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Evening Rain  作者: てぇると
最終章
101/104

百話 二者一択

 鉄パイプの先がギラりと光る、ケタケタと壊れたように笑う南雲の声が響き渡る。


「何言ってんだお前、だいたいなんだよ裏切り者って」


「あくまでもシラ切るつもりか」


「シラ切るもなにも俺ほんとに知らねぇんだって」


 もう一度雷が落ちた。


「紅星 夕陽の日記、心当たりは?」


「は? アイツ日記とかつけてたのか?」


「あぁ、付けてたよ。そして、最後のページに殴り書きで『南雲に気をつけろ』って書いてた」


「そんだけで裏切り者扱いか? つーか夕陽の事だからいつもの悪ふざけだろ」


 ケラケラと笑う南雲の顔がより一層、ユウヒの疑念を深めていく。

 何か違う、自分の知っている南雲とは何かが違う。


 違和感が脳味噌を張り付いて離れない、だけど確たる証拠がある訳では無い。


「んで、要件はそれだけか?」


「……最後に一つ」


 息を吐き出してユウヒは言葉を紡いだ。


夢唯が倒れたって(・・・・・・・・)


へぇ、大丈夫なのか?(・・ ・・・・・・)


 ユウヒは鉄パイプを振り落とした。


「ッッ! 何しやがる?」


 ガンッと鈍い音が廃墟に響く。

 腕で鉄パイプを受け止めた南雲は困惑した表情を浮かべていた、まるでその表情は『なぜ見破れた?』と言わんばかりに歪んで。


「おのなぁ、アイツが夢唯が倒れたってこと知らねぇわけがねぇんだよ」


「は?」


「あのアホ共は引くぐらいのバカップルだ! 知らねぇわけがねぇ、もしホントに知らなかったとしても『へぇ、大丈夫なのか?』なんて言葉は吐かねぇ!」


 ギリギリと鉄パイプが南雲側に沈んでいく。


「ククッ、フフフ! ハハハハッッ! まったく、記憶を消されても君はめんどくさい」


 南雲の表情が鮮烈に歪む。

 大きく見開いた目と口が、まるで怪物のようだった。


「本性表しやがったな!」


「いい加減、痛いよ」


 視線を僅かに泳がせる、それだけでユウヒの横腹に杭が撃ち込まれたように吹き飛んだ。


「ガッ……!?」


 痛い、痛い、痛い、痛い。

 横腹から伝う激痛が神経を通り脳味噌に信号を発する。


「君はもう、ヒーローじゃない。なんの力もないただの一般人」


 痛みを噛み締めて、乱れる息で立ち上がり顔を上げる。


「オラッッ!」


 回し蹴りが顔を射止める。

 自分の内側からは鈍い音が響き、ユウヒは思わず膝をつく。


「この身体はイイね、使い勝手がいい」


 自分の拳を見つめながら、ボソリと南雲はそう呟く。


「余計なことはするな、もう君には興味はない」


「ガぁッ……」


「もう終わる、あと一週間で全てに片がつく」


「な……に言ってやがる」


「あと一週間で月夜は死に、星川雨乃達……あいつの近辺にいる症状持ちは全てそれを失うという事だ


 髪を掴まれて思わず沈んだ顔が上がる、南雲と……いや、眼前の怪物と目が合う。

 もう、ユウヒの中に抵抗する意志は消え失せていた。


「何もするな、ただ大人しくベッドの隅で震えていろ。全て終われば記憶だけは返してやる」


「全て……終われば?」


「わかりやすく人質を用意してやる」


 南雲がスマホを操作して、1枚の画像をユウヒの眼前に突きつける。


「アカホシ ユウヒ、君が動けば星川 雨乃、彼女に安全はない」


「映画の悪党……ぺッ……みてぇなセリフ吐きやがって」


「ふふっ、やっぱり君は紅星夕陽だ、怖いなやっぱり」


 左手が眼前に伸びる。

 絶望が体を余すことなく支配する。


「さよならだ、君はやはりキケンすぎる」


 爆音が響き渡った。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「瑛叶先輩、どうしたんスカ、ぼーっとして」


 部室からボンヤリと雨雲を見ていた瑛叶はその呼び声で引き戻された。


「ん、いや何でもない」


 何でもないわけがなかった。

 親友が記憶喪失、挙げ句の果てに自分と話す時には何処かぎこちなさを匂わしてくるのだ、気にならないわけがない。

 それに加え、最近もう一人の親友も妙なのだ、どこか何か違う気がして気持ちが悪い、サッカーのスパイクを履いたつもりが野球のスパイクを履いたような妙な違和感。


「まーた女ですか?」


「るっせ! おら、室内練で使った道具片せ、とっとと終礼すんぞ」






「お、陸奥」


 傘が無い、そんなことを思いながら昇降口で黄昏ていれば見知った顔が傘を持ってやってきた。


「入れてくれ、傘なくて困ってたんだ」


「は? なんでむっちゃんが阿呆の事を傘に入れてやんなきゃいけないのかにゃ?」


「猫被るか罵倒するかのどっちかにしろよ」


「あ、ばか! 勝手に入んないでよ」


「幼馴染のよしみだろうが」


 適当な事を言い合いながら、なんとか傘にありついた瑛叶は濡れなくて済むと、胸をなでおろした。


「最近、病院行ってる?」


「一昨日行った」


「夕陽、どうだった?」


「まだぎこちなかった、なんか俺と会話する時しどろもどろなんだよ」


 喧嘩している最中に必要最低限の会話を交わす時みたいにぎこちない。


「なんか行きずらいんだよね、夕陽のとこ」


「気まずいからか?」


「うん……なんか別人と話してる気分になる」


 雨音はいっそう激しさを増す。

 二人の心中には、もやもやとした言葉にしようのない気持ち悪いものが蔓延りつずける。

 どうしたらいいのか分からない、どう接していいのか分からない、何をどうすればいいのか分からない。


「冬華から連絡が来たの」


 口を開いたのは陸奥だった。


「夕陽先輩を助けたいって、辛そうだったって」


「……」


「私たちの方が付き合いが長いはずなのにね」


「……そうだな」


 ぽつりと呟いた言葉は鉛のように重くて暗かった。


「夕陽は馬鹿だけどカッケぇ奴だ、自分の信念は曲げないで、自分が傷つくことも省みなかった。そんな馬鹿に俺は何度も救われた」


「瑛叶……」


「本当はこんな時にさ、助けてやるべきなんだ。だけど俺には手段がない、方法もしらない」


 もし仮に……呟いた。


「俺にもあいつを助けてやれるような力が、症状あったなら……そう思うよ本当に」


「雨乃、大丈夫かなぁ」


 雷が落ちた。

 雨は止む気配はない。

 心にぽっかり空いた穴を塞ぐ方法は調べても出てこない。


「おい、陸奥」


 瑛叶のは少し驚いた、雷のなる日に彼女が外に出るなんて……と。


「うそ。雨乃? それに夢唯も」


 眼前で黒髪の少女が不敵な笑みで笑いながら、手を差し出す。


「瑛叶、陸奥……協力して」


 少女は声高らかに宣言する。


「夕陽を救うわ!」


 稲光など気にも止めず、彼女らしく大胆不敵に声を張り上げた。




 ・・・・・・・・・・・・・・



「目、覚めましたか?」


 アカホシ ユウヒが目を覚ましたのは病院のベットの上だった。


「あ、まだ動かない方がいいですよ。頭、強くぶつけてるみたいなので」


「っつー!」


 動かそうとした瞬間、激痛が体を巡った。


「真夜……?」


「はい、あなたの頼れる真夜ですよ!」


 元気いっぱいで微笑むのは車椅子少女の真夜だった。


「なんで……ここに?」


「いやぁ、なんか病院内をうろちょろしてたら運ばれるユウヒさんを目撃したもので」


「そうか、なんか心配かけたな」


 何故自分の体や頭が強く痛むのか、その理由がおぼろげで思い出せない。


「いえいえ、それにしても大変でしたね。出先でたまたま暴漢に襲われたなんて」


「暴漢……?」


 違う、アレは暴漢なんかじゃない。

 いや、アレってなんだ、オレは一体なにに出会った?

 疑念と苛立ちが積もりつずける。


「思い出せない……クッソ!」


「……びっくりした、どうしたんですか」


「思い出せないんだ、どうしてこうなったのかが」


「思い出さなくてもいいでしょう、忘れた方が楽になることなんていくらでもありますよ?」


「違うッッ! 絶対に思い出さなきゃいけないことがあったんだ!」


 痛みも忘れて興奮しながら立ち上がる、『あったはずなんだ、みんなに知らせなきゃいけないことが』その気持ちだけは確かに覚えている。


「大丈夫ですよ」


 目眩がした、吐き気がした。

 立っていられなくなって、またベットに倒れこむ。


「忘れていいこともあるんですよ」


 真夜の声がとても重い。

 いつのまにか握られていた手からは、何かが流し込まれている感じがする。


「おやすみなさい、今度はいい夢を」


 アカホシ ユウヒは再び深い眠りにつく、靄がかかった世界の中で覚めない悪夢を見続ける。


「まだ、まだですよ」


 真夜は車椅子に体を預け、溜息を吐き出した。


「まだ敵は無敵状態です、今はまだ装備を整えなきゃ」


 眠るユウヒの頭をそっと撫で、真夜は静かに車椅子を動かして出口に向かう。


「センパーイ! お見舞いに来ましたよ! ってすいません」


 ドアが開き、入って来たのは桃色の髪を揺らす冬華だった。


「いえ、少しびっくりしましたけど大丈夫ですよ」


「初めましてですね、貴女も先輩のお見舞いですか?」


「はい、そんなところです。それじゃあ私はこれで」


「あ、引き止めちゃってごめんなさい」


「それじゃあまた、冬華さん」


 そう言って、真夜は病室の外に消えて行った。


「はー、きれいなひとだったなぁ。先輩美人の知り合い多すぎ」


 そこで冬華は気がついた。


「え……? あの人、さっき冬華って……」


 違和感が胸を襲う。


「まぁ、先輩の知り合いなら、先輩が私のこと話したんでしょ。ほら! 先輩! 可愛い可愛い後輩の冬華ちゃんがお見舞いに来たんですから起きてくださーい!」


 違和感はさて置いて、恋する少女はブレることなく思い人目掛け今日も一直線なのだった。


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