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第七話:世界の法則 中編

 視界の端に、木剣の先端が迫っていた。これまででもっとも速く、鋭い突きだ。だが躱せないことはない。躱さなくても、払えば済む。だがそれをしても、また同じことの繰り返しだ。

 なかば条件反射的に躱しそうになる身体を強引に押さえつけ、俺は腹にその一撃を受けた。


「よっしゃ! ようやく一撃入れたわ!」


 俺は何回、こいつの脳天に木剣を叩き落としただろうか。


「ユーキ、お疲れ!」


 俺は何回、こいつの発言に首を捻っただろうか。


「やっとファーストイベントクリアーか……シュエリスちゃんのイベントまで先が思いやられるよ」


 俺は何回、こいつの破壊不可能な眼鏡について驚かされたのだろうか。


「ループが百回越えた時は泣きそうだったけどな! これでファーストイベントはクリアーだぜ!」


 こいつの首を切り落としてやったのは昨日だったか? いや。もっとずっと前だろう。最近は首を落とすなんてシンプルなやり方はしなくなったからな。


「つかさ、ステータスとかやばいことになってるって……ほとんどカンストしてるじゃん……。もう、全部飛ばして邪神倒してさ、さっさと帰らない?」


「ダメだよ。ちゃんとシナリオ通りに進めないと……女神イベントは特に重要だからね……ぐふふ」


 この二人も散々な目に合わせてやったはずだが、こうしてぴんぴんしていやがる。


「……よく、やったな」


 俺は「おおお! マジだ! 『剣スキル』マックスまで上がってやがる!」と叫んで飛び上がったユーキに声を掛けた。内心とはまったく違った言葉が自然と口をついて出たことに驚きながら、俺は腰の剣――木剣ではない。あの日ゴルドンから譲り受けたバスタードソードが納められた鞘をベルトから外した。


「……これは餞別だ。役立ててくれ」


 今の言葉は、本当に俺の意志で発した言葉なのだろうか。「三か月以内に一撃でも入れられなかったら、剣術指南は終了だ」と言ったような覚えがあるが、それがいつのことなのかもわからなくなっていた。


 これまで、三か月目の訓練中に、俺の隙を突いて放たれるユーキの一撃を避けた後、唐突に湧き上がる殺意を抑えられず、三人を様々な方法で殺してきたはずだ。しかしその度に時間が巻き戻り、俺は練兵場でシュエリスの「…………不憫だわぁ」というセリフを聞いた。もはや自分の意志とは関係なく身体が動き、思ってもいない言葉が吐き出されることにも慣れてしまった。


 訓練終了の証に大事な剣をユーキに譲ることになっていたらしい。少なくともエリヤの神域から逃げ、王命を受けたあともそんな気はまったくなかった。しかし訓練が終わってみれば、なぜか腰の剣を渡していたのだ。


「おいハシモト。くれるっつーけど、貰って大丈夫か?」


「うん。『達成報酬』にちゃんと書かれてたからね。おっけーだよ」


「つかあんた、マジで暗記してるわけ……? キモイわ」


「当たり前だろ? モニターなんだから。『マニュアル』を暗記してから来ないと、正常に動作してるかどうか判断できないじゃないか」


 ユーキが「あっそう」と言って俺から剣を受けとり、ミサミサとハシモトは相変わらずの会話を展開していた。


「じゃあ、勇者先輩! お疲れっス!」


「戻ったら運営に報告しなきゃだよね。そもそも、勇者が女神を二人も連れてるなんて設定じゃなかったし……」


「つーか、惨殺バッドエンドなのに『イベントループ』した挙句、結局ログアウトできないんだけど? どうして二人とも平気なのよ……」


 妙な挨拶とぼやきを残して、英雄たちは練兵場を去った。その姿が見えなくなるまで見送ると、俺の視界はブラックアウトした。










「ん……? ここは?」


「あなたは、訓練を終えたあと倒れたのですわ」


「リュカゥ……? そうか。俺は英雄(あいつら)を……」


 目覚めると、まず目に飛び込んできたのは俺の顔を上から覗き込むリュカゥの青い瞳だった。顔の下に、呼吸に合わせて上下する胸が見え、後頭部に感じる感触からして、膝枕をしてもらっていたようだ。


 あんな鈍い一撃で気絶するなんて、歳は取りたくないもんだぜと思いながら、俺はリュカゥに礼を言って身を起こした。


「ぐ……痛……」


 木剣で突かれたのは腹だったはずだが、起き上がった俺を襲ったのは激しい頭痛だった。

 訓練期間中は王城に滞在を許されており、俺は王城の一角――かつて魔物を倒して王の心を取り戻した晩に、王妃の告白を断った部屋だ――の豪奢な客間をあてがわれていた。


 そこに備え付けられている革張りのソファーに身を沈め、痛む頭を揉みながら呻く俺を、隣に座ったリュカゥが気づかわしげに見ていた。

 なんとなく、その視線から逃れたくなった俺は立ち上がって、窓の外を見ていたシュエリスに声を掛けた。


「外が騒がしいみたいだな」


「訓練が終わって、いよいよ旅立つ英雄様の壮行会ですって。アルスちゃん、わざと打たれたでしょう? あの子たち、それに気付いてないみたいだけど……大丈夫なのお?」


 彼女が言う通り、俺はユーキの木剣をわざと受けた。なぜかはわからないが、これ以上あいつの剣技は上達しないと分かったのだ。無駄に訓練を続けるよりは、自信を持たせてやったほうがいいだろう。

 階下には中庭があり、窓の外から聞こえてくる声や音楽から察するに、盛大な宴会が催されているようだ。


 俺の役目は終わった。


 他にやらなければならないことがあったはずだ。漠然と思ってはいるものの、いまいちはっきりしない。そう思って窓から目を離し、ふとテーブルに置いてある新聞記事の見出しに目が留まった。


「ちょっとアルスちゃん? どこへ行くの?」


 荷物――と言っても大きなものはない。着替えと薬草、金の類が入ったナップザックを背負った俺の背中にシュエリスの声がかかった。


「剣術指南は終わったからな。もう王城(ここ)に居る必要はないだろ? ずいぶん遅れちまったが、ハイドラとイシュタル、それにアンドリューの家に行かなきゃよ……」


 エリヤの神域から逃げ出した俺は、その後しばらく酒浸りだった。仲間にひたすら懺悔していたと言えなくもないが、考えてみれば、俺が一番にするべきだったのは、あいつらの家に訃報を伝えることだったのだ。


『号外! 英雄の剣術指南終了! ~徹底検証! 戦力外勇者の教えで邪神は倒せるか!?~』


 新聞記事の見出しを反芻しながら、俺は王城を後にした。三人の仲間を訪ねた際、隠遁していたアンドリューは別として、ハイドラとイシュタルの家族には旅の目的を告げてあった。きっと今頃、混乱していることだろう。










「……どういうことだ?」


 王城からもっとも近い町に転移魔法で移動し、宿で朝を待った。そして、イシュタルの家を訪ねたのだが。


二階(うえ)にも、誰も居ないわよぉ?」


「もぬけの殻……ですわね」


 天井から顔を出したシュエリス――実体化していなければ壁抜け、天上抜けなど容易だ――が首を傾げ、壁を通り抜けて一階を見て回ったリュカゥが断言した。


「出かけているのか……? いや、しかし……」


 他人の家に無断で侵入するのは気が引けたが、この家の異様な光景を目の当たりにしては、常識的なことも言っていられない。


 家人が不在にもかかわらず、玄関のドアは施錠されていなかった。


 声を掛けながら中に入れば、コーヒーやスープの香りが鼻をくすぐった。食卓に並べられたマグカップに注がれた黒褐色の液体に誰かが口を付けた形跡はなく、さすがに竈の火は落とされていたものの、キッチンではトウモロコシのスープが煮えていた。

 ついさっきまで、ここでスープをかき混ぜていた人間が居たはずなのだが、リュカゥが言ったようにこの家は、もぬけの殻だ。


 何か、朝食の準備中に一家総出で出かけなければならない事態に見舞われたのだろうか。


 そう思って改めて一階を見て回ったが、別段慌ただしく荷物をひっかき回した形跡もなく、寝室のベッドは誰も寝ていなかったかのように整えられていた。むしろ、そこに誰かが居た、という匂いさえ残されていなかった。


「リュカゥ……お前たち側の連中の仕業ってことはないか?」


 イシュタルの家族は、特別な力を持たない人間だと聞いていた。魔法も使えない。戦いとは無縁の家に帰れることをイシュタルは喜んでいたのだ。


 そんな人たちが忽然と消えるなんて、神か魔物の仕業かと思い訊ねたのだが、


「どうでしょうか。私には、何も感じられませんわ」


「そうか……」


 神々の仕業でないとすると魔物か! 


 とはならない。


 そもそも一般人を消して、やつらに何の得があるというのだ。仮にイシュタルの家族が魔物に狙われる理由があったとしても、魔物なら攫うより殺す方を選択するだろう。とにかくこの家には誰も居ない。ついさっきまで朝食の準備をしていたのは間違いないと思うのだが、何かの事情で出払っているのだろう。

 勝手に上がり込んで帰宅を待つわけにもいかない。まあ、転移魔法があるのでいつでも訪れることができるのだから、とりあえずハイドラの家へ向かおう。


 などと安直にかんがえられるわけがない。


 俺の感覚はそこまで一般ずれしていないつもりだ。忽然と姿を消してしまったイシュタルの家族を探さなければ。







「すみませんが……お隣の方を訪ねて参ったものです。どなたか……」


 俺はイシュタルの家――スワロブスキー家に対して向かって右に建つ家のドアをノックした。別段珍しい形態ではない。建売住宅の一般的な在り方だと思うのだが、家の敷地を囲む木製の柵を挟んで、完璧に左右対称に建てられたそれを見ていると、なぜか違和感を覚えてしまうのだった。


「……勇者アルス、ですね」


 ドアの中央部分に設けられた、郵便物投函用の窓がわずかに開き、その隙間から声が聞こえた。どうやらドアを開けてくれる気はないようだ。


「ええ。恥ずかしながら。それで、お隣のイシュタルさんを訪ねて参ったのですが……」


「お答えできることはございません! ……誰かに見られる前に、お引き取り下さい!」


「え? いや、ちょっと」


 一方的に告げられた直後、パタンと窓が閉じられた。


「すみませーん。突然の訪問で申し訳ないのですが、お話しだけでもさせて頂けませんでしょうかー!?」


 何度か呼びかけたのだが、それきり家は静まり返ってしまった。


「アルスちゃん……売れないセールスマンみたいになっちゃって……」


 振り返るとシュエリスが後ろで鼻を吸っていた。


 自分で言うのは恥ずかしいが、俺は救国の勇者であって、それなりに有名人だ。新聞の見出しにもあったように、邪神との戦争において戦力外通告を受けたことは国民には周知のことだが、それにしても見ず知らずの他人から「アルス」と呼び捨てにされ、隣家のことを訊ねただけなのに、退去勧告(おひきとりください)とは酷いじゃないか。








「いったいどうなってるんだ……?」


 反対側の家でも、向かいの家でも、裏の家でも同様の扱いを受けた俺は、町役場を訪れた。しかしそこで、スワロブスキー家の状況を訴えたところ変人扱いされた挙句、「四の五の言うと守備隊を呼びますよ!」と言われる始末だった。


 世界を救った直後ですら、皆が諸手を上げて歓待してくれるわけでも、どの町でも大歓迎というわけではなかったし、リュカゥとシュエリスを連れていることで、熱心なエリヤの信者からは忌避されることもしばしばあった。


 しかしこの町の住人は、明らかに俺個人を嫌っているとしか思えなかった。行き交う通行人が石でも投げて来るのではと思えるほどの鋭い目を俺に向けている。子連れの母親は子供の顔を隠して足早に去り、老夫婦は杖を握りしめて怒りをあらわにし、血気盛んな若者が数人、俺を取り囲んで「なに見てんだ、勇者! ゴラァ!?」とか言っている。








「……訳がわからないが……これだけでも置いていくか」


 途方に暮れた俺は、一家の大黒柱を失って、苦労しているだろうと思い用意した見舞金を携えて、再びイシュタルの家を訪れて愕然とした。


「ウソだろ……?」


 どうせ開いていると思ったら今度はきちんと施錠されており、真鍮製のドアノブがガチャガチャと音を立てた。

不審に思いながらもノックしてみれば、中から出て来たのは死んだはずのイシュタルだったのだ。





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