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かぜを引くの記

 最初は、晴れていたのである。

 先週の土曜日、数年来の寒波到来という予報が、鳴り物入りで出ていた。その日は単発の仕事。しかも家のすぐ近くで、朝もゆっくりしていられるから、ああ、今日は楽かな、と、文字通り、楽観視していた。

 いや実際、いい現場だった。監督もいい人そうで、いやあ、今日はとくにやることないから、暖かい所でぶらぶらしてて。みたいな。そう、朝のうちは、ぽかぽか晴れていたのである。

 お昼頃には、だいぶ寒くなってきていた。暖かかったら、そのへんに座っているのもアリだったが、とりあえず家に帰ることに。いちおう何か食おうかと、うどんを茹でて、これに卵を投入したのが間違いだったと、あとで気づくことになる。最近は卵が高価いので、一月くらいは保存している場合がある。

 午後からは、晴れ間がすっかりなくなり、どんどん気温が低下してゆく。風が、冷たい。風が、冷たい。おまけに、じわじわと、じわじわと、腹の中の気圧も低下してゆく。風雲急を告ぐ、とまではゆかないものの、じわじわと、状況は悪化の一途をたどってゆく。

 要するに、うんこを我慢している。

 警備員にとって、これほど苦しい状況はない。しかも「一人現場」なので、「ちょっと」とか言って、代わってくれる人もいない。

 寒い、つらい、ぐぉおおおおお、つらい、寒い、寒い、寒い、ぐぉおおおおおお、といった繰り返し。ただ、この日の監督さんは本当にいい人で、午後四時になったところで、まだ作業は続いているものの、

「もういいよ」

 と神の一声。引きつった笑顔でお礼を言い、とにかくダッシュした。家に帰ってから、と思っていたけれど、とても間に合いそうになく、駅ビルに駆け込んで、ふぅ……。とにかく、間に合ったのである。

 何を食って、いつのまに寝たのかわからない。次の朝起きてみると、とんでもないつらさ。かぜを引いているのは火を見るより明らかだった。

 日曜日だから、出かける必要はないものの、すさまじくつらかった。たぶんこれ、そう簡単には治らないだろうという確信があった。うんうん言いながら一日寝て過ごし、さて次の月曜の朝、案の定、予想通り、うんうん言いながら仕事へ出かけなければならない自分がいた。

 以降、月、火、水、木は、ほんとうにほんとうに地獄だった。

 熱があるから寒気がする。関節が痛い。とくに、背中がばらばらになりそうなほど、痛い。ネットで調べると、免疫がウィルスと戦っているときに、筋肉痛を引き起こす。これは往々にして、「安静にしてろ」という体からのメッセージでもある、らしい。

 安静にしてろと言われても、安静にしてられないのが、日本の現状というやつ。痛かろうとが何だろうが、体をベッドから引き剥がし、行かねばならぬ。行かねばならぬ。

「ぐっ、あああああああああ~、ぁああああ~~~~っぁ!!!」

 と、まぢで叫びましたね。

 火曜日も、水曜日も。体を起こすと、ものすごい激痛が背中を見舞う。拷問されてる人みたいに、叫び声を上げずにはいられない。仕舞いには、痛えええよおおおおお、痛ええよおおおおお、と、泣き声を上げている。痛えええよおおお、と泣きながら、それでも出かけなければならない。

 激痛は、週の終わりには、嘘みたいに去っていった。

 咳はまだ出るので、マスクは外せないけれど、今週はまあ、快方に向かっているようで、あの凄まじい苦痛がぶり返すようなことはなかった。

 どこも痛くないということ。ただそれだけで、幸福なことなんだ。そう思った。

 反面、

 これはカゼとは関係ないのかもしれないけれど、最近の無気力というか、無力感というか、大袈裟に言うと絶望感は、なかなかつらいものがある。あるいはカゼが治りきらずに、気が弱くなっているのかもしれないが。

 とぅるるるるる。

 とぅるるるるる。

 がちゃ。

 あ、すいまんせん、悩みがあるんですけど。

 最近、希望がないんです。まあ、最近に限ったことじゃないんですけど。

 朝、起きるじゃないですか、もう、いやなんです。ああもう、今日一日、ハタラカなくちゃいけないことが、本当に、本当に、いやなんです。

 人によっては、朝起きたとき、希望だとか期待だとか、そんなものがきらきらと身体の中に朝陽とともに降り注いで、充足感いっぱいに、日々をスタートさせる。そんな人がいるんでしょうか。もちろん、いるんでしょうね。

 ぼくはもう、つらいんです。もう、本当にいやなんです。帰りたい。行きたくない。帰りたい。行きたくない。こんな言葉を繰り返しながら、やっとの思いで布団から這い出しています。

 将来に希望が見出せません。なにをやっても、だめ。どんなにがんばっても、だめ。なんかそんなことばかりあったし、これからもそうなのかなと思うと、なんかもう、だめなんです。もうトシだったり、いい加減疲れたりで、ちっとも希望なんて湧きません。

 この頃は心がみょうに荒れてしまい、お気楽そうに歩いている人たちを見ると、それだけで腹が立ちます。老いた男や若い男を見るだけで、ほんとうにそれだけで、腹が立ちます。そして若い女を見れば、ひたすら情欲を掻き立てられるばかりです。

助けてください。

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