二人の出会いは唐突に
このサイトでは初投稿となります!
初心者ですが、自分なりに頑張っていきたいと思います!
「はぁ…………」
龍川咲良は窓の外を見て溜め息を吐いた。別に授業の内容や教師が気に入らないという訳ではない。
平凡過ぎる日常が気に入らないのだ。
土日等の休みを除き、毎日学校に来ては毎週同じ組み合わせの授業を受けクラスメイトと会話し授業を受けて帰る。その平凡過ぎる日常に飽き飽きしたのだ。
もっとこう、ハラハラするようなイベントが日替わりで起こってくれはしないだろうか。
別に転校生がやって来て始まるラブストーリーや異世界人とのバトルといった二次元の類いのものでなくていい。
日常のパラメータを乱高下させるくらいの毎日が欲しい。
「龍川くん、ここの問題を前に出て解いてくれますか?」
「あ、はい。分かりました」
そうそう、これくらいでいい。数学の授業でクラスメイト全員の前に立って問題を解くのは早々ない。
人数が20人という咲良のクラスでは頻度は高くなるがそれでもいい。
少し悩みつつも問題を解ききり席に戻ると、教師が教科書と咲良の解答を見比べ、ホワイトボードに赤ペンで×印を付けた。やはり解けなかったか。
キーンコーンカーンコーン…………。
「はーい、これで授業を終了します。テキストの先程言ったページをきちんとやってくることー」
そう言い残し教師が教室から去ると、クラスメイトの会話がそこら中から聞こえてくる。そして直ぐ様ホームルームが始まりいつも通り何事もなく終了すると、そこからは放課後。学生が待ちわびる時間だ。
さて帰ろう、と思った矢先、一人の少女が咲良に歩み寄る。
「ねぇ龍川君、今から時間空いてる?」
クラス委員長の谷森柚菜だ。クラスで1~2位を争える程のクールビューティー美人のうえ、ボンキュッボンの三拍子揃ったスタイル。街中で擦れ違えば誰もが振り向く事だろう。しかし見た目とは裏腹に全然クールじゃないというギャップがある。
「何ですか委員長。デートなら別に構いませんよ?」
「違う違う、今からクラスの一部とカラオケに行こうと思って。そもそも私が龍川君とデートなんかしても、他人には女の子二人が遊んでる風にしか見えないし」
さらりとこいつは人のコンプレックスを突いてきた。
そう──身体。
360度どこから見ても8割り方少女にしか見えないこの顔と男性にしては細い身体のせいで咲良の人生色々あった。弱々しいと舐められたり少女と間違えられナンパされたり、その他etc……。
正直「どうしてこうなった」と内心思っている。
「カラオケですか……。僕は遠慮しておきますよ」
「そう? また機会があったらその時はよろしくね!」
「検討しときますね」
行きたいのならまだしも、連れ添いで浪費するのは性に合わない。それに加えここ最近、財布の中身が危険に満ちているのだ。税抜きで10円ガムが100個しか買えない。
別に貧乏という訳ではなく、小遣いを使いすぎただけだが。プラモとかプラモとかプラモとか恋愛小説とかプラモとか。
そうこうしていると柚菜は男女数人と共に教室を出ていった。気がつけば教室に残っているのは咲良一人だけ。こういうときに限って学校の怪談とかがあるので、さっさと支度を済ませ咲良も教室を後にした。
******
学校を発ち、歩くこと十数分。ようやく自宅前にたどり着いた。
町の中心を流れる川を眼下に据え、学校よりも近い距離には駅、近くのバス停を利用すれば県内最大級のショッピングモールに行けるという豪華な立地条件に恵まれた家。それが咲良の自宅だ。洪水が起きれば一発でアウトだが。
ドアロックを解除し家に入るも、声を掛けてくれる人間はいない。
母子家庭で一人息子を育ててくれた母親は、咲良が高校生になった途端に作家デビュー。今では人気が高騰してしまった為に小説の打ち合わせや〆切間近の雑誌連載小説の缶詰め執筆等でで家を空けることが多いのだ。
結果的に家事全般をやることとなった咲良だが、独り立ちの第一歩として受け止め毎日を過ごしている。
早速、荷物を降ろしながら今晩の献立を考える。確か昨夜作ったシチューの残りがあったはずなので、考えた結果それにあと一品加えることに。
「うーん、一品だけだから近くのスーパーで充分か」
この場ではメニューが思い付かなかったので、近所のスーパーで食材探しのついでに考えることに。ついでにスーパーの安売りチラシに眼を落とす。
と、その中の安売り商品の1つに目が留まる。
──そうと決まれば出陣だ。
そう思ったが刹那、咲良は自室から財布を掻っ払うと一目散にスーパーという名の戦場に駆けだした。
目指すはマグロの赤身300g228円(税抜き)。
「な、何とか取れた……」
手にぶら下げた買い物袋に眼を落としつつ、咲良は夕暮れに沈む町中で帰路についていた。無論、買い物袋の中にはマグロの赤身も入っている。ここらじゃ有名な最強主婦十数人との激戦を制して手にした戦利品だ。
しかしながらあそこに集まっていた主婦に勝る野性動物は早々いないだろう。例え百獣の王とて主婦の眼光に平伏すに違いない。
そんなこんなでメニューもマグロのステーキに決まり、咲良の行動予定を妨げる物は全て蹴散らした。あとはステーキを作って晩飯を食べて片付けをして風呂に入り宿題をして寝る。
たったこれだけのプロセスを終えれば、また明日がやってくる。明日はまた今日とは違うイベントが起こるだろう。
そう思いながら家に入った咲良は、早速調理開始しようとダイニングキッチンの扉を開いた。
かちゃかちゃぱくぱくごくごくかちゃぱくぱくごくかちゃかちゃぱくごくごく。
「あ、勝手にシチューいただいてますね」
謎の少女が堂々と咲良お手製シチューを頬張っていた。
「えーっと、110番110番っと」
「さりげなく警察呼ぶのやめてもらえます?」
「さりげなく他人の家で勝手にシチュー頬張るのやめてもらえます?」
さらっと少女の発言を受け流すと、首根っこを掴んで玄関へと引きずっていく。
「あの、何で私を引きずっていくので?」
「追い出す」
きっぱりと言い放つと、シチューを頬張ったままの少女を外に投げ捨てる。
がちゃがちゃ、かち。
ドアを閉めて鍵を掛けた。やはり鍵を掛けるのは防犯の第一歩だ。先程は急いでいた為に鍵を掛け忘れたが、そういう隙を突いて空き巣は侵入するのだろう。
あの子はシチューを食べていただけで何も盗っては無さそうだから警察は勘弁してやろう。可愛かったし。
「あのー、中に入れてくださいよー。お願いですよ咲良さん」
「……………………」
かち、がちゃがちゃ。
「なんで僕の名前知ってるんだ?」
ドアを解錠し、ほんの少しだけ開いて少女を窺う。この少女と咲良は初対面。どこかの人混みで擦れ違ったとかはあるかもしれないが、それだけではまず少女が咲良の名前を知るわけがない。いったい何者なのか、この少女。
「シチューの件は私が悪かったので謝ります。名前の件については中で話させてください。話はそれからです」
なんだろう。何かインパクト抜群な日常が幕を開ける予感が脳内を過った。
******
所変わって龍川家のリビング。対面して座る彼女をじっと見つめてみる。
年は外見からして咲良と同じか少し下くらいだろうか。髪は白が強めの波打つ銀髪セミロング。そして一番眼を引くのはボリューム満点のアホ毛。──しかしそれでいてどこか幼さを感じさせる、そんな気がした。
とにかく色々聞き出すため、咲良は少女に詰め寄る。
「で、まず最初に聞く。お前は何者だ、なんで僕の名前を知ってる?」
「ふむぅ、そうですね。まず私の名前は『リエル・ ラルクフィール』と言います」
なるほど、どうやら外国人らしい。道理で髪やエメラルドグリーンの瞳など容姿が日本人離れしているわけだ。
「それで、何者なのかという質問の答えですが…… 。まぁグダグダネチネチ話すのもめんどいので率直に言います」
かなり大雑把に過程を省略し、少女改めリエルは真剣な表情で告げた。
「私は神に仕える大天使、ガブリエルの第3842代 目の正当後継天使です」
「……………………」
「……………………」
「…………ごめん、厨二病?」
「なんでそうなるんですか。確かに私は現世のアニメや漫画は好きですけど厨二病って言われたの初めてですよ」
「じゃあ脳の病気か。脳外科行って治療してもらってこい。治るか分からんが」
「至って正常ですよ!!」
さすがに適当にあしらい過ぎたか、リエルは顔を真っ赤にして抗議した。しかし咲良にしてみればボケていないと平常運転出来ない。いきなり厨二全開な自己紹介されて納得できるのは厨二病患者だけだ 。
簡潔に言えば信用出来ない。
「全く……じゃあどうすれば信じてもらえますか? 」
「この部屋を一瞬で花で一杯にしてみろ」
「やれやれ、そんな事でいいんですか。ならさっさとやりますね」
自分的には無理難題を吹っ掛けたつもりだが、リエルはスケールが小さいと言いたげにさらりと受け流した。すると、懐から細長い何かを取り出した。木製のそれはどうやら杖らしく、それを手に持って空中でくるくると回し始める。
「花満開 、天唱!」
リエルの口ががまたもや厨二チックな呪文らしき言葉を紡いだ瞬間、部屋が色とりどりの花で埋め尽くされた。
ごしごし。
両目を擦ってみる。
リトライ。
──幻覚の類いでは無さそうだ。
「よし、消してくれ」
「はい」
リエルがパチン、と指を鳴らすと、部屋を埋め尽くしていた花は幻のように視界から消え去っていた 。 どうやら先程から言ってることは本当らしい。こんな芸当、正直言って人間には出来ない。
「うーん、まぁ取り合えずお前が天使ってのは認める」
「おおっ、ありがとうございま」
「で、なんで僕の名前を知ってる?」
「すってその質問残ってましたね、すいません」
こほん、と呼吸を整えリエルは再び話始める。
「えっとまずこちらから話さないと理解出来ないと思うんですが、私達天使が普段住む世界──天界は 何人もの大天使で統治されているんです」
「大天使っていうと、ミカエルとかラファエルとか そんなんか?」
「まぁ、そんな感じですね。でも天使にはさすがに 老いや病気なんかで限界がありますから、後継者が 選ばれるんですよ」
「あれ、天使って老いとかそんな概念無かったんじゃないけ?」
「あるんですよ」
「へ?」
「あるんです」
ごり押しされた。突っ込んではいけなかったのだろう。
「で、私はガブリエルの第3842代目の正当後継天 使って訳です」
「じゃあこんな所にいるより天界にいた方がいいんじゃね? いつ先代が辞めるか分からないんだから 」
「大丈夫ですよ。今のガブリエルは第3812代目なので、あと数千年は順が回って来ませんから」
「どんだけ先のこと考えてんだお前ら天使は」
あらかじめ決めておくのは悪いことではない。ただ天使の場合はあまりにも先の事を考えすぎなのだ。もしかすると感覚が違いすぎてこれが天使にとって普通なのかもしれないが。
「でも天界もかなり選考がシビアで、中々後継者が決まらないことがあるんですよ」
「まぁ、地上のこと見守ったり何だかんだで重要な 仕事だからな。今の後継者って天界の人口の何パーセントくらいなんだ?」
「大体15パーセントですかね。志望制なので自信足らずで目指さない天使が多いです」
「じゃあ残りの85パーセントはぐうたらしてんのか 」
「いえいえ、そんなことは。天界と言ってもほとんど暮らしは現世と変わりませんから、普通に仕事してる方々がほとんどですね」
なるほどと思ったが、運送業や会社員をしている天使を想像してみると堪らなくシュールだ。若干の疑念が生じざるを得ない。
「で、たまに現世の人間の中から後継者に値する人間を選抜してその中で高水準の方を後継者に選ぶ事があるんですよ。本当に稀ですが」
「えっと、てことは…………」
「つまり、咲良さんはその人間の候補に選ばれたことです」
「ちょっとまて。辞退は出来ないのか?」
神に仕える大天使。あまりにもスケールが違いすぎて咲良にはあまりにも荷が重い。そんなことより普通に暮らしたい。
「辞退は出来ません。というかさせない為に私は来たんです」
「やっぱ出来ないのか……ってどういうことだ?」
「私は咲良さんを立派な大天使後継者にするために派遣された、言うなればインストラクターです!」
「なぁ、インストラクターだから頼む。辞退させてくれ」
「無理です」
「いや、僕だって普通に生活したいし」
「大天使の職務は現世でも充分行えますよ」
なんだその家にいても出来るアルバイトみたいなのは。
「それに、少なくとも咲良さんには1つメリットがありますよ」
「なんだよ」
「付き合ってください」
「……………………」
「……………………」
「ごめん、どうしてそうなるのかが分からない」
どうして若干シリアスな話をしていたのに、突如として恋愛話になるのか。そして何故告白されるのか。まぁ確かに嬉しいが。
「えっとですね。また設定を増やすようで申し訳無いんですが、天界では最近になって能力の高い天使が少なくなっていて……」
「少なく? そりゃいったいどういうわけ?」
「遺伝子の弱体化と言いましょうか、能力の高い遺伝子は劣勢遺伝子と言われていて産まれる確率が若干低いんですよ。それが長年続いた結果、今の能力の高い天使が少なくなったっていう」
要するに人間と同じ事らしい。人類も遺伝子的には男性が劣勢で、産まれる確率は4分の1と聞く。
また昔と比べると男性になる遺伝子の長さが短くなっており、いずれ男性がこの世から消えて人類は生殖できずに滅亡するとかなんとか。
「で、天界の科学研究チームの研究の結果、『天使と人間が交われば能力の高い天使が産まれる確率が半端なく跳ね上がる』という事が分かって、この選抜のついでにインストラクターとの間に子供を作らせよう、ってことになって」
「なるほど、事情は分かった──だけど」
咲良は今一度、真剣な表情でリエルを見つめる。
「お前はそれでいいのか?」
「と言いますと?」
咲良が何を聞きたいのか理解出来ていないのか、リエルはきょとんとした表情で首を傾げた。なら仕方ない、こいつの為にも咲良自身が説いてやろうではないか。
「別に僕としてはお前と付き合うのは構わないんだけどさ。その……可愛いし」
「えっ、いや、その……ありがとうございます」
咲良の言葉を受けて、リエルは頬を瞬く間に朱色に染め上げた。その顔もこの上なく可愛く、見ているだけで何事でも許せてしまいそうな気分になる。しかし本題はそこではない。
「で、お前はどうなんだ? 勝手に大して好きでもない運命の相手決められてそいつと付き合わされて、お前はそれでいいのか?」
咲良としてはこんないたいけな少女が上の命令で付き合わされるのは大変気に食わない。女の子はもっと自由に運命の相手を選ぶべきだと咲良は思う。それが人間の、咲良の理屈だ。
しかし咲良の問い掛けに対し、リエルはそれほど悩む素振りを見せない。大事な事を言ったつもりなのだが、あまりこたえてないらしい。
「別に私は構いませんよ。だって、咲良さんは私の好みど真ん中ですから!」
「へ、ど真ん中?」
直球過ぎる告白に眼が点になってしまう。
「先程シチューを食べている時に咲良さんと出会った瞬間、私の心のファンファーレが鳴り響いてズギューンときたんですっ!!」
「えっと、それって一目惚れと解釈していいの?」
「解釈も何もそれ以外に有り得ません!」
もはやリエルの眼には咲良しか映っていないらしい。
しかしリエルと付き合うのはいいとして、大天使を目指すのは面倒なので避けたい。
「あのさ、リエル」
「なんです?」
「お前と付き合って大天使目指すの放棄するってのは無理か?」
咲良なりに無理を承知で捻り出した提案。撃墜されるのは目に見えている。
「あ、言い忘れてましたけど大天使目指すのを棄権したらアズラエル様の手によって即天国行きですので、断ることは出来ませんよ」
撃墜以上の答えが返ってきた。例えるなら撃墜された後に落下地点に追い討ちで核ミサイルを落とされた、みたいな。
しかし、そうなると咲良は嫌が嫌でも大天使を目指さなければならないということになる。もはや己の身の不幸を呪うしかないのか。
「あー、もう分かったよ。大天使目指す」
「おおっ、見るからに不服そうですがその気になってくださってありがとうございます!」
「頭に鍋被せて外からハンマーで殴るぞ」
何故にこいつは仕方なく湧き出させたやる気を全否定するような事をのうのうと口に出せるのだろうか。
「じゃあ、早速なんですが」
きゅるるるる。
「ご飯食べましょう?」
「はいはい、分かったよ。シチュー暖めなおすからちょっと待ってろ」
机の角に置かれたシチューの鍋をダイニングへと持っていき、コンロで火にかける。
と、そこで咲良は1つの重大な事に気がついた。
「そういえば、母さんになんて説明したらいいんだ……?」