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虚言癖

 身の周りには、虚言癖のある人が多い。病気とまでは言えないが、けっこう平気で見え透いた法螺を吹く。次から次へと吹く。思うに、警備員という社会的最弱者として日々あくせく暮らしてゆく上で、法螺でも吹かなければやってられない、という部分はあるのだろう。

 おれも騙されやすいから、へえ、そうなんだ、と、簡単に信じてしまう。あまりのお人好しぶりを見るに見かねたのか、周囲の誰かが耳打ちする。おい、あいつの言ってることを真に受けるな。

 最近、あ、この人も虚言癖があるなと自力で気づいた。すごく肥った男の子、といっても、四十になったと言っていたが、ずっと若く見えるというか、幼い未成熟な印象。風船に手足が生えたように、身体じゅうが丸い。非常にお喋りなかれは、とにかく決めつける。思いこんだら即事実。あなたは何々でしょうとか、あなたは何々だからとか、そういった大前提(むろんかれの思い込み)から喋り始める。会話の範囲は同僚の名指しの批判に限られ、合間合間に自身のヒロイックに誇張されたエピソードを混ぜてくる。

 しがない現実、「ガードマン」という「賤職」で毎日を送る現実を、少しでも紛らそうとするかのように。

 例えばおれに対しては、いきなりロリータコンプレックスで小学生にしか興味がないと決めつけてきた。まあ、じつはこれ、昔からけっこう言われるのだが、残念ながらハズレである。「アリス」からの引用が異様に多いおれの書き物なんぞ、かれらはもちろん一文字も読んでいない。「少女」を「永遠」と解釈し、ひとつの絶対(まさに絶対少女領域)を夢想する人間であるが、それと性欲の座標とは、別なのである。とまあ、話が逸れたが、とにかく決めつけること、決めつけること。それも矢継ぎ早に決めつけてくるから、はいはいそうですね、と、お人好しのおれは受け流すしかない。

 そしてどうやら、かれは自分自身を語る際にも、決め付けを適用する。たとえそれが事実に反していたとしても、思いこみをそのまま口にする。かつて競馬で何百万円も、しかも何回も当てたとか、有馬でキタサンに何十万賭けて損したとか。いやかれは、有馬の着順すらよく知らないにもかかわらず。もし何十万も賭けていれば、一生忘れない筈なのに。あと、いかに多くの他の警備会社から待望され、引き抜かれつつあるかとか。ここで細かく分析するのもいやになってきたので、これくらいにしておく。

 問題は、社会の最下層に、こういった病気未満の神経症が、着実に普通に蔓延しているという事実ではないか。現場の、しかも最も下の下のことなんか知るよしもない、駅が住宅地に隣接していようがいまいが朝から晩までマイクでがなりたてる議員さんたちには死ぬまでわからないだろう。

 悲しくなってきたから、一旦、おれの若い頃まで話を飛ばそう。むかしむかし、福岡というか北九州で演劇活動をしていた頃の話だ。おれが所属していた劇団の一人の女の子によって、おれは虚言癖というものの存在を知らされた。

 彼女はジャニーズの某くんと知り合いだと吹聴していた。某くんは彼女の「お兄ちゃん」と親友で、彼女のことを、何かと気にかけてくれていると。へえ、そうなんだ、すごいねえ、と、今も昔も芸能人にあまり興味がないおれは信じたものだ。ほかにも、某くんと彼女の兄と、そして彼女自身と間の古い少女漫画的ロマンチックなストーリーが多々語られたはずだが、すっかり忘れてしまった。するうちに知らぬ間に、劇団内に「調査委員会」が設置されたらしく、おれが「調査結果」を知って間もなく、彼女は劇団を去った。

 なぜこれほど有能な自分を、世の中は正当に評価しないのか。なぜこんなにもプライドにもとるみじめな境遇を現実が頑として譲らないのか。ああそうかい、そうですかい。ならば、自分は虚構の壁の中で抗戦してやろう。そんな悲痛な叫びが根底にあるのではないか。

 さらに若くもなければ夢も希望もない、身の周りに話を戻そう。

 ミュージシャンの女性と同棲しているのだという男の子がいる。男の子といっても、三十代後半だっけか。スナックかキャバレークラブかはわからないが、彼女はそういう店にいて、かれはぞっこん惚れた。二人は恋人どうしになり、するうちにストリートミュージシャンでもあった彼女は芸能関係に疎いおれでも知っている某有名事務所にスカウトされて、CDを出すことになった。現在、彼女は店を辞め、かれと同棲しながら、夢を叶えるために頑張っているという。

 しかしおれは最近のエピソードとして、彼女が誕生日に「店で」「常連客たちに」高級シャンパンを何本も振る舞われ、「おれは一本しかあげてないけど、客の中には何本も…」という話を本人の口から聞いた。おそらくかれは乏しい(ほんとうにほんとうに乏しい)給料が許す限りその女の子がいる飲み屋に通い、独りぼっちの部屋で妄想を膨らませているのではないか。妄想を現実として定着させるために、吹聴してまわっているのではないか。

 亡き女を想う、と書いて、妄想と読む。

 と、ここまで常識人面して書いてきた、おれ自身にメスを入れなくてはなるまい。ただ、おれには虚言癖はないというか、基本的に嘘はつかないというか、つけない。小説を書いている人間がどの口で言うのだと思われるかもしれないが、小説と銘打った時点で法螺だと誰もが思っている。なぜかはっきりと記憶してるのだが、幼稚園児の頃、おれは嘘が上手かった。おれが法螺を吹けば周りに人が集まり、夢中になっておれの法螺話を聞いてくれた。ところが、あるとき、ハッと気づいて、おれは嘘をついている。嘘をつくのは悪いことではないのか。と反省し、以降、おおいに法螺を吹けなくなった。今でも吹けない。事実を誤魔化したいときは、厳密にいえば嘘ではない、範囲でグレーゾーンに持ち込む。

 たとえば、

「おれ、このまえ府中(競馬場)に昼前から行って、全レース負けたよ」

 これは本当。興味を惹かれた相手が、

「ハハハ、いくら負けたの?」

 期待をこめて訊いてくる。おれはしばし迷ったあと、

「うーん、最近カネがなくてさ。一万円以上は賭けないことにしてるんだ」

 これも嘘ではない。ただ、その日はトータル千円くらいしか賭けていないのだ。また相手が「一レースに」と解釈してくれれば、なおさら期待を裏切らずにすむ。といった具合に。少なくとも、有馬だか何賞だかわからないレースにキタサンで何十万か損したという嘘よりは、はるかに事実に近い。かれは春の競馬でキタサンが絶好調なことすら知らなかった。要するに最も有名な馬の名前をあげて、一発法螺を吹いただけなのである。

 いや、これでは懺悔になっておらぬ。他人の悪口に成り下がってしまっている。しかしほんとうに嘘をつくのも嘘を見破るのも苦手なので、あまり自身からは面白いエピソードが出てきそうにない。

 ただ、金銭・地位・名誉・女などに飢えに飢えたカネもなく地位もない日々地を這いつくばって身銭を稼いでいる者たちが、もちろんおれも含めて、どうしようもなく、深く、徐々にではあるが、深く、深く、病みつつあるという事実。これは深刻な社会問題と呼べるレベルまで達しているのではあるまいか。

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