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Evening Rain  作者: てぇると
最終章
100/104

九十九話 決意と敵意

 アイツが消えてからというもの、本当によく夢を見えるようになった。

 悪夢と呼べるそれを私は歓迎している節がある、朝汗だくになって起きても何処か少しだけ懐かしさのようなものを感じているのだ。


 汗を流すため熱い熱いシャワーを浴びて、一人分の朝食と弁当を用意する。

 すごく単調で当たり前の生活、こんなもんなのだ本来の私なんて、家が少しだけ変で同い歳の男の子が居候しているだけなのだ。

 たったそれだけの筈だった、失ってから知ってしまった。


「息がつまりそうだ」


 依存に近いと分かっていても、それでももとめてしまう。

 首筋を掻き毟りたいほど醜い自分がいて、そんな自分を嘲笑う私がいて。


 それでも何度も何度も壊れた機械のように彼の面影を再生する。

『骨が軋むまで抱きしめて欲しい』

 私の叫びは誰にも何処にも届かない。






 ・・・・・・・・・・・・・






「紅星夕陽と症状のことについて教えて欲しい」



 ユウヒがそういった時、私はどんな顔をしていたのだろう。

 唇から血を流し、怒髪天を衝いたような顔をして、そういう彼の前で私はどんな顔をしたのだろうか。


「星川?」


「あ、うん、ごめん! ちょっと待って」


 肺の中の空気を入れ替える。

 少しだけ、覚悟を決める。


「夕陽は----」






 そうして私は、あいつが入れば赤面必須な事を恥ずかしげもなく語った。

 ついでに症状のことも月夜先輩の言っていたとおりに全てを話した。





「……ありがとう星川」


「うん」


 ユウヒは真剣な表情でそう言うと、いそいそと着替え始めた。


「どっか行くの?」


「あぁ、少しだけ行くとこができた」


「そ、じゃあ私はもう帰るね」


「悪いな」


「いいの、気にしないで」


 私も少しだけ一人になりたい気分だったから。

 夕陽の事を語っているうちにどうしようも無く寂しくなってしまったから。


「じゃあね」


 病室から出ようとした時、ユウヒが私を呼び止めて何かを放って来た。


「その最後のページ、星川宛だった」


「へ?」


「……アイツってか『俺』は、こうなることが分かってたんだ」


 思考に空白が生じた。

 渡された日記が酷く重く感じる。


「ねぇ、それ……どいういう」


「オレも何があったのか、何が起こってこうなったのか全部把握している訳じゃないんだ。でも、多分夕陽は星川が言っていた月夜先輩との問題の全てに片をつける為にワザと自分を切り離したんだと思う」


「……そう」


 膝から崩れ落ちそうなところを歯を食いしばって我慢する。

 アイスクリームみたいに溶けてなくなってしまいそうだ、内側からこみ上げる怒りが身体をひどく熱くする。


「おい、星川!? 大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫だから」


 行くところができた。


「じゃあね、ユウヒ」


 私は病室を飛び出した。




 駆ける、駆ける、駆ける。

 スニーカーでよかったと安堵しながら、バスに飛び乗った。

 額から流れる汗をカーディガンの上着の袖で拭って、熱い熱い吐息を吐き出す。


 きっと、あの人は知ってるはずだ。

 月夜先輩はきっと全部知っているはずだ。


「聞き出さなきゃ……何があっても」


 居場所はわかってる、紅音さんの家だ。

 バスから降りて少し歩けばすぐに豪邸が見えた、門のところには燃ゆるような赤い髪の女性が立っていた。


「……紅音さん」


「早かったな、雨乃」


「月夜先輩に会わせて下さい」


「あぁ、会わせるさ。その前にさ、アイツにとってもこの現状は予想外だったって事を頭に入れといてくれ」


「……はい、でも、私は」


「お前の気持ちは分かるよ、私がお前の立場でもきっとそんな顔すんだろうな」


 ギリッと歯の奥が音を立てた。

 今現在、自分がどんな表情をしているかなんて、暑く煮える体温が簡単に教えていた。


 雲行きは次第に怪しくなる。

 曇天は笑うかのように黒く重くなっていくのが廊下からでも伺えた。


「月夜、雨乃が来たよ」


 そして、ドアが開く。


「やぁ、雨乃ちゃん」


「……こんにちは月夜先輩」


 握り締めた拳が酷く痛む。


(へぇ、1発ぐらい殴られるのを覚悟していたんだけどね)


「私はそんな野蛮な人間じゃないですよ」


「症状全開かい。身体は持つのかい?」


「どうでもいいですよ私の身体は、それよりも貴方が嘘をつかないかということの方が重要です」


「愛する人の為ならば……かい? 本当に狂気にも似た愛だね」


「……」


「まぁ、立ち話もなんだ座りなよ」


「はい、そうします」


「さてと、話し合いを始めよう」


 雷が轟音を立てて振り落とされた。





 ・・・・・・・・・・・



「雷か……大丈夫かな、雨乃(・・)


 そこでハッとする。

 星川が雷が苦手だなんて、オレは知らない筈だ。


「もう戻ってきつつあるのか?」


 電車に揺られながらそんなことを呟いた。

 向かう場所は唯ひとつ、裏切り者(・・・・)と蹴りを付けるために。



 ・・・・・・・・・・・・・



「さてと、どこから話したものかな」


 月夜先輩はブラックコーヒーに砂糖を落として、それをかき混ぜながら口を開く。


「まずは……そうだな、君や夕陽君を襲っていたピエロの正体から話そう」


「月夜、お前」


「いいんだよ紅音、もう話さないわけにはいかない状況になってる」


 濁った笑みを傾けて、ゆるりと言葉をつむぎ出した。


「あのピエロ、その正体は僕だ。正確には症状から分離したもう一人の自我を持った月夜と言った所だね」


「あのピエロが月夜先輩……?」


「まぁ、そういう反応するだろうな。夕陽君の状況処理能力がおかしいだけで」


 そこには思わず同意した、あのバカはバカの癖に適応能力が物凄く高い。


「ピエロの目的は『症状持ち』からその力を奪い取ること。君と彼が喧嘩した日、君が襲われたのはそういう理由だ」


 あの日、夕陽が駆けつけたのはその理由を知っていたからなのか。


「そして君が会ったという白と黒のストライプの髪をした少女、名前は晃陽(あさひ)、彼女は僕の……()だった」


 妹『だった』

 その言葉を吐いた時、月夜先輩の顔が見たこともないくらい悲痛に歪んだ。


「僕は症状と妹をピエロに奪われたんだ。最初は取り返す事を諦めていた、不可能だとね。だけど、そんな時に出会ってしまった」


 そこからの言葉は予想ができた。

 あぁ、そうか、私と違えど、形は違えど、彼も魅入られたのか『紅星 夕陽』に。


「夕陽君は僕に指した光明だった。彼が絡んでから面白いほどに事態は好転して行った、だけど今回……こんなことが起こった」


「夕陽が記憶を失った」


「あぁ、そうだ。そして、状況から見るに、彼は『症状』を奪われた」


「症状を奪われたら記憶も消えるんですか?」


「症状とは『願い』の具現化だ、少なくとも僕はそう結論づけている。そして、彼の記憶から『星川 雨乃』の記憶が消えている」


 月夜先輩は角砂糖を1つ掴みあげた。


「症状を失ったから『星川 雨乃』に関連する全ての記憶が消されたのか、『星川 雨乃』の記憶が奪われたから症状が消失したのか」


 角砂糖は月夜先輩の指先で砕け散る。


「彼の記憶と症状はピエロが握っている」


 思わず笑みが零れ落ちた。

 そんな私を見て月夜先輩も紅音さんも不思議そうにしている。

 でも、そんなに不思議な事じゃない。


「あぁ、そうか、ソイツ(・・・)が元凶なのか」


 行き場のない無数の怒りの矛先が決まった。

 鬱憤の晴らす場所がわかった。

 あのバカを取り戻す希望が見えた。


「あ、紅音! 雨乃ちゃんが燃えてる!」


「そりゃーそうなるわなぁ、私が雨乃の立場でもこうなる」


「へ? なんで? 夕陽君ですらこんな風にした奴だぞ!?」


 だったらどうしたというのだろうか。


「潰す」


 完膚なきまでに、徹底的に、二度と立ち上がれないほど。


「あのピエロ、私がぶっ潰します」


「あのなぁ、月夜? 愛する者を奪われたら時の女の恐ろしさってのをお前は理解するべきだぞ」


 紅星 夕陽が星川 雨乃を救い続けるのならば、星川 雨乃も紅星 夕陽を救いとる。

 それが私の覚悟。


「月夜先輩、紅音さん、協力してください」


 バンっと拳と掌を突き合わせれば足に思わず力が入る、力んだ口内からガリっと歯が擦れる音が響く。


「必ず私の男は取り返すッッ!」


 必ずだ、必ず夕陽は取り戻す。


「ほんっと、愛って怖い」


 月夜先輩は苦笑しつつ、そう呟いた。




 ・・・・・・・・・・・・・



 本格的な冬の寒さが濡れた身体を凍てつかせる。

 吐き出す息は煌めくように虚空に昇りつめ、次第に見えなくなっていく。

 廃墟のようなこの場所に足を踏み入れ闊歩する、目的の人物はここに居る。


 紅星夕陽が残したメッセージが正しいとするのならば『奴』が裏切り者であることは確定事項。


「つーか、なんでこんなことしてんだろうか」


 大体おかしい、ついつい行動しているが本来はオレには何ら関係のない事柄である。

 なんなら『俺』が戻ってしまえば『オレ』は消えるのだから一種の自殺願望でもあるのかと疑ってしまう。


 煙草の吸殻を踏みしめて、転がる空き缶を蹴り上げる。先に進む事に凍てつく身体と裏腹に脳味噌は煮えたぎっていた。



「よぉ、夕陽じゃねぇか! どうしたんだ」


 南雲 龍太がそこに居た。


「夕陽じゃねぇ、ユウヒだよ龍太(りゅうた)


「ははっ、いつ聞いてもお前が俺を下の名前で呼ぶのは慣れねぇな」


「オレはずっとこの呼び方のつもりだったよ」


 ケラケラと笑いながら、懐から黄緑色の煙草を取り出している。

 だからオレは床に転がっていたパイプを手に取った。


「それで、なんか用か……なんだ、鉄パイプなんてコッチに向けて」


「用件は1つだよ裏切り者」


 向けた鉄パイプの先が雷の光を反射させ鈍く光る。


「何が目的だテメェ」


 オレは白い息を吐き出しながら呟いた。






数ヶ月ぶり投稿です、スローペースながら頑張りますのでまたよろしくお願いします

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