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第一話:戦力外通告

「国王様……これはいったいどういう……?」


 故郷の母に今度こそ無事には帰れないかもしれないと別れを告げて、転移魔法でアゼリア国王都へと飛んだ俺は、消費した魔力を回復する暇を惜しんで王城へ急いだ。

 城内には迎え入れてもらえたものの、国王――ハガリオ・ウムト・アゼリア十三世に目通りを許されたのは、かつて魔王に操られていた彼によって王女が幽閉されていた棟の向こうに夕日が隠れる時間になってからのことだった。

 しかし、俺が国王に「いったいどういうことか」と訊ねたのは、長時間待たせた理由が知りたかったからじゃない。

 事前に登城を伝えていなかったこちらにも非があることは当然認めなければならない。まあ、いつもならどんなに公務が忙しかろうと後宮でお楽しみの真最中であっても出迎えてくれたのに――と思わないでもなかったが。

 さらには、待機しているようにと言った大臣の態度がずいぶんとよそよそしいものであったことや、通された部屋がかつて宝剣を失敬した小部屋で、冬だというのに暖炉の火は消されたままで吐く息は白くなり、石造りの暗い部屋の窓から物言わぬ棟を眺めて待つ間、茶の一杯も出てこないという冷遇ぶりからも少なからずダメージを受けたことさえもどうだっていい。


 俺は、文句ひとつ言わず待った。


 今、世界に迫っている危機のことを考えれば国王が忙しいことも当然だと思えたからだ。

 世界を救った勇者を、カビ臭くて寒い部屋に放置しておいても問題ないと思われるほどの危機。それは、邪神の出現だ。


 全ての物事には表と裏があるように、この世界にも裏がある。


 役人の汚職だとか、お天道様の下を歩けない連中など、社会の裏の話を言っているわけじゃない。この世界は――俺たちが暮らすこの星は、大地の下にもう一つ世界が広がっている。それこそが裏世界と呼ばれる暗黒の世界であり、俺が倒した魔王も、その裏世界で生まれた悪しき存在である。


 そして、神という存在にも裏がある。


 この世界で神と言えば、「創造神エリヤ」とその妻「地母神アレルヤ」の二柱が最も有名だ。二神は世界の全てと天使と聖霊の生みの親であり、この世界を悪しき力から守ってきた存在と信じられているが、神という奴に実際に会ったことがあるのは俺と仲間たちくらいのものだ。


 会ったことはなくとも、確かに神はいる。


 そう人々が信じられるのは、魔法という力が存在しているからだ。神を信仰し、精霊を崇める者はその力の一部を借りて、魔法を使うことができる。火の神を信ずるものは炎を生み、癒しの神を信ずるものは傷を癒す。

 俺が使った転移魔法にしても、「時空の女神リュカゥ」の力を借りて行使したものだ。

 リュカゥは神で言えばまだ若く、見た目は十代後半にしか見えないちょっと恥ずかしがりやなところがキュートな女神で、彼女と俺の出会いには長くて甘酸っぱい冒険譚があるのだが、それを今語っている暇はない。さっき待たされている間にでも聞いてくれれば、俺と女神の秘め事について語ってやれたが、今はとにかくその時じゃない。


「アルス……邪神が現れたのじゃ」


 息せき切って――というわけではないが、幾分疲労を感じさせる表情で現れた従士に連れられてようやく謁見を果たした俺に、国王は長時間待たせたことを詫びることはなく、すでに国中の皆が知っていることを告げた。


「国王様、それは分かっています。私もそれを知って、馳せ参じた次第で――」

「ああ、うむ。それは……大義であったな」


 期待していた反応とはずいぶん異なる態度で労いの言葉を吐いた国王は、豪奢な毛皮のマントに包まれた太い身体を肘掛椅子の上でゆすり、居心地が悪そうにしていた。俺とまったく視線を合わせようとせず、何か言いかけては口をつぐんでしまう国王の態度を不審に思ったが、俺は救国の勇者ではあってもただの平民だ。本来なら許可なく国王を問いただすようなマネは許されない。


 しかしだ。


 俺はどうしても、彼に問いたださなければならない。


「国王様。不敬を承知でもう一度お尋ねします……。これは、いったい、どういうことでしょうか?」


 片膝を突いた俺の左ななめ前方――約一メートル離れた場所に立つ従士が、一巻のスクロールを捧げ持っていた。上等な紙は今、赤い絨毯に垂れており、そこには黒いインクででかでかと「戦力外通告」と書かれている。その下には公文書特有の回りくどい文章で詳細が記されているようだが、この距離で判別できる文字は戦力外通告の五文字だけだ。


「アルス……落ち着いて聞いて欲しい。邪神との戦いには、お主の出番はないのじゃよ」

「はい?」


 国王の言葉は、戦力外通告を分かりやすく俺に伝えるだけのものだった。邪神との戦いに俺の出番がないとはどういうことだ。

 神という存在の裏存在――それがすなわち「邪神」だ。

 かつてこの世界――星を生み、平和な理想郷を作ろうとした創造神エリヤは、邪神ミュステファによる横やりを防ぐことができず、大地の下に裏世界を創られてしまった。さっきも言ったように、そこは魔王が支配し、魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する夢も希望もない世界である。

 大地の裂け目から、海溝の底から、地底へ繋がる洞窟の奥から、際限なく湧いてくる魔物たちの軍勢と、アゼリア国は長きにわたって戦争を行ってきたが、十年前に魔王は地上へ総攻撃を仕掛けたのだ。

 地上にはかつてない量の魔物が溢れかえり、王都の軍隊だけでは国全体を守ることなどできず、民間人が立ち上がった。神さえ信じていれば魔法は使えるので、世界各地にはそれなりに戦力が眠っていたのだ。

 魔物の巣窟に攻め込んでいく豪傑もいたがそれはごく少数で、彼らは各地の村落共同体で協力して活動し、やがて組織化されて「冒険者」と呼ばれるようになった。

 俺もかつてはそんな冒険者にあこがれるガキで、俺の村に常駐して魔物を退治してくれていた冒険者のおじさんについて回り、暇なときに魔法や剣術を教わっていた。

 村に突然現れた小鬼の群れと戦った際、俺と幼馴染を守ろうとしたおじさんは重傷を負った。俺は無我夢中でおじさんの剣を拾って、小鬼に立ち向かい、突然開花した魔法剣で奴らを退けた。

 それから幾多の困難を乗り越えて、最終的に魔王を倒して世界を救ったわけだが、そこに至る八年の間に得た力は、はっきり言って人間枠を大きく逸脱している。

 もちろん、一人ですべてを為したわけじゃない。たくさんの仲間や恩人の手助けが無ければ無理だったろう。彼らにしても、邪神の出現によって再び魔物が溢れかえり、世界が混乱に陥っている中で必死に戦っているはずだ。

 つまり何が言いたいかというと、魔物の生みの親である邪神が出現した以上、奴を倒す必要があり、今現在地上に生きる人間の中でそれが可能な存在といえば俺だろうということだ。決して自意識過剰などではない。俺には力があり、それを世界のために役立てようと本気で思っている。

 それにも関わらず国王は頬を掻き、さも「困ったなあ」とでも言いたげな表情を浮かべて「戦力外通告」とやらを突き付けている。


 なぜ俺が「戦力外」なのか。


 それをはっきりさせないことには、いやはっきりしたからといって、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。俺としては邪神を倒すために存分に力を振るいたい。それには、


「おお、勇者よ! 邪神を退治して世界を救ってくれ!」

「おまかせ下さい。国王様!」


 という会話が必要不可欠なのだ。

 なぜなら自慢じゃないが、今の俺が全力で戦闘を行えば災害に等しいほどの被害が出てしまうからだ。かつて成長しきった俺が戦ったのは、裏世界にある魔王城だったため、地上にはほとんど――せいぜい地震と複数の火山が噴火した程度の被害しか出なかった。

 だが邪神は、なんと地上に神殿を出現させ、魔物もかつてのそれより強力なものばかり生み出したのだ。すでに各地で冒険者や王国軍との戦闘が行われている。地上が主戦場になることは明らかだ。

 国王の許可もなくいきなり戦い始めれば、余波で被害を受けた民間人から損害賠償を請求されかねない。魔王の時は、国王の全面的な支援があったからよかったものの、国家の支援なくして力を振るうのは危険すぎる。繰り返しになるが、俺は勇者であっても民間人なのだ。


「国王様……失礼ながら、私以外に邪神を倒せる者などおりましょうか?」


 いや、いない。という反語は飲み込んで、俺は探るように国王の目を覗き込んだ。先ほどから視線を合わせようとしなかった国王は、俺の発言を受けて彷徨わせていた視線を固定した。俺ではなく、彼の後方に控える見慣れない服装の人間たちを振り返って。


「アルス、こちらの方々は――異世界から召喚に応じてくれた、英雄の皆さまだ」


 国王が振り返った先に立っていたのは、三人の若い男女――全員まだ十代と思われる少年少女だった。最初からそこに佇んでいたのはもちろん知っていたが、新しく迎えた従者であろうと気にも留めていなかった。


「国王様……英雄とは? それに異世界ですって?」

「言葉通り。この世界とは異なる次元に存在する――世界だ」


 真面目至極といった空気を保ったまま、国王は「……世界は、彼らに救ってもらう」と続けた。


「初めまして、勇者先輩。 俺たちは――」


 国王の言葉を受けて、三人のうち一人が進み出た。


「ははは! 国王様もお人が悪い!」

 

 何か喋り始めた異人――この世界では出会ったことのない黒い髪を持ち、重力を無視した方向に立てた少年の言葉を遮って俺は堪え切れずに笑った。


「ようやくお目通りが叶ったと思ったら、いやあ、このアルス、すっかり騙されてしまいましたよ!」

「アルス……」


 王の眉根が下がり、瞳が揺れた。


「しかも異世界から召喚なさったなどと! 多数の神々から力を授かり、この世界の法則に詳しいつもりの私ですが、そのような世界の存在も、人間を召喚するなどという技法も聞いたことがありません!」

「アルスよ……」


 王は額を右手で覆い、項垂れた。影になって目元は見えないが、白いものが多分に混ざった口髭が動き、彼が言葉を発しようとしていることが分かった。俺の動体視力と反応速度をもってすれば、地位はあってもただの人である王が話し出す前に、あるいはその言葉が俺の鼓膜を揺らす前に、その口を塞ぐか喉を潰す――あるいは心臓の鼓動を止めることも可能だ。


「これは神託なのじゃ……地上の何者にも、それを覆すことはできぬ」


 もちろん、骨の髄に平民魂が刻み込まれている俺が、そのような暴挙に出ることはない。それをいいことに、国王の言葉は続いた。


「エリヤはミュステファを倒すことはできない。それは、神の子である其方も同じことじゃ。エリヤは邪神打倒のために、彼らをこの世界に召喚したのじゃ。故に……」


 国王は苦しげに、しかしはっきりと言葉を発した。それが俺の脳で形を成した瞬間、俺は転移魔法を唱えていた――。



 ◇




「……それで、逃げてきたってわけですの?」


 王都から遠く離れた町――そこからさらに南へ下った密林の最奥に眠っていたとある女神を祀った祭壇。

 もともとは磨き抜かれた石でくみ上げられていたはずのそれは、無残に崩れ、風雨に浸食されて原型をとどめていない。ひび割れ、穴が穿たれたには密林の植物が容赦なく根を張り、奇怪な形の食虫植物が色とりどりの花を咲かせて獲物の到来を待ち構えていた。その一つ――直径一メートルを優に超えており、人間どころか凶暴な魔物ですら餌食とする円形のそれに座った俺の眼前には、薄い羽衣で恥部を隠した女が浮かんでいる。


「逃げてきたわけじゃない……国王の指示――いや、創造神(エリヤ)の神託に従っただけさ。英雄様(しょうかんやろう)が邪神を倒すって言うなら、勝手にやるがいいさ」


 辛うじて、かつてそこが石畳であったことが分かる部分――女神の力によって悪しき植物の侵入を防いでいる領域に影を落として浮かんでいる女神が、俺の答えを聞いて嘆息した。


「まあ、あの創造神(じじい)の言うこともわかりますわ……邪神なんて、倒せるものならとっくに倒しているはずですもの。それにしても異世界から召喚してきた人間なんてもので、本当に邪神を倒せるのかは疑問ですわね」


 西の空――創造神エリヤの神殿がある方角を見やり、口元をいたずらっぽくほころばせた時空の女神リュカゥが、さっと右手を振った。


 それを合図に巻き起こった金色の風が、食虫植物に宿る魔物を吹き飛ばした。俺にしてみればただのそよ風だったが、神の世界に属するものが直接起こした現象に耐えられる魔物などそうはいない。依代(よりしろ)であった植物とともに灰燼と化した悪しきもの共の残滓を、返す右手の二振り目できれいに消したリュカゥは、西に向けていた視線を俺に戻した。


「まあ、邪神なんてカビの生えたパンがさらに腐った挙句に、蛆が湧いてそれを喰った人間が排泄した下痢の様な存在がどうなろうと、私たちの様な『異端』にとってはどうでもいいことですわ。あなたは……どうするつもりですの?」


 この世界に生きる人間で、神と対等に話ができるのは恐らく俺だけだ。神が、こんな妖艶な微笑みを浮かべて人間の男を見つめる存在であると知っていたら、信者に要らぬ偏りがでるだろう。魔物が湧き出す海溝よりも深い青をたたえた瞳が、俺の内心を見透かしたように揺らめき、それを囲む瞼が細められた。


「さあな。とにかく俺には、邪神を倒す力はないらしい。異世界から召喚された英雄様とやらに、そっち(・・・)の対処は任せるさ」


 俺の答えを聞いたリュカゥは、さらに目を細めた。


「…………俺は、俺のやり方で世界を救う」


 時空の女神は満足そうに頷いて、俺の背後に回った。


「『契約』に従って、私はあなたと共に」


 女神が耳元で囁くのを聞きながら、俺は祭壇を後にした。異世界から来た英雄だか何だか知らないが、この世界で最強は俺だ。世界を救うのも、滅ぼすのも、それを選択できる『人間』は、過去にも未来にも俺しかいない。


 それを、わからせてやる。




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