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Evening Rain  作者: てぇると
最終章
102/104

百一話 ACTORs

水の音が聞こえた。

心の奥に染み込むような潮騒の音が聞こえ、ウトウトとした意識を引きずり下ろし、冷たい身体を振るわせて顔をあげれば、そこには『俺』が立っていた。


「なにしてんの」


何気なく声をかけた。

茶色の髪が風になびく、どこか懐かしい匂いがした。

陽炎の中で、いくつかのことをそいつに訪ねる、どうすればいいのか、何をすればいいのか。



「……」


なにも答えてはくれない、答えなんかないと言わんばかりの表情でオレを見つめる

クスッと笑って、『俺』は一つ欠伸を繰り出した。


「後は頼むよ」


スカした面が気に食わなかった。

惚れた女ほっぽりだして、平気な面して欠伸をする『自分自身』が許せなかった。


「だったら……なんでお前は」


茶色の髪が歪む、そのあと少しして全てが眩む。

蜃気楼か、はたまた白昼夢か、実態のない虚像が眼前から消え失せた。


一人ぽつんとその場に残される。

誰もいない、何もない海岸でただただ波の音を聞いていた。


何がしたいのかも分からないし、何をすべきかも分からない。

多分、虚無なのだろうと思う。

多分、作り物なのだろうと思う。


「それなのに、なんなんだろうなぁ」


胸を巣食う、この気持ちは。





・・・・・・・・・・・・・・




「なぁ、月夜」


「なんだい? 紅音」


「いいのか?」


「なにが」


「何がじゃねぇよ」


決して、紅音は怒っていなかった。

胸ぐらを掴まれて睨まれてはいるものの、決して彼女は怒っていなかった。


「お前、どうするつもりだ?」


それどころか何処か悲しささえ感じる。

握りられているても決して力が強いわけじゃない、むしろ何処か弱々しさまで月夜は感じ取っていた。


「私達だぞ……アイツらを巻き込んだのは私達だ」


「君じゃないだろう」


ーそれは僕の罪だー


「いや、私達の罪だ! 私達があの二人を引き裂いた」


「……驚いた、君はいつから雨乃ちゃんになったんだい?」


「いやでも分かるさ、長い付き合いだからな」


次第に弱々しくなっていく手が、震える足が、熱を灯す彼女の吐息が、ポタポタと落ちる涙の雫が、月夜の胸を締め付けた。


「君が涙を流す必要はないだろう」


「馬鹿かお前は、涙なんて流す必要ねぇんだよ。必要がねぇのに勝手に流れてきやがる」


次第に涙の量は増えていく、掴んだ胸倉は離さぬまま紅音は膝を折った。


「月夜……私達が救わなきゃ、アイツを助けなきゃ」


「分かっているよ。今度は僕が救うばんだ」


何故か勝手に終わった気になっていた。

何故かもう幕が落ちたように思っていた。


「もう、立ち上がらない訳には行かない」


彼女にまで(・・・・・)自分の罪の片棒を担がせてしまった。


「もう引き下がれない、殺してでも奴を止める」


だから……と彼女の手を引きはがす。


「顔を上げてくれ紅音」


彼女の涙を指先で拭った。

月夜は静かに息を吐いて、呆れたように微笑んだ。


「君は本当によく泣くねぇ」


「うるせぇクソ月夜、泣くのはお前の前でだけだっての」


「さてと、君の言うとうりだ。僕たちの罪は僕たちで清算しよう」


月夜は羽織っていたカーディガンを脱いで紅音にかけると、不敵な笑みで言葉を吐き出す。


「厨二病はそろそろ終わらせようか、いい加減に黒歴史ばかり吐き出されるのは困るし」


男は調子を取り戻したように不敵に笑う。


「馬鹿野郎の仇討ちだ、反撃戦とシャレこもう」





・・・・・・・・・・・・・・・



「んで、取り戻すって具体的にどーすんの?」


ポテトを口に加えて瑛叶がのっぺりとした言葉を吐き出した。


「元凶を叩くしかないわよ」


「元凶ってお前が言ってたもう一人の月夜先輩って野郎か?」


「うん、そうね」


「いよいよファンタジーじみてきやがったなぁ」


部活終わりで空腹なのか、バクバクとポテトを食べる瑛叶は無視して雨乃は話を続ける。


「居場所を突き止めて、叩く。そんでもって夕陽を元に戻させる」


「とは言いつつも、肝心の戦力である龍太と夕陽は使えない。ボクから言わせてもらえばこれ無理ゲー」


「おい待て、なんで南雲が使えねぇの? つーかアイツどこいった?」


その言葉に、夢唯が少し詰まる。

下唇を噛み締めて憎悪が滲んだ表情で声を発した。


「アイツは……乗っ取られた」


「「「乗っ取られた?」」」


3人共間抜けな声を上げる、どうやら雨乃もこの情報は知らなかったようでキョトンとしていた。


「夕陽に頼まれて、私は長く夢を見てた」


夢唯の症状、それのフル活用。

数日間、眠り続けることを代償に『先の未来を鑑賞した』


「夕陽頼まれた……?」


「……ごめん、雨乃。ボク、知ってたんだよ」


低く暗い声が店内に響く。


「夕陽が……夕陽があぁなるって知ってたんだ!」


「……やっぱりか、やっぱりあのバカ」


「予知夢を見たんだって、夕陽にそれを伝えたら『数日先の未来を2回見てくれ』って頼まれた」


まずはそれから少し先の数日、2回目は夕陽が倒れてからの数日間。


「夕陽、襲われるって知ってたのに『へぇ、そうかなら、手立てはあるか』なんて言って」


「手立てがあるって結局やられてんじゃん夕陽」


陸奥が頭を抱えた。


「アイツ、襲われるのも計画に加えようって。俺じゃ出来ない事もあるからって言って」


「あの馬鹿野郎、どういう思考回路してやがんだ」


ここから先、常人には理解出来なかった。

狂人の思考回路は理解するにすら及ばない。


「実は、協力者がいるんだ。この計画をボクより深く知っている人間が1人だけ」


「それって?」


夢唯がその人物の名前を呼ぼうとした瞬間だった。

聞き覚えのある声が1つ、見覚えのある赤い髪が1つ。


「そこから先は僕が答えようか」


「月夜先輩……」


「夕陽君の協力者。それは僕の妹、晃陽だろう?」


夢唯と月夜以外の全員が硬直した。









・・・・・・・・・・・






「先輩、ねぇせんぱーい!」


「うるさい、何お前、マジうるさい」


「うっひゃぁー! つれないですねぇ」


相変わらずの平常運転、超絶後輩冬華は止まることを知らなかった。


「先輩の知ってる、つまりは先輩側の世界の私ってどんな子でした?」


「あん? うるさかった、今と大して変わらん」


「私に告白されました?」


「……された」


「やっぱりね! だと思った! 私多分どの世界でも先輩と恋に落ちる運命なんですよ」


うるせぇ、うるせぇぞこの後輩と内心毒ずきながら、ユウヒは何処か懐かしさを感じていた。

真夜と話してる時と似たような感覚だ、気取らなくていいし偽らなくていい。


「……なぁ、聞きたいんだけどさ」


「スリーサイズ以外なら」


「黙って聞け、真面目な話だ」


「いで!」


日記で冬華の頭を軽く叩き、ユウヒは息を吐き出した。


「夕陽とオレは違う。辿ってきた道筋も、性格も、考え方もだ。お前が惚れたヒロイックな俺なんてもうどこにも居ない。なのに、なんでお前はそんな自然にオレと話せるんだ?」


「なんでって、そりゃ、馬鹿なんですか?」


「はぁ?」


「やっぱ先輩ってば先輩ですよねぇ。馬鹿です馬鹿」


呆れながら、それでも手のかかる子供に簡単な事を説くような優しさで、冬華はユウヒの手を取った。


「例えどんな道筋を辿ったとしても、例え性格が違ったって、例えヒロイックなアナタじゃなくたって」


冬に咲いた華は、満開の笑みを浮かべる。


「先輩は先輩ですよ。私は全てひっくるめて先輩の事が好きなんです! だから、ちょっと変わったぐらいじゃ動じません! いいじゃないですか、1粒で2度美味しくて」


「……お菓子じゃねぇんだぞオレは」


ったく、と呆れたようにソッポを向きながら、ユウヒは思わず笑を零した。


「例え、先輩が私の前から消えたって。私から先輩の記憶が消えたって、私は何度でもアナタに出会って恋をします」


「馬鹿な女だな、こんな奴以外にいい男なんざいるだろうに」


「えぇ、いい男はいるでしょうね。でも、先輩は1人しか居ませんから。それに、向こうの私が先輩に告白したってことは、先輩は先輩ってことですよ」


「先輩は先輩ってなんだ意味わからんぞ……まぁ、でも、ありがとよ」


多分、ずっとかけてもらいたかった言葉なのだと思う。

無色透明な自分を肯定してもらいたかったんだ思う。


「いえいえ、傷心の先輩を励ますのま可愛い可愛い後輩の務めです」


「そう言っちゃうところがもう可愛くない」


くだらない会話に安心を覚えた。

それでも胸の内には恐怖が巣食った。


やるべき事は分かってるはずなのに、やれないと思っている自分がいて。

『俺』にはなれない『オレ』がいて。


アカホシ ユウヒは天井を見上げた。

願わくば、この時間が続けばいいのにと。







・・・・・・・・・・・・・






「えぇ、はい、そちらの方はお任せします」


パーキングエリア、その一角で缶コーヒーを傾ける男が1人。


「え? あ、俺の管轄ですか……えぇ、はい、まぁ問題っちゃ問題が」


バツが悪そうな声を出しながら『すみません』と謝る。


「まぁでも安心してください、時期に全ての事象は終わりますよ。暴走した『月詠』は消え去り、この異常も終わります」


飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱まで放れば二、三回転して綺麗に入っていく、子気味のいい音が響いた。


「えぇ、分かってますよ。全ては貴方達の思うがままに。心配せずとも俺の弟が全て終わらせます、それじゃまた」


電話を切って溜息を1つ。


「社会人ってのは大変だ」


ボソリと呟き、バイクのエンジンを掛ける。


「介入するとすればこの辺りか? 頼むぜ、夕陽」


ニヤリと笑い、男は闇夜に駆け抜けて行った。

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