第五話:回想3 ハイドラとイシュタル 後編
ハイドラとイシュタルが所属していた「第三騎士団」は、三つの大隊で構成されるアゼリア国騎士団の中で、もっとも武勇に優れると言われていた。
家柄やコネで出世が決まり、お飾り騎士団と揶揄される他の大隊とは一線を隔す実力主義の第三騎士団の所属であり、自分はその中隊長であるとハイドラが自己紹介したとき、俺たちは驚きを隠せなかった。
白髪が多く混ざる短く刈り込み、左目は一目でそれと分かる刃傷の瘢痕に巻き込まれて潰れ、北西に住むという巨人族なのではないかと疑わせる巨躯を鉄製のフルプレートアーマーで鎧っていたイシュタルがそうだというのなら、素直にそうですかと思っただろう。
しかし座敷牢に囚われていたハイドラは、武装すらしていなかった。滑らかな加工が施され白く塗装された革製のチュニックに鮮やかな空色のロングスカートを合わせ、左肩で留めるタイプのクリーム色のマントを羽織っていた。
王国騎士団の中隊長になるためには、精霊を宿した武器を使用できることが第一条件であり、そこへもって卓越した剣技と部隊を指揮する才、そして何より王国への忠誠心を要求される。
アゼリアでは女性が冒険者を目指すことや、兵役に就くことは珍しいのだ。男は外で戦い、女は家を守るという風習がある中で、女騎士への風当たりは特に強い。強者ぞろいの第三騎士団に在って女だてらに中隊長を任されているなど到底信じられる話じゃなかった。
実際のところを言えば、風の精霊を宿した剣を振るっての戦いは壮絶の一語に尽きるものだったのだが、当時の俺たちがそんなことを知るはずもない。
実は君らに頼みたいことがあるんだ。
お互いの紹介が済むと、ハイドラが声を潜めてそんなことを言った。
中隊長以上の騎士は、緊急時には民間人を徴用する権限がある。例えば魔物の大軍から町を守るときに、住民に指示して防護柵を造らせるとか、大隊からはぐれてしまった際、立ち寄った村で兵士のために炊き出しを用意させるとか――とにかく「徴用できる」という権限はなかなかに横暴だ。
悪いが断る。
徴用される民間人の中には、当然冒険者も含まれる。クリサンセマムまでやって来て、役人の下働きなんてごめんだと考えたのだが、即断した俺にイシュタルが目を剥いた。
貴様! ハイドラ様はアゼリア騎士団の中隊長――
それはさっきも聞いたぜ。だがおっさん。
そちらのお嬢さんがアゼリア騎士団の中隊長様だと、誰が証明するんだ?
まさか、おっさんの紋章入り鎧が証拠だとでも言う気か?
一般市民の感覚が染みついている今、俺が冒険者をしていたなら即座にひれ伏しただろう。しかし当時の俺は若く、がむしゃらに力を求める冒険者生活にどっぷり浸かっていたのだった。少々口も悪かったし、美人を前にして強気に出てみたいという思いがあったのだろう。
そういうわけで、イシュタルの言葉を遮りせせら笑ったのだが、それを見た壮年の騎士は目を吊り上げて詰め寄ってきた。
あの時の迫力は心底恐ろしかった。その威圧感が間違いなくイシュタルを歴戦の猛者であると悟らせ、そんな覇気を持った男を従えているハイドラが、騎士団中隊長ではなかったとしても、身分の高い人間であることも十分に理解できた。
あっという間に萎みそうになる気持ちを奮い立たせて立ち上がり、しばしにらみ合った若い冒険者と壮年の騎士だったが、少し離れたところに腰を降ろしていたハイドラの笑い声によって、一触即発の空気は霧散したかに思えた。
何がおかしい?
正直助かったと思いながらも精いっぱいの虚勢を張って、剣呑な表情を作って見せた俺に、ハイドラがゆっくりと立ち上がって近づいてきた。そして、猫の様な金色の瞳が輝く目を細め、花のような唇をほころばせて話し出したが、それは俺にではなくイシュタルに向けた言葉だった。
イシュタル。冒険者君の言う通りだろう。
私たちは王命を受けていて、それを記した文書も持っている。しかしそれが本物だと証明する手立てもやはりない。
ここで彼らが徴用を拒否したとしても、罪に問うことはできまい。
ですがハイドラ様と食い下がるイシュタルを制した彼女は、口角を意地悪く吊り上げて俺とアンドリューを見比べながら、「だが、私たちが無事に帰還を果たした暁には、二名の冒険者を王命拒否の咎でしょっ引いてくることになるだろうな」と続けた。
彼女の言った「二名の冒険者」が、俺とアンドリューを指していることは明白だった。
では、邪魔をしてすまなかったな。冒険者君?
ハイドラは「君」の部分を強調してからふふんと笑い、複雑な形に結いあげていた髪を解いた。やや灰色がかった金髪が揺れて背中まで広がり、それを見せつけるようにした彼女は香水の香りを狭い座敷牢にふりまきながら、イシュタルを伴って暗がりへと引っ込んでしまった。
やられた。と内心歯噛みしながら、明らかにそわそわし始めたアンドリューを引っ張ってハイドラとは反対方向の部屋の隅に移動した。
戦争まっただ中に中隊長クラスの貴重な戦力を国外へ派遣したのはアゼリア王だった。はっきりと「王命」を振りかざしておきながら、さっさと話を打ち切られた俺たちは焦っていた。
最初から中隊長の徴用を聞いてやればよかったのに、これじゃこっちから話を聞かせてくださいと懇願する羽目になったじゃないか!
アンドリューの言ったことはごもっともだった。なんの称号もないケチな冒険者に過ぎない俺たちが、王命拒否などして騎士団に追われる身となれば、破滅は避けられないことは明らかだった。あの時相手が小公女かなにかであったなら、「いっそやっちまうか」などと考えたかもしれないが、従者のイシュタルですらその覇気だけで及び腰になるほどの実力者だった。もし俺たちが不埒な行動に出ていたら、勇者になる前に死んでいただろう。
あの……ハイドラ……様。
お前のせいでこじれたんだから、お前が話しかけろと言ったアンドリューをあの時は恨んだものだ。俺は仏頂面になりそうな表情筋を必死に押さえつけて、無理やりに笑顔を作って話しかけた。
何かな? 冒険者君?
こちらを振り返ったハイドラの笑顔を、俺は一生忘れないだろう。してやったり――さも楽しそうに笑う彼女は、本当にきれいだった。
ハイドラとイシュタルは、勢いが止まらない魔物の軍勢を打倒する新たな戦力を求める王の命令でクリサンセマムへと渡ってきた。というのも、「西の大陸の化生と戦う戦士に力を与える」という天啓――スメラギ風に言えばお告げがあったと知らされたからだ。力とは、具体的に言えば雷神と風神の加護――つまり俺たちと二人の目的は同じだったのだ。
王の親書を携え神域を訪れた二人だったが、つれない態度の族長と聖霊持ちの歓待を受けた結果として、座敷牢に囚われた。しかし、神域に入るためにクリアーしなくてはならない試練は、「四人いないと挑戦できない」という鉄の掟があったのだ。
スサノオのお告げに従って戦士がやって来たというのに、二人だけということがあるか。さては偽物であろう。
スメラギを謀らんとするとは見上げた度胸だが、許されるものではないぞ? どれ、その首ちょいと……
コズヱ……何も一度に四人やって来るとは言っていないだろう? スサノオに聞いてみたが、必ず四人現れると言っている。彼らの身柄は僕が預かるよ。
どこかで聞いたようなやり取りを経て、激しやすいコズヱに殺されかけた二人はマサムネのとりなしで救われたが、座敷牢に監禁されてしまった。それから一か月以上が経過し、俺とアンドリューが現れたことで、一応四人そろったわけだが、横柄な態度の族長にカチンときた俺の態度が悪かったおかげで、コズヱをまたしても怒らせてしまい、仲良く座敷牢入りと相成った。
結果的にはアゼリアから渡ってきた神の力を求める四人の戦士は揃ったと認められ、俺たちは「四方の聖霊王の試練」に挑戦することとなった。
四方の聖霊王とは、東のセイリュウ、南のスザク、西のビャッコ、北のゲンブを指していて、試練の挑戦者はそれぞれの聖霊王を宿した「聖霊持ち」と戦い、勝利するという至ってシンプルな内容だった。
シンプルだが、天候をも左右するような力を持った聖霊持ちと戦って勝つことは容易ではない。試練の内容を聞かされた俺たちは顔を青ざめさせたが、この試練をクリアーするくらいの力をもっていなければ、神域に蠢く怪異どもを打ち倒しながら雷神風神を探し出すことなどできないと言われ、拳を握りしめて頷くハイドラを見てしまっては、挑戦しないわけにもいかなかった。
結果は、惨敗だった。
誰がどの方角の聖霊と戦うかは選んでよかったのだが、なぜか俺だけは名指しでセイリュウ担当になった。それを宿した人物とは、言わずもがなコズヱであった。
……こんなものかよ。小僧。
見た目は俺よりも若かったのだが、やたらと老けた喋り方をするコズヱから、何度吐き捨てられたことか。
無理だ~! もうアゼリアに帰ろう! 頑張って祈れば、なんかの神が力を貸してくれるんじゃないか?
馬鹿者! ここで諦めては騎士の名折れであるぞ!
アルスはどうだ? コズヱ殿に今日もしごかれたのだろう?
他の三者も同様に、スメラギの聖霊持ちに散々に打ち負かされる日々を送っていたある日のこと、泣きつくアンドリューをイシュタルが叱咤激励しているのを尻目に、傷の手当てをしていた俺の横にハイドラが腰を降ろした。
試練を初めて二週間、その日は一族の祭事があるとかで神域を守る戦力を残して出かけていた。居残り組にはコズヱがいたため、俺だけは朝から戦い、その後は親切にも稽古までつけてもらっていた。当然のようにギリギリ死なない程度にしごかれたわけだが、スメラギの戦士たちによる戦闘訓練はとても勉強になるものであり、俺は少しずつ体捌きや精霊たちの扱い方を習熟して成長していく喜びを実感していた。
そうだな……。あいつらの言う、呼吸法っていうのか。それがようやく分かってきたって感じだ。
ハイドラと言葉を交わすのも久々だった。俺は緊張を悟られまいと、わざとぶっきらぼうに答えた。
訓練の話ではない。身体は平気か?
このくらい……どうってこと……いてえ!?
ははは。無理はするな……君が死ぬと困る。試練が続けられなくなってしまうからな。
包帯の上から傷をつついて笑ったあと、ハイドラは急に真面目な顔になって俺の目を覗き込んできた。
な、何言ってやがる!? 俺は、神々の力を手に入れるんだ。そう簡単に死んでたまるかよ!
力を手に入れて――――君はどうするんだ?
つつかれた傷を摩りながら、俺はハイドラの視線から逃れるように立ち上がった。彼女はそれには追随することはく、座ったまま俺を見上げて問いかけてきた。
冒険者になったからには、魔王を倒すくらい強くなってやろうぜ!
俺とアンドリューは、互いにそう励まし合って戦っていた。クリサンセマムに行ったのだって、手っ取り早く神の力を手に入れたいと思ったからだ。ハイドラの質問にもそう答えたのだが、それを聞いた彼女の表情は曇っていた。
魔王を倒して……その後はどうする?
この世に神と並ぶほどの力を持った人間などそうはいないんだ。戦争が終わって平和になったら、人外の力を持ってしまった戦士たちは、神や精霊の力を振るって魔を払った賢者たちは、どこへ行くのだろうな……?
ハイドラはそう言うと、スメラギの屋敷を見上げてため息をついた。まるで、その答えが、彼らのように人里離れた山奥に住み、神域と共にひっそりと生きていくことだとでも言うように。
俺は――――
小僧ども!! 逃げろぉ!!
スメラギの敷地にコズヱの怒号が響き渡ったのは、俺がハイドラの問いに答えようと口を開いた直後、恥ずかしくなって言いよどんだ瞬間だった。
初めて館を訪れた日のように空が掻き曇り、セイリュウをその身に宿したスメラギの戦士が屋敷から飛び出してきて、俺たちを風の結界で包み込んだ。
化生の群れが! よりにもよってこんな時に!
何があったと聞く前に、コズヱが黒雲渦巻く空を見上げて奥歯をギリギリと鳴らした。その視線の先には、雲を切り裂いて飛来するドラゴン型の魔物の大軍があった。
ばかな! ドラゴンはアゼリアにしか出現しないはずでは?
結界の向こうでは、居残り組のスメラギの戦士たちが戦闘準備を整えていた。皆が手にしていたのは独特の形状をした片刃の剣――カタナや、槍の先にシミターを付けたような武器――ナギナタだった。
化生の事情など知ったことかよ。兎に角、お主らでは足手まとい! 終わったら戻してやる故、けしてその結界から出てはならん!!
抗議の声を上げたイシュタルだったが、それを無視したコズヱが指をパチンと鳴らした直後に視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間俺たちは見知らぬ場所にいた。
風の結界の向こうに広がっていたのは、先が見えない真っ直ぐな砂利道だった。その左右には白く、まっすぐに伸びる巨木が密生した薄暗い森が広がっていた。
上を見上げれば夜であり、一粒の星も見受けられないというのに、中天の位置には輝く満月が二つ存在していた。
異様な光景に息を飲んだ俺たちは、そこはスメラギ一族が守ってきた神域だろうと当たりを付けた。となれば、そこは異形の怪異が蠢く危険地帯であり、コズヱの言う通り結界からは出ない方がいいということで話がまとまった。
突然襲ってきた魔物の大軍から俺たちを守るため、結界で包んで神域に匿ってくれたコズヱの身を案じながら待つこと数時間で、風の結界が消失した。
が、それだけだった。
俺たちは元の世界に戻ることはなく、結界が消えたことで、初めてその神域の空気が生温かく湿ったものであることが感じられ、同時に圧倒的な気配が周囲を包み込んでいることも感じられた。
近づいていたのは、神域の怪異だとかいうレベルの気配じゃなかった。今でこそリュカゥやシュエリスと行動を共にして免疫ができているが、そこに現れた存在――雷神と風神が放つ強烈な神気に晒されて、アンドリューは気絶してしまった。
――スメラギの一族が死んだ。
左側に立ち、青い肌の額に一本角を生やした風神が、鬼の形相を歪めた。
――西からやってきた魔物が殺した。
右側に立ち、赤い肌の頭部に二本の角を生やした雷神が、牙を剝いた。
彼らによって、スメラギの一族は居残り組も含めて魔物に全滅させられたと告げられた俺たちは、自分たちがアゼリアから力を求めてやってきた戦士であると主張し、試練の途中であることを明かした上で訴えた。雷神と風神は俺たちを認め、魔王の討伐を約束させた上で、契約に応じてくれた。
契約とは、神が定めた条件に従えば、そのための力を存分に振るうことができ、彼ら人外の存在の力をもっとも多く得る方法なのだ。
俺はリュカゥやシュエリスと契約を結んでいるが、その力を振るうために交わした条件はとても厳しいものだ。契約は一度結べば、神といえども反故にすることはできないため、契約を結んだ人間は条件に反しない限りは無制限にその力を引き出すことができる。
当然、契約を結びたがらない神の方が圧倒的に多く、そういう神々は「加護を与える」というわけだ。
雷神風神の力を得た俺たちは神域を脱し、館を破壊しつくした魔物をいとも簡単に焼き尽くした。コズヱをはじめとするスメラギ一族は、雷神の言う通り全滅しており、クリサンセマムは混乱に陥っていたが、俺たち四人は魔物を撃退した功を讃えられてクリサンセマムの王に謁見した。
雷神と風神は俺たちと行動を共にし、神域は閉じて怪異があふれ出ることはないと説明した上で、魔王を倒して魔物の脅威を払しょくすることを誓った。
俺たちは一日だけ休んで翌日には風神の力で風に乗り、船で三日かかる行程を僅か数時間で渡り、アゼリアに帰国を果たした。
アゼリアは酷い状態だった。
国王は強力な魔王の配下によって精神を操られ、それに気付かない馬鹿どもとお飾り騎士団が魔王迎合派という派閥を造り、それに抵抗する第三騎士団と冒険者が新たに戦乱を起こしていた。国中に魔物が溢れ、半分暴徒のようになった魔王迎合派の騎士団が暴れ回っていて、手が付けられない状態だった。
まず俺たちは王を操っていた魔物を屠り、魔王迎合派と暴れ回る騎士団を粛清した。その過程で、魔王軍に囚われていた時空の女神リュカゥと出会い、俺は彼女と契約を果たした。
時空の女神と契約した俺に、王は「勇者」として魔王を討つよう命じた。共に旅をしてきたアンドリューと、クリサンセマムで出会った王国騎士の二人も同様の王命を受け、俺たちは各地で戦い、傷つきながらも魔王を倒すことに成功した。
戦争が終わり、イシュタルは騎士を引退して家庭に戻った。
まだ見ぬ精霊の力を求めて旅立ったアンドリューと、父親に戻ったイシュタルを見送ったハイドラは、魔王を倒したことで風神雷神との契約から解放され、晴れ晴れとした笑顔で俺を振り返った。
長い冬が終わり、春めいた日差しが彼女の瞳をことさら美しく輝かせていたが、すぐにその表情は曇り空に変わった。
アルス……スメラギの館で話したこと、覚えてる?
長く旅を続けてきた俺たちは、いつの間にかファーストネームで呼び合っていて、ハイドラの口調も騎士のそれではなく、心許せる友人のものに変わっていた。俺は平和が戻った世界でそれを実感し、あのとき言いそびれた言葉の続きを言おうと思った。
ハイドラ。俺は――
いざ言おうと思うと、それまでの道のりが急にフラッシュバックしてきて、俺はまたしても言い淀んでしまった。
世界に平和は戻った。俺は、君と――んん?
意を決して、しかしハイドラの顔をまともに見られず、目をつぶって話し始めた俺の口に、少しだけ冷たい指先が押し当てられた。
アルス。あなたはまだ……女神との契約が残っているわ……。
目を開けるとそこには、悲しげに眉を下げたハイドラの潤んだ瞳があった。俺と二人の女神の契約は「神と共に在れ」だった。これには果たすも何もあったものじゃない。それは俺の命が尽きるまで、あるいは神という存在が消えるまで、契約者と共に在る。
私は、騎士団を辞めたわ。平和な世界に必要なのは、女騎士なんかじゃないもの。クリサンセマムの神も自分の神域へ帰って行った。
戦争でたくさん死んだから、王国騎士団にも聖霊持ちはほとんどいなくなってしまった。
イシュタルは父親に戻った。
アンドリューも、今は神の力を持たない冒険者。
今この世界に……神の力を振るう存在はアルスだけ。
私は、アルスと一緒の世界には行けない……。
ハイドラは言うだけ言うと、馬に跨り駆けていってしまった。
俺は追うことはできず、この身が振るう力の使い道を考えながら、故郷へと戻った。
「……俺はさ、昔みたいにやれると思ったんだよ……」
誰に言うでもない。誰も居ない暗い部屋で、俺は呟いた。魔王を倒してからたったの一年だ。世界を救った勇者とその仲間を集めて、二人の女神まで引き連れてエリヤに言ってやりたかった。
俺たちは力を持っている!
世界のために、それを使わせてくれ!
それでも四の五の言うようなら、神域に隕石の一つも落としてやろうかぐらいのことは言うつもりだった。
だが現実はどうだ。
神域に入ってすぐに、創造神に会うどころかその小間使いに囲まれて、
張り切って連れて行った仲間を殺されて、
ほうほうの体で逃げて来てみれば「これ」はなんだ?
俺は、丸テーブルの上に置かれた羊皮紙のロールを掴んで立ち上がったが、酒が回った足はふらつき、そのまま床に倒れ込んでしまった。
「くくく……はは……ふざけやがって」
俺は羊皮紙を広げ、酒で滲んだインクに目を細めながらも読み返した。
『召還状
勇者アルスを、異世界より招いた英雄の剣術指南役に任ずる。急ぎ、アゼリア城まで来られたし。これは王命であり、神託である。
アゼリア国 国王 ハガリオ・ウムト・アゼリア十三世』
「冗談じゃねえぜ……何が神託だ……そんなもんを賜りたくて、神域に行ったんじゃ、ねえよ」
すまねえ。
何度目かわからない。
俺は血の海に沈んだ仲間たちに向けて、もう一度謝った。
せめて夢の中で、恨み言でもなんでもいい。声を聞かせてくれと願いながら。
ここまでがプロローグみたいなもんです。更新が不定期ですが、気長にお付き合い頂けると嬉しいです。ほんと。