもかと人の味覚を刺激する。そう、カニは人類の到達点なのではないか!
「人類の到達点が甲殻類でたまるもんですか」
「痛いれす、痛いれす雨乃しゃん」
何故カニについて熱く語っただけで頬を引っ張られるのでしょうか ? 謎です。甲殻類、いいと思います!
「ばーか。ほら、お箸出して」
「ほーい」
言われるがまま暁姉妹と俺や雨乃分の皿やら箸やらを配膳していく。さて、パーティの始まりだッッ!
「なんでアンタそんなにテンション高いわけ?」
自分でも……分かりません。
その後、カニ鍋会は恙無く進行した、なぜ詳細に説明しないかと言うとあの美味しさは簡単に表現できるものではないからである。とゆうか、カニ鍋本当に美味しいよね。
「ゆー先輩、ゆー先輩」
「……もしかしなくても俺の事だよな?」
鍋を食べ終え、皿を洗っている雨乃と冬華を尻目に俺達皿洗い追い出され組こと夏華と俺はお茶を啜りながらだべっていた。
「えー? 気に入りませんでした?」
「んー、いんじゃね? 俺基本『夕陽』呼びが固定だからな」
「えー? あー先輩とかもですか?」
「その、あー先輩ってのは雨乃の事だよな。うーん」
言っていいものか? まぁ、でも一泡吹かせるには充分な爆弾ではあるな。
「雨乃ってさ、昔は俺の──」
俺の顔をの横を何かが掠った。
「……What?」
「……ダメ…! それ言ったらダメ!」
ビチャビチャな手のまま人の口の中に指をつこんでくる、珍しく取り乱した雨乃がそこに居た。冷静に分析してる状況じゃなかったですね! ってか、マジで死ぬ。
「ちょ、夏華! 冬華! お前ら止めろ!」
「「えー、なんか面白そうなんでパスで」」
悪魔の双子めぇぇえ!!!
───それから数分後────
(無い)胸の辺りでヘッドロックをかまされ、息も絶え絶えの男がそこに居た。てか、俺だった。
「雨乃……あぁ、パトラッシュ」
「私はパトラッシュじゃないッッ!」
グギッと首のあたりから嫌な音がする。あー、これマジでやばい。あれ? 雨乃も瑛叶も夢唯も陸奥もみんな小さい…あれ? あそこにいるのはカブトムシの…………
「ストーップ! 雨乃先輩! 先輩死んじゃいます! なんか走馬灯口走ってます!」
雨乃は双子に取り押さえられ、俺の身体に酸素が供給され始める。あれ? 世界ってこんなに綺麗に見えたっけ?
「夏華、先輩が悟りを開いてるんだけど」
「アレやばいわよ冬華、新しい宗教とか創るわよ」
創らねぇよ、ヘッドロック一つで悟りが拓けるのなら。世の中に聖人が溢れかえってる。
「……雨乃さん? 怒らないで?」
「グルルルルルルルッッ!」
なんだお前!? 二号機か!? ザ・ビーストなのか!?
「分かった…分かった雨乃。お前の大好きな市役所前のケーキ屋のショートケーキでどうだ?」
「……二つ…ブラン…」
「は?」
「ショートケーキ二つ! モンブランも二つ!」
「いや、別にいいけど。太るぞ?」
「しね!」
ここ一番の殺気!? そこまで!? てか、暁姉妹の視線が痛い。
「先輩……女の子にそれは無いです」
初対面の時よりも敵対心丸出しでそう言った冬華。
「私達を助けてくれたヒーローみたいな先輩は…もうこの世には」
いるからな? お前らの目の前にいるからな? あとね、夏華ちゃん。ゴミを見る目はやめてね? お兄さん傷ついちゃう。
「もういいですよ、あー先輩行きましょう。ZERO男の事なんて忘れましょう」
夏華ちゃーん? それは俺のことな?
「そうですよ、雨乃先輩。あんなイザという時だけカッコいいような「おまえ、どこの主人公だ?」って感じのZERO男なんてほっときましょう!」
「ちょっと待って!? ZERO男で呼び名定着させんのやめてくんない!? それと、テメェ冬華! 可愛い顔して言ってること、三人のうちで一番酷いからな!?」
「……やだ、可愛いなんて。キャッ」
「もうダメだ、俺一人で捌き切れる量じゃない」
まるで萎れた野菜のようにその場にへたり込む俺に視線がひしひしと突き刺さる。
「無言やめて、まじ怖い」
悪鬼の如き形相で俺の太ももを踵で抉る雨乃。その奥には一人だけピンク色の次元を展開する、冬華。それを心底楽しそうに眺める夏華。
あぁ、もうダメだ。おしまいだ。神は人に慈悲など与えていなかったのだ、てか一番の功労者の俺がこんな扱いなのは酷くないですか!?
その夜、一人の男の悲鳴が街に響き渡ったと言う。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
時刻は日付変更前。
あの後、マリオカートやら人生ゲームやらして遊びまくった。明日も学校だから……っと寝る準備に入った時だった。
どうやら、今日はイベントずくめらしい。
月夜先輩の呼び出しから始まり、桜色双子後輩との出会いを経てヤンキー集団に囲まれ危うく夕陽君危機一髪、腹に十発(メリケン入り)の拳をくらい、ヤンキー同士の喧嘩に巻き込まれ、カニ鍋を食し、三人の女子に苛められた。
流石に…流石に、これ以上のイベントは無いだろうと……いや、あってたまるか! と、そう思っていた俺は手の施しようのないアホだった。
現在、俺こと紅星夕陽は人生の岐路に立たされていると言っても過言では無い、前方に迫るは明らかに目がイッちゃってる雨乃が手をワキワキしながらにじり寄って来る。
「さぁ、大人しく観念しなさい夕陽」
「……ちょっと待て! 今のお前超怖い!」
薄い本に出てくる女の子のような声と共に後ずさる。この状況を簡潔に説明すると『雨乃・俺の服・脱がす』こうである。
今思えば、既にあの時から雨乃の策略は始まっていたのだ。そう、暁姉妹を自分の部屋で寝るように説得して、寝る所を失った雨乃が俺の部屋で寝ると言い出した所から。
勿論、俺だって男だ。女子……それも好きな女子との添い寝ならばテンションが上がっても致し方ない事だろう。
だが、俺は男と同時に紳士でもあった、だから俺は雨乃にベッドを譲り、リビングで寝ると言い張った。すると、このセリフである。
『夕陽は……私と寝るの…イヤ?』
上目遣いで1コンボ、身体くっつけで2コンボ、涙目で3コンボのフルコンボ、もう一回遊べるドン! 並のダメージを受けた。情けないことに一も二もなくOKしてしまっていた。
その結果に文句を言う暁姉妹を雨乃が部屋にぶち込んで、俺達は俺の部屋に入室した、二人を包む謎の緊張感…余談は許されない。
そんな状況の時、ガチャリッと俺のほぼ使わない部屋の鍵が閉められた閉められた。その時点で異変に気づいた俺は雨乃にそれとなく質問をしようした矢先だった。
「服を脱げ」
100パーセント混じりっけ無しの天使の笑顔を浮かべ、俺の心を弄ぶ魔王はそんな事を口走った。謎の言葉だった、ユウヒソンナコトバシラナイ。
そして今に至る訳である。
「ねぇ、夕陽お願い」
「り、り、理由を話せ! なぜ服を脱がすのかと何でそんなに恍惚とした表情を浮かべているのか!」
「服を脱がすのは確認したいことがあるから、表情は楽しいからよ、ばーか」
え、何この可愛い生き物。思わず、そう考えてしまった。不味いと思った時にはもう遅い。すぐ側まで接近を許していた。
「夕陽」
既に彼女は眼前に迫っていた、先程風呂を上がったばかりのせいか水々しい肌に目が吸い寄せられる。
「ねぇ、夕陽」
耳元でそう囁きかけられる。悪魔の誘惑のような声だ、蠱惑的でそれでいて艶のある声が耳にこびりつく。
「……ね?」
俺は上黙って上着に手をかけた。
十話おきにタイトルを変えていこうと考えています