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Evening Rain  作者: てぇると
最終章
104/104

百三話 VS.

そこまで時間は経っていないが、随分と久しぶりな感覚を味わいながら2人分の料理を作った。

夕陽が居なくなってからずっと一人で食べていた夕食が独りじゃないというだけで随分と嬉しく感じる、相手があんな白黒頭のイカれた女でも。


「私も変人になっちゃったのね……」


私の周りを跋扈する奇人変人共に囲まれる内にどうやら朱に交われば赤くなってしまったようだ、まぁその際たる例が想い人であり幼馴染の大バカ野郎なのだが。


「起きなさい、夕食よ」


ソファに転がしていた晁陽の腹を軽く踏みつけると潰れたカエルのような声を上げて飛び上がった、なんだか昔買ってもらった玩具のようで少しだけ警戒心が解けてしまった。

彼女はすぐさま飛び退いて私から距離を取ると周囲を見回して首を傾げ、私の顔を見てまじまじと呟いた。


「いったいどんな状況なんすか、コレ」


「私が聞きたいわよ私が」


「雨乃さん……っすよね?」


「見たらわかるでしょ? 阿呆な質問する前に食卓に着きなさい、話は食べながらでもできるでしょ」


彼女はどうやら状況の全てが飲み込めていないのか目をぱちくりさせてから諦めた様子で食卓に着いた。

私の対面に、相対するように。


「いただきます」


「い、いただきます」


晁陽は警戒しながら手を合わせて何やら失礼にもクンクン匂いを嗅いだ後に「えぇい! ままよ!」と言わんばかりの表情でスープを飲んで目を輝かせた。


「なんなんすか! めっちゃ美味いっす! 」


「お口にあったようでなにより」


「いやー、最初は毒殺されるのかと思ったっすけどねぇ〜。めちゃくちゃ美味しい!」


「毒殺するくらいなら、出会った瞬間に首の骨を踏んづけて叩き折ってるわよ」


「怖い! 表現がバイオレンス!」


「ごめんなさい気が立ってるの、私の男に好き勝手する連中のせいで」


私がチクリとそういうと晁陽は非常にバツの悪そうな顔でスプーンを置いた、私としてはもっと好戦的な反応を予想していたのだが肩透かしもいい所だ。というか彼女、話をしてみると意外といい子かもしれない。


『やだぁ、雨乃さんってばチョロい』


心の中のイマジナリー夕陽が舐めた発言をしてくる、アイツが戻ってきたらブロッコリー責めが確定した。


「一宿一飯の恩……とまではいかないけれど、私の料理が美味しいなら貴女が知ってること自ら喋ってくれない?」


「なんすか、泊めてくれるんすか」


「貴女に利用価値があれば」


「私の発言信用出来るんすか?」


「いざとなれば症状で裏を取るわ、説明しなくても把握してるわよね?」


「おっかないっすね〜。っていうか、さっきの「私の男」とかするんすね、照れて手が出せないまま私みたいなタイプの女に掻っ攫われるタイプの負けヒロインでしょ? 雨乃さん」


「幼馴染ヒロインがいつまでも負け組だと思ってる? 私は官軍よ、なぜなら勝つから」


冬華にもコイツにも負けるつもりはサラサラない、私は今燃えているのだ。とっとと夕陽の障害を取り戻して、今度こそ完璧に夕陽を私のモノにすると。


「それで、貴女はどっちなの晁陽? 官軍、それとも賊軍?」


「賊軍でしたよ、今は官軍ですけど」


「文化祭の夜、貴女やっぱり来てたでしょ?」


あの日、確実に何かがあった。

隠しては居たがボロボロの夕陽、そして不自然なまでに誰も気にしていない周囲の空気。

そしてステージ上から見えた白黒の髪のパーカー女。


「見てたんすか? 抜け目ないっすね」


「見えたのよ、ステージの上から。アンタ、自分が思ってるより目立つわよ」


「ま、この髪ですしね」


晁陽は自分の前髪を指で弄りながら自虐的に呟いた。


「まず、そっからよ私の信用を勝ち取りたいなら包み隠さず話しなさい」


「なーんで私が貴女の信用を勝ち取らなきゃいけないんですかねぇ」


「だってアンタ、多分行くところないんでしょ?」


晁陽の肩が微かに震えた、そこを私は見逃さない。

症状は使わない、そんなズルはしない。

これは真剣勝負なのだ、女と女の。


「アンタにどんな事情があるかは知らないけれど、恐らくアンタは今裏切って夕陽の為に動いてる、その結果行くところがなく、そして常に消される状態にある。違う?」


「違いますん」


「どっちよ、ソレ」


「あーあーあ! 大した洞察力ですこと! そうっすよ! 今絶賛裏切って孤軍奮闘中ですよ!」


やっぱり、前に会った時とは随分と雰囲気が違う気がする。なんだか、柔らかくなっている随分と。

晁陽は観念したような顔をしてサラダをかき込むと咀嚼して飲み込んでからポツポツと呟きはじめる。


「あの文化祭の日、ミスコンの裏で冬華さんが襲われてました。目的は夕陽さんと兄……月夜さんをおちょくる為です」


やっぱり、そうか。

会場を後にする夕陽の顔は確かに怒りに満ちていた、只事ではないと思っていたのだ。


「私はなんというか……その……夕陽さんには嫌われたくなかったんです。後輩の冬華さんや雨乃さんに何かあれば彼は多分何があっても絶対に私達を許さない」


そこで合点がいった。

夕陽と喧嘩した日に私がピエロに襲われた時、颯爽と現れた夕陽はその状況を晁陽から教えて貰っていたのだ。


「だから教えました。その結果、夕陽さんがギリギリのところで冬華さんを守りきって私がその事後処理として他の皆の記憶を操作しました。唯一雨乃さんだけがミスコンの後からずっと人に囲まれてたので洗脳する暇がなかった」


「そういう事ね」


「そして、その後で私は夕陽さんの症状を頼って彼に奪って貰ったんです。ずっと頭の中で繰り返されてた鈍痛を」


夕陽のもう1つの症状は私だけしか知らない、もしかすると月夜先輩辺りも知っていそうだが私しか知らない方が気分がいいのでカウントしない。

だが、ここに来て晁陽も知っているのは予想外だった。この調子なら冬華辺りも知ってておかしくない。

あのスケコマシめ、必ず救い出して説教してやる。


「その結果、私に掛けられていた洗脳が解けて全部思い出しました。兄だと思っていたのは偽物の化け物だったこと、本当の兄が月夜さんであることとか」


「だからその結果アンタは夕陽と協力して今回のバカ騒ぎの片棒を担いだわけ?」


「はい」


「夕陽の記憶が消えることも折り込み済みで?」


「……はい」


無意識の内に私は奥歯を固く噛み締めた、正体不明の感情が心中で渦巻く。怒り、悲しみ、憎しみ、そのどれもが抱いたことの無い熱量で襲い来る。

私は、そんな灼熱の感情を飲み込んで熱い息を吐き出して晁陽を見つめた。


「夕陽の記憶が消えることも折り込み済みだって言ってたけど、どんな計画なの?」


「夢唯さんの症状で未来を観測した結果、状況は絶望的でした。必ず負けて誰か失う……」


言い淀んだ晁陽の言葉を私が引き継いだ、大体察しは着いていた。夕陽がここまでする理由はきっと。


「私でしょ?」


「はい、そうっす。見てもらった2回の未来、確定してない分岐点の片方は夕陽さん、もう片方は雨乃さんでした」


だから夕陽は強制的にレールを切り替えたのだ、私が無事な未来に。自分が負けるいなくなる未来に。

なんて馬鹿なんだ、本当になんて馬鹿なんだ。


「雨乃さんも失いたくない、でも黙ってやられるのも癪に触るって夕陽さんは言いました、だから夕陽さんは策を講じた」


晁陽は私の目をしっかり見据えた。


「本来なら症状を取られた人間は症状に関する記憶の全てがすっぽり抜けます。夕陽さんや雨乃さんみたいな幼少期から症状と過ごしていた人は抜ける記憶が多すぎてほぼ確実に廃人になる」


待て、でも夕陽は廃人になってはいない。

負けて症状を奪われたはずなのに記憶がねじ曲がっているだけで抜けてはいない。


「だから私がバックドアを仕込みました、洗脳で」


「バックドア?」


「症状を抜かれれば廃人確定ですが、それを見越して条件付きの洗脳を施しました。条件は……まぁ言うまでもないでしょ?」


その条件とはつまり負けて症状と記憶が抜け落ちた時にバックアップとして作用する別の記憶。


「初めての試みでしたので上手くいってよかったっすけどね、大博打にも程がある」


「まって、ひとつ聞いていい?」


「なんでもどーぞ」


「もう一回、今の夕陽の記憶を戻すことって出来なかったの?」


「絶対に出来ません。もともと症状っていうのは脳ミソのバグみたいなもんなんですよ。それを人為的に再現するのは不可能です」


晁陽はスープの一滴までペロッと飲み干して厚顔無恥にも「おかわり!」と元気よく皿を突き出した、どうやら私がおかわりを注ぐまで話す気は無いらしい。

観念して2杯目を注いであげると満面の笑みでスープを飲みながら話の続きを始めた。


「まぁそれになにより夕陽さんの十数年の記憶を完全再現しないと、それは断片的な夕陽さんの記憶を持っただけの別人です。故に、脳ミソに支障がでないように『夕陽さんが症状を発症していなかったら』というifを私が作って植え付けました」


確かにそれなら話に筋は通る。

症状に関する記憶が抜け落ちるなら、症状を持っていない前提の記憶を用意すれば廃人にはならないかもしるない。


「めっちゃ大変でしたよ、初めて相談された時アタマおかしいのかと思いました」


「夕陽はアタマおかしいのよ」


「雨乃さんのせいでは?」


「否定はしないけれど肯定もしないわ」


私が夕陽の人格形成に多大な影響を及ぼしているのは間違いないが、あそこまで考え無しに育てた覚えは無い。


「それで、元の夕陽に戻る方法は?」


「一番手っ取り早いのは黒幕の月詠を倒す事です」


「やっぱり?」


「でももう1つ策はあります。それが、私と夕陽さんのプランです」


「勿体ぶらないで早く言いなさいよ、もうスープのおかわりあげないからね」


「あーあーあ! 言います! 言いますよ!」


コホンっと晁陽は咳払いをして恥ずかしそうに呟いた。


「雨乃さんのキスです」


「よし殺す」


「だぁぁ! ちょっと待って! フォークを握りこまないで! 私が言ったわけじゃないっすよ!」


「じゃあ夕陽? アイツ殺してやる」


「ついさっきまで取り戻すって息巻いてたじゃないっすか!」


あのクソバカ、人の気持ちも知らないで。


「まぁ今のは冗談らしいんですけど」


「じゃあなんで言った? じゃあなんで言ったの?」


「ウィットなジョークっす!」


「ふーん、次のジョークは閻魔に言いなさい」


「やっぱ殺す気っすか!?」


ひぃぃと椅子の後ろに隠れながら涙目になる晁陽、私は握っていたフォークを手放して続き促した。


「ユウヒさんが夕陽さんに戻る方法は、自ら思い出して向き合うことです」


「それって……?」


「私にも分かりません、確証もないです。でも、夕陽さんは確かに言ってました」


そして、晁陽は聞き覚えのある口調で語り出す。


『俺が俺に戻る方法があるとしたら思い出して向き合うことだよ。雨乃がいれば、多分大丈夫だ』


声色なんて似ていなくて、口調も少ししか似ていない。でも信じられた、その言葉が……その気の抜けた炭酸みたいにやる気のない語り口が夕陽のものであると。

私の好きなアイツが確かに言ったんだと。


「ここからは推論っすけど、夕陽さんの策って多分もう一度症状を獲得することなんだと思います」


「そんなことできるの?」


「前例はないです。ただ症状にはあまりにも不思議なことが多すぎる。もしかしたら出来るかもしれないです」


晁陽はどこか確信めいた口調で呟いた、その様はなんだか夕陽に似ていて少し笑みがこぼれる。

彼女もきっと当てられたのだ、夕陽に。私や他のみんなみたいに。


「夕陽さんがもう一度自分の症状を獲得出来れば、それに付随して記憶も蘇るかもしれません。そのための手記です」


「そう、じゃあそっちはユウヒが頑張るしかないのね」


「そういうことになりますね」


「だったら、私達はもう1つの方に取り掛かりましょう」


私はすっかり冷めてしまったスープに口をつけた。冷めてしまったけれど、美味しい。やっぱり人に振る舞う料理は失敗しないのだ。


「私達で黒幕を叩くのよ」


「へ? 本気で言ってます? 夕陽さんでも無理だったんすよ?」


「本気よ、気に食わないのよ」


私は一息にスープを飲み干して口の端を手の甲で拭って晁陽に手を伸ばした。


「晁陽、アンタ夕陽のこと好きでしょ」


「……解答を拒否するっす」


「それはもう答えでしょ? 」


「……はい」


「だったら私達、いい友達になれると思うの」


夕陽を好きな女が増えるのは正直少し嫌だ、でもあのバカのいい所を理解出来る奴ならきっと私はどれほど敵対しても嫌いにはなれない。

だって、何よりも誇らしいから。


「やられっぱなしは性にあわない、私も貴女も。惚れた男くらい自分達の手で取り返しましょう」


「いいんすか、私あっち側だったんすよ」


「でも、今は違うんでしょ? それに、私アンタのことちょっと気に入っちゃったし」


「なんすかそれ、適当だなぁ」


「いいのよ、そんくらいで。どうすんの? 私の手、取るの?」


晁陽は私の手をがっちりと掴んでバツの悪そうな顔で呟いた。


「しばらく泊めてくださいね」


「いや、無理」


「は!? 利用価値があったら泊めるって」


「うん、そうよ。でも、アンタが泊まるべきは私の家じゃない」


そういうと晁陽は首を傾げた。


「食べたら出るわよ、夕陽を助け出す前にまどろっこしいことは済ませておきましょう」


「どこに行くんすか?」


「アンタのお兄ちゃんの所よ」


私が呟くと、晁陽はその端正な顔を非常に不細工に歪めていた。


「行きたくないっす!!!」

広げまくった風呂敷を畳まないまま放置して申し訳ありません、畳みに戻って参りました。

六年半も更新していなかったのに読んでくださっていた方々、ありがとうございます。最終話まで時間は頂きますが必ず完結させますのでお付き合いよろしくお願いします。


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