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第三話:回想1 アンドリュー

 アンドリュー・デュッセという男がいた。

 

 長く伸ばした金褐色の髪を後方に撫でつけ、男にしては狭い額と鋭角に曲がった眉と長い睫毛に縁どられた半月型の目、高く尖った鼻をしていて、口元を嫌味っぽく歪ませて話すのが特徴の男だった。


 今でこそ同郷の幼馴染と呼べるが、俺はいつも髪を撫でつけるために香油をたっぷりと浸み込ませた櫛を携帯しているアンドリューが大嫌いだった。


 世界が魔王と戦争状態に突入して三年ほど経った頃。つまり今から十年前。


 俺たちの故郷周辺にも魔物が増えてきており、冒険者たちが駐留して村の防衛に当たっていた。

 村長が直々に各家を回って寄付金を集め、自らも財を切り崩して雇った彼らのおかげで村人はある程度平和に暮らせていたが、その状況に乗じて増長したのが村長の息子――アンドリューだった。


 魔物と戦う戦力を雇うのに、一番金を出したのはデュッセの家だ。それは間違いない。戦争の最中に在って、税金はこれまで以上に払わなければならなかったし、もともと半分自給で暮らしていける生活を送っていた村人に現金の蓄えなどあるはずがない。

 村長は、村民が負い目を感じないようにと寄付金を集めて、「共同で」冒険者を雇っていたのだが、思春期を脱していないアンドリューの短絡的思考は、「デュッセのおかげで村は守られている! デュッセ偉い!」で固定されてしまっていた。


 幼年の頃から、家名と言っても片田舎を越えてド田舎の村長の息子だが、それを笠に着てガキ大将を気取っていたアンドリューは、村長から畑を借りて小作人をやっていた俺の実家にもよくちょっかいを出してきた。


 その頃からたいして成長を遂げることなく成人した彼は、冒険者のおじさん――ゴルドンに剣術や魔法の手ほどきを受けていた俺を妬んでいた。


 大きなガキ大将アンドリューは、将来村長の座を継ぐ身であったからして、冒険者にあこがれを抱きつつも、剣術よりも算術を、魔法よりも世界の法を知ることを義務付けられていた。


 剣術なんてものは、素人が適当に剣を振って上達するものではないし、信心深さというものがまったく欠落していた彼は、神どころか精霊すら信じていなかった。おかげで魔法という超常現象を操ることはできず、それを拙いながらも操ることができた俺が、そのような感情を持たれてしまうのは仕方がないことだろう。


 自分が持っていない何かを羨む気持ちは、誰だってもっている。だがアンドリューの感情の発露が歪んだ形をしていたおかげで、あんな事件が起きてしまったのだ。


 事件とは、前にも少し触れたゴルドンが重傷を負ったという一件のことだ。


 村長の嫡男であるアンドリューの成人祝いが田舎の村なりに派手に行われた夜。村を子鬼の群れが襲った。


 ゴルドン以下四人の冒険者は歓迎の日以来催された宴会を喜び、酒を飲んでいた。当時は戦争状態であり、若く、力ある冒険者は激戦区で戦っていた。村で雇えるような冒険者は第一線を退いた戦士ばかりだったが、それでもゴルドンたちの様な実力者が来てくれたことは、運が良かったとしか言いようがない。


 少々酒が入っていても、小鬼の群れごときに遅れをとるようなことはなく、壮年の冒険者たちは宴会の余興とばかりに小魔を薙ぎ払っていた。


 戦況は明らかに優勢だったが、そこで宴会を続けるほど村民たちの頭は呆けていなかった。老人、女子供はもっとも頑丈な家――木材で壁や窓をさらに強化した村長宅に匿われた。

 弱者の安全が確保されてから、ゴルドンが俺を含めてゴルドンたちの手ほどきを受けていた連中に声を掛けた。酔っていた勢いもあったのだろうが、少年たちは嬉々として誘いに乗り、鋤や鍬を取って冒険者たちがわざと(・・・)取りこぼした小鬼と戦った。


 周りの連中と違い――今でもそうだが――俺は殺しを楽しむ気分にはなれなかった。尖った金属が魔物の肉を穿ち骨に突き当たる感触は、はっきり言って気持ち悪かったからだ。

 もちろん、付け焼刃とはいえ習った魔法や身のこなし方を実践できるという高揚感があったことは否定しない。


 群れと大きな個体は老獪な魔法剣士だったゴルドンが率いる冒険者たちが引き受け、巧みにはじき出された数匹を俺たちが狩る。それは連携とは言わないのだろうが、村の少年たちは憧れの冒険者と肩を並べて戦う快感に酔いしれていた。


 そんな時間がいつまでも続き、俺たちはもちろん、冒険者たちにもわずかに疲労が見え始めた頃になって、ようやくゴルドンが違和感に気付いた。


 いくら狩っても、小鬼の群れが途切れることはなかったのだ。冒険者が群れの中に火球を打ち込みまとめて数十匹を消し飛ばしても、一振りで三匹を切り殺す大剣を、目にも留まらぬ速さで振りまわしていても、あとからあとから小鬼の群れが村めがけて押し寄せてきた。


何かおかしいぞ――。


だが、魔物が突発的に大発生することはあるだろう――。


なあに、小鬼くらいあと百万匹現れても大丈夫さ。


 冒険者たちは疲労を滲ませながらも、笑顔を崩さずに俺たちを振り返って力強く頷いた。


あとは任せろ。


 頼もしくそう言ってくれたものの、つまるところ彼らにも素人と討伐ごっこをしている余裕がなくなってきたのだった。

 そうでなくても、少年たちの体力は限界だった。膝をつきはしなかったものの、皆が地面に突き立てた得物に体重を預けて肩で息をしていた。

 俺は、残り少ない体力を振り絞り、よろめき駆けてきた小さな魔物の腹にピッチフォークを突き立てて、苦痛に歪む魔物の顔を見てあることに気が付いた。地面に刺しとめられ、血泡を吹いて呻きながらも、小鬼はある一点を見つめていたのだ。


奴ら、村長の息子を?


 ほぼ同時に、小鬼どもの指向性に気が付いたのはゴルドンだった。


 闇雲に向かってくるだけかと思っていた小鬼の動きに、ある指向性を見出したのだ。奴らは全員、ある一点を目指していた。宴のかがり火に照らされた小鬼たちの醜い皺が寄った顔に、妖しく輝く赤い目が見つめていたのは、家人の制止も聞かずに村長宅を囲む柵から飛び出してきたアンドリューだった。


ばかやろう! 下がれ――!


 ゴルドンが一瞬その光景に気を取られた――そのほんのわずかな隙に、五匹の子鬼が冒険者の防衛線を突破した。農具に寄りかかっていた少年たちは反応できず、何より距離が開きすぎていた。


 偶然にも防衛線を越えた小鬼の一番近くで喘いでいた俺は、ピッチフォークを引き抜いた。そのまま残る体力の全てをかけて、一匹の小鬼に脇腹から突きかかった。


 アンドリューを守ろうと思ったわけじゃない。


 ただ反復して小鬼を突き殺していた身体が、条件反射を起こして動いただけだった。


 小柄だが横に太い体型の子鬼は、突進する俺に気付いた。ぎゃっ、ぐえっ! と鳴き声を上げたのは悲鳴ではなく、ピッチフォークの先端を躱した魔物が獲物を見定めて口元を邪悪に歪めて発した雄叫びだった。


 チープな見た目以上の重さと破壊力を秘めていた石斧の一振りで、俺は唯一の武器だったピッチフォークを取り落とした。間髪入れずに頭部を狙って繰り出された石斧の一撃が妙にゆっくり見え、灰色の塊が自分の頭蓋を割る光景が脳裏に浮かんだ。俺はまったく反応できず、走馬灯も見なかったし、死を覚悟したわけでもなかった。ただ、漠然とした恐怖が身体を支配し、硬直していた。


アルス!!


 石斧の一撃を受けたのは、ゴルドンの魔法剣だった。魔法によって強化されたバスタードソードは、ピッチフォークの柄を容易く粉砕した石斧をやすやすと切り裂き、その切っ先から発生したかまいたちが小鬼をバラバラに切り裂いた。


 俺の無事を確認することもなく、壮年の魔法剣士はアンドリューの元へ走った。


 風を巻いて疾駆する彼の速度は、小鬼を切り裂いたかまいたちよりも速いのではと思わせるほどだった。数瞬で小鬼たちを追い越したゴルドンがアンドリューの眼前で止まったのと同時に、小さな魔物たちの五体はバラバラになって崩れ落ちた。


 無手となった俺は、ゴルドンの近くの方が安全だろうと二人に近づいていった。


貴様、いったい何をした!?


 当時はなぜ、彼がアンドリューに向かって怒号を発したのかわからなかった。禁を破って外に出て来たことを叱責するのではなく、「何をした?」と別の行動を問いただす口調だったからだ。


 目の前で見せつけられたゴルドンの実力と、肩を震わせるほどに怒る剣士の迫力に、精神的に若すぎたアンドリューは怯え、首を竦めてかぶりを振るばかりだった。これではらちが明かないと、ゴルドンは鼻息荒くさらに詰問を続けようと口を開いたが、そこから言葉が発せられる前に、冒険者の一人が鋭く叫んだ。


ジョーティがやられた!


 四人になってもどうにか防衛線を保っていた冒険者の一角が崩されたことを告げる声に、ゴルドンは焦燥を隠さずに振り返った。


 彼には、その迫力に驚いて立ち止まる俺とその後方から迫る小鬼の大軍が見えていたのだろう。急速に近づいてきた足音と魔物の鬨の声にかき消され、ゴルドンが何と叫んだのかわからなかった。


 激しい風を受けて思わず目を瞑り、その直後にそこら中で上がった魔物の悲鳴に目を開けてみれば、俺の視界は彼の広い背中で埋め尽くされていた。素早い移動とかまいたちで、ゴルドンの魔力も底をついていたのだろう。彼は風を纏っていないバスタードソードを振るって、小鬼の群れを相手に奮戦していた。


 風を纏っていなくとも、竜巻のように剣を振るうゴルドンではあったが、数十匹の小鬼すべてをその剣風に巻き込むことはできなかった。難を逃れた矮小な魔物が一匹、無手の獲物めがけて跳びかかってきた。


――アルスッ!!


 再び名を呼ばれた俺が目にしたのは、回転しながら飛んできたバスタードソードに串刺しにされた小鬼の死骸と、そこから五メートルほど向こうで小鬼に跳びかかられている壮年の剣士の姿だった。


 魔力が枯渇し武器を失ったゴルドンは、それでも小鬼と格闘していた。しかし多勢に無勢。腿に受けた石斧の一撃で地面に膝を突いた彼の周囲を小鬼たちが下卑た笑いを浮かべながら包囲するまでに、長い時間は必要なかった。


ゴルドンさん! ちくしょう、こいつらぁ!!


だめだ! 今は離れられない!!


 村の入り口で防戦を続ける冒険者たちが、ゴルドンの状況に気付いた。金で雇われただけの彼らが仲間を一人失い、ゴルドンまで犠牲になろうとしていても、持ち場を死守するのはなぜだったのだろうか。

 醜悪な小鬼による包囲の中で荒い呼吸をしていたゴルドンは、ふぅ、と息を吐いて苦笑いした。


すまん! 村を頼む!


 仲間に向けた言葉は、別れでも恨み言でもなかった。力及ばなかったことと、後事を仲間の手に委ねることへの謝罪。それだけを言うと、ゴルドンは目を閉じた。


 ぎゃっ、ぎゃ、ぐげげ! と鳴いた魔物の声が、はっきりと下卑た笑いであると認識した俺は、急に沸き上がった怒りの感情のままに、雄叫びを上げた。地面に突き刺さったままのゴルドンのバスタードソードを引き抜き、奇妙なことにその重さをほとんど感じなかったことにも気づかず、俺は走り出した。


 身体の中から、何かが抜き取られていく感覚だけは覚えている。


 それから丸三日寝込んで目覚めた俺が聞かされたのは、ゴルドンを救ったのは風を纏い、彼を包囲していた魔物を切り刻んだ俺だったそうだ。


 剣に宿っていた風の精霊が、魔力を宿していた俺の怒りに呼応して力を貸してくれたのだと教えられた。


 そして、魔物を大量に呼び寄せた男の存在も。


 目覚めて歩けるようになった俺の元へ、アンドリューが謝罪にやってきた。ゴルドンに魔法と武術の手ほどきを受け始めた俺たちを妬んだ彼は、密かに森で木の枝を振るっていた。そこに現れた魔物に心を操られ、彼は俺たちと冒険者への意趣返しのために、小鬼の群れを呼び寄せたのだ。


 人間の心の隙間に入り込んだ魔物がアンドリューに与えたのは、「集魔石」という裏世界のアイテムだった。恐慌状態の俺が小鬼を惨殺している間に、どうにか這って行ったゴルドンがそれを奪って破壊したことで、事態は終息した。








……冒険者になるんだ。


 事件から半年ほどたったある日、アンドリューがボソリと言った。


 魔物に操られていたとはいえ、彼の心の隙がそもそもの発端であったことは間違いない。村長の座を継いでも、そのことはずっと彼の後を付いて回るだろうと考えてのことだそうだった。


 魔法が使えず、武術の経験もないアンドリューが冒険者になるなんて、自殺する様なものだと俺は思った。しかし幸か不幸か、魔物に心を操られていたことが影響し、アンドリューにも精霊が見えるようになっていたのだった。


俺も。


 数日後、出立の準備を粛々と進めるアンドリューの背中に、俺はそう声を掛けた。集魔石の事件以来、俺は毎日畑仕事の後で剣を振るっていた。自分には力がある。精霊を宿して魔物を倒す力が。そのためにはこんな田舎で剣を振っていてもだめだ。いつか俺も、冒険者になって――。


 当時の俺は、ただ強くなりたいと願っていた。なぜか剣を握っていると、魔王だって倒せるような気がしていた。しかし、あと一歩のところで村を出奔する勇気が出なかった俺は、アンドリューの言葉に乗っかったのだ。


 まだまだ出来上がっていなかった身体に不釣合いではあったが、足の負傷のせいで引退を決意したゴルドンから送られたバスタードソードを引っ提げて、俺とアンドリューは村を出た。


 魔王を倒すまでにはたくさんの苦難が待ち受けていたが、俺たちはずっと一緒だった。魔王と戦い、倒した後俺は村へ戻り、大賢者に成長したアンドリューは更なる力を求めて世界を旅していた。


 女神の力を借りてアンドリューを探し出し、邪神が現れたが戦うことを禁じられた俺が、創造神の神域へ踏み込む計画を告げた時に奴は言った。


ようやく、あのときの礼ができる。


 何のことだと訝る俺に、あいつは鼻の下を指でこすりながら、「あのときは、あのときだ」と言って笑った。







「……結局……なんだったんだよ……ばかやろう」


 アルコール度の高い液体が半分ほど残った瓶を煽り、中の液体を口いっぱいに含んだ。すでに味などよくわからなくなっているそれを、一気に飲み下す。

琥珀色の液体が、散々に叫び、すでに蚊の鳴くような声しか出なくなっていた俺の喉をさらに焼いた。その刺激を痛いと感じる前に、涙で歪んだ視界がぐらぐらと揺れ、酒によって強制的にもたらされる眠りに意識を委ねた。




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