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貨幣と稲荷寿司

 「どこ行ってたのじゃ、雑事をほっぽりだして」

 神社に帰ってきたときには辺りは暗くなり始めていて、鳥居の前にはフンスーと鼻息荒く、怒りの形相をしている巫女ちゃんがいた。ピコーンとしっぽが上を向いている。

 やばい、どうやらお怒りのご様子。怒りを鎮めなければ。


 「ははー。イナリさま。これには、いろいろと事情がありまして・・・・・・。これはつまらぬものですが」

 ここはファンタジーの世界。もしかしたら、目の前の巫女ちゃんは怒りにまかせて魔法を使ってくるかもしれない。丁寧に謝っておこう。

 そして、食らえ、稲荷ずしを。

 「ちっ。調子が狂うの。なんか、バカにされている気分じゃ。で、これはなんじゃ」

 ご機嫌斜めの巫女ちゃんは、受け取ったパック入り稲荷ずしについてぶすっと尋ねてくる。

 「これは稲荷寿司という我が国伝統の食料です。お納めを。ははー」

 「その言葉使いは止めいというておるに」

 巫女ちゃんは、稲荷寿司と俺の両手にぶら下がったビニール袋をじろっとする。

 「ふむ。いろいろと聞くことがありそうじゃ。ついてくるのじゃ」

 そう言うと、巫女ちゃんは宿泊施設に向かって歩き始めた。

 

 「で、どこに行ってたんじゃ?」

 宿泊施設のお食事処にて、巫女ちゃんに問われる。テーブルをはさんで反対側に座っているので、彼女のジト目の直射攻撃を受ける。俺のお目目はひるんでしまって、視線を逸らす。

 「実は、どうやら俺には特殊能力が発現したらしい。俺のいた世界とこの世界を行ったり来たりできるようになった」

 「なんじゃと・・・・・・。そんなことが・・・・・・」

 彼女はそう言って、フリーズする。ピコン、ピコン。ピコン、ピコンと左右のけもみみが交互にお辞儀を繰り返している。

 ピコン、ピコン。

 ピコン、ピコン。

 ピコン、ピコン。

 ・・・・・・。

 

 「にわかには信じられぬが・・・・・・。このイナリズシ?というものといい。このパックといい。見たことがないのじゃ。そうじゃ、お主、先ほど両手に袋らしきものを持っておったじゃろ。あれの中身を見せるのじゃ」

 「分かった」

 俺は、巫女ちゃんのいうとおりにもってきたものをテーブルの上に置いていく。どんどん、どんどん置いていく。

 どんどん、ドドーン。

 砂糖。

 どんどん、ドドーン。

 塩。

 泣いてばかりの。

 コショウ。

 子猫ちゃん。

 カレー粉。

 

 そんな感じで俺は持ってきたものをすべてテーブルの上に並べ終えた。

 巫女ちゃんはすごく驚いたようなそんな顔をしている。


 「こっ、こっ、これはなんなのじゃ。この白いのまさか塩か?」

 「そうそう。そっちのが塩で、こっちのが砂糖で、あっちのがコショウ、それからカレー粉」

 俺は、びし、びし、びし、最後にびし、と指をさして説明する。

 「なっ、なっ、なっ。なにーーー」

 巫女ちゃんは、驚きのあまりに口をあんぐりしている。そうとう、驚いたようだ。やはり、珍しいらしい。

 

 「珍しいの?」

 俺は、聞いてみる。

 「・・・・・・・・・。そりゃあ、のう。カレーコ?というのは分からんが、どれもこれも貴重品で高価じゃから、なかなか手に入れられんわ。だいたい、こんだけあれば、十年は生きていけるわい」

 シュボー、フシューと体の力が抜けた感じで、巫女ちゃんは、はーとため息をつく。ケモミミもだらっとしている。


 狙ってやったものの、なかなかに高価なものらしい。いくらぐらいなのだろう?

 「いくらぐらいなの?」

 「そうじゃのー。買ったら、塩も砂糖もグラムで銀貨5枚ほどかの。コショーは、グラムで大銀貨1枚ほどかの」

 「銀貨? 大銀貨?」

 「ふむ。お主にはそこから説明が必要なようじゃの。教えて進ぜようぞ」

 フム―、と巫女ちゃんは貧相な胸を張った。どうやら、教授体制に入ったようだ。


 「この国には、いくらか貨幣があっての。価値の小さい順でいうと、鉄貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、プラチナ貨といった貨幣がある。いいかの?」

 多いなと思いながら、俺がうなずくと、巫女ちゃんはフスーと一呼吸おく。

 「でじゃ、それぞれの価値じゃが・・・・・・、10鉄貨で1銅貨、10銅貨で1銀貨、10銀貨で1大銀貨、10大銀貨で1金貨、10金貨で1大金貨、10大金貨で1プラチナ貨となっておる」


 ほうほう。種類はわかったが、物価はどのくらいなんだろう。例えば、朝食のかったいパンとか?

 「朝食べたパンっていくらなの?」

 「あれは、まあ、1銅貨くらいかの」

 「あのパンが1銅貨とすると・・・・・・」

 うーん。仮に1銅貨を100円だとしようか。

 塩に砂糖は? 銀貨5枚は・・・・・・、5000円くらいか。となると、一袋に1kg入っているから、500万円ということか。

 コショーは? グラムあたり大銀貨1枚で1万円か。となると、ひとつ100g入りだから、100万円?

 おいおい。塩・砂糖・コショ―は、それぞれ10・10・20個あったはずだ。ということは、5000万円+5000万円+2000万円=1億2000万円だと。

 いや、これは買った時の値段で売ったら・・・・・・。でも、少なくとも数千万にはあるはずだ。

 ・・・・・・・・・。


 「なにーーーーーー」 

 「さっきも言ったのじゃ。十年は生きていけるとの。とにかく、すごいお宝の山なのじゃ」

 巫女ちゃんは、やれやれという風に言い放つ。


 「手ぶらでふらふらしていた人間が1日でこれだけの物を手に入れるとは・・・・・・。どうやら、先ほどのあっちとこっちをうんぬんという話はあながち嘘ではないようじゃ」

 どうやら、午後にいなくなった理由を納得してくれたようだ。


 しかし、それにしてもだ。ふはは。ふははは。俺の狙いとおりだった。じゃっかんというかかなり、予想よりも高価だったけど、これで商売の基盤は作れそうだ。


 「巫女ちゃ・・・・・・。イナリさん。いつまでも、ここでやっかいになるわけにはいかないと思うから、これを元手に商売を始めようと思うんだけど。どうしたらいいの?」

 ちょっと、失言をしてしまった。巫女ちゃんがギロヌとにらんでくる。

 「フシューーー。まったく・・・・・・。そうじゃの、これだけの量があるのじゃから、青空市場とかでなく、プロの商売人が集まる市場が近くにあるからそこで売ったらいいんじゃないかの」

 ピコッと、巫女ちゃんの右耳が動く。


 「へー。そんなところがあるんだ」

 「そうじゃ。あちこちからプロの商売人がやってきて、商品の売買を行っておるのじゃ。そこなら、いくばくかの場所代さえ払えば、商売ができるぞい。手始めにはいいんじゃないかの?」

 「分かった。イナリさん。ありがとう」

  

 ◇

 「それじゃ、晩飯にでもするかの」

 「さっき渡した稲荷寿司でも食べる? おいしいから」

 「せっかくじゃから。そうするかの。異界の食べ物なんて珍しいからの」

 巫女ちゃんは、興味津々という様子で稲荷寿司を見ている。

 

 「いただくぞい」

 「はいはい、どうぞどうぞ」

 巫女ちゃんはそう言うと、パックを開けて稲荷寿司をパクリと食べた。

 パクリ。もぐもぐもぐ。一つ目を平らげる。

 おや、なんか変だぞ。いままで笑わなかった巫女ちゃんが歓喜の表情で稲荷寿司を食べている。どういうことだ?

 パクリ。もぐもぐもぐ。どんどん食べる。

 パクリ。もぐもぐもぐ。どんどんどんどん食べる。

 むむ。フンスー、フンスー。シュハー、シュハー。じゅる、じゅる。

 ペロリ。

 あっという間に巫女ちゃんに上げた稲荷寿司はなくなってしまった。フンスー、フンスー。


 「これは、これはーーー」

 食べ終わった巫女ちゃんはなぜか、これは、これは、と言っている。なんなんだろう。

 「どうしたの?、イナリさん」

 「どうしたのじゃないわい。なんじゃ、この歓喜の食べ物は。神のつかわした食べ物か? こんなにうまいものいままでに食したことないわい」

 食らいやがった。大ダメージだ。

 「そんなにおいしいの?」

 「おいしいなんてもんじゃないわい。この食べ物を形容する言葉は”神の”くらいしか思いつかんわ」

 いっしゅん、”歓喜の”と形容していたと思ったが・・・・・・、まあ、いいか。

 

 「これ異界の食べ物じゃろ。で、お主は、あっちとこっちを行ったり来たりできる。ということはじゃ。このイナリズシ? という食べ物ももっと手に入るということじゃろ?」

 なんだか、興奮した様子で巫女ちゃんはそんなことを言う。言い放つ。

 いやな予感がする。

 「まあ、そうなるけど」

 「じゃあ、毎日これをもって神社にくるのじゃ。一宿一般の恩じゃ」

 

 「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 なんだか、とんでもないことになってしまった。

 けど、お金儲けのロケットスタートがきれそうだ。

 それに、稲荷寿司を毎日もってくるのはめんどくさいけど、巫女ちゃんからの好感度はMaxに近くなった。

 よ~~~し、明日は、異世界初の商売。売って売って、うはうは儲けまくってやる。 


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