回る令嬢と不思議な日記
前世の記憶と不思議な日記を持つ伯爵令嬢。 (主に日記にまつわる)約1年の物語。
********************
バンッッ!!
突然響いた大きな音に、動きは止まり視線は集まる。
教室のドアを入ってすぐの机を思い切り叩いたのは私。 教室内に居たのは4人の女生徒。
「何をやってるの? 貴族の令嬢ともあろう者が下町のようなイジメかしら?」
「うるさいわね! 私のやることに文句をつけるというの? 伯爵令嬢の分際で?」
「イジメなんて低俗な真似は侯爵令嬢にはあるまじき行いだと思いますけど?」
怒りに自然と声は低くなり、呆れに言葉は冷たくなる。
『私の態度も令嬢らしくはないわね。』と内心では思いながらも、表面には出さない。 表情は薄い微笑み。
中心に居た令嬢がわたしを睨みつけてくる。 すごい形相。 こんな表情は婚約者の目では絶対に見せない。 素晴らしい化け猫被りに更に呆れる。
本来、伯爵令嬢の私よりも侯爵令嬢の彼女の方が身分は上だから、普通はこんな態度は取れない。 でも、侯爵家中位で領地経営が苦しい彼女と、伯爵家筆頭で領地経営が順調な私とではそうとも限らないので、私も強気に出る。 もちろん、あくまでも表面上は穏やかに。
「低俗ですって? 人の婚約者に色目を使う方が低俗ではなくて?」
「色目? 彼女が? いつ? どこで?」
「本人の目の前で、聞こえよがしに誉めそやして頬染めて・・・あれが色目ではないと?」
「あぁ、それですか。」
つまり、自分の婚約者について盛り上がってたから嫉妬した、と・・・。 感情のままに動くさまは幼い子供のよう。
だからなのか、取り巻きは彼女の言うことには従うけど積極的に何かをしようとはしない。 彼女を諌めることも無いけど、煽ることもない。 子爵令嬢を囲って、成り行きを見守っているだけで、危害を加える様子も無い。
「彼女のは、物語の王子様に憧れるようなものですよ。 同じクラスなのだから、本人が居合わせることだってあるでしょう。 そんな人たちを全員イジメるつもりですか?」
「殿下は私の婚約者なのよ? 私以外の女が馴れ馴れしくするなんて許されないのよ!」
「クラスメイトでも話をするのもダメだと?」
「必要なこと以外はダメに決まってるでしょう?」
叫ぶように言いながら、鬼の形相が泣きそうに歪んで、今度はとても子供っぽい表情になる。
『傍から見たら私が苛めてるように見えるんでしょうね』 思わず溜め息が出る。 それにビクゥッと体を震わせるんだから、ホントに精神的に幼い。
「私は殿下のことは何とも思ってません。」
「なんですって?! 殿下なんてどうでもいいと言うの?! なんて失礼なことを・・・! 婚約者の私に対する侮辱でもあるわ!」
「でも、殿下は私にとってルームメイトの1人でしかありませんから。」
「それが失礼だというのよ! 殿下は(当然だけど)王子なのよ? あんなに素敵なのよ? この私の婚約者なのよ?」
「とにかく、お二人の邪魔をする気はまったく無いんです!」
「じゃぁ、これからは殿下に馴れ馴れしくしないわね?」
「馴れ馴れしくしてませんし、あまり関わりたくもありません。」
「関わりたくないなんて失礼ね! それに、それなら関わらなければいいでしょう?」
囲まれてた子爵令嬢がキッパリ言い切る。 けど、言い方が悪かった。 侯爵令嬢が変な食い付き方でさらに怒る。
論点が微妙にズレて、まともなようでいて話は噛み合ってない。 これでは埒があかない。
「関わりたくなくても、話しかけられたら無視するわけにはいかないわよね。」
「当たり前でしょう? 殿下を無視するなんて!」
「無視せずに相手をしない方法を教えてあげればいいんじゃないですか?」
「そんなもの知らないわよ!」
「じゃぁ、どれくらいが馴れ馴れしくないのかを教えてあげれば」
「そんなのわかるわけ無いじゃない!」
「じゃぁ、どうすれば納得できると?」
「・・・! 貴女、一体なんなのよ?! もうっ・・・。」
口を挟んで軌道修正し、解決へと誘導するも、やはり埒はあかないまま。
「とりあえず、明日、席替えをして彼女と殿下とは席が離れるように調整しましょう。」
「・・・・・・。 わかったわ。 それで様子を見ましょう。」
あえて穏やかな声とゆっくりめの話し方で話を打ち切ると、侯爵令嬢も少し落ち着いたようだった。
それを見て、さりげなく子爵令嬢を自分で隠して静かに教室を出る。
「・・・大変だったわね。」
「・・・ありがとうございました。」
校舎を出て、そっと息をつくと、後ろを歩いてる子爵令嬢を振り返る。 彼女もホッと息を吐き出すと礼を言ってきた。
「いいのよ。 大事になる前に間に合って良かったわ。」
「ひどい怪我とかをさせる人ではないと思うんですけど・・・。」
「プライド高いから引っ込みがつかなくなる場合も有るし、勢い余っての事故みたいなことが起きるかも・・・。」
「・・・。」
「とにかく、念のため、1人にはならないようにね。 助けとまではいかなくても、非常時の連絡役や証人ぐらいにはなるでしょう? そして、まずは、席替えで落ち着くことを祈りましょう?!」
「そうですね。」
その夜、日記を開き、つい溜め息。
既に日付の書いてある日記に記入していく。
次のページを見て、今度は思わず苦笑い。 そこには、既に、少し先の日付が・・・。
********************
そして、あれから数日後の今日、校舎裏。 居るのは私と先日の4人の女生徒。
「何をやってるの? もしかして、またイジメてるの?」
「だって、席が離れたのに、また殿下に色目を使ってたのよ? この嘘吐きは。」
「色目なんて使ってません。」
介入したばかりだが、すでに、怒りは萎え、私には呆れだけが残っている。
「殿下が彼女に近寄って行ったのよね。」
「殿下は彼女の色目に惑わされたのよ。」
「私は色目なんて使ってません。」
「殿下はその程度のことで惑わされる人だと?」
「! そんなことは言ってないわ!」
「・・・・・・。」
「殿下が自ら近寄って行って話しかけたのは私以外にも大勢見てるのよ?」
「彼女が避ければよかったのよ。」
「そんな・・・。」
「ムチャよね。 おそらく誰も、殿下がわざわざ彼女の近くまで話に行くとは思ってなかったんだから。」
そう、元凶はバカ殿下。 わざわざ仕組んでまで、殿下は窓際に、彼女は廊下側になるようにしたにもかかわらず、休憩になると彼女のところに話に行くんだから、席替えの意味が無い。
どうやら、たまたま話したときに彼女の飾らない話し方を気に入ったらしい。
それにしても、王子ともあろう者が、周りのひそひそ話にも視線にも気付かないって、問題有り過ぎだと思うんだけど・・・。
席替え後、2回目に彼女に近づこうとしたときには、殿下の側近候補の何人かが止めていたようだけど、止められる理由もわかってないみたいで振り払っていた。
理由のわからない殿下も問題だけど、止められなくて将来の側近として大丈夫なのか不安・・・。
「・・・! 貴女、前回といい、一体なんなのよ?! 関係無い人間が口出さないで!」
「前回関わった以上、無関係とは言い難いんですよ。 それに、傍で見てれば、殿下のはただの好奇心というか物珍しさなのは確実なので心配は要りませんよ?!」
「そんなの、わからないじゃない! 今は好奇心でも後で変わるかもしれないし・・・。」
「こんなことやってるのバレたら嫌われますよ?」
「バレなきゃいいのよ。 ・・・貴女、殿下に言う気?」
自分で言い出したのに私の介入理由はスルーして、殿下についてだけ食い付いてくる。 ホントに殿下が大好きなのね、と感心したくなるほど・・・。
しかし、バレなきゃいい、とは令嬢らしくない言い分ね。 それを振ったのは私だけど。
で、バラされる可能性を考えて子爵令嬢を睨みつけながら問い詰める様子は鬼気迫るもので・・・。
「言いません。」
「そうよね。 殿下に関わりたくないんだから自分から話し掛けるなんてことしないわよね。」
「そういう貴女はどうなのよ? 貴女こそバラす気なんじゃないの?」
「私も殿下に興味無いし関わりたくないから。」
「だから、殿下に失礼だと言ってるでしょう?!」
「そんなこと気にせず、ライバルが減ったと喜んで大丈夫ですよ?!」
「私の殿下に失礼なこと言われてほうっておけるわけ無いでしょう?」
「誰も気にしないから大丈夫です。」
言わないと言うのに同意してたら私に矛先が向けられたので即刻否定。 ちょっと正直に言いすぎたみたいで、文句を言われる。 また前回と同じ展開になるのが嫌で、かといって前回と違って打ち切るための何らかの策も咄嗟に思いつかず、繰り返し言い切ることで凌ぐ。
「わかりました。 私が防御しましょう。」
「防御? どういうこと?」
「私が出来る限り彼女の傍に居て、殿下が近づきにくくします。 殿下も、女同士の話に割り込むようなマナー違反はしないでしょうから。」
「殿下を怒らせるかもしれないわよ?」
「こんなことで怒るようでは王族失格なのは殿下もわかるでしょうから大丈夫です。 権力を振りかざされない限り、殿下に嫌われようと私は構いませんし・・・。」
「・・・・・・。 わかったわ。 それで様子を見ましょう。」
「では、そういうことで・・・。」
なんとか話を打ち切り、子爵令嬢を連れて離れる。
「ごめんなさいね、勝手に決めてしまって・・・。」
「いいえ。 友達が出来る前にこんなことになってしまったので・・・。」
「それなら、これからは友達ってことでいいのかしら?」
「私で良ければ、ぜひ。」
「では、よろしくね。」
「はい。」
就寝前、日記を開き、つい、また溜め息。
今日の日付の入ったページに記入。
日付は飛んでいる。 今までのページも、これからのページも・・・。
そして、所々に紙を貼ってページが追加してある分を含め、今までのページにはすべて記入が有る。 もとから追加してあるページだけでなく、私が追加したページにも・・・。
侯爵令嬢と子爵令嬢の件に介入してから、欠かさず記録してきた。 そう、この日記に書くのは、あの2人に関してだけ。 何故かは分からないけど、自然とそう決めていた。
また、強制されてるわけでもなく、誰かに提出するわけでもないけど、何故か当然のように書いてきたし、今も書いてる。 そして、ほぼ確実に、これからも書いていく。
********************
「・・・今回はイジメじゃないのね。」
「貴女にも文句を言いたかったのよ!」
「文句は殿下に言ってほしいんだけど?!」
「貴方が自分で言い出したんじゃない!」
「そうは言っても、ねぇ。」
前回からしばらく経った、ある日の放課後。
今回は、私は途中からの介入ではなく、子爵令嬢ともども呼び出されていた。
殿下からの防御は、半分成功で半分失敗していた。
初めの数日は成功だった。 今も、昼食や放課後は教室から出るようにしてるから問題無い。
でも、最近、休憩時間になると同時に殿下は私達に寄って来て話すようになった。 割り込むのがマナー違反なら最初から一緒に話せばいい、と考えたらしい。 正直、邪魔。
「では、貴女(侯爵令嬢)も私達に混ざって殿下と話しますか?」
「なんで私が・・・。」
「一緒に話していれば、殿下の傍に居られますし、話の内容もわかるから安心でしょう?」
「殿下を近づけなければいいのよ。 殿下には私から話し掛けるから。」
「それで、殿下に躱された結果、殿下が彼女と話すきっかけになってしまったんですよね?」
「・・・!」
「あまりしつこく付きまとうと嫌われますよ? 話題も自分のことや流行や噂話だけでは嫌がられますし、将来の王子妃としての教養と話術に欠けると判断されれば、最悪、婚約解消ということも・・・。」
「・・・・・・。」
「貴女は身分は釣り合ってるし、実際に既に婚約者なんです。 王子妃としてふさわしい教養や言動を身に付ければ王子も他の人のところに逃げはしないでしょう。 そうして心身ともに磨けば、自分の魅力で自分に惹き付け繋ぎ止めておくこともできるのでは?」
「わかったわ。 勉強するし努力する。 でも、彼女(子爵令嬢)の作戦は継続よ? いいわね?」
「もちろん。 作戦に関係無く、私達は友達ですから。」
今回は、王子についての評価は口に出さない。 もう懲りたし、時間も無い。
今後の対応について提案し、私達に混ざるというのは却下された(プライドと独占欲の結果らしい)。
でも、脅しのような私の言い分は納得できてしまったらしく、不満を感じてはいる様子ながらも、態度等を改める決意は決まったようで、話がついた。
「お疲れ様。」
「・・・・・・。」
まず、子爵令嬢を、次に侯爵令嬢達を帰して、私だけが残ると声を掛けられた。 相手は1つ上の学年の公爵令嬢。
「これで大丈夫でしょうか?」
「やっぱり気付いてたわね。 大丈夫よ、きっと。 殿下も反省してるみたいだし、ねぇ?」
「分かっている。 みんなに寄ってたかって怒られた。 俺も王子としてふさわしくあるべく努力する。 それでいいな?」
「分かりました。 頑張ってくださいね。」
公爵令嬢に無事に収まるか問うと、頷くとともに後ろに話を振る。 そこには、当の殿下が居て・・・。
周りの説得もあり、殿下は、自信を成長させるとともに、婚約者の成長を見守ることにしたらしい。 兄の婚約者である公爵令嬢に強引に連行されて来たようで、少しふてくされながらも決意表明をして、公爵令嬢の返事を聞くと去って行った。
「で、コレはどうしたらいいんでしょう?」
公爵令嬢と2人きりになって、私が差し出したのは例の日記。
侯爵令嬢の暴挙を止めると決めた時、『ヒントになると思うから』と公爵令嬢から渡された、表紙に私の名前が書かれた日記。
最初から日付が入っていた。 でも、入っていたのは飛び飛びの日付のみ。 所々に追加されたページにも日付のみ。
表紙の名前といい、訳がわからず戸惑っていると、『動くタイミングがわかるわよ?』と不思議な言葉が返ってきた。
『それは貴方のものだから、好きに書いて構わないし、追加するのも自由よ。』と言われ、まさかと思いながら受け取って書いてきた。
「それは、貴女が持っていて。 いつか、次に渡すべき相手に出会ったら分かるから。」
「中、書いてあるんですけど?」
「次の相手に渡す時が来れば、日付以外は消えるから大丈夫。」
「!」
「貴女は良く頑張ったわ。 だから、彼女(侯爵令嬢)は救われた。」
「だって、私ですから・・・。」
「そうね。 私もそうだった。 同じような違うようなことが繰り返される、何なのかしらね。」
「それでも、私は私の人生を生きるだけ・・・。」
「それでいいんだと思うわ。」
「やっぱり、貴女も、なんですよね?」
「私は貴方と同じ、よ。 それじゃぁ、失礼するわ。」
********************
やっぱり・・・。
今、公爵令嬢の背中が見えなくなって・・・何故かハッキリ分かったことがある。
公爵令嬢は私と同じく前世の記憶を持っている。 彼女の前世は私(伯爵令嬢)。 だから私達の行動が分かり、それに合わせて動いていた。 自分の為、私(前世)の為、侯爵令嬢(前々世)の為、そして周りの為に・・・。
そして、あの侯爵令嬢は、前世の私。 前世の記憶が戻ったとき、現実と上手く繋がらず混乱した。
とりあえず、あのままでは婚約解消され悲惨な結末になるとわかっていたから回避させようと考えた。 たとえ現世の自分は別人とはいっても、同じ境遇や容姿や思考をした自分そのものという令嬢を、放っておくことは出来なかった。
でも、そう考えたものの、どうしたらいいかわからずに困っていたら、日記を渡された。
それでもどうしたらいいかわからず、しばらく様子を見ていたら、日記の日付に大きめのトラブルが有ることに気付いた。 だから、ホントにまずそうなときには介入できたし、最悪の事態も回避できた(はず)。
私の手に有る、その日記。 あの公爵令嬢のものとしては年季の入り過ぎた日記。 これは、公爵令嬢が、私と同じように引き継いだもの。
繰り返すように回る運命の輪の中で、それに振り回されること無く自分の願いを実現できるように、歴代の自分に受け継がせてきたもの。
今日より先に書いてある日付は1つだけ。 おそらく、それより先は、無い。
・・・・・・。 ところで、ふと気付いたんだけど。 私の来世は、あの公爵令嬢なの?
え? 公爵令嬢? あのハイスッペクな? どれだけの努力要るの? 標準装備だといいな。
それに、王太子の婚約者? 今(現世)よりプレッシャー増えるの? 嫌かも・・・。
・・・でも、まったく同じとは限らないのよね。
前世(今世)なんて思い出さないかもしれないし、周りが変わってるかもしれないし・・・。
今だって、自分の人生を、出来る限り自分の意志で生きてるし?
もしかして、また、今度は公爵令嬢用の日記を受け取って、ってことはあるかもだけど。
あら、それなら、結局、問題無いわ。 良かった。
さぁ、例の人たちは見守ることとして、あとは今世の自分を生きましょう!
********** 完 **********
立場を『持ち回り』するかのような令嬢達、回覧板のように受け継がれ『回されていく』日記、記憶持ちを複雑な気持ちにさせる回り方をする運命の輪。