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舞台裏 漂流者三名の物語

 十二月二十四日 午後八時。

 クリスマスを翌日に控えた駅前では、サンタクロースのコスチュームを着た売り子たちが、炭水化物と糖質、脂質の塊に農薬や消毒薬に晒されてもはや毒物としか思えない赤い果物――農林水産省の区分では野菜――が混入されたものを、仕事帰りらしいサラリーマンや、腕を組んで歩くカップルに売りつけていた。


「……橋本?」


 そんな売り子たちのほとんどは、子供たちが絵本で見るようなふくよかな身体つきはしていなかった。男性ですらないものが半数以上を占める中で一人だけ、体型だけなら無垢な幼子の夢を叶える(ぶつよくをみたす)奇特な老人のそれに酷似している売り子の背中に、少年が声をかけた。


「橋本だろ? おい、無視すんなコラ!!」

「……Ho-Ho-Ho!! トミ屋特製クリスマスケーキはいかがですか?」


 二度、呼びかけに反応がなかったことに腹を立てたのか、黒髪をワックスで逆立てた少年が声を荒らげると、巨体を揺すって振り返った売り子が忠実に職務を遂行しようとした。


「全然おもしろくねー。つーかサンタならプレゼントしてくれよ」少年は巨漢のサンタクロースにすり寄って声を潜め、「どうせ売れ残りとか持って帰るんだろ?」と言った。


「Oh, boy… サンタクロースはいい子の味方だよ。悪い子の所にはブラックサンタが来るんだよ?」

「んだよ。ブラックサンタって」

「お昼に買いに来た子供が教えてくれたんだ。悪い子の所にはゴミを持ってくるんだって。勇気もいい子にしてないと、今夜プレゼントをもらえないぞ~?」


 少年の要求に対して、売り子は宗教的な背景などまったく考慮に入れていない都市伝説を付け加え、真っ白な付け髭を撫でながら窘めた。


「つーかそのバイト昼からやってんのかよ……まあいいや。とにかく十時な! ……ちゃんとやれるんだろうな? 美佐も来るんだから、頼むぜ?」

「大丈夫だよ。昨日準備は済ませたんだから。君らこそ、時間に遅れないでくれよ?」


 橋本のウィンクに顔をしかめてから、勇気は踵を返した。


「ところで、トミ屋特製の――」

「いらねえよ!」


 振り返ることもなく、勇気は怒鳴った。


 彼は肩を怒らせ、急激に冷たさを帯びてきた冬の風を切って歩いていった。やがて駅前の喧騒が届かない距離まで行くと、濃いブルーに染められたジーンズの尻ポケットからスマートフォンを取り出して画面を操作し、右耳へ持っていった。


「ぐふふ。悪い子の所にはブラックサンタ……ね。いいこと聞いちゃったよ」


 勇気は電話の相手と親しげに話しながら、一度駅前を振り返ると、橋本の視線に気づいたのか手を大きく振り、話しながら視線を進行方向へ戻した。彼を見送る巨漢の少年は邪悪としか表現できない笑みを白鬚の下に隠していたが、それを勇気が知るすべはなかった。








 同日午後十時。

 駅前で短期のバイトを終えた橋本少年は、売れ残りのケーキを二箱持ち帰った。それを家族に一箱渡し、もう一箱は友人たちが待つ自室へと持ち込んだ。


「うほっ! ケーキ、ケーキ!」

「橋本~。気が利くじゃん!」


 部屋のドアを開けて入ると、勇気は類人猿のような反応を示したが、橋本はそれを一瞥しただけで隣に座る少女に箱を差し出した。

 受け取った少女の指先がわずかに橋本の指先に触れた瞬間、小さな破裂音が鳴り、二人の間に電撃が走った。


「いった~い!! ダメだわ。静電気除去してから現れない時点で気が利いてなかったわ!」


 ケーキの箱はしっかりと捧げ持ったまま、少女が派手に声を上げた。見下ろす橋本は、恐らくは静電気を溜めこむ原因となったであろう、ウール素材のセーターを着込んだ両肩を竦めて嘆息した。


「あのねえミサミサ。自分ちにいて、いちいち静電気除去なんてしないでしょ? そんくらいでぶーぶー言うなよ」

「うっさい。キモデブ! 乙女の柔肌に電撃かましといてなにその態度!?」


ミサミサと呼ばれた少女が怒鳴り、さらに目を吊り上げて、「つか、美佐だから! ミサミサって呼ぶのやめろって何回言えばわかんのよ! キモイんだよ!」と橋本をなじった。


 なじられた本人はといえば、美佐の口撃にめげた様子もなく口の端だけを歪めて笑い、「いいじゃないか。子供の頃から呼んでるんだしさ」と返した。


「二人ともいいから、いいから。とりあえずケーキで乾杯しようぜ!?」


 二人のやりとりを仲裁した勇気は、美佐から白無垢の箱を取り上げるやいなや開封し、橋本がタイミングよく差し出したプラスチックのフォークを受け取って、その中央に座する赤い果物に突き刺した。


「信じらんない! いきなりそれいくとかガキなんですけど!」

「うるへー。どっから食おうと俺の自由だろぉ!? どれ、もう一個――あむっ!」

 

 美佐の指摘に自由人権を主張した勇気が、実に鮮やかな動きでもう一つの苺――ケーキの上に苺は五個乗せられていた――にフォークを突きさして口に運んだ。柔らかい生クリームとスポンジを崩すことなく、苺に先が鈍なプラスチック製のフォークを突き刺すのは、案外難しい。


「つか、直食いだし! 橋本! お皿くらい出しなさいよ!?」

「いやもう遅いよ。僕は例のやつをセットアップするから、二人で食べてて」

「ああっ! ちょっとあんた! 少しは遠慮ってもんを――」


 勇気のフォークはすでに、生クリームとスポンジの攻略を始めていた。その勢いは凄まじく、橋本が素直に皿など取りに階下へ降りていったとして、戻った頃には直径十五センチの二段苺ショートは食い尽くされていただろう。

 勇気を窘めておきながら、美佐が遠慮を感じさせない勢いでケーキの攻略に参戦したことに目を細めた橋本は、自室の最奥に位置する襖へと向かった。

 

 襖を開くと、そこは上下二段に分かれた収納スペースとなっており、下段には布団などの寝具が詰め込まれ、上段には大量の電気コードと、三つの紙箱が積まれていた。

 橋本は電気コードを取り出すと、プラグを壁のコンセント穴に差し込んだ。そして、電気コードが繋がっている黒い箱状の機械をそっと床に降ろした。


「おっ! それかぁ」

「マジマジ? 見せて、見せて!」


 続いて棚から降ろされた三つの紙箱を見て、勇気と美佐が歓声を上げた。


「ちょちょちょ! 待ちなよ。接続もしてないのに触っても意味ないから。三つ手に入れるのは苦労したんだからさぁ。ちゃんと手順通りにいこうよ」


 空になったケーキの箱を置き去りに、紙箱をつかみ取ろうとした二人を、橋本は身を捩って躱して口を尖らせた。


「へいへい。じゃーささっと接続しちゃってくださいよ。“てんさい”プログラマー様!」

「それって、“Natural Disaster”の方でしょ。馬鹿にするんなら、帰っていいよ」

「じょーだんだっつーの。頼むよ。橋本大明神様!」


 今度は頬を膨らませた高橋に向かって、勇気は両手を合わせて拝んだ。それに鼻を鳴らして答えた橋本は、「ま、苦労した分楽しまなきゃね……」と呟き、先ほどの黒い箱の前に腰を降ろした。


「じゃ、あたしは空き箱片付けてくるか。ママさんとこ行ってくるからさ、お茶かなんかもらってこようか?」

 

 美佐が立ち上がり、空き箱を畳みながら二人に問いかけた。


「俺、コーラ!!」

「僕は……いらないけど……君らも……ま、いいか」


 勇気は橋本の後ろに半腰になって立ち、彼の作業を注視しながらも元気よく答えた。橋本も手元から視線を逸らさずに答えたが、何かを言いかけて一瞬虚空を見上げて呟いたのち、また視線を手元に戻した。


「なにが、『ま、いいか』なのよ」


 勇気は橋本の発言を気にしなかったようだが、美佐はそれを拾った。


「ん? いやほら、『これ』を始めたら集中してやりたいだろ。 あんまり飲み食いしてから始めるとさ、途中でトイレ行きたくなっちゃうと思ってさぁ」

「確かにそうだ! 美佐、俺、やっぱ、いらねー」

「珍しくまともなこと言うじゃん……。あたしもやめとこっかな」


 二人が橋本の言に素直に従ったこと自体が珍しい現象だった。美佐は言い置いて、部屋を出ようとドアノブに手をかけたのだが、橋本の「あ、そうだ」という発言を聞いて、ドアを半分開いたところで振り返った。


「燃えないゴミの日って、明日?」

「はあ? 月曜だから、明後日でしょ」


 それがどうしたと言うように訝しげな表情を浮かべた美佐を振り返り、橋本はよいことを思いついた少年の様な笑顔で告げた。


「うん。じゃあペットボトルもらってきてよ。間に合わないときはボトラ――」

「ぶっ!!」

「誰がやるかぁっ!!」


 ノブがもげ、ドア枠が変形するのではと思わせるほどの轟音と立てて閉め、足音を響かせて美佐が階下へと降りていった。


「おい美佐、俺は別に――」


 橋本が、何かに没頭するあまり自室からトイレに移動する手間すら惜しむという存在の名を口にした瞬間、派手に吹き出した勇気であったが、去り際に合った美佐の目にはっきりと憎悪の色が浮かんでいるのを見た。

 慌てて言い訳をしようとしたのだが、相手が閉じたドアでは意味がない。


「とんだとばっちりだぜ……」


 勇気はぼやき、「くふふ」と笑った橋本を小突いた。










「お待たせいたしました! 話題のVRMMO“ナイツ・オブ・アゼリアⅡ”モニタープレイの準備完了でございます!」

「よっ! 待ってました!」

「…………ちっ」


 自室の照明を落とし、床にガムテープで固定した懐中電灯で、下からスポットライトを当てられた橋本が高らかに宣言し、それぞれが合いの手を入れた。


「悲しい事故が起き、三年前に制作会社は倒産してしまいましたが、ストーリー性の高さで人気を博した前作に続編を望むファンの声が高まり、業界最大手のカムコンが名乗りを上げました。そして! プロジェクト立ち上げから二年の時を経て! ついに! 念願の――!!」

「キターーーー!!」

「……うっさい。早く始めて」

 

 どんどん熱を帯びていく勇気とは対照的に、美佐は冷めきった口調で合いの手を入れた。

「ミサミサ。ここからが大事なんだけど……」

「まあまあ。美佐は早くゲームがしたいんだよな? 橋本、お前が悪いんだぞ? ボトラーの話なんてするから……」

「丸聞こえだよっ! 馬鹿ぁ!!」


 後半は声を潜めて話した勇気であったが、六畳ほどの部屋には音楽もかかっておらず、電源が入れられた黒い機械のファンが小さな回転音を立てているだけの室内では無意味だったようだ。


「あー、うん。じゃあ、概要だけ説明して、さくっと始めようか。マニュアルは全部頭に入ってるから、手短に言うからね? 聞いてね?」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向いた美佐を気遣うように、橋本は小さくなって下からその顔を覗き込んでから続けた。


「まず、物語は前作でラスボスだった、魔王が死んだ後のアゼリアから始まる。前作ではプレイヤーが見習い騎士や冒険者の身分からスタートして、王様を助けて勇者と認定されるという流れだったけど、今回プレイヤーが目指すのは、邪神を倒す英雄で、勇者はNPCキャラで登場するんだって」


 橋本は、「全部頭に入っている」という本人の言の通り、何も見ずにスラスラと語り始めた。勇気はそれをふんふんと頷きながら聞き、美佐も腕を組んで眉根を寄せてはいたが、黙って聞いていた。


「前作と操作性や基本的なシステムは同じだから説明するまでもないね。ハードは、相変わらずこれ――ザ・ブラックボックス様だ」


 よっこらせと言って床に腰を降ろした橋本が、黒い箱を軽く叩き、その横に並べられたやや大振りの耳当てが付いたヘッドホンのような器具を手に取った。


「でも、『ナイツⅡ』が前作よりも進化している点は、こいつをゲームに応用したってところだよね」

「お~、これが、“脳コン”ってやつか。なんか、ツボを押されてるみたいで気持ちいいぜ」


 ヘッドホンを裏返すと、左右の耳当てを繋ぐ部分には細かい突起が造られているのがわかった。勇気がそれを装着して感想を述べた。


「もともとは、病気や事故で脳の一部を失った人なんかが装着して、失われた感覚を補うための医療器具だったんだけどね。特に五感を再現するのに優れたこれを、ゲーム用に改良したのが、“VR脳波コントローラー”ってわけさ」

「なるほどなあ。それで、VRゲームの感覚をよりリアルにできるってわけだ!」

「あんたはクズなのに、パパさんはすごいことやったんだね……」


 マニュアルから得た知識を得意げに語る橋本に、勇気は素直に感心した様子だったが、しっかりと脳コンを装着した美佐はいまだに機嫌が直らないのか、蔑むような言葉を投げかけた。


「そのクズのおかげで、こうして新作のモニター権利を獲得できたんだけど……?」

「よせって橋本! ここまで来たんだから、寄り道はなし!」


 勇気は、拳を握って鼻息を荒くしていた。まさに、新しい玩具(おもちゃ)を早く試したい少年の目であった。


「まあまあ。君らはマニュアルを読んでもいないんだから、最低限の説明は聞いといてもらわないと。あっちの世界でもしはぐれてしまったときにはね――」


 それから三十分ほど、橋本の説明は続いた。


「とまあ、開始前に知っておいて欲しいのはこのくらいかな」

「あたしは、ヘイトNPCシステムってやつが面白そうだと思ったわ。むかつくキャラがいたらバンバン晒して消しちゃうかも!」

「確かになあ。プレイヤーからの人気次第で、NPCイベントが変わるってのは新しいかも。場合によっちゃ、モブキャラがいきなり重要キャラになったりもあるかもな!?」



 手短とは言えなかった説明を聞き終えた二人が、「ナイツ・オブ・アゼリアⅡ」新規導入されたシステムやプログラムについてそれぞれの感想を述べた。新しいVRの世界へ旅立つ時を間近に感じる興奮からか、美佐の機嫌も直ったようだった。それに満足そうに頷いた橋本は、懐中電灯を足元に固定していたガムテープを剥がし、光源を自分の顎の下に持っていってから、再び口を開いた。


「最後に、重大なお知らせがあります」

「なんだよ……怪談でも始める気か?」

「ここでもったい付けるとか、マジ性格悪いよ」


 美佐の避難にたじろぐことはなく、橋本は光源の位置のせいでことさら不気味に見える笑顔を作った。


「ぐっふっふ。実はね、パパのPCからプログラムをコピーして、ちょっといじったんだ」

「……マジ?」

「あんたこれオンラインだよ? 普通に犯罪でしょ……」


 VR商品に限らず、製品として登録されたプログラムを不正に改ざんすること自体が犯罪行為だが、オンライン配信するとなると罪が重くなる。橋本の発言に目を点にした二人はすぐに呆れ顔になった。対する橋本は不気味な笑みを浮かべたままだった。


「いやいや、そんなだいそれたことをやったわけじゃないよ? “英雄モード”で最初からプレイできるようにしただけさ。この端末からログインしなきゃ発動しないし、プレイ後は修正できる。最悪の場合は、バグとして報告すればいいんだよ」

「つーかなんでそんなことする必要あんだよ……育てる楽しみがねーじゃん」


 橋本は、二人の反応が芳しくないことにいささか憮然とした表情になった。


「勇気……いったい何日うちに泊まる気? 今回のはあくまでモニタープレイなんだから、途中のイベントとかも省略される部分がある。それでも一般のモニタープレイヤーに与えられた検証期間は一か月だよ?」

「そりゃ無理だわ。一月の模試で挽回しねーと、マジでクラス落ちする」

「なんでクリアするまで泊まり込みが前提なわけ? あたしは普通に帰るわよ」

「ほらね? 皆あんまり時間無いんだから。さくっとモニタープレイは終わらせて、早く正規版を作ってもらおうよ」


 橋本はそういうと、「いいね?」と言うように勇気、美佐の順に顔を見た。


 二人は無言で頷き、目を閉じた。


「それでは皆様、お待たせしました。いざ、夢と冒険の世界無双旅へ――」


 高らかに声を張り上げ、橋本はプログラムスイッチを押した。




本当はプロローグに入れようと思っていたお話しなんですけど……出す順番を間違えたかなぁ……

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