第5話
シーリャが二人の下に戻ると、男は自分の体を抱えてブルブルと震えていた。
「大丈夫?」
シーリャが話しかけるが、返事が無い。
返り血を浴び、血で汚れた服を見て脅えているようには見えない。
オークに殺されそうになったのが、怖かったのだろうか?
それとも何匹か盛大に中身を飛び散るような殺し方をしたせいで、辺りが血肉の臭いがするのがダメなのだろうか。
とにかく、ここに止まるのはあまりよくないかな。
シーリャは男をもう一度お姫様抱っこをすると、仲間達が待機している馬車に向かって走り出した。
移動の際、男は暴れることなく、シーリャに抱き抱えられたまま、震えていた。
馬車に戻るとリーリンに命令して、待機させていた5人の護衛に野営の準備をさせた。
3人は夕食の準備のため狩りと水を汲みに出かけ、残りの2人はテントの準備などを始めた。
リーリンには焚き火の準備をしてもらい、その間に馬車の中で返り血で汚れたドレスを着替える事にした。
さて、どの服にしようかな。
何着か服は持ってきていたので、その中からどれにしようか凄く悩んでいた。
うーん、どの服がいいかな、白かな?
でも、白はありきたりかな。
それなら赤とかかな・・・。
色々と悩んだ結果、サクラの花のような、淡いピンク色のワンピースに着替えた。
服はこれでいいかな。
そう思うと、自分のセミロングの黒髪を触ると、髪型も変えた方がいいのかなっと少し悩む。
ポニーテール、ツインテール、サイドテール、三つ編み、他にも色々あるけど、どれが好みなんだろ?
そうだ、このままストレートの方が、清楚に見えて一番いいかも。
櫛で少し髪を解いたあと、馬車を降りてリーリン達の下に戻った。
焚き火の準備をしていた場所に行くと、リーリンと男が座っていた。
シーリャがリーリンの隣に座るとリーリンは事情を聞くために話し出した。
「私達は獣王国の者で、私はリーリン・ベールと申します」
「僕は、シーリャ・オルジーンっていうんだ。君の名前、教えてもらってもいいかな?」
男はまだ体を震わせ俯いていたが、ポツリと話し名前を名乗った。
「朝霧 裕也」
「朝霧 裕也ね」
シーリャがそう裕也の名前を呼ぶと、裕也はシーリャの顔を見た。
「あれ、発音が自然だ」
「そうかな?普通だと思うけどなー」
「普通か、聖王国の王女は発音が少し変だったな、確かユーヤって言ってた」
「聖王国の人はそういう発音が苦手なのかもね」
「なるほど、そういえば貴方達は耳と尻尾がついてるし、獣王国の人だっていってたけど、どうしてこんな所にいたの?」
「聖王国で行われていたパーティに出席していまして、それが終わったので、獣王国に帰ろうとしていたら貴方を発見して救助したのです」
「そうか、俺、運が良かったんだな・・・」
「裕也は僕と同じ黒髪って事は異世界人だよね、それなのにどうしてあんな場所でオークに襲われていたの?」
裕也は少し悩んだ後ポツポツと、この世界に召還されてからの事を話し出した。
勇者として召喚され。
聖剣が抜けず、聖王国を追放され。
そして何もない平原に捨てられた。
「大変だったんだね」
「こんな事になるなんて、思ってなかった」
「そうだろうね。さて、そろそろご飯も出来る頃だし、一旦休憩にしてご飯食べよ」
「2日くらい何も食ってなかったから、もう限界が近かったんだ」
「たくさん作るように言ってるから、いっぱい食べてね。 あ、そういえば裕也って、味噌って嫌いだったりする?」
「ミソ?味噌!? この世界に味噌があるのか?」
「うんあるよー、獣王国の特産品なんだよ」
それを聞いた裕也は少し悩んだ後、シーリャに質問をした。
「シーリャさんは、もしかして元日本人でこの世界に転生した人だったりする?」
「シーリャでいいよ、それで転生した人だと思った理由を聞いていい?」
「了解した、シーリャを転生した人だと思った理由なんだが、小説とかの知識になるんだけど、異世界に来た人や転生した人は、日本で食べられていたものを作ろうとする事が多いってあるんだ、だからシーリャが転生した人で、自分のために味噌を作ったのかと思って。 あとは転生したのが原因で、黒髪なのかと思った」
「なるほどね、ちなみに僕は転生した人じゃないよ。 異世界人の血は混じってるけどね」
「じゃあ、たまたま同じ名前の調味料がこの世界にあるってだけ?」
「ううん、裕也の言ってたことは一部正解。 昔に召喚された異世界人で、獣人の王族と結婚した人がいて、その人が自分のために作らせて広めたんだよ。 ちなみにしょうゆもあるよ」
「しょうゆもあるのか、それはいいな」
「それで、味噌は嫌いじゃない?」
「ああ、大丈夫だよ」
「リーリン、鍋に味噌入れていいって言ってきて、あと鍋ができたらすぐ持ってきて」
「了解です」
リーリンは立ち上がると、料理をしている護衛の下に向かった。
数分後、リーリンは鍋と食器を持って戻ってきた。
「今回は、猪が取れたのでぼたん鍋です」
鍋から味噌の良い香りがした。
裕也のお腹がグゥっとなっり、少し恥ずかしそうにしていた。
「ふふ、じゃあ、すぐ食べよっか」
そういうとシーリャが木でできた食器に、肉や山菜を入れると裕也に渡した。
「冷めないうちにどうぞ」
裕也は渡された物が少し熱かったので、ふーふーと冷ましてから器に口を付けてぼたん鍋の汁を飲んだ。
飲んだあと、美味しいとか不味いとか何も言わず、じっと器を見ていた。
シーリャとリーリンは何も言ってくれないで不安になり、声をかけようとしのだが、その時、器を見ていた裕也の目から涙がぽたりと落ちた。
「美味しい」
涙を流した裕也を心配そうにシーリャが見ていた。
「ごめん、涙なんか流したら心配するよね」
「うん、でも泣きたいなら泣いていいんだよ」
「大丈夫、ただ、たった二日ぶりの味噌の味なのに、なんだかとても懐かしく感じて・・・ね」
「そっか」
「朝霧さん、まだまだおかわりできますよ」
「リーリンさん、ありがと」
そういうと、裕也は懐かしく感じる味噌の味をかみしめながらゆっくりと食べた。
みんなが食べ終わり、お茶を飲んで一服していると、裕也は思い出したくも無かったが、先ほどの話をし続きを始めた。
聖王国に捨てられてから、食料か人里のどちらかを見つけるために、道沿いに歩いていたがその日は成果はなく、野宿する事になった。
翌日も同じように歩き続けていた。
そしてシーリャ達に助けられる1時間くらい前の事だ。
あれは、悪夢だった。
くそ、半日以上あるいてるはずなのに、人を見つける事はできないし、食べ物がありそうな場所もない、このままじゃ本当にあと数日で野垂れ死にだ。
裕也の捨てられた時にあった、不安、警戒という感情は薄れ、今はイライラと焦っていた。
空腹、疲労からいつ動けなくなるかもわからない、それなのになんの成果も無い。
昨日の夜も物音に脅え、まともに寝る事もできなかった。
それでも生きたい、そう思い歩いた。
この丘を越えれば何かあるかもしれない。
神経をすり減らしながら歩き続ける。
そして丘の上まで来ると、辺りを見渡した。
すると歩いて数分くらいの距離に森が見えた。
裕也の暗い顔が、満面の笑顔に変わった。
森だ、食べ物がある。
体力的にはよくないのだが、それでも1分1秒でも早く食べ物を見つけるため、疲れた体にムチを打ち、走って森に向かった。
警戒心の強かった、昨日の間に森を見つけていれば、何も考えず森に入るのではなく、熊などがいる可能性を考慮して森に入ったであろう。
だが、平原を延々と歩いていて初めての成果。
それが裕也の判断を誤らせた。
無警戒に森に入ると、食べれるものを探しながら森の奥へと歩いた。
何か食べるものないかな。
きのことかでもいいけど、毒きのことか見分け方知らないし、果物をメインに探すのがいいかな。
キョロキョロと木や地面を探すが、食べれそうなものは見当たらない。
果物が見つからないなら、うさぎとかでもいいな。
くまなくこの森を探させば、絶対何か食べる物はあるはずだ。
ゆっくりと何か食べるものが無いか、探しながら進んでいく。
するとガサガサという音が聞こえた。
食べ物!
そう思った裕也は、音がした方向に走った。
茂みがあったが突っ切り、音がした場所に着くとそこには悪夢が待っていた。
茂みの先には数匹のオークが熊を解体しながら、生で食べている最中であった。
そんな場所に、勢いよく乱入してきた裕也を、オーク達は凝視した。
裕也の目の前には熊の死体と、口から血を滴らせて熊の肉を食うオーク達。
あ、熊の肉か、焼いたら美味しいのかな?
オーク達が目の前にいるのはわかっている。
血で汚れた斧、熊の死体、それを食うオーク。
次は自分が食われる、そう連想してしまい、オークがいると認めたくなかった。
だが、裕也を見ていたオーク達はニヤリと笑うと、徐に斧を持って立ち上がった。
やばい!
オーク達が立ち上がるのを見て、裕也は来た道を全速力で走った。
木に少し肩などをぶつけながらも、森をでるためにひたすらに走り続けた。
あのオークの笑い方は友好的なものじゃない、確実に食われる。
死にたくない、こんなところで終わりたくない。
死に物狂いで走っていると、森を抜けた。
森を出ると、そこには丘が見えた。
丘を越えれば、流石に追ってこないだろう。
息を切らしながら、一歩一歩進みどうにか丘の頂上まで来ると、前のめりに倒れた。
助かっただろうと思い、倒れたまま息を整えていると、何か生臭い臭いがしてきた。
何だよこの臭い。
そう思い、体を起こし、振り返ると、ニタニタと笑うオーク達が丘を登ってきていた。
震える足で立ち上がり、丘を下って行く。
足がもつれて倒れるが、死ぬのよりましだと、痛みを堪えて立ち上がり、また足がもつれ何度も倒れたが、走るのをやめなかった。
丘を下りきりそれでも走り続けたが、ついに限界が来てしまい、転げるように仰向けに倒れてしまった。
体が酸素を求めて、はぁはぁぜぇぜぇと息をする。
ああ、逃げ切れなかったか。
そう思うと、またあの生臭い臭いがしてくる。
あとは、オークは本当は良い人というのにかけるか。
オークに包囲されるのを、確認しながら上体を起こす。
「こんな大人数で俺をどうする気だ?」
話し合いで何かが変わる事を祈り、オークに話した。
オーク達は舌なめずりをしながら、ニタニタと笑う。
その中の一人が、裕也の問いに答えた。
「オマエコレカラ、オレタチノモノニナル」
聞き取りにくい変な言葉を話すオーク。
「お前達の物になって何をするんだ?」
「オマエ、オレタチノコドモハラム」
驚愕の言葉に裕也は言い返した。
「なっ!?俺は男だ!子供なんて産めるわけないだろ」
「ブヒィヒィ、ソンナコトカンケイナイ、オマエメスニナル」
「雌!?」
「オーク、オスデモハラマセルコトデキル、ダイジョウブイタイノサイショダケ、スグヨクナル」
そういうとオークは下半身を露出させた。
「ヒィ!?」
裕也は自分の腕ほどの大きさのある物を見て、悲鳴を上げた。
嫌だ、あんなのに犯されたくない。
恐怖から腰を抜かし、地を這い逃げようとした。
その動作にそそるものがあったのか、1匹のオークは物を勃起させ、裕也に迫ってきた。
「誰か、助けて・・・」
こんな場所に助けなんて来ない、わかっていたが恐怖のあまり声が出ていた。
迫ってくるオークが、裕也の足を掴もうとする。
もう終わりだ、そう思い目を閉じた。
その時、一陣の風が吹いた。
何が起こった?
目を開けるとオークがいた場所に、動物の耳が生えた、黒髪の少女が立っていた。
少女は裕也をじっと見た。
「えっと、こういう時なんて言えば良いんだったかな? うーん、そうだ! 王子様、助けに参りました」
少女はドレスのスカートの裾をつまみ一礼しすると、裕也をお姫様抱っこすると、一歩でオークの包囲を抜ける。
「後は二人が知ってる通りだよ」
「オークがそんな生態をしてるなんて知らなかった」
獣王国付近には、オークが生息していないため、二人もオークの生態知らなかったが、それはあれだけ脅えるよ、と思った。
話しながら、その時の恐怖を思い出した、裕也の目からは涙が零れていた。
それを見たシーリャは、裕也の涙をハンカチで拭うと一言いった。
「ねえ裕也、僕、裕也の事守るから、僕のお婿さんになって」